7-1
その街には真っ黒い巨大なドームがあって、人々の生活はその周囲でいとなまれていた。
土の地面の上にはいくつかの木造の長屋が建っていて、昼時ともなればその周囲で人々が集まり炊事の煙をあげている。
人々はよそ者に寛容で、子供に優しい。
さまざまな人種が入り交じっているその街には、そもそも他民族を受け入れてきた歴史があるのかもしれなかった。
昼時の街を歩けば、いろんな『店』があるのが確認できる。
料理を出す店、作物を売る店。
区画まるごと革製品を扱っている場所もあって、あたりには皮をなめすためと思われる、薬品のニオイがただよっていた。
歩き続けて、ドームの正面に立つ。
街の中央にあるそのドームは、近くで見るとひくほどデカイ。
昼間から夜にさしかかるまで、たっぷり時間をかけて周囲をぐるりとまわった。
その結果、それは『ドーム状の建物』ではなく、『地面から突き出た半球状のナニカ』であることが判明する――ようするに、それには『入口』がない。
そして遠目には石造りのように思われたそのドーム状の物体は、どうにも――
「……生き物、だよな、これ」
触れても温度は感じないが、手触りは人の皮膚に近い。
ジッと注目しなければ気づかない程度だが、わずかに膨張と収縮を繰り返している――たぶん、呼吸をしているのだろう。
夕刻にはコレのそばに人が集まり、皮をはいでいる姿も見かけられた。
コレは痛がるそぶりもなく、ただ、黙って、膨張と収縮を繰り返していた。……寝ているのだろう。皮を剥がれても気づかないとは、よほど深い眠りらしい。
ドラゴンなんか目じゃない巨大さの、皮を剥がれても気づかないほど鈍重な生き物。
その巨大さは、俺が前世を過ごした世界にあった、『野球場』を思わせる――おおよそ、ほかの生き物と比較できるものではない、ばかでかさ。
この生き物は、なぜこんな場所で寝こけているのか?
ただ、自分の意思で眠っているのか? それともなにかに眠らされたのか……
これだけ巨大なら少し動くだけで周囲にもたらす被害は甚大だろうに、なぜ、人々はこの周囲に街を築き、生活をしているのか――
「くじら」
背後からの声に振り返る。
突如そこにあらわれた、肌も髪も真っ白い男は、最初から俺に同行していたみたいに、なんでもない調子で続ける。
「そういう名前の生き物だそうですよ。……では、とらわれた彼女について、落ち着ける場所でくわしい話をしましょうか、アレクサンダー」
ここはくじらの眠る街。
姉さんのとらわれたその街で、俺はようやく、シロとの合流を果たしたのだった。
◆
「お一人ですか?」
喫茶店かな?
その街には人の存在しない区画があって、そこはどうやら死者などを埋葬する霊園のようだった。
管理小屋にいた顔色の悪い男にいくらかの食料を渡すと、そいつはギョロリと突き出た目で俺を見たあと、なにも言わずにその場を去っていった。
シロと二人、霊園の管理小屋で向かい合う。
薄っぺらい小屋の壁に背中をあずけて見れば、シロは潜伏生活もそこそこ長いはずなのに、血色もよく、着ている、袈裟のような港町の伝統以上もこぎれいで、長い白髪もあいかわらずさらさらだった。
「ああ、一人だよ。イーリィとかは街の外においてきた。これからの戦いにはついてこれそうもない……」
「そうでしょうね」
シロは、いつもの笑んだような表情を崩すことなく、
「彼女を助けるのは、イーリィさんや、ダヴィッドさんには難しい。なにせ――罪を犯して投獄された者を救おうとしていますから。正義感? が邪魔でしょうね」
「……あー。やっぱり姉さんは、普通に悪いことして捕まったのか」
街の人々はよそ者に寛容で、子供に優しかった。
折れた大剣を背負っている、見た目だけなら十二歳相当の俺が、昼間からウロウロしていると、心配そうに声をかけてきて、場合によってはオヤツ相当の食料なんかを渡されたぐらいだ。
なので、姉さんが『よそ者だから』という理由でとらわれたとは考えにくい。
さまざまな人種もいた。
魔族というのは『異なる二つの種族のあいだから生まれる』ものだ。当然、『さまざまな人種がいる』この街にいないはずもない。
その魔族も普通に生活している様子があったので、人種が理由でとらわれたわけでもないだろう。
ならば姉さんは『とらわれるような悪いこと』をしたのだろう。
そして、この街の法にのっとり、犯罪者として捕まったのだと想像できる。
たぶん窃盗じゃないかなあと想像するが、まあ、細かいところはあまり興味がわかない。
「聡明なるアレクサンダーはお気づきかと思いますが、この街には治安維持専門の部隊……犯罪者をとらえたり、モンスターに対処したりするための人々がいます」
「俺へのむやみに高い評価をやめろ。シロに言われると皮肉に聞こえる」
「おや、そうですか? あっはっは。そう聞こえたなら失礼。しかし皮肉でなく、あなたはたまに異常な洞察力を発揮しますからねえ。特に『異文化』や『他者の怒らせかた』については、尋常ならざる観察眼をもっているように思える」
「……まあ興味のあるポイントには目がいくってだけの話だがな。……で? その『専門部隊』が、『首輪をした男たち』か?」
「ウー・フー老師がそのように?」
「ああ、そうだ……っていうか『老師』ってなんだよ」
「彼女がそのように呼べ、と。まあそう言われてから数日経っているので、そろそろ飽きているころあいかと思いますが」
「なんかこう端々にしょうもねーエピソードを転がしてるばあさんだな……あのな、俺が聞いたのは『首輪をした男たちに姉さんがとらわれた』ってだけだ。今のは想像だよ」
「あなたの想像は半分合っていて、半分間違っています。『首輪をした男たち』は治安維持部隊ではありますが、治安維持部隊ではないのです」
「意味がわかるように、もったいぶらずに話せ」
不機嫌丸出しで告げれば、シロはにこやかにうなずく。
「治安維持のための部隊――『守護騎士』などいくつかの呼び名がある者たちは、『首輪をした男たち』の上にいるのです。すなわち、いくつかある部隊の長が、この街で『守護騎士』『平和を守る戦士たち』『戦乙女』と呼ばれている人々というわけですね」
「……『戦乙女』、ねえ。……ってことは、首輪をした連中はなんだ?」
「首輪の者らは戦乙女たちの忠実なる盾であり槍なのです。……まあこの街のことを考えれば『革鎧』であり『ムチ』である――と申し上げるべきでしょうか」
「……ようするに下っ端ってことか? 戦乙女が公務員で、首輪の連中は民間からアルバイトしてる、みたいな」
「まさにその通りです」
「俺が言っておいてなんだけど、お前に『アルバイト』が通じるのか?」
「ニュアンスは。ただ、この街の人々は、そのような呼称は用いていませんでしたねえ」
「じゃあ、『首輪をした男たち』は、この街でなんて呼ばれてるんだよ」
「『奴隷』」
シロはにこにこした表情を変えないまま、述べる。
「魔法の首輪により、主に逆らえないようにされた元罪人たち――それをこの街では『奴隷』と呼んでいるようですよ」




