6-3
翌明朝。
「洞窟の中には、いったいいくつ、兄さんのパーツが落ちていったんでしょうね……」
俺とイーリィは青い洞窟の入口を前に、向かい合っていた。
二人とも顔には疲労が色濃い。
普段はちゃんと背筋を伸ばして真面目そうに立っているイーリィも、徹夜と『何度も手首から先の欠損した俺に両腕を「はい」って出される』という行為のせいか、疲れたような猫背で、杖を支えにようやく立っているという様子だった。
でも、イーリィの桃色の髪からツヤを失わせるだけの価値はあったと思う。
俺たちは夜を徹した調査のすえ、この『触ると切れる壁』のことをなんとなく理解したのだった。
「この洞窟やべーわ。予想以上に」
奥まで切断要素たっぷりなんだぜ。
『触れただけで切れる鉱石でできた洞窟』なのであった。
それも『鋭い面があって、そこで切れてる』とかじゃない。
魔法のたぐいだ。
触れる、叩くなどの衝撃を与える。
すると、与えた衝撃の大きさに比例した威力の『切断する魔法』のようなものが発動する。
黒曜石とかそんな生易しいモンじゃなかった。
もっと容赦ないファンタジーだ。
「すげーな。『魔石』と名付けよう。世界にはこんな石がもっともっとあるかもしれねー。たまらない。俺の世界が広がっていく」
「兄さんの病気がまた始まった……」
「だってすげーじゃん! 『叩いただけで魔法が発動する石』だぜ! これさ、砕いて持ち帰って、日用品とかに加工したら『ものすごい切れる包丁や剣』が作れるんだぜ! なるほど、聖剣だわ。この鉱石なら『なんでも斬れる』方の剣は作れそうな気がする!」
「たしかにそうですね。まあ、取り扱い要注意ですけど……」
「他にもさ、『発熱』とか『凍結』とかの効果を持つ魔石があったら、世界はもっともっと便利になる! 想像してみろよ! クッソだるい火熾しの手間が消えて煮炊きが簡単になる! 魔石による冷蔵庫ができあがれば、食糧はより日持ちするようになる! ははは! ルネサンス! いや、イノベーションか! たまらねーよ! ちょっとどころじゃねー技術革新の可能性だぜ!」
「楽しそうですね」
「お前も楽しめよイーリィ! だってさ、今、俺が言ってることのすごさ、お前ならわかるだろ!?」
「わかりますけど、でも」
「なんだよ」
「兄さんが全力ではしゃぐので、見てると冷静にならざるを得ないと言いますか……」
「……あ、うん。そうだな」
ほんとにこういうところあるよな、俺。
イーリィはもともと感情をあらわにしない、機械みたいなヤツだったが……
あの花の香りがする牢獄から出たあとも微妙に冷静なのは、俺のそばにいるのが要因として大きいかもしれない。
「まあでもすげーよな!」
「はい、それは本当に……もし、兄さんの言うような『発熱』や『凍結』の効果を持った『魔石』が世に存在するなら、楽に暮らせそうですね」
「一つ一つの行動の手間を減らすことで、人は楽になる。楽になったあとで、初めて『では、豊かになろう』っていう考えが広がる……シロに言った『無職でも生きていける世の中』の入口になるかもしれねーんだ、この『魔石』は。……あー! 早くお前のオヤジとかに教えたい! あの代行者様なら、この魔石を遣ってどんな未来を画くだろう!? ダリウスのおっさんなら!? ……ワクワクしてたまらない」
「……兄さん、変なこと言いますけど」
「……なに?」
「そうやって楽しそうにしてる兄さんを見るの、私、結構、好きかもしれません」
「そう言われるとちょっと恥ずかしい」
「あ、いえ、水を差すつもりはなくてですね、本当に、好きだなあって」
「や、やめろよ、なんか照れるだろ」
沈黙。
なんだろうこの、むずがゆいの!
妙な空気が流れている俺とイーリィのあいだに、カグヤがひょこんと顔を出す。
突然だったもんで、ちょっとだけびっくりした。
「お、おう、カグヤ、起きたのか」
「アレクサンダー。わらわも」
「なんだ、なにがだ」
「わらわも、嬉しそうなそなた、好きじゃぞ」
「おう。俺も愛してる」
イーリィが「私も」と便乗し、俺たちはカグヤを前後から挟んでなでさすりタイムに入った。
すると生気を失っていたイーリィの桃色の瞳にはみるみる元気が戻っていき、髪や肌から失われていたツヤが回復していく。
たぶん俺にも似たような現象が起こっているだろう。
カグヤは癒やし。
しかし、なでさすられているカグヤはなぜだか不満そうだった。
「そういうのではない……」
「なんだ、なにが不満だ。言ってくれ。俺はお前に要求されたらたいていのことは断らないんだぜ」
「……」
ぷいっと顔を背けて、カグヤは俺たちのあいだから去ってしまった。
なですぎたのだろうか……
もっとなでたい……
「アレクサンダー」
俺とイーリィが、ちょっと離れたところで顔を背けるカグヤに視線を奪われていると――
別な方向から、声がかかった。
ダヴィッドの声だ。
そちらを見れば、彼女もどうやら今起きたところらしい。
ブランケットをマントのように羽織って、不機嫌そうな(ダヴィッドは寝起きが悪い)顔でこちらをにらみつけていた。
「ダヴィッド、お前も起きたか」
「……テメェらは寝てねェのか?」
「そうだな。イーリィはこのあと休んでもらう。ここからの探索にはついてこれそうもない」
「見つかったのか、その『触れると切れる』洞窟の探索法が」
「おおむね。まず、この洞窟はたぶん、入口から最奥まで、ずっと『触れると切れる』鉱石でできてる」
入口からすぐ、結構急な斜面がある。
そこから俺の手首がいくつも滑り落ちていったわけだが……
途切れることなく、『シャキンシャキンシャキンシャキン……』という音が、何度も洞窟奥から反響して響いてきた。
これは、『奥までずっと触れると切れる魔石でできている』という事実を想像させる。
「で、この『触れると切れる』は『鋭い部分で切れてる』わけじゃなくて、『叩く、触るなどの衝撃で切断の魔法が発動してる』って感じだ。俺はこの『衝撃に反応して魔法のような現象を起こす鉱石』を『魔石』と呼ぶことにした」
「……どうしようもねェじゃねェか。まあ、剣の材料にできるんならよさそうな石ではあるが……ああ、でも、未来の聖剣の打ち手は、この洞窟で聖剣を打ったのか。ってことは、なんか攻略法があんのか?」
「ああ、あるぜ」
「なんだ?」
「魔法には魔法をぶつける」
「……あァ?」
「防御強化をかけて突っこむ」
「……洞窟の中で、バフが切れたらどうすんだ?」
「ネギトロになって死ぬ」
「……」
「…………」
「あのな、アレクサンダー、いいか?」
「おう、なんだよ」
「『触る、叩くなどすると切断の魔法が発動する鉱石』なんだろ?」
「おう」
「つまり、触れなきゃいい」
「おう」
「アタシがゴーレムくんを作るから、ゴーレムくんたちに背負ってもらって、中に突入するってのはダメか?」
「ゴーレムが切れたら?」
「一歩ごとにアタシが補修する」
「…………」
安全策、あるじゃん。
「……すげーな! 生存率高そうな案だ!」
「アレクサンダー、テメェの向こう見ずなところ、なんだ、その、アタシは嫌いじゃねェよ。けどさ、もっと命を大事にしろって。命を懸けることに、ちっとは、ためらえ。『バフかけて突っこむ』とかアホじゃねェか。なんだその強引な手段は。誰もやらねェよ」
「しかし俺は、毒沼の中にある宝箱を強硬突破で取りに行くタイプだぜ」
「なに言ってるかはわかんねェが、テメェがそういうヤツだってのは知ってる。でも、むやみに命削るこたァねェだろうが。まず『命は懸けない方がいい』っていう大前提から身につけろ。いくら不死身ってもなァ、見てる方は心配なんだよ」
なあ、とダヴィッドが目配せする。
視線の先にいたイーリィは、何度も何度もうなずいた。
「……ってなわけだ。アタシの案で行くぞ。もしくは、生存前提でもっといい案があれば考えてみてくれよ。テメェのがアタシより悪知恵回んだろ」
「生存前提で? 難しいな……」
「……そうかい。じゃあもう、なんも言わねェよ。……で、あのバカはどこだ?」
「サロモン?」
「それ以外に居場所のわからねェバカはいねェだろうが」
「あいつはなー。どこだろ。夜中に戻ってきた気配もなかったが……」
「……まあ、テメェが眠らないことについては、今さらなんにも言わねェがな。あいつがついてくるかどうかで、用意するゴーレムくんの数が変わるんだよな……」
「……普通さあ」
「?」
「『よく知らない場所で単独行動した仲間の所在がわからない』って焦るところじゃん」
「ああ」
「でもまったく心配にならない、サロモン先生の安心感、なんなんだろうな」
「知るかよ。……ああ、クソが。強ェからだろ」
「だよなあ」
「……やっぱ、あいつは知らねェ。二人で行くぞ、アレクサンダー」
「どうした?」
「考えてみりゃ、あいつと戦うための剣を作りに行くんじゃねェか。敵に手の内さらしてどうするよ」
「……あー。だな。それに、あいつも手の内知ることを望まない気がする」
俺は今はいないサロモンを思い浮かべ、朝の青空を見上げた。
「じゃあ、ダヴィッド、行くか、二人で!」
「おうよ」
かくして話はまとまった。
――かのように思われたのだが。
「アレクサンダー」
この呼びかけは、またしても会話に参加していないところから。
この舌足らずな幼い声の主は――カグヤで。
「わらわも、行く」
「いやその、危ない……」
「要求、されたら、たいていのことは、断らないって、言った……」
「あー……うー……あー……」
「言った……」
「……わかった」
折れた。
ちょいちょいと肩を叩かれる。
なんだと思って見れば、そこにはイーリィの笑顔がある。
彼女は黙って笑っている。
俺はため息をつく。
「わかった、みんなで行こう」
まあ、ゴーレム用意するのはダヴィッドなんで、こいつがダメって言ったらダメだけどな!




