長岡という男
高松から電話があったのは、翌々日、月曜日の13時前だった。
「昨日は済まんかったのお!」
あやまりつつも声には悪びれる様子は感じられない。
「一昨日な。んで、無事に帰れたんか?」
こいつと話すと調子が狂うが、いつものことだから気にしない。
午後からの会議に向けて会社の自室てわ資料づくりのためにPCを覗きながら、会社の向かいの弁当屋で買った弁当を食べつくし、箱の蓋を閉めながら聞いた。
「ああ、気がつきたらリビングのソファーで朝だったわ」
「連絡が来んかったけん、てっきり野垂れ死にしたんかと思うたわ」
と軽口を言うが、高松は全く意に介さない様子で
「大丈夫じゃ。無事に帰れたし。次の日には朝原にもLINEでお礼を言うといたし」
「俺には翌々日でえらい違いじゃねえか」
「まあ、朝原に、お前にもちゃんとお礼いうとけって言われたけん、言うとくわ。それに、お前にだけ特別に電話じゃ」
どうせ由美に電話すると緊張する、とかそんな理由だろう。
礼にはなってねえよと思いながら、高松の続く話を聞く。
「でよ、お前ら、あのあと、どうしたんなら?」
本題はそこか、と思った。
「どうしたも何も、お前をタクシーに乗せたあとは直ぐに解散したよ」
「何もなかったんか?どっか行ったりとか…」
要するに、二人でどこかに行ったのかどうか知りたいらしい。
「どこかも何も、あんな時間にどこも行かんわ。帰ったぞ」
「そ、そうか」と、安堵しつつも高松はさらに続けた。
「朝原は何かいっとらんかったか?!」
「何かってなんな?」
聞きたいことはだいたいわかったが、こちらとすれば報告すべき事項はない、
“… コンコン”
ドアをノックする音が聞こえる。
“どうぞ”
とスマートフォン片手に入室を促す。
「いや、俺のことよ、朝原がさ、俺のこと何か言いよらんかったか?ってこと」
高松はなおも話続ける。
「あ、お電話中失礼します。長岡本部長、営業部会議のお時間です」
声をかけてくれた部下の安原氏に手をあげ、
「おい、高松、会議だから切るぞ」
「…おい、でどうなんだ…、また教えろよ…
と話の途中で俺は電話を切った。
これはそうとう重症な“病”らしいと思いながら、俺はいそいそと上着を羽織り、席をたった。
…
…
「今月の売り上げは秋の決算を踏まえた顧客の投資を狙い、従来の商品のラインナップから、総合的なメンテナンスサービスや、利活用の相談業務も併せた、フルサービスパッケージを提案しています。目標数値に対し、現在のところ103%の達成率を維持しています」
管理職からの淀みない説明が続く。
“わが社”株式会社KOA(kajioka Office Analysis)が、社長の先々代から続く電器店から、事務機屋、パソコンを含めたOA機器の販売店に時代の変化と共に業態を修正してきたのはこの十数年の流れだ。
今ではオフィスの業務効率向上のための様々なコンサルティングも手がけるようになった。時流に乗って小規模企業の吸収なども行いながら、会社は大きくなってきている。
「四半期の売上実績は10億4,7百万円となり、前年と同水準を維持しています。今後小規模飲食店やチェーン展開店舗における、マネジメント事業の拡大に力を入れて参ります」
営業部会議では各担当部署ごとの管理職からの報告を受け、意見交換を経て、本部長がまとめを行うことになっている。
「では最後に、長岡本部長」
指名を受け私は席を立ち、営業部の幹部社員13人を前に語った。
「皆さん、今日はご苦労様でした。中国を中心とした東アジアでは若干の景気後退の兆しが見えるものの、国内中小企業でも販路や製造を海外に求める企業も多くあるのも現状です。その中で我々の求められる役割も重要になっています」
「また、国内では深刻化しつつかる少子高齢化は、労働人口の減少という形になって市場に顕著に現れはじめています。だからこそ、オフィスマネジメントの効率化とマーケティングリサーチ能力の向上という2つの仕事をアウトソーシングで受け持つことのできるわが社の強みを、これからさらに高めていきたいと思います。これからの四半期は各社の実績を鑑みても業務効率化への投資には消極的にならざるをえない状況となっていますが、こんな時だからこそわが社の出番。という認識を持ち皆さんにはより一層の奮闘を期待します」
…
…
「長岡本部長、お話が」
会議室を出ようとしたところで、営業3課長の吉田氏が声をかけてきた。
「いいですよ、どうぞ」
俺は吉田課長を自室に案内し、応接ソファーに腰をおろし、吉田氏にも着席を促す。
「現在力を入れている飲食店チェーンの管理システムの新規開拓ですが、一社現在交渉中の会社がございまして、『(株)クリップクロップ』というレストランチェーンなんですが、社長との面談がございます。ぜひ本部長にご出席いただきたいのですが」
「わかりました。日時は」
「先方からは来週中の夜、自社の店舗で夜に食事をしながらとの指定があり、こちらの都合を連絡するようにしています」
「私は水、金なら大丈夫です」
「では水曜日に設定をさせていただきます。よろしくお願いいたします」
吉田課長は広い額にきざまれた横皺に汗を浮かべ、どうやら憔悴した様子だったので、「なにかあったの?」
と聞いてみた。
最初は否定していた吉田氏だが、ゆっくりと話を聞いていくうちに、少しずつ理由を語りだした。
(株)クリップクロップ社長栗坂辰二氏は富岡県では地元外食チェーンの草分けであり、県外食チェーン・フランチャイズ協会の会長を長く勤める大物企業家だ。それだけに、今回わが社のシステムが導入されれば県内でも販路拡大のチャンスが広がる。
しかし、吉田氏曰く、この栗坂社長、こだわりは一風変わっていた。