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寛大な心でお読みください。
ある晴れた春の日の午後。外の空気はまだひんやりとしているが、サンルームの中は陽射しのおかげで暖かい。
眠気を誘われるようななか、二人の子供がクッキーをつまみながらお茶をしている。
一人は黒髪に青い瞳、利発的な顔の男の子。もう一人は金髪に紫の瞳、ふわふわしている女の子。この国の第三王子のシリウス・アンタレスとその婚約者である侯爵令嬢スピカ・ミアプラである。
紅茶を一口飲んだ後おもむろに令嬢が口を開く。
「なんで人魚姫って証拠を持って行かなかったのかしら。」
この令嬢が突拍子もないことを言うことは珍しくないのだが、さすがに慣れている王子も困惑しているようだ。
「なんでそんなことを考えたの?」
「だって、証拠があれば王子を助けたのは自分だって声が無くなっても証明できたと思うの。いっそ髪の毛でも束で抜いとけばよかったのよ。」
「さすがに王子の髪を抜くわけにはいかないんじゃないかな。ハゲの王子様のお話なんてみんな読みたがらないよ。」
「でも、気づいてもらえずに泡になってしまうなんてあんまりだと思わない?」
「まあカフスボタン取るぐらいしてもよかったかもね。」
「世の中のお話はみんなすれ違いすぎなのよ。もっとお互い相談したり話をしていれば幸せになれるのに。」
令嬢は可愛らしいほっぺを膨らませながら不満げに言う。
「二人がどうなるかハラハラするから読むんだろう。盛り上がりもなくハッピーエンドなんてつまらないんじゃないか?」
「まあ、確かに。でも現実でこんなことやってられないわ。だってすれ違いで何年も無駄にしたり、ひどいときには死んでしまったりするのよ。仮死の毒だってちゃんと伝えればよかったのに。」
「悲劇には悲劇の美しさがあって、それが好きな人もいるんだよ。でも、現実では遠慮したいね。」
「私たちって王子と侯爵令嬢で婚約者同士じゃない?こういったすれ違いが起きないように気をつけたほうがいいと思うの。」
「僕は第三王子で王位を継ぐことはほぼないし、きみとの婚約だってお互いの家が望んだことだけどね。」
「とにかく、すれ違いが起きないようにするぶんにはいいことでしょ。二人でどうしたらいいか考えましょう。」
その様子をメイドや執事が暖かい目で見ていることには気づかずに二人はどうしたらいいか相談するのであった。
「だいたい、なんですれ違うかっていったら、自分の気持ちを正直に言わなかったり、情報がちゃんと伝わらなかったりするからなのよね。」
手元のティーカップを見つめながら、少し考えて王子が話す。
「たとえ自分の気持でもなんでもかんでも正直に話すわけにはいかないからね。」
「確かに誰にでも正直に言ってたら貴族失格よ。だからお互いだけには正直に話すの。国に関わることで言えないのだったら、そう言ってくれたらいいわ。」
「情報が伝わらないっていうのはどうする?」
「これが難しいのよね。普通だったら話すか、伝達魔法を使えばいいじゃない?話せなくて魔法も使えない状況をどうするかってことよ。」
「そんな限定的な状況あるかな?」
「次のお茶の時までにどうしたらいいか考えておくわ。シリウスもちゃんと考えておいてね。」
そんなこんなでお茶の時間は和やかに終わったのであった。
ある晴れた春の日の午後。外の空気は温み、サンルームも扉を開放している。
少し動けば汗ばみそうだが通り抜ける風が気持ちよい。二人の子供がマドレーヌをつまみながらお茶をしている。
一人は剣の稽古のせいだろうか少し焼けた肌に切れ長の瞳の男の子。もう一人は、日に焼けてしまったら赤くなってしまうだろう白い肌に丸い瞳の女の子。この国の第三王子のシリウス・アンタレスとその婚約者である侯爵令嬢スピカ・ミアプラである。
令嬢は興奮しながら王子に話す。
「ハンドサインよっ。会えるけど話せないときにハンドサインを使うの。声を出せない時に兵に指示を出すのにハンドサインを出すのですって。」
「一体誰がきみにそんなこと伝えたの。」
「うちの兵隊長よ。それよりどんな時にどんなサインを出すか決めましょう。」
令嬢の楽しそうな様子に王子はあきらめて付き合うことにしたようだ。
なんだかんだ楽しそうにハンドサインを決めている。一通り決め終わり、紅茶を一口飲んだ後おもむろに令嬢が口を開く。
「でも会えなくて魔法も使えないときって、どうしたらいいのかしら。」
「ねえ、それってもう監禁されてるレベルじゃないかな。」
「監禁、大変よっ。人間って水がなければ数日で死んでしまうのよ。すぐ助けにいかないと。」
「一体きみはどこからそんな知識を得るんだろうね。うーん、たとえば普段から伝達魔法で連絡を取り合うようにして、それがいきなり途絶えたら相手に会いに行くか探しにいくようにすれば、なるべくはやく助けにいけるんじゃないかな。」
その言葉に令嬢も納得したようだった。
「それがいいわね。毎日伝達魔法で連絡すればすれ違い防止にもなるし一石二鳥ね。」
そんなこんなで二人は毎日連絡をとりあうようになったのだった。
私もお茶がしたいです。




