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第1話 一方その頃……

:-:-:-:-:-:-:-:



「……しばらく見ない内に、花のような可憐な美しさだけではなく、貴女の真の美しさである内面の……地に根差した大樹のような力強さが滲み出ている気がする」


物語(ゲームシナリオ)〟においての主要人物。シナリオの進行によっては、主人公たち(ダリルとセシリー)の無二の友や人生の伴侶としての役割が与えられていた存在。


「ふふ。アダム殿下。仰りたいことは理解できますが……(たお)やかな乙女に〝力強い〟だの〝滲み出ている〟などとは……誉め言葉になっておりませんよ?」

「はは。自分で平然と言ってのけてくれる。アリエル嬢、貴女は守られるだけの嫋やかな乙女などではなかろうに……そなたの本質はまさに〈貴族に連なる者〉であり、戦う者であろう?」


 アダム・マクブライン。

 マクブライン王国の〈王家に連なる者〉であり、王位継承権の上位に位置していたが……彼もまた託宣によって、王国や教会の操り糸に縛られていた舞台人形。


 様々な意図や思惑があった上でのことだったが、アリエル・ダンスタブル侯爵令嬢とは政略上の婚約関係にあった。そして、彼は心からアリエルを好いていた。


 今となっては、当時の恋心が報われないものだったと……彼女と結ばれる未来がなかったのだと知らされたが……アダムの心の内にはアリエルへの想いが燻っていた。


「アダム殿下は、当時から私の本質を知った上で……?」

「当たり前だ。……アリエル嬢よ。〝役割〟を知らされることもなかった、無知で愚かな私ではあったが、流石に馬鹿にし過ぎであろう? 確かに貴女の可憐な見た目に惹かれたという一面もあるが……本当に好いたのはその内面。貴女のその気高き強さにこそ、私は惹かれたのだ。……もっとも、その強さが託宣をひっくり返すためのモノだったとは見抜けはしなかったがな」


 アダムは秘されし王命によりオルコット領都……即ち独立派の下へと派遣されていた。

 書記官や官僚などが独立派と詰めの協議を行うためであるが、アダムたち〈王家に連なる者〉はここから更に東……大峡谷の戦場へと赴く段取りとなっている。超越者の制御を含めた戦力として。


「……アダム殿下。今こそ虚飾無き本心をお伝えすれば、私も殿下のことはお慕い申しておりました。……ですが、私にはそれ以上に強い想いがあったのです」


 在りし日の微熱。燻ぶる残り火のような告白。


「女神の託宣……引いては王国や教会への反抗か?」

「……はい。私はダンスタブル侯爵家に連なる者として、託宣の流れのままの王国を看過することができませんでした。……結果として、王国はより良き道を選んでいけるのだと信じています」

「私の立場で迂闊なことは言えないが……託宣の流れのままに東方辺境地が滅びるよりは、確かに今だけを見ればまだマシだろうとは思う。混乱はまだまだ続くことになるであろうが……それを収めるのは、為政者である我らの力量次第であるしな」


 淡い恋心の終わり。託宣があったからこそ、アダムも神子と同じように丁寧に囲われていたのだが、これからは〈王家に連なる者〉として自らの足で立つ必要がある。


 可能性として、独立派を率いていたダンスタブル侯爵家とマクブライン王家の和議の証として、アリエルとアダムの政略結婚をそのまま断行するという手もあるが……仮にその通りになったとしても、二人はお互いの立場上、何も知らなかった頃に戻れるはずもない。


「アダム殿下は私を強いと評価して下さいましたが、此の度の件で、私は弱くて未熟な(わらし)だったと痛感いたしました。託宣に役割がなければ、私などは早々に討たれ現世から退場していたことでしょう」

「ふっ。それを言うなら私の方こそだ。所詮は籠の中の鳥……守られていただけだった」


 女神の託宣……〝物語〟の役割というよりは、ソレを利用しようと画策していた王家や教会によって、操り人形とされていた者同士。そこには自嘲を含んだ苦い連帯があった。


「……殿下はこのまま大峡谷へ向かわれるのですか?」

「ああ。〈王家に連なる者〉の御役目として、カインと共にダスティン様に同道することになる」

「弟御であるカイン殿下に、王弟たるダスティン閣下までを動員する()()()ですか……。ところでアダム殿下。一つ、とあるお話ををよろしいですか?」

「ん?」


 訝しむアダムなどお構いなし。静かにアリエルは語りはじめる。


 あくまで昔語りの物語としての、とある魔境に出自を持つ戦士の話。



 その戦士は一族の流儀を判断基準として、高貴な者たちを翻弄したのだという。  


 彼はどこにいても流儀に則って行動する。

 その流儀を簡単に説明するなら『貴き者は民の守護者たれ』……というだけのこと。


 都会に出てきた彼は、高貴な者たちの堕落や腐敗を嘆く。


 しかし、魔境の戦士は蛮勇の徒ではなかった。


 相手の身分や立場によっては逃げに徹したり、へりくだってやり過ごすのも当たり前。適当に誤魔化したり嘘をついたり盗んだり……それなりの処世術も身につけていた。何故か世慣れた田舎者。


 さりとて芯の部分は揺らがない。


 闇に乗じて、堕落した高貴な者を誅することさえあったのだという。


 そして、さる陰謀の渦中に飛び込んだ戦士は、とある高貴な娘と一時的な協力関係となる。


 娘は民のために流儀を守るその戦士に感銘を受けたのだが……戦士はあっさりと娘を出し抜き、好き勝手に動き回る。


 煮え湯を飲まされる結果となった娘であったが、諸々があり戦士とは和解して別れた。それどころか、お互いを良き友として助け合うことを約束したほど。


 戦士が苦境にある時、娘は戦士を助けるために手を尽くす。

 娘が危機にあれば、戦士は必ず駆け付ける。


 それは魔境の戦士と高貴な娘との約束。そんな物語。



「アリエル嬢……その魔境の戦士とは……?」

「アダム殿下。これはただの物語ですから……。ただ、私が思うに物語の娘は、彼との約束を果たすのだと思います。戦士が苦境にあれば、彼を助けるために手を尽くすでしょうね」


 可愛らしく小首をかしげながら、優しく微笑む可憐な乙女。

 ただ、その瞳には強き意思が宿っている。アダムを真っすぐに見つめる物語の娘(アリエル)


「……アリエル嬢、そなたは……どこまで知っている?」

「ふふ。殿下、乙女には秘密があるものなのですよ?」


 見つめ合う二人。残念ながら、そこにはもう甘い空気はない。既に二人は、王家の者と大貴族の娘としてこの場に立っている。


「く……くくく。アリエル嬢、愚かで無知な私ではあったが……そなたに惚れた私の眼と心に間違いはなかったようだ。……今回の私はただの見学、後学のための付き添いに過ぎぬ。ダスティン様の御役目のな。()()()()の思いに応えることは難しいだろう……しかし、娘に対しての〝貸し〟となるのであれば……考えなくもない」


 アダムも流石に気付いた。

 マクブライン王家の秘儀。秩序の番人として、超越者を封じる御役目……そのことをアリエルが嗅ぎ付けているのだと。


 彼女は友である魔境の戦士への縛りを防ごうとしている。


「……娘は高貴なる出自を持つ身です。つまり、高貴なる者同士の〝貸し借り〟の重大さを存じ上げているかと……」

「……ふむ。どうやらその魔境の戦士とやらは、〝一度だけ〟は見逃される強運を持っているようだ」


 アダム・マクブラインとアリエル・ダンスタブル。


 まだまだ幼く、その力はか弱いとはいえ、それでも紛れもなく王家の者と大貴族の娘だ。


 二人の間において、ここに取引が成立したのは事実。


 貴族的なやり取りや腹黒さを含めて、二人は案外お似合いなのかも知れない。



:-:-:-:-:-:-:-:



 マクブライン王国の都。


 城壁によって、大きく四つのエリアに区切られている王都。


 中心のエリアであり、王城や政務機能が集中した『至尊区』。


 次に至尊区を囲うような形で位置するのは、力有る古貴族家や大貴族家が居を構える『貴族区』。


 貴族区の更に外側。王都でも最大の規模と賑わいを持ち、主に『王都』と言えばこのエリアを指すといっても過言ではない……主に平民やそこそこレベルの貴族家が居を構え、様々な施設が立ち並ぶ『民衆区』。


 そして、元スラム地区であり、近年に整備が進んだ一番外側に位置する『外民の町』。


 元スラムという意識から、整備当初は『あそこは王都じゃない。あくまで外だ』などと口々に言われ……故に王都の外の町と呼ばれるようになったという。


 もっとも、侮蔑的な呼び方が始まりであったが、既に『外民の町』はただの固有名詞となっており、その名称に嫌悪感を示す者はもはやそう多くはいないのだとか……。


 そして、現在の外民の町にはしれっと魔境の戦士……もとい、辺境出身の者が紛れて馴染んでいたりもする。


「……安請け合いしちゃったかな?」


 ぽつりと呟くのは、淡い栗毛の小柄な女……シャノン。


 いつもは快活なシャノンなのだが、今はそんな彼女にとっては珍しくも神妙な顔つき。


 ただ、周りで何やらの作業をしている者たち……コリンとサイラス含む……は、シャノンの呟きなど意に介さない。


「あーあ! 安・請け・合い・しちゃった・か・なーッ!?」


 反応がないことにキレる。早い。キレやすい若者とはこれか。


 仕方なしにコリンが手を止めてシャノンに応じる。ため息混じりで。


「……シャノン。クラーラ様からの指示が来た以上、俺たちは引き受けざるを得なかった。拒否権も選択肢もなかったのはシャノンも承知の上……というか、むしろノリノリだったでしょう?」


 駄々をこねる幼子を諭すようなコリン。サイラスは作業をしながら『いつものことか』とスルーしている。口を挟むと、何故かシャノンと組手なり模擬戦をする羽目になると学んだ。黙々と作業に没頭するのみ。


「だって! あの時はここまで手間がかかるなんて思わなかったんだ! 何で不穏分子が《《こんなにも》》いるんだよ!」


 シャノンの抗議。それをコリン相手にしたところで意味がないのは流石に理解しているが……言いたくもなる。


 コリンたち『ギルド』は、託宣の残党……女神の託宣を絶対視する一種の狂信者たちを洗い出すという……密勅(みっちょく)を受けたゴールトン家に協力していた。


 だが、託宣の残党は思いの外に王都の日常に食い込んでおり、しかも急速に数を増やしつつあったのだ。


 これは王家が教会との蜜月関係の清算を急いだことと、託宣の贄として見逃していた、腐敗した都貴族の締め付けをはじめたことの弊害でもあるのだろう。


 中には託宣のことなど知らず、ばら撒かれる金に釣られた者もいれば、利権を取り戻そうと悪足掻きする一派に、新たな利権に食らいつこうとする一派だっている。


 要は女神の託宣を大義名分として、己の取り分を増やしたいという輩が混じっているのだ。いや、殆どがそうだといっても過言ではない。


 当然のことながら、王家が本気で警戒するのはそんな輩ではない。


 真なる狂信者。敬虔な女神崇拝者……の過激派連中だ。


 信仰のために命を惜しまず、暴力を辞さない者たち。

 損得勘定で推し測ることが難しく、聖戦に殉じる者たち。


 コリンたちはそんな連中の選り分け調査であったり、密かな実力行使にも駆り出されていた。


 発端はゴールトン家への密かな勅命ではあったが、動員される人員規模は膨れ上がり、《王家の影》なり、正規の治安騎士団なりも巻き込んだ大仰な作戦となってきた。


 これまでの都貴族家同士の争いとも似ているがどこか毛色が違う……王都を舞台に、そんな暗闘が繰り広げられている。


「シャノンの言いたいことは分かります。これまでの『ギルド』の裏活動に比べれば、自由度は増していますが……その分、体よくこき使われている感じですからね」

「次はアレしろ、その次はコレしろってさ。クラーラ様が是と言われた以上、指揮官の命に従うのは当然のことだけど……そもそも、何で王都はこんなに不埒者で溢れてるんだよ?」


 愚痴を吐くシャノンとそれを聞くコリン。その横では黙々と作業……死体の片づけをするサイラス。


 周囲は血みどろ。凄惨な現場。一般の者がこの状況を知らずに目撃すれば、卒倒すること間違いなしの空間。


 ただ、今回に限っては魔境の戦士なり、王都の暗部なりの仕業ではない。遠因ではあるが直接に手を下したわけではない。


 とある一団の集団自決。利権に群がる連中ではなく〝ホンモノ〟の方だ。


 女神の信奉者でありながら、自らの命を捧げる外法の儀式魔法を行使しようとしていた。術式が不完全だったか、儀式の手順にミスがあったか、はたまた贄が足りなかったのか……詳細はこれからの調査となるが、結果として外法の術が現世に影響を与えるような事態にはならなかった。


 現場に一番乗りで踏み込んだのがコリンたちだったということ。


「お二人とも。主家への不満なり、王都の在り方への疑問なりについては後でいくらでもお聞きしますので……まずは儀式魔法陣の全容が見えるように死体の片づけをお願いしたいのですが……」

「……コンラッド殿。ぶちぶちと文句を垂れているのは二人ではなく、シャノン一人ですよ」


 血の匂いの充満する屋敷。ある程度の広さがあり、床一面に死体が横たわっている状況だ。その撤去作業に辟易しているのはシャノン以外も皆同じ。騒いでも作業は進まないため、それぞれに少しばかり棘も出る。


「あーあー分かりましたよ! 作業を続ければ良いんでしょ!? はいはいすみませんねッ!」


 シャノンは実のところ舐めていたのだ。王都という魔窟を。『ギルド』の活動でそれなりに動いていたが、彼女が知ったのは王都の闇の極々一部だけ。


 その深淵に蠢く連中は、彼女が思う以上に強くて狡猾であったり、時には弱くてバカであったりするのだが……シャノンの誤算はその数と規模。


 ファルコナーにはない、ヒト族同士の諍いの根深さを彼女は知らなかった。


 強者との手合わせというかなり安い餌で釣り上げられてしまったシャノンが、自らの失態に気付いたのは……割とすぐ後のことだったという。


「サイラス! 何を素知らぬ顔で作業してんのよッ!? 後で手合わせだからねッ!」

「はぁッ!?」


 ちなみに、サイラスの行く末は変わらない。答えは沈黙……とはならなかった。紛うことなき八つ当たりの犠牲だ。


 アルたちが大峡谷で戦いを繰り広げている頃、コリンたちは『託宣の残党』との暗闘の渦中に飛び込んでいたのだが……『ギルド』は不埒者を誅する反体制側の裏組織から、体制側の隠された尖兵へとクラスチェンジを果たした。以前のアルの立場に比べればまだ自由が担保されたままに、『ギルド』自体が《王家の影》の協力機関のような立ち位置となっていた。


「(ふぅ。アル殿は確かに色々とアレだったが……今思えば、与えられた任務に対しては真摯に向き合っていたような気がする。小賢しさと図太さもあったが……)」


 今やコリンたちと時々で行動を共にする者の中には、《王家の影》のメンバーもいたりする。


 ラウノ。


 こちらもしれっと王都に帰還していた。


 長老衆という、王家の監査役のような権力集団の一員であった、とあるエルフもどきの造反によってボロボロとなった《王家の影》。


 王家主導で急場しのぎ的に組織として再編されたのだが……そんな新生《王家の影》にラウノは復帰を果たしていた。


 これも何らかの縁なのか。


 コリンたちは王都において、新たな〝物語〟を紡いでいる。



:-:-:-:-:-:-:-:

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[一言] 面白いです。 良い物語をありがとうございます。
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