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アレクサンダー建国記(旧バージョン)  作者: 稲荷竜
七章 くじらと奴隷の街
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7-3

 いまいち気が進まないので、その場にいた戦乙女五名すべてに勝利してしまった。


 戦いは次第に『俺を奴隷にする権利』を求めるものになっていって、俺に勝った者が俺を奴隷化できるという取り決めがいつしか生まれていた。

 サドっぽい金髪のお姉さんに勝利して、ヤンデレっぽい赤毛のお姉さんに勝利したころ、残った三人がいっせいに立ち上がり奴隷くんと一緒にせめてきた。


 こうなるともうテンションも心配ないぐらい高まっている。俺は戦いが好きだ。危機的状況が好きだ。追い詰められると『ああ、冒険してる!』って気分になってくる。

 冒険が好きだ。大好きだ。俺は未知なる刺激に飢えていた。行こうぜ! 世界の果て(比喩表現)へ!

 俺は剣に力を込めた。ダヴィッド製の魔剣は俺のやる気に応じて青白い非実体の刃を伸ばす。


 それでもやっぱり目的は『負ける』ことだから、俺はいいところで負けようと思っていた。

 戦乙女でパッと見ただけでアブノーマルだとわかるのは金髪と赤毛の二人だけで、あとは普通に奴隷を四つん這いにさせたりかわいがったりしている一般戦乙女だったのだ。

 この三人なら誰でもいいやと思い、てきとうに戦っててきとうに負けようと思っていた――


 ところが、三人同時、しかも相手を傷つけすぎないように立ち回るのがなかなか難しい。

 難しくて、楽しくなってくる。


 俺には楽しすぎると目的を見失う悪癖があって、次第に目の前のことしか考えられなくなっていく……

 戦いはいい。今回の戦いは正直言って命を失わないぬるいやりとりではあるのだが、それでも縛りプレイみたいなおもしろさに俺はすっかり夢中になってしまい――

 気づいたら戦乙女五名とその側近奴隷五名、合わせて十名をすべて倒してしまっていた。



「どうした!? もっとがんばれよ!」



 俺は倒れるみんなを励ました。

 けれど誰も応じてくれない……みな倒れ伏してうめいているだけだ。そんなに痛くしてないつもりだが、最近の俺は痛覚がにぶくて、人の痛みがわからないようになってきている気がしなくもなかった。


 あたりには無残に砕けた家屋の残骸が散らばっていて、器物破損と傷害により俺はさっさと逮捕されるべきに違いない。


 この街の法をつかさどる警察組織であるところの戦乙女たちには、俺という悪を成敗するためにもっと気合い出してほしい。

「いけるって。もっといけるはずだ。お前たちには可能性がある! それを自分の意思で閉ざすな! 立ち上がって戦えよ、正義の味方!」

 俺はみんなを励ました。でも誰も応じてくれなかった。


 というか戦乙女って五人だけ?


 そうではなかったはずだ――事前調査によれば、七人はいるはずなのだ。

 七人の女性たちがこの街の王であり法であり、最強の剣であり民を守る盾であるはずだ。あと二人いるだろう。奴隷だって、まだまだいるはずだ。


 新しい戦乙女が騒ぎを聞きつけて寄ってきていないか、俺は周囲を探した。


 そこらには騒ぎを聞きつけたギャラリーたちがいるばかりで、残り二人の戦乙女の姿は見えなかった。

 街の人々はみな不安そうな顔をしている。自分たちの生活の安全を保証していた戦乙女が五人ほど転がされているのだ、無理もない。


 かわいそうに……俺は素直に哀れんだ。


 世界で生きるには力が必要で、その力を他者に求めるか自己に求めるか選択する権利は誰にでもある。

 今、俺を遠巻きに見ているのは、戦乙女という存在に生きるための力を求めた連中だ。己を鍛えるのではなく、他者を信じることで生き抜くための兵力を得ている連中なのだ。

 彼ら彼女らにとって、戦乙女というのは信頼に足る武力だったのだろう。それが無残に倒れ伏している姿を見て、彼ら彼女らはなにを思うのか……俺ならこう思う。『筋トレしておけばよかった……』と。



「や、やめろ……」



 金髪の戦乙女から声があがる。

 やめろと言われても、俺はとっくに彼女らへの攻め手を止めている。なにをやめろと言われたのか……

 あ、そうか。

 俺が民衆に視線をめぐらせるのを見て、そちらに剣を向ける気だと勘違いしたのだろう。


 その勘違いを利用すべきかどうか。


 ここからいきなり投降するのも不自然だし、増援は見当たらないし、俺はどこかで自然に負ける方法を模索していた。

 民衆を狙う俺。それを止める戦乙女。想いの力が普段以上の力を発揮させ、俺は敗れる。戦乙女は見事に俺を倒し、街は救われる……そういうプランでいこう。


 だが、どうやら俺はそこまで悪役にならなくてもいいようだった。



「アレクサンダー!」



 聞き覚えのある声がとどいて、俺はそちらを見た。


 視線の先にいたのは、美しい面立ちをした、頭身の高い美女だ。

 真っ白い髪に真っ白い肌。左右で色の違う瞳をしているその人は、どうやら探していた姉さんその人で――


 姉さんは、鮮やかに赤く色づけされた、革製の鎧をまとっていた。


 その鎧は倒れ伏す戦乙女たちとそろいのもので、つまり――



「……姉さん、なんで戦乙女になってんの?」



 犯罪者として捕まったはずの姉さんは、なぜか公務員に転職していたのである。

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