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アレクサンダー建国記(旧バージョン)  作者: 稲荷竜
一章 善き人たちの村
6/73

1-6

 ガキッ、バキッ、とにぶい音が響き渡り、俺たちの攻防がイーリィの部屋を荒らしていく。


 質素ではあったが綺麗だった室内には、そこら中に傷がつき、壁には穴が空いて、飛び散った木片が床に突き刺さっていた。



「二人とも! やめて!」



 イーリィが悲鳴のような声をあげた。


 俺たちは止まらない。


 おっさんの拳が止まるのは、俺が勝った時だし――

 俺の拳が止まるのは、おっさんが勝った時しかない。



「なぜだ、アレクサンダー!」



 俺たちの殺し合いは今のところ互角で、互いに相手より優位に立つ糸口を探していた。

 だからこの問いかけもきっと、俺の心を揺さぶるためのものなんだろう。


 応じることにする。



「なにがだよ、おっさん!」

「私をそこまで理解しながら、なぜ、私の申し出を拒否する!? 次の代行者になってくれと、その申し出を、なぜ受けない!」

「だって俺、この村出ていくし!」

「なぜだ!?」

「世界の果てを見たいからだよ!」

「そんなものが、なんになる!」



 ひときわ強い拳を、腹で受けてしまった。

 衝撃の強さに、五歩ぶんは吹き飛ばされて――


 狭い部屋の中だ。

 背中が、壁についてしまった。


 筋骨隆々の巨体が、壁に追い詰められた俺に容赦なく迫ってくる。

 逃げ場を失い、拳を浴びる。



「『世界の果て』だと!? そんなもの、目指してどうする!? そんなものより、安住が大事だろう!? 平穏が! 安全が! 命が大事だろう!?」



 乱打、乱打、乱打、乱打。

 速くて硬くて重い拳が、あらゆる角度から体を打つ。


 肉体が壊れていくのを感じる。

 骨は砕け、内臓がつぶされる。

 脳に加えられるダメージも相当なものだ。


 でも、俺は、死なない。


 欠損がない限り、この肉体は動き続ける。


 ある日死んだアレクサンダーは、そういう化け物になってしまった。



「おっさん、『命が大事だから村にとどまれ』ってのは、俺に通じる説得じゃねーぜ!」



 拳を浴びながら言う。



「アレクサンダーは『平和』に殺された」



 ――よく笑い、よく遊ぶ子供だった。

 適度に我慢し、混沌よりは調和を好む人物だった。

 常識的で、大人を怒らせるようなことは滅多にしない、いい子だった。


 そして、熱烈に信奉する神に、殺された。

『平和な村』を維持するために、殺されたんだ。



「俺は、正義の味方に取りこぼされたモノだ。だからさ、俺が正義の側になっちゃいけねーだろ。平和のために犠牲者を出すあんたのあとを継いじゃあ、いけねーだろうが!」

「だからお前は反抗するのか!? 『とりあえず、うまくいっている』この村を、自分勝手に否定して! 口減らしよりもなお大量の死者を出すのを是とするというのか!? イーリィをさらって! 神を否定して! この村の平和を、乱そうというのか!」

「話をしよう!」

「……!?」

「『平和』の話だ! クソつまらねー法が整備されて、ただ生きてくのにも金を払わなきゃいけない! 消費税が上がり続けて、自殺者がうなぎのぼりさ! ただ、そこには『口減らし』はない!」

「それのどこが『平和』だ!」

「そうだ! これのどこが平和だ!」

「!?」



 おっさんの拳が、一瞬、止まった。



「『平和』なんざ、権力者の言ったもん勝ちなんだよ! どこの平和も、この村とおんなじようにさ!」

「……それは……だが……!」

「おっさんだけが悪いんじゃねーよ! どんな平和でも、死人は出る。そして俺は、死人の側だ。じゃあ――声を上げなきゃなんねーだろ。『お前たちが平和と思ってるものは間違いだ。もっと高望みをして、もっともっと素晴らしい平和を目指そうぜ』ってさあ!」

「それと、世界の果てと、どんな関係がある!?」

「俺には『もっともっと素晴らしい平和』をなし得る能力がねーんだよ!」



 大きく振りかぶって、相手の腹部に拳をたたき込んだ。


 おっさんは筋肉をかためた両腕で俺の拳を受けたが――

 俺の打撃の勢いを支えきれず、壁に激突。


 壁は、俺の腕力とおっさんの重量に壁は耐えきれず、ぶっ壊れた。


 転がるように、外に出る。



 夕暮れ空の下。



 砂っぽい風が舞うここは、村の広場だ。

 あたりでは内籠(うちごも)りの連中が炊事の支度を始めていた。

 きゃいきゃいと睦まじそうに仕事をこなす女どもは、俺と代行者の姿を見て、悲鳴を挙げる。


 外回りの連中もいくらかいたようで、聞き慣れた声で「アレクサンダー!?」と叫ぶヤツもいた。


 俺は、かまわず、拳を握る。


 おっさんも周囲に気遣わず、拳をかまえる。


 そして、俺たちは広場で打ち合いを再開した。



「俺には悲しいほどに力がない!」



 拳を打ち付けながら叫ぶ。



「『誰も死なない平和な世界』なんてモンを、スラスラと実現できりゃあ、それが一番いいさ! でも、俺には無理だ! 俺には死なないことしかできねーからな!」

「だから、それと世界の果てを目指すことに、なんの関係がある!」

「世界には、たくさんの可能性があるだろうが!」

「……!?」

「人がいる! 魔物がいる! 動物がいる! ひょっとしたら街だってあるかもしれねー! 異なる思想! 異なる信条! そしてきらめく才能が、世界には散らばってる! 果てを目指す旅路はきっと、綺羅星みたいな才能たちとの出会いに満ちてるはずだ!」

「根拠があるのか!? この村の外にも、我らのように、『人』がいるという、根拠が!」

「ねーよ!」

「そんなことで果てを目指すのか!?」

「根拠はないが、『人がいる』って思った方が――楽しいだろうが!」

「『楽しい』よりも、『正しい』ことが大事だ!」

「『正しさ』なんか知るかよ! なにが正しいのかなんて、コロコロ変わる! 根拠なんかどうだっていい! こんなにも情報を得るのに不便な世界で、どうやって根拠なんざ捻出しろってんだ!」

「……ッ、ぐ……!」

「俺は楽しそうだから行く! 根拠があるから行くんじゃねー! 俺が根拠になるんだよ!」

「それは……それは、まるきり、子供のわがままだ! 『楽しそうだから、安全かもわからないことをやる』などと!」

「『子供のわがまま』のなにが悪い!」



 斜め下から腹を抉るような拳が、おっさんを吹き飛ばした。

 ズザザザザ! と足を地面にこすりながら後退して、俺たちのあいだには距離が生まれる。


 おっさんは、距離を詰めてこなかった。

 いや、また殴り合いを開始しようという素振りは見せたが――


 膝をついてしまって、立ち上がれなかった。


 俺は追撃せずに、言葉を続ける。



「なんにもないかもしれない。危険かもしれない。旅立った次の日には、とぼとぼと帰ることになるかもしれない。……そりゃ、そういう可能性はあるさ。あるけど、俺は思うんだ。『それでも、歩き出さなきゃ見えない景色は、きっと美しい』って」

「……」

「おっさんは、どうだった?」

「……なに?」

「東の方から来た『よそもの』なんだろ、あんた。……旅、してるじゃねーか」

「……」

「どうだったんだよ、旅は。……あんたがさ、旅の果てに、なんにも見つけることができなかったなんて、そんなわけはねーよな。だってあんたは、旅の果てに、この村を理想郷にしたんだから」

「……それは」

「聞かせてくれよ、あんたのことを」

「……私は、村が、モンスターに滅ぼされたから、旅せざるを得なかっただけだ。……だから、二度とそんなことがないように、この村は……私を受け入れてくれたこの場所を、安住できる地にしたかった。その夢は叶った……」

「違うな」

「……なにが、違う?」

「もっと高望みしようぜ。安住できる地。平和。でも、人は細々生きるしかなくって、モンスターへの恐怖は残ってる。人口が増えすぎたら減らさなきゃならねーし――きっと、あんたとイーリィがいなくなれば、この村の平和は終わるぜ」

「……」

「あんたという特別な存在と、イーリィという特別な存在があって、初めて人は『神』を感じる。あんたがいなくなったあとには、きっと『教義』なんざ跡形も残らねーよ。それっぽい残骸が村人を支配するだけさ」

「……では、どうしろと?」

「俺が知るかよ」

「…………おちょくっているのか?」

「違うよ。……俺は知らない。いや、俺は、いくらかの知識があるだけだ。だから、描けない。でも――あんたの才覚なら、もっとすごいことができるって、確信してる」

「……」

「この村の連中はさ、自分のすごさを認めなさすぎなんだよな。決まりを作ったあんたも、己の上に『神』なんていう搾取者を置いちまった。一番強いあんたがそんなに謙虚なもんだから、『正しさ』とかのまやかし(・・・・)に寄りかからねーと、自分に自信も持てないやつが出てくる」

「……では、どうしろというのだ」

「お前らはすごいんだ」

「……」

「服作り、メシ作り、火熾し、靴作り、武器作り。日常生活は神様が全部やってくれるのか? んなわけねーだろ! お前らだよ! 全部! お前らの力で! お前らの技術で! 生活ってのは成り立ってるんだ!」

「……」

「手柄を神様なんぞにくれてやるな! お前らは今、充分にすごい! でも、もっとできる! なにかが、できる! 想像さえできないような偉業が、できるんだ!」

「根拠は――ない、のだろうな」

「ああ!」



 力強くうなずいた。


 おっさんは――

 殴り合いのために立ち上がるのを、あきらめたようだった。



「アレクサンダー、お前は、私を恨んでいたのではないのか?」

「そりゃそうだ! 口減らしに出されて殺された立場として、恨まないはずがない!」

「……このまま、私を殺し、イーリィをさらうのか?」

「アレクサンダーはそこまで望んでねーよ」

「……」

「そもそも、『憎い、殺す』って、そういう発想がない。……いい子だからな。あんたの宗教教育の手柄だぜ」

「……褒められているようには感じないな」

「そして、アレクサンダーの遺志以上に、俺は、あんたのこと好きなんだ」

「………………なんだと?」

「もったいねーと思うんだよ。あんたほどのすげー才能が! こんなところで、全然まだまだ上を目指せる『平和』で満足して立ち止まってるのがさ!」

「……」

「神ごときに支配されるな。あんたの語る神様より、あんたの方が、よっぽどすごいことをしてる」

「……」

「だから一緒に旅をしよう」

「……は?」

「世界をめぐって、色んなモンを見よう。あんたに知識が加われば、あんたはもっとすごいことができる。あんただけじゃない。全員だ。村の連中も、もちろんイーリィも、もっと自分の可能性を試してほしいって、俺は思ってる」

「……」

「そして願わくば、俺と一緒に、世界の果てを見て欲しい」

「……なぜだ?」

「みんなで感動を分かち合った方が楽しいから」

「ん? それは……それは、お前のわがまま、だな?」

「は? そうだけど?」

「…………そうか、そうだったのか。お前は――私を説得しているわけでは、ないんだな」

「そうだよ」

「お前は、お前の夢を語っているだけ、なんだな」

「そうだよ」

「お前の言葉は、すべて、お前の願いで……将来を約束せず、利益を提示せず、それどころか、『なにもないかもしれない』などと語る」

「だって、そうだろ?」

「……だからこそ、言葉に一片(ひとひら)の嘘もないのだろうな」



 おっさんは、笑った。

 俺は、首をかしげる。



「説得なんかできるわけねーだろ。根拠も利益も、提示しようがねーのに」

「……」

「ただ、俺はお前らを連れて行くつもりでいるだけだ。だって、お前らはすごくて、お前らといると楽しいから」

「……断られたら?」

「そりゃあ、暴力で解決ですよ」

「……」

「っていうか今、暴力で解決中だよ。おっさんを叩きのめして、イーリィ連れて行くし」

「…………なんだろう、言葉を交わせば交わすほど、ここでお前を殺しておくべきという想いが募っていく」

「そりゃあ、正義のあんたからしたらそうだろ。俺は悪なんだから」

「けれどな、どうしたことだろう。……これ以上、お前と殴り合う気力が湧かない」

「じゃあ、俺の勝ちか?」

「……そうだな。ああ、うむ、負けた。お前にはきっと、なにをしても無駄だろうし――」

「……」

「――あそこまで、全力で褒められたせいで、どうやら、ほだされてしまったらしい」



 おっさんは、空を見上げる。


 空を真っ赤に染め上げる日は沈みかけていて、いずれ夜の闇が世界を包むだろう。

 暮れかけた世界で殴り合った俺たちは、すべてを置き去りにして、終わった気でいた。


 それに水を差すように、近付いてくる人物がいる。

 イーリィだ。



「兄さん」



 桃色の瞳でこちらを真っ直ぐに見ている。

 土埃をはらんだ風に揺られて、瞳と同じ色の髪が揺れている。


 朱の光に照らされ広場に立つ彼女は、なるほど聖女という呼び名がふさわしいほどに、神々しくて、それから、綺麗だった。



「まだ、私は、認めていませんよ」

「……まあ、おっさんは倒したが、お前はまだ倒してねーからな」

「けっきょく、兄さんは、私をどうしたいんですか?」

「……連れて行きたい」

「それは――『神を否定する』ために?」



 いつか言ったことだ。


 聖女を守らないなら、そんな神の存在は否定できる。

 だから、神を否定するために、俺は聖女を誘拐するのだ、と。


 そうは言った。

 そのために、三年間、努力を続けたが――



「……うん! 信仰の否定とかどうでもいいな!」



 周囲一帯から「ええええええ!?」という声があがった。


 気付けば広場には村人のほぼ全員が集まっていて、俺と代行者のおっさんとイーリィを遠巻きに見ている状態だ。


 内籠りも外回りも老いも若きも関係なく、今はみんな俺のことを『なに言ってんのコイツ』という目で見ている。


 いや、しょうがないじゃん。

 どうでもいいんだもん。



「たださ、なんていうの? この三年、俺はお前をさらうつもりで死ぬほど努力したんだ。連れ去ったお前を守る力をつけるためにさ、実際に普通なら死んでるぐらいのことやってきたんだよ」

「……そう、ですね。たくさん、傷を負っていました。片腕取れてることも、一回や二回じゃありませんでしたね」

「だからさ……お前を連れて行かないの……もったいないじゃん?」

「………………は? ……え? ……は?」

「俺の描いた俺の旅路には、もう、修正できねーぐらい、お前がいるんだよ」

「……」

「お前と一緒に行くってのは、いつの間にか、『前提』になっちまってて、動かしようがないんだ」

「……いえ、その……なにかもっと、こう、マシなことは言えないんですか?」

「イーリィ、俺はさ、人から『計画性がない』とか『無駄に自信満々』とか『口数が多すぎる』とか色々言われるが……そんな俺にも、人に誇れる美点がある」

「なんですか」

「素直なこと」

「……死んだ方がよろしいのでは?」

「お前そんなに手厳しい物言いするヤツだっけ?」

「いえ、これはもう、言われても仕方ないと……というか……『もったいない』って……『もったいない』って……! 私は、兄さんにとっての、なんなんですか!?」



 なに、だろう。


 俺はイーリィを定義する言葉を探す。


 イーリィとは、なんなのか?


 機械のようだった幼少時代を思い出す。

 小窓越しに交わした視線の無機質さは、今思い返しても不気味だった。


 顔はいいのに、かわいくない年下の少女。

 そんな印象を抱いていた。


 三年という時間が、彼女を成長させた。


 顔立ちは大人びた。

 背は伸びた。

 体つきの女性らしさは、十四歳とは思えないほどだ。


 桃色の髪は伸びて、桃色の瞳には、無感情からくるよどみや濁りがない。


 彼女に助けられたことは数知れない。

 基本的に毎日致命傷を負う生活だったので、とれてなくした腕を生やしてもらったり、膝から下が皮一枚でしかつながってない足をくっつけてもらったり、ひどい時には、真後ろにねじ曲がった首を元に戻してもらったりもした。


 俺は、死なないけれど。

 イーリィがいなければ、きっと、無茶なペースでモンスター狩りを続けることはできなかっただろう。


 ……俺の毎日は、イーリィの存在前提で送られてきている。


 だから、きっと、俺にとってのイーリィとは――



「欠くことのできない存在だ」

「……」

「お前のお陰で無茶ができる。……まあ、だから、隣で旅をしてくれよ。世界の果てを見る時に、横にお前がいてくれたら、それはきっと、俺にとって幸福なことなんだと思う」

「……断ったら?」

「それはまあ、力尽くで連れ去るけど」

「うーん……うーん……」



 イーリィはすさまじく悩んでいるようだった。


 彼女の中でどのような葛藤があったのかは、わからない。


 けれど、彼女は――



「本当に悔しいんですが……」

「なんだよ」

「……私がいないと、兄さんはきっと、どこか知らないところで、しょうもない理由で、のたれ死にそうなんですよね」

「そうかもしれねーな」

「……それだけは、すごく、イヤです」

「だから?」

「……あなたと行きます。世界の果てに。あなたの語ったものを、たしかめに」



 聖女が仲間に加わって――


 旅が、始まる。

 世界の果てを目指す、旅が。

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