6-4
ダヴィッドはダメって言わなかったよ!
「ダヴィッド……なんでだよ……わざわざ危ない洞窟探検にこの二人を連れて行くことねーじゃんか」
「……いや、無理だって。カグヤのあの目はずるい。断れねェ」
俺たちはみんな、カグヤの『じっと見つめる』攻撃に弱い。
サロモン先生でさえカグヤにじっと見つめられると会話するからな。
「『なんでも斬る剣』とか『すべてを燃やす炎』とかももちろん強いんだけどさー、真の強者は『かわいい者』だよなー」
「ゴーレムくんとかな」
「好みは人それぞれだな!」
俺たちは、そのへんの石から四体のゴーレムを生成してもらって、それにおぶさり洞窟内へと踏みだした。
内部は結構な急斜面で、なおかつ、滑る。
ゴーレムくんはドワーフをそのままデカくしたような人型――すなわち二足歩行だ。
おまけに石でできているので、グリップ力がない。
そんなわけで、五歩目ぐらいでツルツルいきそうになったため、ゴーレムによる進撃は中止となりました。
「ダヴィッド、俺、思うんだけどさ」
「なんだよ」
「ゴーレム型にしないでさ、こう、分厚い石の台とかにして、それに乗って滑っていった方がよくない?」
「無事で済むか?」
「俺で試すよ」
「奥まで滑ってからバラバラになって、戻れなかったらどうすんだよ」
「詰みです」
「詰むな」
「じゃあ、洞窟全体に錬金術で安全な歩道を作って……」
「構造も広さも不明なところに歩道作れるほど、アタシの力は万能じゃねェよ」
俺たちは完全に手詰まりだった。
悩みに悩んで、「見える範囲にちょっとずつ歩道を作っていくか」という方向で話が固まりかけたころ……
洞窟前で座って悩む俺たちのところに、カグヤがちょこちょこっと現れた。
「アレクサンダー」
「おう、どうした。お腹空いたか?」
「ダヴィッドは、剣を作りたいだけじゃろ?」
「そうだな」
「入口付近の石で、剣を作るわけには、いかんのか?」
……。
なんで俺たちは洞窟の奧まで行こうとしてたんだ?
「やべェ、盲点だ……なんで普通に最奥目指してんだ……行く必要ねェじゃん……」
俺とダヴィッドは洞窟奥に行くのをあきらめて、洞窟入口付近の鉱石を回収し始めた。
◆
鉱石回収のために、俺の腕が何度が犠牲になった。
一度確保してしまえばダヴィッドの錬金術で剣はできた。
青く輝く刃を持つ剣だ。
振った。
折れた。
はい。
「クソが!」
ダヴィッドが地面を勢いよく殴った。
時刻はとうに夕刻となっていた。
ダヴィッドが作り、俺が折った剣は一本や二本ではない。
そこらに散らばる刃と、根元から折れた剣は十を超えている。
サロモンは普通に一回帰ってきて、どこで確保したのかもわからない動物を置いて、そしてまたどこかへ消えた。
俺たちは今、サロモンに用意してもらった肉を超テキトーに分解して超テキトーに焼いて食っている。
イーリィのお陰で食中毒を恐れない俺たちは無敵だ。
ぱちりぱちりと枯れ枝を燃やしながら爆ぜる火を囲み、ぶちりぶちりと焼いた肉を噛みちぎる。
ちなみにこの枯れ枝もサロモン先生が拾ってきてくれたので、俺たちは完全にあいつに養われている感じだ。
水場もあいつが見つけたしな……
「つーかこの山、野生動物いるんだな。鹿? 鹿系? 脚の短い鹿? イノシシと鹿のハーフ? 臭いけど肉はいいよね。でも塩がほしいと思いました」
「……ちくしょう……テメェの腕力どうなってんだよ……なんで折れる……素材はよかった。出来も改心だった……だっていうのに、なんで、折れる」
「なんか未来にはあって、今にない技術がそのうち開発されるんじゃねーの? 仕方ねーよ。時代は先に行けば行くほど技術が発展してくのが常だ。それよりダヴィッドも肉食えよ。なくなるぞ。俺が食うから」
ダヴィッドがドカリと俺の正面に腰かける。
そして、洗った石の上に置いてある焼き肉を豪快にかじり、
「認めねェ! 未来のやつにできて、アタシにできねェなんて、あるもんか!」
「子供か。しょうがねーだろ。あきらめろとは言わねーけどさ、技術ってのは積み重ねなんだよ。つまり、今より未来の方が優れてる。そこは、しょうがねーんだって」
「……いずれ人類がたどり着く技術なら、今、ここで、アタシがたどり着いたっていい」
「そりゃそうかもしれねーけどさ……」
「鉱石はいいんだ。すげェ、いい。『普通のヤツが使っても、なんでも斬れる剣』ならきっと作れる……けど、『振っても折れない』剣が、できない」
「いや、俺以外が振ったらまず折れねーって」
「テメェの剣なんだよ! テメェが振って折れるなら無意味だ!」
ダヴィッドはガツガツと肉を食う。
彼女はいらだっていた。
それはきっと、職人ならではの憤りなのだろう。
うまくいかない。
理想に現実が――己が追いつかない。
こういう時に、職人ならざる俺がなにかを言っても無意味だとは思うんだが……
「なあ、ダヴィッド、別にさ、カグヤの予言にあった『聖剣』が『折れない剣』だとは限らないだろ? お前の作った剣は、すでに『聖剣』にたどり着いてるかもしれねーじゃん。元気出していこうぜ」
つい、口が動いてしまう。
逆効果な気はするんだが、いらだって、焦っている様子のダヴィッドを見てると、どうしたって言葉をかけたくなるんだ。
なにか声をかけたくなったのは、俺だけではなかったようだ。
ダヴィッドの右側でイーリィが口を開く。
「そうですよダヴィッドさん。私は剣のことについてよくわかりませんけど……あなたの作る武器はすごく綺麗だと思いますよ。兄さんはなんていうか、例外的ですし……あまり根を詰めないで」
さらに、カグヤも口を開いた。
「そうじゃぞ。あせるでない……いらだってるダヴィッドは、こわいし……」
まあたしかに恐い。
すごい形相で押し黙るし、かと思えばいきなり頭かきむしりながら大声で叫んだりするし、目は血走るし拳握りしめすぎてぶるぶるしてるし、恐い。
恐いダヴィッドは、恐い目で俺をにらんだ。
「……」
なんか言え。
恐いんだよ。
「……アレクサンダー、アタシは、ちょっと歩いてくる。頭がスッキリしたら戻るわ」
「お、おう。気を付けろよ」
「……」
ダヴィッドは立ち上がると、ふらふらと山間へ消えていく。
その背中を見送りつつ――
イーリィがつぶやく。
「大丈夫でしょうか……?」
まあ、大丈夫には見えない。
◆
心配なので様子を見るためにあとを追う。
鉱石の眠る洞窟付近には、少し降りたところに沢があった。
ダヴィッドは砂利道を踏みながら沢に降り、流れる水でばしゃばしゃと顔を洗っている。
俺はその様子を離れた岩場から隠れてながめることにした。
遭難させないための尾行であって、一人の時間を邪魔するつもりはないからだ。
ダヴィッドは夕暮れの光が映りこんでオレンジ色に染まった水を、じっとながめていた。
動きは完全に止まっている。
顔や赤茶色の髪から水滴をしたたらせ、凍り付いたように行動を停止している。
……ダヴィッドは間違いなく『職人』だ。
技術の研鑽や向上に労力を惜しまず、己の作り出すものに誇りを持っている。
そして――自分を追い詰めるところがある。
こと己がこだわる『武器作り』の分野で、彼女に『しょうがない』はありえない。
研鑽が必要なら倒れるまで研鑽するし、発想が必要なら頭がゆだるまで考え続ける。
……追い詰められている彼女に、どういう言葉をかければいいのか、一切思いつかない。
そんな彼女の背後から近付いてくる者がいた。
足音もなく――
サロモンが、ダヴィッドの背後に立つ。
「蒙昧なる弱者め」
サロモンは独り言のようにつぶやいた。
ダヴィッドはびくりと体を震わせたけれど、それ以上の反応をしない。
サロモンは、勝手にしゃべる。
「アレクサンダーの剣を作る以外に価値のない者が、アレクサンダーの剣を作れぬと見える」
「……」
「ふん。雑魚めが。普段の貴様ならば、我の言葉にすぐさま食ってかかるものを、それさえできぬほど弱っているようだな」
「……うるせェよ」
「剣を作るのをやめろ」
二人のあいだに割りこんだ方がいいだろうか?
今すぐサロモンの口を閉じさせないと、ダヴィッドの精神に再起不能な傷を負わせそうな気がする。
……そうは思うのに。
俺は、岩場の陰から、二人の会話を見守るという選択をする。
「貴様にアレクサンダーの剣を作ることはできない」
「……うるせェ」
「己の未熟を認めろ」
「うるせェ」
「足らないを知れ」
「うるせェ!」
ダヴィッドが立ち上がり、サロモンにつかみかかる。
丈の長いローブをつかまれ、サロモンはくだらなさそうに鼻を鳴らした。
「ふん。『うるさいうるさい』とわめくなら、ガキでもできる。貴様はいつからそんな、中身のない言の葉を口にするようになった?」
「……」
「いつもの根拠のない自信はどこに消えたのか、と聞いている」
「……うるせェ。できねェんだよ。できねェんだ。どうやっても」
「……」
「技術が追いつかないのか、発想が足りないのか……それとも、素材がこれじゃねェのか……なんにもわからねェんだよ。いつもは見える『よりよくするための課題』が、全然見えねェんだよ」
「……」
「こんなことは、初めてだ……作り続ければ、『次にどうすべきか』がいつも見えてた……でも、見えねェんだよ……」
「それは貴様が雑魚だからだ」
「……」
「暗闇を手探りで歩く弱者よ。貴様は『アレクサンダーの剣を作れない』という事実を認めるべきだ」
「……」
「認めて、剣以外を作れ」
「……は?」
「そも、剣でなくてはいけないという定めはない。あの男が十全に力を奮える武器であるならば、それは剣である必要性は――否、武器である必要性さえ、ない」
「……」
「貴様はアレクサンダーとなにを語らった?」
「……なに、って、そりゃァ……でっかい、人型兵器の話……とか……」
「そうだ。貴様は世の中に様々な夢があることを、あの男から聞かされたはずだ」
「……」
「拘泥するな。カタチにこだわるなどと、愚か者のすることよ。貴様は蒙昧な弱者ではあっても、アレクサンダーの武器を作ることができると、それだけは、我も認むるところなのだがな」
「……ひょっとしてテメェ、アタシを励まそうとしてんのか?」
「思い上がるなよ弱者。我は…………」
「……」
「ふん」
サロモンはつかまれた服の裾を引き抜くと、ダヴィッドに背を向けて去って行った。
なにかこう、ひねくれたことを言いたかったんだが、思いつかなかったんだろう。
「……ああ、クソが。マジでクソだ」
あんな野郎にまで励まされるなんて――
そう言いつつ、ダヴィッドは顔を覆う。
俺は、イーリィたちのいたところに戻ることにした。
だって――
顔を覆う直前、ダヴィッドは笑っていたから。
もう大丈夫だと、そう思ったんだ。




