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絶対面白いから一緒に旅をしよう、と言った。
ところが「この人数でいきなり旅をするのは無理だ」と言われた。
そりゃそうだったので、俺はとりあえずイーリィと二人で旅立つことにした――
旅立つことに、したかったのだが。
「待ってよアレクサンダー! 信仰の否定はどうなったんだ!? 旅って!? どういうこと!?」
村の連中が、心情的においてけぼりだったのである……!
まあ、俺とおっさんとイーリィで話を勝手に進めたからしょうがないね。
かくして俺は準備と状況の説明に三日ぐらい費やすことになり、イーリィを連れ出すことに反対する連中を殴って言うこと聞かせる羽目になった。
「いいか、俺がしたのは、略奪だ。お前らから、信仰と安寧を奪った。お前らを、奪った。お前らから『旅をしない自由』を奪った。一緒に来い。以上。文句がある? よし、殴り合おうぜ! そういう話だ」
「そんな野蛮な話が通るものか!」
「そうかい。盗人に道理を説くのがお好き? 結構! そんなこと言ってられなくしてやりますよ!」
「……くう……! で、でもさあ!」
「野蛮なのを認めたくないなら、野蛮を排除できる秩序基盤を作るべきだ」
「……」
「いいか、ある日『無敵の人』が暴れた程度で瓦解するような秩序は、ある日無敵の人が現れて瓦解するんだよ。今がその時で、無敵の人が俺だった」
「ま、またよくわからないことを言って……!」
「もっと鍛えろって話だよ」
「……」
「お前たちはもっと強く、賢くなれるんだ。……だからさ、色んなものを一緒に見ようぜ。世界の果てを目指す旅路でさ。その刺激が、お前たちの可能性を芽吹かせるはずだ」
いくらかの賛同と納得は得られたが――
もちろん、不満そうにしながら、表立って声を挙げないやつもいて、そいつらの心に残った『しこり』は尾を引き、いずれ噴出するだろう。
そういうの、すごくいいと思う。
俺一人の意見に全員が納得し、『素晴らしいよアレクサンダーくん! 旅をしよう! 最高だ! 聖女も連れて行ってくれ! 僕らは僕らであとを追う!』となったら、はっきり言って、気持ちが悪い。
それはもはや宗教であり、俺を神とした信仰だ。
だから俺は、そうなるべきじゃないと思っている。
不満は人を進歩させる原動力になる。
改善点がハッキリ見えるから、人は改善のための努力をするんだ。
まあ、あと、さっさと旅立ちたいし。
全員を丁寧に説得してるヒマも根気もない俺としては、適度な不満が残りつつも足を進めることに注力したいのだった。
どのみち、村人たちが今すぐに全員旅立つということはなさそうだった。
なんだかんだ五十人ぐらいはいて、老人も赤ん坊もいるもので、『旅で食べるもの』とか『寝床』とかの準備には相応の期間が必要だ。
だが、おっさんは、「いずれ必ず、あとを追う」と言ってくれた。
そのおっさんから、提案があった。
「印を決めておこう」
「『印』って?」
「アレクサンダー、我らは……旅をする者は、お前のあとを追う。だが、お前が通った場所がわからなければ、あとを追いようがない」
「そりゃそうだな」
「だから、印だ。『ここを通った』『ここは通れる』とわかる印を、道々に刻んでほしい。お前のあとを追う時に、その印を見て、お前を追える」
「なるほど」
マークの考案には半日ぐらいかけたが、いいものができたと思う。
アイデアのお礼に、ネタバラシをした。
「モンスターな、たぶん、もう出ないと思う」
アレクサンダーの殺された森の奥には、石でできた塔があった。
どうやらモンスターどもはそこから湧いているらしいと思った俺は、レベリング目的でその塔に通い詰めたのだが――
塔の最奥――最上階にいる、ひときわ巨大で強いモンスターを倒したあと、目に見えてモンスターの個体数が減ったのだ。
「たぶんモンスターどもの母体みたいなもんじゃないかな。マザーと呼ぶか、まあ、ダンジョンの最奥にいたし『ダンジョンマスター』だな。そいつを倒すと、似た形状のモンスターがわかなくなる。だから俺がそいつを倒した一年前ぐらいから、村を悩ませてた狼型モンスターは、ぽつぽつと残党がいただけで、ほとんど出てない」
一年前っていうのは、つまり、モンスター狩り部隊がストライキを起こした時であった。
そう、俺たちはその当時、ほぼ無駄飯喰らいで――
ストライキもなにも、仕事はなかったのであった。
「嘘つきのアレクサンダーめ!」
当然ながら猛烈に怒られたが、村は平和になりました。めでたしめでたし。
これからも道々でモンスターを狩りダンジョンマスターを倒し、道中の安全を確保することを安請け合いしながら――
俺とイーリィは、ついに、旅立ちの日を迎えた。
◆
木製の壁で囲まれた村を出れば、果てのない青空が広がっている。
空を照らす天体はちょうど中天にさしかかったところで、見上げればあまりのまばゆさに目を細めざるを得ない。
手を伸ばす。
地上から見ても、その天体は、つかめないほどの大きさだった。
俺の手は小さくて――
世界はあまりにも、大きい。
「本当によかったのか?」
隣を歩くイーリィにたずねる。
彼女はオヤジからもらった杖をつきつつ、楚々とした足取りで歩んでいた。
三年前は俺と身長の変わらなかったちんちくちんだったのに、もう、俺よりずっと背が高い。
なびく桃色の髪、陽光に――それが『陽光』かどうかはまだわからないが――照らされた真っ白い頬。どこか遠くを見る桃色の瞳は、もう『造作が綺麗なだけ』ではなく、普通に綺麗で、なんか悔しい。
「なにがですか?」
彼女は俺を見下ろす。
俺は――十二歳から体格の変わらない俺は、彼女を見上げる。
「俺についてきて、よかったのか、って」
「……兄さんの気遣いどころがまったくわからないんですが……『殴ってでも連れて行く』とか言ってませんでした?」
「殴って連れて行く展開にならなかったからさ。……まあ、なんだ。殴って連れて行くと言いはしたけど、本気でそうするつもりだったかはまた別な話っていうか、そういう覚悟があった、ぐらいのつもりだったっていうか……」
「……どうしてそこで弱々しくなるんですか」
「……わからん」
俺が彼女に対して日和った物言いをしてしまう理由――
たぶん、イーリィに対して、アレクサンダーの『憧れ』が胸に残ってるからだろう。
幼い彼の願いを、俺は知っている。
心に抱いた景色を、知っている。
――花の香りがする牢獄には、閉じこめられた女の子がいた。
アレクサンダーはその子の手をとって、外に連れ出す景色を描いていた。
閉じられた扉を開ける。
戸惑うその子の手をとる。
ドアから一歩踏み出せば――
狭苦しい神殿は消えて、あたりには花びらの舞う青空だけが広がっている。
……そこは、優しく、理想的な世界だった。
みんなで仲良く、歩いていく。
先の見えない、緑満ちた世界を、歌いながら、仲良く、歩いていく。
みんな、手をつないで。
アレクサンダーの右手は、桃色の目の女の子とつながっていて――
ふと、横を見れば。
牢獄にいたころには決して笑わなかったその子が、楽しげに、笑っている。
……そんな夢を、彼は抱いていた。
「なあ、イーリィ、手でもつなぐか」
「え? はい」
あまりにもためらいなく、手が差し出された。
俺の方がびっくりする。
「どうしたんですか兄さん? 手をつなぐかって言いましたよね?」
「……いや」
うん、まあ、世界観の違いから来る、感覚の違いか。
あるいはこいつ、俺の見た目から、俺のこと『手のかかる弟』ぐらいに思ってる可能性がある。
まあいいや。
俺は、差し出された手をつなぐ。
子供っぽくぶんぶん振れば、「どうしました」とイーリィは笑っていた。
「……いや、まあ、夢の一つが叶ったんだろうなって思ってさ」
「どういうことですか?」
普段からよくまわる俺の口は、しかし、言葉をつむがない。
嘘でもハッタリでも、なんだって言い様はあるはずなのに、イーリィの何気ない疑問に答えることができない。
「……ああ、こういうこともあるんだな」
このもどかしい感情もまた、冒険によって得た知見の一つなのだろう。
もしもこの感覚を言葉にするならば――
「世界が、広がった感じだ」
そういうこと、なのかもしれない。
コミカライズ版『セーブ&ロードのできる宿屋さん』更新に合わせて投稿していきます
次は1月3日更新予定です
追加
と、思ったけど冬コミの行列中とか暇だろうし、コミケ2日目に二章、3日目に三章を投稿します
暇つぶしに使ってください