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アレクサンダー建国記(旧バージョン)  作者: 稲荷竜
六章 聖剣を求めて
58/73

6-2

 その旅路で幸いだったことがあるとすれば、カグヤが山への道行きを予言で見ていたことだろうか。


 しばらくはさまよったものの、ある場所でカグヤがいきなり、



「ここ、予言で見たぞえ」



 と言いだしたもので、そこから彼女の記憶をたどり、どうにか目指す鉱山の場所にあたりをつけることができたのだ。


 ただし、目的地までには絶壁があった。



「ええええ……マジでここ登ったの? カグヤの予言で見た映像の人たち、なにが楽しくてこんな壁でボルタリングしたの?」

「ぼるたりんぐ?」

「こう、岩壁のでっぱりとかに手をひっかけつつ、壁をよじのぼる競技があってさ……」

「……そうではない」

「なに? 未来はロープウェイでも設置されてる?」

「ろーぷうえー?」

「山登りのための設備で……あーもー! かわいいなあお前は!」



 いちいち首をかしげる仕草が愛しい。


 俺はカグヤをなでた。


 イーリィもまざってカグヤをなでた。


 ダヴィッドに怒鳴られてやめた。


 で。



「『ぼるたりんぐ』でも『ろーぷうえー』でもないのじゃ。男が、ぴょんぴょんと、岩の壁を跳んで登っていた」

「そいつ鹿なの?」

「人じゃ。アレクサンダーとか、イーリィとかと、おんなじ」

「マジかよ意味がわからん。人は絶壁を鹿みたいにのぼれるようになるのか……俺の世界がまた広がっちゃった……」

「『聖剣の打ち手』は、ふつうに、よじのぼっておった」

「その男だけがおかしいのか……」



 まあ、カグヤの見た映像は登場人物が二人なんで、どっちがその時代でのマジョリティかはわからないが……



「俺たちは壁ぴょんぴょん男じゃねーから、よじ登るか」

「同じような絶壁があと何度かあるのじゃ」

「……よし! やめたやめた! ルート構築しよう! みんな集まれ!」



 かくして俺たちは登山ルートの選定に入った。


 まあ、壁ぴょんぴょん男には、俺やサロモンならなれそうな感じではあったが……


 カグヤにイーリィにダヴィッドといったDEX(俊敏さ)それほどでもない組を連れてのボルタリングはやめておくのが安全だろう。


 崖から滑り落ちても、息の根が止まっていない限りはイーリィに治してもらえる。

 が、そのイーリィが能力も使えないほどのケガを負う可能性もあるし、絶壁の高さを見れば、落ちたら即死する可能性も高そうに思えたのだ。


 しかし、ルート構築前に素晴らしいアイデアが出てきた。


 発言者はサロモンだ。



「アレクサンダーよ」

「なんだ。俺への話か? 他の連中への話か?」

「他の連中へ話すのに、なぜ貴様を通さねばならん?」

「それはお前が俺を通してしか他の連中と会話をしないから……いや、いい。で?」

「絶壁を登る手段が欲しいのであろう?」

「そうだよ。みんなでずっとそのことについて話してるんだ。なぜお前は混ざらない……」

「ふん。くだらん話し合いよな」

「なにか方法思いついたのか?」

「さきほど、そこでツタを拾ってきた」

「……お前、ふらっとどこかに消えるよなー」

「なかなか丈夫なツタだ。これをな、絶壁の上から垂らせば、脆弱なる者どもを引き上げるぐらいたやすいのではないか?」

「……」

「絶壁の上へは、いつかのドラゴンとの闘争でやった方法で、我が貴様を送ろう」



 俺はサロモン先生を称えた。


 胸を反らしてドヤ顔するサロモンを見て――

 ダヴィッドがものすごい殺気を放っていた。


 そんな不和不和(ふわふわ)空気を感じつつ、俺たちはサロモンの作戦を実行する。


 さすがのサロモンも直上方向に矢を射るのはキツかったのか、二回ほど壁に激突して体がボロボロになったが、どうにか作戦は功を奏し……


 俺たちは、目的の鉱山にたどりついたのだった。





 山間にある深いもや(・・)のかかったその洞窟は、朝日を受けてきらきらした青い光を放っていた。


 視界がよくないこともあって、その青い輝きはどこぞの湖畔を思わせる。


 だが、違う。


 あたりはゴツゴツした茶色い岩肌があって――


 その洞窟の内部だけ、異様なほどに、青く、輝いているのだ。



「へー。綺麗な場所じゃねーか。峻険な山脈に隠された秘境って感じ。SNS映えしそう」



 洞窟は入口が『ぼこり』と地面から出っ張っているだけで、奥行きというものがない。


 内壁に手をついてのぞきこめば、深く深く、下方向へ続いている様子が見えた。


 どれどれ、と言いながら身を乗り出そうとして、不意に姿勢がかたむく。


 おっと、と背後に飛び退いて、どうにか中へ滑り落ちるのを防いだ。



「なんだろ、急にバランス崩れた」

「兄さん、手」



 イーリィがやけに真剣な顔で俺の手を――洞窟の内壁についていた、左手を見ている。


 俺も、腕を持ち上げて自分の左手を見た。


 なかった。


 手首から先、どこかに落としたらしい。



「……え、いやいや。なんだこりゃ。え? は? ……誰か、俺の後ろから見てた人、なにが起こったか解説して」

「兄さんが洞窟の、青い、きらきらした内壁に手をついたとたんに、壁の一部がかすかに光って、次の瞬間には、兄さんの手首から先が切断されていました」

「……」



 俺はおそるおそる、残った右手を洞窟の内壁につけてみた。


 すると、かすかに『シャキン』という音がして、俺の右手首が切断されたのだった。


 手首のなくなった両腕を持ち上げて、



「イーリィ、生やして」

「兄さんは痛みとか感じられないんですか?」

「まあ、痛いけどさ……」



 ここまでで致命傷を受けた回数も、部位が再起不能になるクラスの痛手を受けた回数も、かなりのものだった。

 そのせいだろう、体が痛みに慣れてしまっている。


 たぶん、俺が俺のステータスを閲覧できたら、痛覚を鈍くするなんらかのスキルを発見できるんじゃないだろうか……



「……つーか、最初に洞窟に踏みだしたのが俺でよかったよ。ダヴィッドあたりが勢いこんで突っこんでたら、ドワーフのぶつ切りが出来上がってたぞ」



 そのダヴィッドは、ここに来るまでに登っていた絶壁の手前で、ハァハァと呼吸を整えている最中だった。


 俺が上からツタを垂らして、彼女たちを引き上げていたわけだが……


 ダヴィッドは高いところが苦手らしかった。


 あの疲労は精神的な緊張感からくるものだろう。



「ダヴィッド大丈夫? まだ朝だけど、ここをキャンプ地として、洞窟の探索は明日にする?」

「……いい」



 応じる声にも元気がない。


 ボサボサした赤茶色の髪も、心なしかしおれて見えた。


 両手をついてハァハァと息を整える姿は完全に重力に負けていて、女性ドワーフの特徴である『身長に比して大きすぎる胸』は地面につかんばかりである。


 ……無頓着なんだよなー、こいつは。


 服装が男性ドワーフの、しかも打ち手のものなもんで、露出度も高いのだ。

 連中、高温の炎を熾した場所で作業するもんで、上半身はほぼ裸がデフォルト。

 さすがにダヴィッドはベストぐらい着ているものの、豊満な体つきなもんで、全身いたるところに巻かれた帯にしめつけられて色々とまずい。


 こうしてぼんやり『待ち』の時間に入ると、自分が思春期の肉体を持っていること思い出してしまう。



「……行くぞ」



 ダヴィッドはふらふらと立ち上がり、言った。


 健康的な小麦色の頬はどこか青白く、覇気に満ちているはずの赤茶色の瞳には元気が感じられなかった。


 逸る気持ちはわかるが、休むべきだろう――


 そう言おうとしたのだが。


 俺がなにかを言う前に、口を開く男がいた。


 サロモンだ。



「ふん、脆弱なる武器女め」



 サロモンは、ダヴィッドから視線を逸らしながら言う。



「アレクサンダーよ、言ってやれ。『己の力量ぐらいはわきまえろ。……我は弱者を好かぬが、その中でももっとも好かぬのは、己の弱さを知らぬ蒙昧なる弱者よ』と」

「いや、俺に言うなよ。目の前だろうが。直接言えよ」



 サロモンくん、聞いてくれない。


 そもそもこんなこと言われたらダヴィッドが勢いこんで怒鳴り始めそうなもんだが、彼女は今、黙ってサロモンを見るだけで、怒鳴ったりしない。


 サロモンはお空を見ながら、さらに、なぜか俺に向けて続ける。



「アレクサンダー、貴様からあの武器女に伝えてやるがいい。『貴様はアレクサンダーの剣を作る女だ。そのためにも今は休め』と」

「いやだから、俺に言うなって……」

「『貴様に無理をされて、剣ができなければ、アレクサンダーと我の十全なる闘争が叶わぬ。脆弱で太く短い武器女、我が貴様の価値を認めるのは、貴様がアレクサンダーの剣を作製できるという一点だ。体調の管理を怠って、我が認める唯一の価値をなくしてくれるな』と」



 もはや俺を通す意味がまったく不明だが、サロモンはそこまで言って黙った。


 ダヴィッドは舌打ちをして、



「…………クソが。わかった、休むよ。それでいいんだろ」

「ふん」



 サロモンはダヴィッドに背を向けて歩き出した。

 どこ行くねーん。



「我は近場を見て回ってくる。獲物の一匹もいるかもしれん」



 シュタッ、と軽い音を立てて岩肌を蹴ると、その姿はすぐに山間へ消えていった。


 残されたダヴィッドは、地面にどかりと腰を下ろし、



「……ああ、クソが。あのクソ細長(ほそなが)に気を遣われるなんて、どうしようもねェほどクソだ」



 気を遣った……のだろうか?


 サロモンくん、本音を隠すとかいう器用なことができそうな子じゃないので、言葉に出したアレが全部本音のような気がしないでもないんだが……


 まあ、それでも、体調を心配してたのは、事実か。


 俺は、もう姿も見えないサロモンに向けて微笑み、



「じゃあ、今日はここで休んで、明日、探索開始するか。……触っただけで切れる壁の対処法も考えなきゃならねーしな」



 実際、考えないとどうしようもないのだ。


 あの洞窟の内壁は(見える範囲に限れば)すべて、同じように、青く輝いている。


 床も、壁も、天井も、全部、同じ素材に見える。


 つまり、全部、触ったら切れる可能性がある。


 それも『切創ができる』なんていう生易しいレベルじゃない。

 軽く手をついただけで手首切断である。


 だから考えよう。


 まあ――


 考えるってのはようするに、『実際に体を使って調査してるうちに対処法思いついたらいいな』って意味なんだけど。


 思考するにはデータの収集が必要で、不死身な俺が身を切るしかないのだった。

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