No2:生キル記憶
そこは明るく照らされた部屋だった。
眩しい。
薄く目を開けてみると天井が見え、水が光を映し出しユラユラと光の玉が揺れている。
風が髪をゆらし、開け放たれた窓からは賑やかな話し声が聞こえる。
夢を見ていた、あまり覚えてはいないが恐ろしい夢だった気がし、不安を拭い去る為に体を起こす。
昨日の出来事がまるで嘘のように明るく楽しげな空気が部屋を満たしている。
あの部屋に居る以前の記憶はやはり戻っていないようだ、初めからなかったかのようにポッカリと穴が開いている。
不意にノックの音が聞こえ、心なしか緊張しているとドアがゆっくりと開く。
「あっ」
まったく知らない女性が入ってきた。
「あの、おはようございます」
「え?あ、おはよう!ちょっと待っててね!」
慌てて女性は引き返し、階段を勢いよく下りていく音が聞こえると「ロイ君、目が覚めたよ!起きてた!」と、2階まで筒抜けだ。
忙しなくまた階段を上ってくる音が聞こえるが、今度は数人の足跡が混じっている。
「おおっ、ようやく目ぇ覚ましやがったか」
「ロイ君、丸一日ぐらいずーっと寝ていたのよ」
「流石に一昨日のあれからだしな、流石の俺も心配したぜ?」
笑いながら和やかな会話が続けられているがタイミングが掴めずいつ言おうかという駆け引きを強いられている。
「まぁ、無事だったみたいだし、下に飯食いに降りてこいよ、話はそれからだ」
「そうね、じゃ下で待ってるから降りてきてね、着替えは壁に掛けてあるから」
「あっ!」
「?」
「あの、言い出すタイミングがどうも遅くなってしまったのですが、お話を聞いてもらえますか?」
「…?きもちわりぃ喋り方しやがって!何の冗談かはしらねぇが、取り合えず着替えて下降りて来いよ」
そういうと、ドアはしまり一階に下りていく足音だけが聞こえる。
着替えを済ませ階段を下りると大男がこちらに気づき声を掛けてきた。
「ん?おう、ロイ、元気になったみてぇじゃねーか!なんでも例の爆発事件の現地でくたばってたらしいじゃねーか?」
そう言いながら見知らぬ大男から背中に手荒い挨拶を2,3発もらう。
「ロイ!こっちだこっち!」
先ほどの男がそう言うと大きく手を振って見せた。
「あとで、話でも聞かせてくれや」
そういうと大男は自分の席に座りなおす。
呼ばれたテーブルに向かい合うように座る。
「それで、話ってのはなんだ?」
「助けてもらったんですが、あの時以前の記憶がまったくないんです」
「はぁ?またか?お前がここに来て何回目だ」
「え?」
「それが本当だとすると、まーた色々説明しなきゃいけねーな」
「どういうことですか?」
「お前がここに来て、えーっと…1年位か、その間にこれで3回目だ」
「俺が記憶を失うのはこれが初めてじゃないって事…?」
「ああ、定期的におこってるみてーだ、3回も起こってるんだ多分間違いねぇ」
「どういう事なんだ…」
(まさか、こんな事が俺の知らない過去に何度もあったなんて…)
「今回も例の女からの連絡で、お前の居場所と大規模な爆発が起きるって連絡が入ったんだ」
「女…?」
「ああ、お前が記憶を無くす前に必ずお前は行方不明になる、んでその位置を俺らに連絡してくる奴がいる」
「行方不明・・・?その女は誰なんですか?」
「さぁな、ただお前の事を知っている奴だってのは間違いない、俺らも調べたが発信元も特定できない、ただ女でお前の居場所を教えてくれるだけの存在だ」
「どうなってるんだ…」
1年の間に3回も記憶を失い、行方不明になった俺の居場所を知る女からの通信…無いはずの記憶が淀み、頭を重くする。
「はーい、おまたせーっ、ご飯だよ!」
不意に意識を引き戻される。
「さんきゅーねぇちゃん」
「あ、どうも」
ぎこちなく挨拶をすます。
「そうだ、まぁ恒例行事みたいなもんだな、自己紹介しとくぜ」
そういうと、立ち上がり食事を持ってきてくれた女性の横に並ぶ。
「俺はニコラ、んでこっちが俺のねぇちゃんのアンシア、ねぇちゃんはこの酒場をやってる。んで俺たちは傭兵をしてる」
「ロイ君、気を落とさないでね、きっと何か見つかるはずだから」
そう言うとアンシアは別の客に呼ばれ心配そうな顔を見せるが足早に接客に向かう。
「んで、お前はロイだ、この名前は例の女が教えてくれたものだ、まず間違いないだろう」
「ロイ…傭兵というのは?」
「傭兵ってのはモンスター討伐やレギオンからの依頼をこなして生計を立てる職業みてーなもんだな。その中でも俺らはちっとは名の知れたヤカラだ」
「俺も傭兵なのか?」
「ああ、俺とロイ、ここにはいねーがアンソン。この3人で大体行動しているフラッグだ。フラッグって言うのはチームみてぇなもんだな」
「なるほど…」
「んで、仕事をこなしつつ、俺らはお前の情報を収集してた訳だ」
「そうだったのか・・・すまないニコラ…」
「ちょっとまて、一つ言い忘れてた」
そう言うとニコラは顔を近づけ周りに聞こえない位の声でささやきかける。
「俺の事はニコラじゃなく、イーグルと呼んでくれ」
「なぜ?」
「えーっとな…ニコラってのは女の名前みてぇだろ?だから嫌なんだ」
頬を掻きながら気恥ずかしそうに顔を離した。
「でも、何故にイーグル?」
「傭兵同士で通り名みたいなもんがあってな、俺の通り名は青眼の鷹、だからイーグルでいい」
よく見るとニコラの目は透き通った海のように青く美しい。
「あぁ…なるほど」
「なるほどって…あんまじっとみるんじゃねーよ、きもちわりぃ」
目をそらし、出されてしばらくたった食事を口に運ぶ。
「通り名だったらお前もあるぞ、ロイ」
「え?」
「黒金の白虎」
不意に店の入り口に同じ服を着た数名の男女が入り大声を出す。
「ロイはいるか?」
「レギオンの奴らだ」
イーグルが立ち上がるのを見て同じく立ち上がり名前を呼んだ男の方を見る。
「先日のレベルフリーのダンジョンにおいての爆発事件の件でお呼びが掛かっている、同行願う」