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初恋との再会

彼女は18年たった今も変わらない弾けるような笑顔で言った。


「山科くん、本当に久しぶりじゃが!立派になったね!でもまっすぐな眼もとは変わらんね」


3日前。

高松浩一から電話があったのはちょうど昼の12時を少し過ぎたころだった。

カラッと晴れた秋晴れの心地よい日だった。


『飲みに行かんか』


高校時代の弓道部の仲間とは年に何回かは集まって酒を飲む。関東にいる連中もいるため、決まってGW、盆、正月だ。

同じ富岡県内に住むものの、毎日残業続きだと聞いていた高校教師の高松からの誘いなんて初めてだった。今年の夏の飲み会には来てなかったと思う。


「急にどうしたんな?」

『ちょっと話してぇことがあるんじゃ』

どことなく落ち着かない返事に少し苛つく。

「あ?よーわからんな。ま、ええわ。10日1日でどうや。土曜やし」


『ええよ。店は決めとるからLINEで送るけん』

わかった。とだけ答えて電話を切った。


… 

大学時代に知り合った先輩のコネで入社した会社は、たまたま時流に乗って成長した。14年間なんとなくがんばった。とにかく真面目だけが取り柄の日々だった。

先輩の紹介で妻由紀子と10年前に結婚し、今年小学生になった息子と、3才の娘にも恵まれた。

管理職も任されて、なんとなく、このまま、まっすぐな人生を歩むんだと思っていた。


そして今日、10月1日。

高松から指定された店は、いつも行くような居酒屋ではなく、『cucina』という富岡市内郊外にあるイタリアンレストランだった。

私服に着替える暇もなく、部下に車で店まで乗せて行ってもらった。

予定時間は19時。5分ほど遅刻した。


オッサン2人が生ビールをがぶ飲みするような店じゃないのは、外観からも明らかだった。

ハーブや季節の花が上品に植えられているガーデンを石畳が店内に導く。

南欧の農家のような出で立ちの店だ。

少なくとも高松はこんな店で飯を食う男じゃないのは自分がよく知っている。


店に入ると「いらっしゃいませ」とすらっとした男性従業員が声をかけてくれた。

「おー!!山科、ここじゃここ!」

と大声で奥の方から呼ぶのは高松だった。少なくないお客の視線が俺に集中する。やはり場違いな男だな、と思う。

「おそかったなぁ」

「すまんすまん」

と謝って、食前酒を聞かれたのでスパークリングワインのベリーニを頼む。

「お前、洒落たの飲むんじゃなぁ」

と言う高松は場に似つかわしくない瓶ビールを手酌していた。


「そりゃ仕事でこういう店もよく使うし。で、どうしたんや。こんな店に呼び出してよ。今日は仕事休みか?」

ううんとうなり声をあげたかと思うと、はにかむように、ニヤニヤとし、かと思うと急に落ち込んだような顔になる。

どうやら精神状態が不安定なようだ。


高松はぐいっとコップのビールを飲み込んで、

「嫁と別れた。」

と言った。


「え?」

突然だった。


「夜家に帰ったらな。だーれもおらんかった」

「で、メールが来たんやわ。もう一緒にはいられません、てな。」

俺より1年早く結婚した高松は、5年前に嫁さんこだわりのお洒落キッチンや、薪ストーブを備えたマイホームを建てた。

結婚式にも行ったし、妻と何度か新居にも遊びに行ったことがある。

嫁さんとのラブラブな様子も、一人娘に対する目尻の下がった高松の親バカな様子も思い出せる。


「何でまた…」

思いの外ヘビーな話に食前酒の甘さが吹っ飛んだ。

「一昨年、勝瑞高校に転勤になってな。そっからよ」

勝瑞高校は県内でも最北。高松の新居からだと2時間はかかることは、夏に飲んだときに聞いていた。

「部活も忙しくてよ。朝は6時前に家を出て、帰るのは21時過ぎだわ。ようやく寝た娘を起こすと、鬼のように嫁が怒ってよ」


「そりゃそうだ」

俺は実体験を思い出して相づちをうつ。


「たまの休みも部活の練習試合で潰れて、嫁とは喧嘩が絶えんかった」

前菜が運ばれてもなおヘビーな話は続いた。 


重苦しい突然の報告にベビーリーフも萎れる勢いだ。


「で、ある日居なくなってたと」

えんえんと続くヘビーな話で胸焼けをした俺は話をまとめるように言った。


「でもな、突然って思っとったのは俺だけだったんじゃ。気づいたら嫁のお気に入りの家具も、食器も、服も子どものおもちゃも、んで金もぜーんぶ無くなってた。何日もかけて運び出してたのよ。用意周到だったんじゃ」

高松はそう吐き捨てた。

寝に帰るだけの毎日だったから、家庭内の異変に気づかなかったそうだ。


俺は高松に残り少なくなった瓶ビールを注いでやり、スタッフに追加を手で合図する。

「ほうか、そりゃ大変だったんじゃな…」

「…それが去年の8月の終わり。一年前のことなんじゃ」


あれ?急に高松がはにかむような、目尻が下がって、ニヤニヤ顔になった。


「おい、山科よ。朝原由美って覚えてるか?」

「なんで、急に。」

がらっと話が変わり、驚いた。

そして、この男から彼女の名前が出たことに少し驚いた。忘れるはずはない。


「あ、ああ、覚えとる。生徒会の役員、一緒にしとったし。まぁ高校卒業してから会ってないけどな」

事実、色々あってこちらから卒業以後は連絡を絶っていた。


「ほうか!覚えてるか!お前ら仲良かったもんな!」

満足そうに頷く。


「お待たせしました。メインのポルペットーネでございます」

どこかで聞いたことのある、いや、忘れてなどいない声にふと、顔をあげた。


「山科くん、本当に久しぶりだね!」

弾けるような笑顔で彼女は俺に微笑んだ。


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