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アレクサンダー建国記(旧バージョン)  作者: 稲荷竜
七章 くじらと奴隷の街
63/73

7-2

 窃盗か傷害か器物破損か、それが問題だ。


 この街には七箇条の法律が存在していて、それらを総括すると『人に優しく』となる。

 ようするにこの街の者になんらかの損害をあたえた場合、逮捕される権利(・・・・・・・)が発生するのだ。


 罪の度合いとしては殺人がもっとも重く、次いで傷害、器物破損、窃盗と続く。

 どの行為がなにに分類されるかは、戦乙女のさじ加減によるようだった。戦乙女は警察と司法をかねているのだ。戦乙女が罪と判断したら、罪がそこに生まれる。


 ある一つの機関が『気分次第で人を罪人にできる』権利を有しているという状況なら、人々はいつ自分が罪人にされるかわからないはずだ。

 ならば街の人たちの様子はさぞビクビクしたものになる――かと思えば、『戦乙女』に対するおびえはない様子だった。

 みな、戦乙女についてたずねられると、まるで自慢の家族の話でもするみたいに、にこやかに語ってくれる。


 きっと公正な――少なくとも一般市民からはそう見える――判断をもって罪人を生み出しているのだろう。

 専横し放題っぽい立ち位置なのだが、『戦乙女』という存在が複数いるっぽいので、相互監視ができているのかもしれなかった。


 さて、姉さんを救いたい俺たちには、大きく分けて二つ、選びうるルートがある。


『あっさり』と『どっぷり』だ。


『あっさり』――これはもちろん、正面衝突だ。

 街の人を巻き込み、戦乙女のすべてを倒して、そのあとで姉さんを救う。すべてを敵にまわしておこなう皆殺しRTA(リアルタイムアタック)である。

 これのなにがいいかっていうと、面倒なことがなにもないというあたりだろう。

 もちろん戦乙女のステータスぐらいは閲覧しておくべきだが、こちらにはサロモンもいるし、まず失敗しないと思う。


 ただしこの方法を選んでしまうと様々なものを取りこぼすことになる。


『戦乙女』という権力機構がなぜ生まれたのか?

 その戦乙女たちは、なぜ、こんなにも街の人から人気があるのか?


 そして、街の中央で眠るくじら(・・・)とは?


 なぜあんなものの周囲に街を形成したのか? それとも、街があって、そこにあとからくじら(・・・)が来たのか?

 あの巨大生物は倒されるでも周囲を滅ぼすでもなく、なぜあんな場所で眠りについているのか?

 ――『あっさり』プランだと、これらの謎をまったく解き明かさないまま、目的だけ遂行して街を去る羽目になるのだ。


 対して『どっぷり』プランでは、まずこの街の一員になるところから始める。

 難点はもちろん時間がかかることだ。俺は世界の果てを目指しているので、数年とかいう単位がかかるとさすがに面倒すぎてイヤになる。


 だから俺は、三つ目のプランを選んだ。


 最初『どっぷり』のつもりでやって――

 飽きたら『あっさり』に切り替える。

 実際に皆殺しをするのか、はたまた比喩で終わるのかは状況による。



「それで、実際のところ、どのようにして『街の一員』になります?」



 シロの問いかけに、俺はちょっと悩んで答えた。



「奴隷になって、戦乙女の手下になろうと思う」



 奴隷たちは、元罪人だという。

 だから俺はなんらかの犯罪行為を働こうと思った。

 窃盗か傷害か器物破損か、それが問題だ。





 翌朝。

 せっかくなので、戦乙女の詰め所をぶちこわすことにした(器物破損)。


 俺も成長している。罪のない人々の生活をぶちこわすことに多少の遠慮を覚えるようになっていたのだった。だから罪のない戦乙女の生活をぶちこわすことにしたのだ。

 まあなにをして『罪』とするかは時代柄と場所によりけりだ。

『生きているということは罪を背負っているということだ』とかいう理論も俺の世界にはあったので、そこはほら、ケースバイケースってことで、その時々によっていろんな理屈を振り回そうと思う。


 戦乙女の詰め所はくじら(・・・)の南側にあって、周囲の建物よりやや大きな木造二階建てだった。


 シロとは別行動を選んだから、一人きりで乗り込む。

 俺は詰め所の開け放たれた入口からひょっこりと顔を出した。

「お邪魔しまーす」中には五人の戦乙女たちがいて、そいつらはお気に入りとおぼしき奴隷にエサやりをしているところだった。


 ……。


 なにかこうスルーしてはいけない異様な光景が見えた気がする。


 鮮やかに赤く色づけされた革製の鎧(たぶん戦乙女の制服だ)をまとった女性(少女?)たちが――

『半裸で首輪をつけた男たち』を四つん這いにさせて、その口に食事を運んだり、頭をなでたりしている。


 奴隷たちはみな見た目がよい。

 時代柄か細身はいないが、みな屈強な体つきをしていて、理知的だったりワイルドだったりという方向性の違いはありつつも、高い水準で整った顔立ちをしている者ばかりだった。


 俺はキレることにした。


 さすがの俺もまったくフラットな精神状態でいきなり器物破損はできない。暴力の行使にはテンションが必要で、テンションはだいたいキレれば手に入る。

 なので器物破損という目的のためにはなんらかの義憤がほしいところだったわけで、『ペット扱いされている男たち』というのは、ギリギリ義憤を感じれないこともない光景だった。


 うおー! 男を解放しろ! 奴隷なんか許さない! 俺はそんな気持ちで剣を抜いた。

 実際のところ男の奴隷化もペット扱いも『そうしたいならそうすればいい』ぐらいにしか思っていないので、怒りのボルテージはいまいちたまらない。だが、剣を抜けばあとはこっちのものだ。俺はとりあえず近場の壁をぶっ壊した。


「かわいいじゃないか」


 戦乙女のお姉様からは過分な評価をいただいて、俺は「えぇ……?」と素で返してしまう。

『かわいい』て。

 いきなり剣抜いて壁ぶっ壊した頭おかしい子供に言うセリフ?

 せっかく無理矢理高めた怒りのボルテージが維持できない。なにかないだろうか、俺が気持ちよく遠慮斟酌を忘れて破壊活動に専念するための怒りの材料が……


 あっ、姉さんがとらわれてるじゃないか。


 俺はようやく目的を思い出した。

 緊張していたのだろう。

『戦乙女について知りたい』『くじら(・・・)とはなんなのか?』『この街はどうしてこういうかたちに落ち着いているのか?』

 そんな疑問ばかりで頭がいっぱいになって、この街におとずれた本来の目的を忘れていた。


 俺は「姉さんを返せ!」と叫びながら近場の壁を壊した。

 戦乙女たちは目配せをして、それから代表者が一人立ち上がった。


「おい」


 おつきの奴隷にそれだけ言うと、奴隷はすぐさま戦乙女になにかを差し出した。

 ムチである――またしても革製品だ。


 この街では金属製品や石製品をほとんど見ないが、代わりにそこらじゅうで革製品を見かける。

 きっとくじら(・・・)からとれる皮がよほど膨大なのだ。

 そういえば、かなりの規模で皮をはいでいたが、くじらの表皮には『過去に皮をはがれたような傷跡』がなかった。あの巨大さゆえか、かなりの面積で皮をはいでも治るのだろう。ひょっとしたら脂や肉なんかも利用されているのかもしれない。


 さてムチを受け取った戦乙女は、ためし振りとばかりに、ムチを運んだ奴隷の背中(奴隷はずっと四足歩行している)に、ムチを打ち付けた。

 ビュン! ピシィッ! という音が響き、奴隷の背中に一条の傷跡が刻まれる。


「よし」


 よしじゃないが。

 戦乙女はムチをヒュンヒュン振りながら、俺へと一歩近づいて、長くてさらさらした金髪をかきあげて、言った。


「君を捕まえて私の奴隷にしてあげよう」


 かくして俺は器物破損により、晴れて逮捕権を行使される権利を得たのだった。

 でもなんていうの?

 あいつの奴隷はいやだな……無意味にムチ打たれるのは、趣味じゃないっていうかさ。

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