君にあえてよかった
朝原由美に出会ったのは、高校入学してすぐのこと。
日昇高校に入学し、なんとなく弓道部に入部した俺に待っていたのが、鬼のような練習だった。
県下一の強豪校の練習は弓道場から校内外周のランニングからはじまる。
ある時ふと、鉢植えに水をやる姿が目に入った。朝原由美に見惚れたのは夏に入った頃だろうか。
長い髪を後できゅっと結び、少し丸い顔、薄い唇。まっすぐで大きな瞳。
友人と楽しそうに談笑し、快活に笑う笑顔。
人と付き合ったことのない俺にとっては、声のかけ方もわからず、ただランニングで一瞬見える姿を探すだけだった。
…
…
「山科くん?」
「…ああ!…久しぶり!…あまりに久しぶりじゃけぇ、びっくりしたよ!」
「びっくりした?久しぶりの私が綺麗になってたから?なんてねー」
彼女はそういうとコロコロと笑った。
そのとおりだった。快活に笑う笑顔はそのままに、ナチュラルなメイクと、うっすらと引いたリップ。大人の魅力を感じる綺麗な女性に彼女はなっていた。そして、高校時代より少し痩せたような気がする。
「え、あ、うん。そう。綺麗になってたからびっくりした」
思わず口から出てしまった。
「えっ…」
「もうやだー!山科くんって相変わらずじゃなぁ」
とまた快活に笑う。
「高松くんも山科くん連れてくるんだったら教えてよー!びっくりするが~」
「俺に会うより、山科に会う方がびっくりするんかよー!」
「そ、そうじゃないよ!ただスーツ姿の人と話してるなぁ、と思うたら山科くんだったからビックリしてん」
「まぁ18年ぶりやし、仕方ないわな」
高松は陽気にがははと笑った。
「今日はもう大丈夫なん?」
高松は聞いた。なんとなく嬉しそうだ。
「うん、今日はもう上がりやけん。今日はブライダルに入っとったけん、疲れたわー」
じゃあ着替えてくるねと言い残して由美は去っていった。
どうやら合流する予定だったようだ。
「彼女、ここで働いとるんじゃ」
高松ははにかみながら言う。
「見たら、わかるわ」
「どしたんな、卒業してからも会ってたんかいな」
俺はそういいつつ、ポルペットーネをナイフで切り分けて口に運ぶ。
高松はかぶりついていた。
「あ、うん。半年前にな、久しぶりに会うた(おうた)んじゃ。病院でな」
「病院?」
「俺は嫁と娘に逃げられて、飯も食えんし、眠れんし、酒ばー飲んでたら倒れた」
でよ。運ばれた病院で、朝原にな、とモシャモシャ食いながらしゃべる。
「食欲は戻ってきたようでよかったな」
俺は赤ワインをぐいっとあおる。
赤ワインより、焼酎が好きなんだけどなと思う。
「お待たせ~」
と由美がはや歩きで現れた。私服に着替えたようだ。白いブラウスからパープルのTシャツが見える。
「おぅ」
と高松が言った。
「食事どうする?飲み物は?注文しようか?」
と、かいがいしく世話を焼こうとするが
「私、ここの従業員だよ」
と軽くあしらわれて、へこんでいる高松がかわいく思えた。
「かんぱーい!」
と3人でワイングラスをあわせる。
仕事のこと。家族のこと。近況などなど報告をしあう。
朝原由美は大学卒業後、生花市場で働くが体調を壊し、しばらく入院をしていた、と聞いた。
30才を過ぎ、何度か入退院を繰り返していたときに高松に再会したようだ。
食後酒にカフェコレットを飲んだ辺りでうたた寝を始めた高松を横目に、俺と由美は話を続けた。
まるで高校時代にもどったように、だけど高校時代には楽しめなかったお酒という新しいツールも手伝ってか、十余年の歳月があっという間に埋まってくような気がした。
「あはは!ほんとに、山科くん、立派になったね。嬉しいよあたしゃ」
「由美ちゃんは俺のオカンか!」
「和一の第2のオカンと思ってくれたらいいよぉー」
「じゃあ、おかあちゃん~おごってくれよう」
「お金無い…( >д<)」
と本気で考える由美がおもしろかった。
「冗談だよ!」
といいつつ、これでも一応ちゃんと社会人としてお金稼いでますからね、と付け加えておいた。
スタッフが由美にラストオーダーを告げに来た。
「ごめーん。話してたらすっかり遅くなっちゃったね!」
腕時計を見るともうすぐ22時だ。
…
チェックを済ませ、高松を担ぎながら、外へ出る。
タクシーに高松を放り込み、住所を告げて、代金として五千円札を握らせてドアを閉める。
「これでよし、と…」
「ごめんね、山科くん、すっかり遅くまで」
「いやいや、楽しかったで」
由美は自転車を押しながら。俺は駅を目指して歩いていた。
歩きながら高校時代の話で花が咲いた。
「しっかし、おもしろかったよなー。高校の時はほんとにおれ達好きなことしとったな」
「そうそう、山科くんったら、生徒会で『夏祭り』やろう、なんて言うけえ」
「それを言い出したのは由美ちゃんだろ?でさ、“盛大に花火をあげる”なんて言うからさ、俺は企画書書いて、校長先生と交渉したんやで」
「ばれたか!忘れとるとおもったんじゃけど!」
とペロッと軽く舌を出した。
「山科くんって変わらんよね」
歩きながら由美がふとつぶやく。
「立派になったって言っとったが!」
と俺はわざとらしく胸を張りネクタイをキュキュっと締める動作をしてみせた。
「あはは。そうじゃなくて。高松くんにも、私にも優しい。じゃし、まっすぐな目は変わらんね、てことよ」
暗くてよかった。初恋の人にそう言われると、何歳になっても照れるものだ。
「ははは。そんなことねーよ。特に高松の扱いはぞんざいだしな~」
と照れ笑いするしかなかった。
「その笑い方も変わらんよ」
と由美は言った。
その後、俺達はLINE交換をして、それぞれの家路へと別れた。
「じゃ、また」
と言いながら。