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アレクサンダー建国記(旧バージョン)  作者: 稲荷竜
六章 聖剣を求めて
57/73

6-1

「む、来た」



 昼日中の空の下を進んでいる。


 俺たちはあてのない旅を続ける冒険者だ。


 道行きの先には平坦な大地が広がっていて、出てくるものはモンスター、あるいは野生動物ぐらいなものだ。


 右――北側を見れば、山脈がつらなっているのが見える。


 左――南側を見れば、その先にはどこまでも続く平原があった。


 背後を振り返れば、遠くの方に森が見える。


 そして、正面方向には、整備された街道がある。


 きっと、人の住んでいる街が近い。


 そんなタイミングで、我らがパーティーのアイドル、獣人のカグヤが立ち止まる。


 銀色の毛に包まれたふさふさした三角耳をとがらせ、太く長いモフモフとした尻尾をピンと立たせている。

 和風、あるいはアラブ風の前で合わせる着物に包まれた体は小さく、細い。


 まだ幼い、狐系獣人の少女――


 普段は無口だがチョコマカとした動きがかわいらしい彼女が、今、身じろぎ一つせず、銀色の瞳を青空へと向けている。


 なにが『来た』のか、その様子で察した。


 予言。


 彼女には『予言』というチートスキルがある。


 それは任意で発動できるものではなく、今まで一度だって来たことはなかったが……


 今、交信中らしい。


 俺たちは足を止めて、カグヤの次なる言葉を待つ。


 しばらくして、



「……聖剣……」



 そんなことをつぶやくもんだから、一人、あからさまに反応をする人物がいた。


 我がパーティーの鍛冶担当、ダヴィッドである。


 彼女はカグヤと同じぐらいの身長で、しかしカグヤの倍ぐらいの豊満(ふとい)体を揺らしながら、なぜか俺をにらみつけた。



「お、おいアレクサンダー! 聖剣ってェのは、アレだろ! テメェの言ってた『絶対に折れない剣』ってヤツ!」

「え、俺、そんなこと言ったっけ?」

「言ったんだよ!」



 とにかく思いつきをペラペラしゃべる性分なもんで、発言一つ一つをあんまり覚えてない。


 まあしかし、言ったかもしれない。


 ダヴィッドには俺の剣を作ってもらうことになっているんだ。

 だから、彼女を煽るために『折れない剣』のたとえとして『聖剣』について語るというのは、いかにも俺のやりそうなことだった。


 ダヴィッドはなぜか俺のむなぐらをつかみ、



「おい、聖剣がなんなんだ! 早く言えよ!」

「うるせーよ! 俺に言うな! カグヤが今がんばって交信してんだろ! 黙って待てよ!」

「つーかありゃなにしてんだよ!? 今なにが起こってんだ!?」

「……」



 カグヤが予言できることを、みんな、知らないのだった。


 そうだった。

 俺はステータスが見える――他人のステータスに限り、自分のは見えないが――ので、カグヤが『予言』というチートスキルを持っていると知っている。


 けれど、他の人はわからない。

 みんなマジでカグヤのことをただのマスコットだと思ってる可能性がある。


 つーか、パーティーがもう俺ふくめ八人ですよ。

 どこかで一回自己紹介タイムでも挟んだ方がいいかもしれない。



「あーとにかくな」



 と、俺がダヴィッドにカグヤの能力を説明しようとした、ちょうどそのタイミングだ。


 カグヤがお空を見上げるのをやめて、視線を、俺へ落とした。



「アレクサンダー、予言があったぞえ」



 ぞえ。

 俺は胸ぐらをつかむダヴィッドを振り払って、カグヤに近付く。



「よしよしよーしよしよし。すげーなカグヤ。がんばったな!」

「わらわは、な、なんにも、しとらん……」



 カグヤは照れ照れと頬をおさえながら、尻尾をぶんぶんした。


 俺はその様子がかわいくて、なでさする。


 横からにゅっとイーリィの手が伸びてきた。

 イーリィは俺と一瞬だけ視線を交わしてうなずき、カグヤなでを開始した。


 俺とイーリィはカグヤをなでさすり続けた。



「アレクサンダー! イーリィ! テメェらやめろ! いいからさっさと続きを言わせろ!」



 ダヴィッドに怒られたので、俺たちはしゅんとして「はーい」と言い、カグヤを解放した。


 カグヤ、こんこん、咳払い。



「予言が、あった。聖剣の打ち手にまつわる、予言……」

「どうすりゃいい!? どうすりゃアタシは聖剣を作れる!?」



 ダヴィッドが詰め寄ってくる。


 俺はカグヤとダヴィッドのあいだに割りこんで、ダヴィッドを押しとどめた。



「落ち着けって。まあ待て。カグヤはしゃべるのがあんまりうまくねーんだ。ゆっくり、ゆっくりだ」

「お、おう……ゆっくりな」

「あとガンつけるのやめろ。お前背が低いくせに圧力すげーんだよ」

「……」



 ダヴィッドは一呼吸してから沈黙した。


 カグヤがゆったり口を開く。



「はるか未来、聖剣を打つ者がおった。わらわは、その姿を見た」

「あァ!? はるか未来ィ!?」



 ダヴィッドが怒鳴る。


 カグヤがビクリと身をすくませる。


 俺はダヴィッドの肩をおさえて「どうどう」と落ち着かせた。


 彼女が充分落ち着いたのを見てから、俺はカグヤに続きをうながす。



「み、未来……具体的にはわからぬが、未来じゃ。そう感じた。見たことのない、ドワーフの女が、聖剣を打っておった……男神(おがみ)ダヴィッドをあがめる……」



 ダヴィッドが「男神ィ!?」と叫んだので、俺は彼女の肩を叩き「落ち着け」と言った。


 カグヤに続きをうながす。



「場所は、山の中じゃ……どこぞの、鉱山で……青い鉱石? を熱して、叩いて、剣にしておった。山の中……場所は――」



 そう言うカグヤの視線は、北方に見える山脈に注がれていた。


 そのまま沈黙。


 予言は以上で終了らしい。


 だから俺は、ダヴィッドの肩から手をどけて、彼女を解放した。


 ダヴィッドは太く短い腕でなぜか俺の胸ぐらをつかみ、叫ぶ。



「おいアレクサンダー! 今のはなんだ!?」

「予言だよ。カグヤのチートスキル。未来のことがわかる」

「予言ンンン!? なんだそりゃあ!? そんなの信じられるか!」

「錬金術師が予言者を否定すんな。つーかなんで俺に言うんだ」

「今のアタシが詰め寄ったら、カグヤが泣くだろうが!」

「わかってんなら冷静になれよ!」

「なれるかバカヤロウ! ……つーか、予言、予言って……聖剣はな、アタシが作るんだよ。絶対に折れない夢のような剣、アタシ以外に誰が作れるっつぅんだ!」

「知らねーよ。世界は広いんだ。未来過去までふくめたらそれこそ果てなんかないぐらいに広い。ってことは、未来にお前以上の打ち手……じゃなくて『剣作りの人』が存在する可能性ぐらいあるだろうが」

「納得できねェ!」

「じゃあどうする?」

「アタシが作る」

「どうやって」

「その、聖剣の素材になる鉱石を掘って、作るんだよ!」



 ダヴィッドはそこまで叫んで――


 不意に、おどろいたような顔になった。



「……そうだよ。聖剣の素材ってのが、その予言でわかったんなら、その素材を使って、未来のヤツより早くアタシが聖剣を作りゃアいいんじゃねェか!」



 こいつも心と口が直結してるタイプだよなー。



「そうと決まりゃア、アタシは行くぜ。聖剣の素材探しにな!」

「落ち着けダヴィッド。どこにあるかもわからねーんだぜ。『北の山中っぽい?』ぐらいしか情報がないんだ。冷静になれって」

「なれるかっつぅんだよ! いても立ってもいられねェ……! テメェでさえ折らずに使える剣が、ようやく作れるかもしれねェんだ……! それを無視しちまったら、アタシが旅をしてる理由がなくなる!」

「でもノーヒントにもほどがあるぜ。見渡す限り山っていうあの場所から、目的の鉱山を見つける……何年かかるかわからない。いや、たどり着けないかもしれない」

「それでもアタシは行く」

「じゃあ行くか」



 方針が定まった。


 ダヴィッドは眉をひそめる。



「……なんだテメェ、アタシをなだめてたんじゃねェのかよ?」

「突っ走るヤツを俺が止めるかよ。そうじゃなくて、現実的なお話をしただけだ。お前がたどり着けないかもしれない『冒険の果て』に、本当に挑む覚悟があるのか知りたかっただけだよ」

「……アレクサンダー」

「おう、なんだ」

「テメェのそういう、人を試すようなところは、本当にどうかと思うぞ」

「試す……まあ、そう受け取られるのか……いや、そんなつもりはねーんだがな。つい」

「じゃあどういうつもりなんだよ」

「俺は『敵対』でしかコミュニケーションとれねーからなあ……」

「……難儀な野郎だな」

「本当にな。で、そういう方針だけど、イヤな人は?」



 見回す。


 サロモンはなにも言わない。

 まあ、俺の剣ができあがるかもしれないんだから、そうなれば願ったり叶ったりだろう。


 で、一番反対しそうなサロモン先生がなにも言わなかったわけだが……



「アレクサンダー、一つよろしいですか?」



 意外にも、シロがもの申した。


 いいガタイをしている優男顔のそいつは、いつものように真っ白い顔に穏やかな笑みを浮かべ、左右で色の違う瞳を細めて、



「食糧がないんです」

「……」

「そう遠くない場所に街らしきものがありそうなので、そこまではもつでしょうが、その程度ですよ。山脈を探索できるほどの食糧を、我らは所持しておりません」

「しかし道中で食糧が尽きることなんか、いくらでもあったし、今回も大丈夫じゃないか?」

「アレクサンダー、我らは現在、八人います」

「いるな」

「『八人が食べられるだけの獲物を、毎日確保し続ける』というのは、実のところ、かなりの難業です」

「……そうだな」

「まして、あちらに見えるは草木の乏しいはげ山(・・・)ばかり。山菜や木の実や、それらを食糧としている動物がいるとは思えません。かろうじてモンスターはいるかもしれませんが、『どうにか食べられるモンスター』ばかりだとは、限りませんよ」

「あーうん、まあ、そうだな」



 石製モンスターとかな。

 骨だけのモンスターとかな。

 そういうのばっかりっていう可能性は充分にある。


 また、モンスターは『倒す前に確保していた部位しか残らない』ので、鳥系モンスターが相手でも食糧の確保は困難だろう。


 大前提として、モンスターを喰うってのは、あんまりしたくない。


 だってうまくないから。

 うまいモンスターがいる可能性に賭ける――ってのも、一人ならやるが……


 八人っていう結構な大所帯を抱えてやる賭けじゃねーわな。



「うーん、じゃあ、そうだな、シロはどうしたらいいと思う?」

「パーティーを分けて別行動がよろしいかと」

「人選は?」

「やだなあアレクサンダー、僕に『人選』だなんて器用なことはできませんよ。僕の『真白なる夜(からだ)』は、個々人で判断しましたからね。なにせ、トップのいない組織でしたから」

「このパーティーだってトップはいねーよ」

「あなたですよ、アレクサンダー」

「……」

「みな、あなたにほだされて旅を始めた。ならばあなたが(かしら)をつとめるのは、自然なことです。というか――避けられない(・・・・・・)ことですよ」

「……そう、かもしれねーな」

「負担でしたら代わりましょうか?」

「いや、それさえ投げ出したら、俺はマジで役立たずの穀潰しだ。そんぐらいは背負うよ」

「なるほど、では人選を」



 シロはにこやかに引き下がった。


 俺は珍しく頭を使う。


 山に行くメンバーに必須なのは、ダヴィッドだ。


 で、俺は――俺は、山について行く。なんせ俺の剣を打ちに行くわけだからな。


 街に向かわせるやつらにも司令塔がいるとやりやすい。まあ、シロかな。



「……んー、よし。ダヴィッドと俺とカグヤで山に行く。残りは街を目指してくれ」



 本当は危険な場所にカグヤを連れて行きたくはないんだが……

 予言された映像を知ってるのは彼女だけだ。

 だから、連れて行かねばならないだろう。


 かくして方針決定――


 とは、ならなかった。


 サロモンがもの申したのだ。



「アレクサンダーよ」

「なんだよサロモン」

「今の決定をかみ砕いたところ、我と貴様が別行動という話に聞こえたが」

「そう言ったんだよ」

「なぜだ?」

「は? いや、なぜって……なぜ?」

「アレクサンダーよ……」

「なんだってば」

「我は闘争に足らぬ弱者どもと行動をともにする気はない」

「……」

「貴様のみを認めているのだ。ゆえに、貴様がどこかへ行くならば、我も行くぞ。貴様との決着をつける機会が、どこに転がっているかわからんからな」

「……お前ひょっとして……」

「……なんだ」

「俺がいないと他のやつらと会話ができないから、そんなこと言ってる……?」

「……」

「…………」

「………………」



 サロモンが無言のまま、無数の矢を魔力で編み上げ始めた。


 俺は慌てて止める。



「待て! 待て待て待て! サロモン、俺が悪かったって!」

「では訂正してもらおうか。我は会話ができぬことを苦にしているのではない……会話の必要性を感じておらぬだけだ」

「わかったわかった! 必要性がないだけなんだよな! 俺が悪かった!」

「わかればよい」



 サロモンは矢をおさめた。


 だが、俺は完璧に気付いてしまったのだ。


 ……思い返せば。

 サロモンが、俺を挟まず他のやつらと会話してるのを見たことがない。


 心の壁が高すぎる。


 そして俺はどうやってこの子の心の壁を越えたんだ……

 俺はいったいなにをした?



「ぼっち系ツンデレヒロインみたいな精神性してるよな、お前」

「なんだ、どういう意味だ」

「……まあいい。えっと、んじゃあ、街に行ってもらうのは、シロと、姉さんと、イーリィと、ウーばあさんでいいか?」



 話をまとめようとする。


 だが……



「兄さん」

「なんだイーリィ、お前もか」

「カグヤちゃんを連れて山登りをするんですよね?」

「まあ、目指すのが山脈地帯だからそうなるな」

「ケガをしたらどうするんですか?」

「……いや、守るよ」

「草や岩で切り傷とか」

「そのぐらい舐めとけばいいんじゃないかな……」

「傷が残ったらかわいそうでは?」

「…………」

「…………」

「……わかった。お前も来い」

「はい」



 コミュ症と過保護が仲間に加わった!



「あと異論あるヤツいるか? もうなんでもよくなってきたぜ! いっそ全員で行ってもいい気分になってきた。つーか五人だぞ五人。あと三人ぐらい増えても誤差だって」



 とか言っていると、次にもの申しを入れてきたのはウーばあさんだった。



「わしは山登りとかイヤじゃぞ!」

「わかったよ。街行けよ」

「んむ! いい男といい女をはべらせて街に行く。『街』なんて初めてじゃ。そこかしこに男と女がおって、そこらじゅうで子作りが行われてるんじゃろうな……」

「そんな街だったらすぐに出た方がいい。絶対にヤベー神様とかあがめてるから」

「アレクサンダー、貴様がおらぬあいだに、わし、母になっておるやもしれん……」

「……シロ、大丈夫? このご老体のお守り任せてもいい?」



 たずねれば、シロは「あはは」と笑った。


 いい、とも、悪い、とも、言わない。



「……姉さん」



 俺はすがるように、シロの横にいる女性を見る。


 彼女は左右色違いの瞳でジッと俺を見て、うなずいた。



「わかった。アレクサンダーはなにも言わないでいい。姉さんに任せろ」

「頼む……」

「アレクサンダーがいないあいだに、街で略奪の限りを尽くしておくぞ。君の代わりは任された。万事うまくやる。だからゆっくり山登りを楽しんできなさい」

「…………シロ、ご老体と姉さんのお守り任せて本当に大丈夫?」



 シロはニコニコ笑顔のまま「うーん」とうなった。


 無理、とは言わない。



「ウーばあさん、姉さん……なぜ年長組がこうもダメなのか……ええと、シロの指示をよく聞いて、騒ぎにならないよう気を付けてくれよ。本当に気を付けてくれよ。マジだぞ。フリじゃねーからな」



 一抹どころじゃない不安を残しつつ、俺たちは別行動となった。


 シロは西に、俺は北に。


 目指すは聖剣の作られる地――


 未だどこにあるかもハッキリしない、鉱山だった。

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