No1:心ナイ部屋
この物語にはグロテスクな表現や猟奇的な場面が多めに出てきます。苦手な方は見ないことをオススメします。
ギギ…ギ…ギ…
オォオオォオオオゥ…
何かのうめき声なのか、不気味な音が頭をすり抜ける。
目をゆっくりとあけると、格子からもれる月明かりが眩しい。
酷く重く感じる体を起こすと、俺は薄暗い部屋にいた。
薄汚れたコンクリートむき出しの壁に、パイプ椅子が2脚、微かに空いたドアが風に揺れて鳴いている。
「なんなんだよ…」
壁に背を着き崩れ落ちるように座り込む。
(落ち着け…ここはどこだ?俺は何をしていた?)
まるで見覚えのない部屋、今ここに居るという事以外の一切の記憶がない。
ギギ…
ドアの軋む音に恐怖心が押し寄せる、ドアの隙間はその奥に何もないかのように黒く恐怖心を増長させる。
体が強張り動悸が激しくなり血の巡る音さえ聞こえる。
オォオオオオオン…
風すらも今は何か別のものではと思えてくるほどだ。
壁伝いに移動し部屋の隅で体を強張らせる。
記憶もなく、この部屋には安心させるものなど一つもない、壁のシミひとつ、風の音、この部屋から出れるであろうドアすら恐怖心をかきたてる対象でしかない。
ここは闇だ…何もない…あるのは俺と恐怖という何かだ。
そう思うと、体中が熱くなり血液が急に体を駆け巡り始めたのがわかる。
焦点が定まらず体の内側から眼球を押されているようだ。
バンッ!!!
音?五官が全て刺激されるかのような感覚。
緊張の中で神経が過剰に研ぎ澄まされ、今の現象をどの器官で感じたのかすら分からない。
全身の毛穴が開いているかのような感覚、手足の末端はチリチリとしびれ、瞬きを忘れた目はボンヤリと照らされた壁のシミの一点を見つめている。
「ロイ!ロイどこだ!居るなら返事をしてくれ!ここは危険だ!」
声?!人だ!
「っあ…」
呼吸を忘れた喉から擦れた音がでる。
声だ!一人じゃない!
今は十分すぎた、さび付き動かなくなった空気を溶かすかのような暖かさ。
体から離れていた意識は急速に戻り、散々になった五官が体のあるべき場所に戻ってくるような高揚感が体を駆け巡る。
「おおおおい!誰かっ!誰かぁ!」
立ち上がりめちゃくちゃにがなりたてる。
「誰かぁ!助けてくれええええ!ここだああ!」
「ロイか?!どこだ?!もうやばい!ここからすぐに出るぞ!」
光が見える、そこにあるのは紛れもない光、それにすがりつくように今まで恐怖していたドアをやすやすと開け闇の中へ飛び込む。
「どこだ?!くらくてなにもっ?!」
周囲を確認するとはるか遠くの光の中に影が動いている。
「ロイ!いそげ!そとでアンソンが市民を非難させている!爆発するぞ!」
走った、暗闇で足元もおぼつかない闇の中を、そこにある光だけを頼りにわき目も振らず。
その光は徐々に近づき、それが人だと認識できる距離まで迫る。
心拍数はあがるが息は切れない、まるで何十年も走ることしかしなかった人間のように。
「ロイ!」
紛れもなく光、それは押しつぶされそうな心を照らす。
抱きついた、力いっぱいに。こうせずには居られなかった。
「おい!ふざけてる場合じゃねーんだよ!いくぞ!」
力任せに引き剥がされ手を引かれる。
泣いていたと思う、その光は俺の手を掴み全力で走っている。不安からの開放、何よりも望んだものだった。
「ぅぅ…っぁ…ぅぐっ…」
「ハァハァ…どうしちまったんだ?」
「よし!出るぞ!」
薄明かりの細い道をぬけると闇。しかし、この闇は違う。開放感を与えてくれる、一人ではない光がそばにいる。
外にでると何かの端末を走りながら弄りだした。
「聞こえるか?イーグルだ」
「聞こえるぜ、ばっちりとな、ロイはみつかったか?」
「ああ、ベソかいちまってまるでガキだぜ」
「ぶっ!どうしちまったんだ?」
「さぁな?それより市民の非難はおわっているのか?」
「ばっちりよ!レギオンに連絡とってばっちりよ!」
「りょーかいっ、んじゃまとっととオサラバしようぜ?こんなところ」
「?!」
どれ位離れただろう、飛び出した二人を強い揺れが襲う。
「やべぇな、始まっちまった!アンソン!でけー花火がうちあがるぞ!」
「ばっちりやべぇじゃねーかよ!俺はお先に行かせてもらうぜ、じゃーな!」
「ああ、そうしておけよ!…ロイ!転送機もってるよな?」
不意に走るのをやめ、何やら小さな石のようなものを腰からだした。
急なことに戸惑い、思考が停止している。
「あぁん?ねーのかよ!んじゃ俺のやるよ!飛ぶぞ!」
そう言うと石を両手で砕き地面にばら撒いた。
そうしている間にも揺れば増し立っているのがやっとだ。
その瞬間、一瞬で暗闇が光に包まれる。
「間に合うか?!ロイイイイイ…」
光の中で隣に今まで居た人が消え、真っ白にそまる。
(光の中に何か…赤く小さなもの…?いや、人だ!真っ赤な人の形をした何かが動いて・・・!)
それは目の前にいた、こちらに気づいたと思うとすでに目の前に。
それは赤かった、赤でこちらを見ていた。鮮やかな赤でこちらを凝視し今まさに腕を掴まれている。
「う、うあ…うわあああああああああああああああ!」
急に視野が狭まり、今までの光で狭まった瞳孔が急に開くのが分かるほど先ほどとは違う光景が目の前に広がる。
「ああああああああああああああ…!ああ…あ?」
「間に合ったか、よかったなロイ」
「うッ」
目が慣れはじめるのを感じ、さっきまでの状況を…掴まれていたであろう部分を手でふれて確認する。
「これ…は…?」
ゾッとするほどに冷たい液体の感触が手に伝わってくる。
恐る恐る触った手を確認するとそこに先ほどの見覚えのある赤よりも、もっと生々しくヌルリとしたものが付いていた。
ダンッ!
今まで支えていたのが嘘の様に膝から崩れ落ちる、血の気は引き全身が鈍く震える。
「おい!大丈夫か?さっきから何かおかしいぜ」
肩を揺すられ近くで話しかけられているのに、その声は遠くまた意識が体から離れてゆく。
「ぉ…ぃ…ロ…」
全身が力を失う。