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アレクサンダー建国記(旧バージョン)  作者: 稲荷竜
二章 はぐれ者ども
9/73

2-2

 女の子がいた。



「おっ、生きてんじゃん。ほれ、出るぞチビ狐」



 予想するに、モンスターに村が襲われた時点でここに逃げ込んだのだろう。

 緊急避難っていうやつだ。


 見たところまだ幼いケモミミの少女だ。


 彼女がこんな地下に一人きりでいるんだから、逃げ出した彼女の両親はさぞかし心配していることだろう。仕方ねぇな親御さんのところに連れて行ってやるか――


 そう考えて、間違いに気付いた。


 死んだ瞳に覚えがある。


 あれは外を知らなかったころのイーリィの目だ。


 ボロボロの、しかし布をたっぷり使った衣装。

 俺を見てあきらかに戸惑い揺れる銀色の瞳。

 伸ばしっぱなしなのか、やたら長い銀色の髪。その頭頂部にピンと立つ大きな三角の耳。


 ……そもそも。

 そもそも、俺は今、どうやってこの地下道に降りてきた?


 自分の使った入口を見上げる。

 それは俺の身長の倍ほどの高さがあった。

 背後を見る。

 はしごなりなんなり、ここを出入りするための装置はなにもなかった。


 靴底にこびりついたものを見る。

 それはもともと食事だったと思しきなにかの残りかすだった。



「うっわぁ、ヒデェ……避難のために入った感じじゃねーな。知ってるぞ。コレ。モンスターよりなおひどい人の所業だ。お前、閉じこめられてたんだな」



 すえたニオイがきつくって、ついつい顔をしかめてしまう。

 同時に苦笑までこみあげてくるんだからたまらない。


 だって――また、出会ってしまった。

 イーリィに続いて、二人目だ。



「やっぱり『チートスキル』持ちか。ったく、この世界は狂ってんな。優れた力を持ったやつがいるなら仲良くすりゃいいのに。怖がって閉じこめて、馬鹿みてーだよ、ほんと」

「……」

「チビ狐、さっきから黙ってるけど、生きてるか?」

「……わらわと話すと、呪われるぞえ」



 初めて聞こえたそいつの声は、鼻にかかったような幼さと、少女特有の甲高さ――

 それから、異様に古めかしい響きがあった。



「はあ、呪い? ……ああ、はいはい。そういう理由付けをされてたわけね。色々考えるもんだなあ……イーリィの時は『魔の封印』だったっけ」



 魔の封印?

 魔から守るための封印?

 どうだっけ?


 おっさんの考えた設定をよく思い出せない。

 そっちは今度聞くとして、



「まあ、詳しい事情まではよく知らねーけど、俺が思ったこと言っていい?」

「……」

「お前のしゃべり方、おもしれーな。実際いるんだな、お前みたいなしゃべり方するの。……ありがとう。お前と話して、俺の世界はまた広がった」

「……」

「なあ、今まで閉じこめられてたんだろ? 退屈だったろ? こんな、狭い場所で、ずっと生きてきたわけだろ? つまんなかっただろ?」



 決めつけた。

 反論がないので合ってるっぽい。



「世界の果てを見たくねーか?」

「……世界の、果て?」

「そうだ。世界の、果て。知らない場所。知らない文化。知らない人々。知らないなにかを、見てみたくはねーか?」

「……よくわからぬ」

「よくわからない! 俺もだ! だから見に行く! 俺たちは、その旅の途中なんだ」

「……」

「お前も来い。この世界には魔法がある。モンスターがいる。ダンジョンがある。色んな人種がいる。そのすべてを知り尽くさないだなんて、あんまりにももったいない。この広い箱庭を俺と一緒に遊び尽くそう。お前の力はきっと、そのためにある」

「……しかし、わらわと話すと、……ふっ……不幸にならんのか?」



 不幸、という時に、ちょっとだけためらいがあった。

 どうやら彼女にとって『不幸』という言葉は、楔であり鎖であり――ようするに、通俗的な意味以上の意味があるっぽい。



「不幸?」

「……わらわは、呪われておる。それゆえ、閉じこめられておった。じゃから、わらわが口を開けば、誰かが不幸になると、この村の大人は、み、みんな、信じておったのじゃ。神からの言葉しか、わらわは、語ってはならぬ、のに……」

「……ふうん。で?」

「やはり、わらわの言葉は、つ、通じておらんのか? わらわと、は、は、話すなと、そのように、言っておるつもりなのじゃが……」

「いや、わかるよ。多少は通じにくいけど……でもなんでそんなしゃべり方なんだ?」

「わらわの言葉は、人ならざる者が、わらわの口を借りて発する言葉じゃ。それゆえ、みなと、おっ、同じ、ように、話してはならぬと」

「なるほどね。わかるような、わからないような。まあ、この村なりの信仰があったってことなんだろう。しかし呪いねえ。非科学的な――とか言い出したら、魔法もそうだな」



 科学。

 今さらそんなモンに価値などない。


 剣と魔法のファンタジーだぜ。

 大気の組成がちょっとでもズレただけで人が死ぬような世界の常識が通用するかよ。


 それに、呪い?

 あるかもな。



「まあいいよ。別に、呪いがあったって」

「……じゃが、ふっ、ふ、不幸になると……」

「不幸すら楽しめなくてなんのための冒険だ」

「……」

「目的のモンスターに会えなかったり、欲しいアイテム出なかったり、金策に苦労したり、ダンジョンで死にまくったり、そういうのもひっくるめて『冒険』ってもんだろ? 不幸、いいじゃん、歓迎する。だから」



 近付いて手を差し出す。

 俺の体は小さいが、地面にへたりこんだ彼女はもっともっと小さかった。


 まだまだ幼い女の子だ。


 彼女はこれからもっともっと色んな体験をしていい。

 誰が彼女をここに閉じこめてたかは知らねーし、閉じこめたやつにもそいつなりの理由やら信念やらがあったんだろう。


 監禁の自由。


 それはそれで肯定するが、残念ながらその自由は俺の方針とカチ合う。


 監禁を働いたそいつが、あるいはそいつらが、この子になにを言い聞かせたかはまだ知らない。

 彼女と会話をすると不幸になる呪いは実在するのかもしれない。


 でもそれらは、こんな場所でうずくまってる理由にはならないし、俺が手を伸ばさない理由にもならない。



「お前の言葉で俺を不幸にしてくれ。俺の力で、不幸を『いい思い出』に変えてやるから」



 言い終えた瞬間、ほぼ光のなかった地下空洞が明るくなった。


 ――思わず、息を呑む。


 その、小さくて、ボロボロで、薄汚れた女の子は――

 月光を受けて、あまりにも美しく銀色にきらめいていた。



「で、俺の名前はアレクサンダーだけど、お前は?」

「……わっ、わらわに、名はない。わらわは、『呪われし子供』……」

「じゃあ俺が名付けるか。そうだなあ……」



 ヤベーぐらいなにも思いつかない。

 こういう時はシチュエーションから考えよう。


 差しこむ月光。輝く銀髪の少女。

 地下空洞に閉じこめられていた。



「カグヤ。俺の元いた世界の、昔話のヒロインだ」



 日本でもっとも有名な『監禁されたヒロイン』の名前だ。

 竹切ってたら竹が輝いて中から女の子が! とかどんだけキャッチーな登場してんだよ。ラノベでもそんな出会い方しねーよ。

 もしやっても『竹から女の子は出てこないと思います』とかマジレスされるわ。



「月光を受けて輝く、狭い場所に閉じこめられてた女の子。ちょうどいい名前だろ」



 女の子は『カグヤ』と小さくつぶやいた。

 気に入ってくれたようでなによりだ。


 俺は笑う。

 笑って、空を見上げて思う。


 ああ、なんて高い夜空だ。

 ……この地下空洞、どうやって出よう。

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