婚約破棄を乗り越えて?傷心旅行に向かう ~その後~
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こちら↑の続きです。
学園に併設されている植物園は俺の数少ない安らげる場所の一つだった。
その中でも温室は常に温暖に一定の温度が保たれている為過ごしやすく気に入っていた。
温室の片隅に長時間座っても痛くならない椅子を持ち込み、小さめのサイドテーブルに保温容器に入れてもらった薬草茶を用意して読書に勤しむ時間のなんと愛おしいことか。
それなのに…俺は読んでいた本から視線を目の前でキャンキャンと言い争っている令嬢達に向けて深く溜息を吐いた。
俺の安息の地が蝕まれている。
保温容器に手を伸ばせば、俺の意を汲んだ執事がカップに薬草茶を注いで差し出してくれる。それを受け取り、深く溜息を吐くと令嬢の一人が殊更大きな声で言った。
「貴女方、いい加減になさいませっ!! 殿下はお疲れなんですのよ!?」
「貴女こそ大きな声を出して殿下の気を引こうだなんて浅ましい!!」
「何ですって!?」
「何よ!?」
そんな言い争いが目の前で繰り広げられ俺の精神的疲労が急上昇している。
心の安定を求めてブレンドした薬草茶でも、この疲労感を拭うことが出来ないらしい。
「…殿下、お探し致しましたぞ」
「親衛隊長」
令嬢達の後ろから現れた体格の良い騎士に令嬢達は小さく悲鳴を上げて道を開けた。
「何かあったのか?」
直属の配下である親衛隊長の姿に首を傾げると親衛隊長は未だに俺の周りにいる令嬢達を見据えて低い声で言った。
「人払いを」
「わかった、すまないが親衛隊長と話がある。下がってくれ」
俺がそう言って手を振ると令嬢達は名残惜しそうに一礼して去って行った。
その後姿が温室から出て行くのを確認して俺はズルズルと椅子にだらしなく寄り掛かった。
「お疲れですな」
親衛隊長が笑いを含んだ声で言えば先程まで口を開かなかった執事がクスリと笑いながら親衛隊長にも薬草茶を出した。
「今日はずっとお嬢様方が傍にいましたからね」
「俺は静かに読書したいだけなのに…」
俺は椅子に座りなおして薬草茶を口に含んだ。
そんな俺を見て親衛隊長は姿勢を正して申し訳なさそうに言った。
「お疲れの所、申し訳ございません。殿下」
「何かあったのか?」
「今しがた王宮から伝令が来ました『至急、登城するように』との事です」
親衛隊長の言葉に俺は首を傾げた。
学園は全寮制なので、王宮に帰るのは週末だけだ。
昨日は学園卒業者を対象に祝宴が開かれたので、その片付け等で忙しいと聞いていた。
明日から授業が始まるこのタイミングで登城をするように言われるのは珍しく俺は首を傾げた。
「何があったか聞いているか?」
祝宴で何かトラブルでもあったのかと聞けば護衛隊長は視線を彷徨わせながら小さく答えた。
「…第一王子が婚約を破棄致しました」
「兄上が?」
兄上の婚約者であるサマンサ嬢は幼い頃から決められていた兄の婚約者だ。
武道に秀で、曲がったことが大嫌いな苛烈な人。
俺の中でのサマンサ嬢の印象はそうなっている。
「何故、婚約破棄を?」
「…ある女生徒を虐げたとのことでした」
「ありえないだろう。サマンサ嬢だぞ」
そんな事に手を染める人であるわけが無い。
俺は再度椅子に凭れかかると執事を見上げた。その顔には微笑が貼り付けられ心の内を読み取らせない。
「知っていたか?」
「ある女生徒…セレーナ嬢がサマンサ様に『虐げられた』と周囲に吹聴していたことは知っています」
「真相は?」
「セレーナ嬢の自作自演です」
きっぱりと言い放った執事に俺は溜息を吐く。
この返事からして、学園にセレーナ嬢が在籍している時から目を光らせていた事に他ならない。
「お前ね…知っていたなら、何で何も言わない?」
「ご命令にありませんでしたから」
そう言ってニコリと微笑む執事に俺は押し黙る。
この執事は性格が悪い。
「初めに言ったはずですよ。私は『道具です』と。どう使うかは貴方の采配に任せますと」
「確かに…言っていたな」
「はい」
笑みを深くする執事に俺は椅子に深く沈みこむ。
この一族は使いにくくて仕方ない。
言われたこと、命じられた事は忠実にこなす。
ただ、言われていないこと、命じられていない事に関しては口を噤む。
それが雇い主の不利益になっても。
「登城する。準備を」
「畏まりました。準備が整いましたら呼びに参ります。こちらでお待ち下さい」
執事は一礼して登城するための準備に向かった。
護衛隊長はそんな俺達のやり取りを見て小さく笑った。
「相変わらずですな」
「そう、相変わらずアイツの手のひらで転がされてるよ」
『一応、俺も王子なんだがなぁ』と嘆けば護衛隊長はニヤリと笑う。
「楽しんでおられるようで、何よりですな」
「ああ、楽しいよ」
暫く護衛隊長とお茶を楽しんでいると執事が戻り準備された馬車に乗り込み王宮へと向かった。
道中、昨日の祝宴に関して何か知っていることがあれば報告して欲しいと言えば、出るわ出るわ昨日の祝宴で繰り広げられた婚約破棄の嵐。来賓方の呆れた様子。
そして何より恐ろしかったのが、一番上の姉上の怒り。
ただでさえ、第一王子である兄は姉上に嫌われている。
自分の我侭を押し通そうとする子供の頃から一切成長していない姿には俺も呆れているから姉上の気持ちもよく理解できる。
長子として生まれた姉は誰からも認められるように努力を重ねてきた人だ。
勉強も、社交も、王族に生まれたからには逃れることの出来ない重責から姉は逃げたりしなかった。明るく朗らかな姫の仮面を被り誰よりも何よりも努力を重ねてきた人だ。
その姉上が怒っている。
姉上の怒りを買うような馬鹿な真似をする兄を俺は今回の件で完全に見捨てようと思う。
その兄はありがたいことにクェンティ公爵が常駐している砦に預けられる事に決まったらしい。
流石は姉上。見事な手腕です。
昨日の今日で処分を決定させることなど姉上にしか出来ません。
「と言う訳で。王位継承権、貴方が一位になったから」
目の前に座る姉上が俺を見てニッコリと笑う。
「貴方ならあのお馬鹿と違ってしっかりしてるから大丈夫よね?」
「姉上、流石にあの兄と比べられたら悲しいです」
「そうよね、あのお馬鹿と比べたら貴方が可哀想よね」
姉上は今日も辛辣です。
家族なので取り繕う気持ちが欠片も無いのか普段の淑女言葉も消えている。
国王は心労で寝込んでしまったらしく今王宮内の采配は姉上が行なっているらしい。
もう、姉上が王でも良いのでは?
「今回の騒動で婚約破棄をした馬鹿は13名。その内放逐された馬鹿は7名。半分以上が放逐とか笑っちゃうわね」
「お家騒動とかには発展しませんよね?」
「その件については問題なさそうよ。馬鹿を追い出せてホクホクしてる方から感謝状なら届いているけれど」
家からも見放されてるとか悲しすぎる。
まあ、自分でやったことの責任は自分で取らなきゃね。うん。
「今回の件で継承権が繰り上がったんだけど…そのせいで貴方に山のようなお見合いが舞い込んでるけどどうする?」
「…保留で。お願いします」
俺が遠くを見ながら言うと「そう言うと思ったからこっちで断っておいたわ」と姉上は笑う。
「ただ、いつまでも逃げられたら困るから私が紹介する子には会って貰うわよ」
「姉上の御心のままに」
「よろしい」
俺が胸に手を当ててそう言えば姉上は満足そうに頷いた。
「そう言えば姉上」
「何かしら?」
「セレスティア嬢も婚約破棄されたんですよね?」
「ええ、今は『傷心旅行』と題して【ヤマト国】にカズマと行っているわ。ティアは駄目よ?」
「知ってますよ。カズマが居ないのは何でかと思ったらそういう事ですか」
俺は姉上の采配にニヤニヤと笑ってしまう。
そんな俺の様子に気が付いた姉上は「うふふふ」と口元を扇で隠しながら上品に笑う。
「貴方も気付いていたのね」
「そりゃあ、気付きますよ」
俺と姉上は口を揃えた「「あんなに見つめてたらねえ」」と。
夜会に姉上が参加する際は普段は自己主張しないカズマが自ら立候補するし。
姉上の後ろからセレスティア嬢にばれない程度に見つめているし。
あれでバレていないと思っているカズマが可愛い。
『傷心旅行』の間に何とか良い方向に進むように姉上と共に祈ろうと思う。
「カズマ様【ヤマト国】について伺いたいのですけどよろしいかしら?」
「は、はい。私に答えられる事でしたら何なりと」
「ずばり、主食は何ですの?(お米だよね?お米であってお願い!!)」
「主食は【イーネ】という穀物ですね。こちらでは見たことないんですが(セレスティア様は今日も可愛らしい)」
連載にするかどうか悩み中。