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社長のこだわり

栗坂辰二氏のこだわりは『企業は人也ひとなり』であった。


どんなに性能のいいシステムであっても、どんなにコストパフォーマンスがよい商品であっても、それを売る“人”を見極めなければ、物は買わない。


という強いこだわりを持つ人のようだ。


どうやら、吉田営業3課長はその『お眼鏡』には“叶わなかった”ようだ。

真面目だけが取り柄の50代後半の吉田氏は創業社長の栗坂氏から見ると“面白味に欠ける”と判断されたそうだ。


しかし、吉田氏はなおも食い下がり、「お眼鏡に叶う上司をつれてきますから!」と言ってしまったらしい。その点、さすが営業畑で長年培ってきた粘りというべきか。


「吉田さん、そりゃ、私の責任は重大だね…」

「すみません」

吉田氏は深く頭を下げた。

「人生の大先輩である吉田さんにできなくて、私のようなヒヨッコができるか不安です」

謙遜ではなく、これは率直な思いだ。

「本部長ならできます!…たぶん…」 

「今のたぶんで余計に不安になりましたよ」

ハハハと俺は笑うと、吉田氏も片頬をピクピクと吊り上げてハハハ…苦笑いをした。


会食の日取りは12日(水)と決まった。






秋の日は釣瓶落とし。


1日の仕事が終わり、家路についたのは夜の19時をまわったころだった。

俺は会社から自宅まで自家用車で帰る。


社内規定では執行役員以上は社用車での送迎も利用できるようにはなっているが、自分にとって通勤で一人になってゆっくりと仕事モードをONからOFFに切り替えていく時間はなによりも貴重だった。

 

会社から車で約30分。かれこれ7年近く同じ道をたどる。ラッシュ時はもっと混むようだが19時を過ぎればそれほどでもない。


郊外の住宅団地の一角にある、どこにでもあるような家。車は3台駐車できるカーポート。エクステリアには“長岡和一”と書かれた表札がかかる。


玄関の前に立ち

“ふぅ…”

と一息ついてからロックを解除し、我が家に入る。


「ただいまー!」

と声をかけると長女の美空が

「おかえりー!」

と駆け寄ってきた。

「いい子にしてたかー!」

といつものように抱き上げる。

瞬間にピリッと腰に電撃が走り、“あいたたた”と腰を擦る。

しばらく前に、腰を患っていたのをただの今まで失念していた。


「おとしゃんだいじょーぶ?」

娘に同情をされている。

いたたたと擦りながらリビングに入ると妻由紀子が

「お帰りなさい」とキッチンから声をかけてくれた。

「もう、また腰痛めたの?もう若くないんだし、無理したらだめだよー!」

と叱られるのは、いつものことだ。


リビングのテープルでは長男が算数の問題に悪戦苦闘していた。

「あー!もう宿題飽きたし!」

と鉛筆をなげた。

「なぁ父ちゃん、なんで宿題ってあるん?」

とテキストをかじりながら息子、太陽は言う。

「そりゃぁ、学校で勉強してきたことを自分で確かめるためじゃろ?」


「そんなん、確かめんでもわかるわ!」


「じゃあしなくてもええんじゃねえか?」

とネクタイを外しながら俺が言うと、じゃあしなーい!と息子は宿題を投げた。

「もう、余計なこと、教えないでよ。せっかく真面目にしてたのに」

と由紀子が、食卓に味噌汁を運んできた。

「別に無理して宿題なんてさせなくてもええじゃろう」

と俺がテーブルに茶碗を下ろしながら言うと、


「そうやって甘やかしたらいけません!」

と威圧感たっぷりの鋭い視線を飛ばしてきたので、「ごめんごめん」と謝っておいた。

変に口答えをしてしまうとあとあとややこしいことになるのは目に見えているからだ。

「さあさ、ごはんにしよう」



21時を過ぎ、子どもと妻は寝室に入ったのを見送り、俺も「仕事するね」といい、書斎に籠る。

スマホを開くと新着通知が届いていた。


朝原由美からだった。


《こんばんは!今日も1日お疲れ様でした~(^_^)v アタシは今から帰宅します!山科くんはもう家に帰ったかな?いつもがんばってる山科くんだけど、無理しないでねー!》


一昨日、久しぶりの再会をした俺達は、何か理由をつけて連絡をとりあうようになっていた。

別れを告げたはずの“山科和一”が帰ってきたような気がしている。


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