7-5
「姉さんよりも説明のうまいやつを連れてきたぞ」
姉さんが連れてきたのは、七人いるという戦乙女の七人目だった。
真っ黒い髪に真っ黒い瞳の、やや眉の太い女性である。
きまじめそうな顔をしたその人は、急に俺たちの前に引っ立てられて混乱していた。
「あの、なんでありましょうか、いきなり」
その人は妙にかたいしゃべりかたで、姉さんに問いかける。
姉さんはまじめそうに考え込んでから、
「……説明をしてほしいんだ。私にしたみたいに」
「え? な、なにについて?」
「くじらについて。あれを倒したいっていう話だ」
「ああ、それは――」
連れてこられた女性は、視線を周囲にめぐらせた。
時刻はもう夜で、室内はランプによって照らされるのみだった。
戦乙女詰め所として接収された家屋内には、もう、誰もいない。
姉さんと彼女以外の戦乙女はそれぞれの家に戻り、この家の本来の持ち主はどこかの長屋の一室を仮の寝床にしているようだった。
「――それは、おいそれと部外者に話すことではないのであります。くじらは我々にとって神であり、そして眠れる災厄であり……とにかく、『倒す』と呼びかけることさえやっかいな存在で……」
「姉さんはあまり難しい話はわからない」
「……」
「でも、姉さんに言えた話なら、アレクサンダーたちにも言える。アレクサンダーも、頭も、姉さんの大事な仲間で……君は弟だ」
「あの、自分は女性なのでありますが」
「弟に性別は関係ない。姉さんが守りたい相手は、みな弟だ」
「……」
「ああ、そうだった。アレクサンダー、紹介する。テューネだ」
「名前紹介のタイミングおかしくないですか!?」
「姉さんは順序立ててものを話すのをとても苦手に思っている……」
「……ああもう、本当にあなたは……」
テューネは頭を抱えた。
でも、どこかうれしそうだった。
「……ええと、今、ご紹介にあずかりました、テューネであります。あなたたちが、その、弟さん?」
「まあそういう扱いをされてるな。実際、姉さんよりは年下だと思う。たぶん」
「『たぶん』……? あきらかに年下のように見えるでありますが」
「見た目よりは実年齢高めだぜ。……まあ、そんな話はどうだっていいんだ。俺はくじらについて知りたい。戦乙女についても知りたい。っていうか、知らないことは、みんな知りたい! 新しい話は俺にとっちゃ甘いお菓子みてーなもんさ。それをあんたがくれるんなら、俺は最大限の敬意をもってあんたになつくぜ」
「……なかなかヤンチャな子のようでありますな」
テューネは長い黒髪の、もみあげあたりをくりくりとねじった。
困惑した時のクセなのかもしれない。
しばらくテューネは太い眉をハの字にして考え込んでいたが――
「まあ、いいでしょう」とあきらめたような、吹っ切れたようなつぶやきを漏らしてから、黒い瞳で俺を見た。
「……我らの親世代は、もともと、ここよりあちら――」西側を指している。「――のほうで、奴隷として扱われていたのであります」
「ほう。じゃあ、『魔法の首輪』はそこで得たものか」
「そうでありますな。その当時、奴隷の扱いはひどいもので……まあ、自分は当時生まれていないので、実際にどうだったかはわかりかねるのでありますが、少なくとも、反乱がそこここで起き、こうして街一つ形成できるほどの逃亡者が出るぐらいのことをされていたようであります」
「イメージ通りの奴隷扱いか」
「……我らの母たちは、命からがらこの周辺まで逃げてきて……そして追いかけてきた軍勢に追い詰められた時、あのくじらに救われたのであります」
「……あれは、なんなんだ?」
「おそらく、モンスターでありますな」
「モンスター? 野生動物じゃなく?」
「あんなのがモンスターでなくて、なんだというのでありますか……」
「……まあ、まあ、そうか。そうだな。続けてくれ」
「はい……? ええと、母の話によると、『突如天からあらわれ、追っ手を蹴散らした。大地をえぐりながら転がり、あのおぞましき街の軍勢を轢きつぶした。そうしてある場所で止まり、唐突に眠った』とのことで」
「……意味がわからん。まあしかし、美少女と授かり物はたいてい空から降ってくるしな……インカ文明において食糧難を救ったトウモロコシの種は、金色の輝きとともに空から降り注いだって話だ。ありがたいもんはとりあえず空から降らしておくのが、口伝として迫力がある」
「……ええと」
「ああ、悪い悪い。考えが口に出るのが悪癖でな。続けてくれよ」
「……くじらは、我ら――の、親世代をこっぴどく扱っていた街の軍勢を蹴散らし、さらに、革、肉、脂の恩恵を我らにくだすったのであります。今もこの街は、その恩恵にあずかるかたちで存続している……」
「ちなみに『おぞましき街』とかいうのは?」
「二十年ほど前に斥候を放ったところ、モンスターの巣窟になっていたということで……それもこれも、くじらがもたらした恩恵であると、伝わっているのであります」
「くじらめっちゃいいヤツじゃん」
「ええ、まさに。非の打ち所のない天よりの御遣いであります」
「それを倒そうって機運が持ち上がってるのはなんで?」
「機運が持ち上がっている、というか」
テューネは視線を泳がせた。
言おうか、言うまいか、迷っている様子だ。
なにか一押しするべきか――
俺が悩んでいるあいだに、テューネは、決意したらしい。
「自分をふくめ、戦乙女のうち三名が……今は、四名が、そうすべきだと考えているのであります」
「放置してもメリットしかねーんじゃねーの? だいたい、肉、革、脂を無限にもたらしてくれる素敵存在とか、倒したらどうすんだよ、生活とか」
「たちいかなくなるのであります。しかし……アレは、アレは……あの、眠れる災厄は」
テューネの体が震えている。
それは恐怖か、怒りか――くじらの脂を用いたとおぼしきランプの明かりだけでは、うつむいた彼女の表情がわからない。
彼女は震えをのみこみ、押し殺したような、声で言う。
「あのくじらは、生贄を求めるのであります。……それも、鍛錬を積んだ、戦乙女の、生贄を」




