5-12
「で、ばあさん、どうするの?」
切り株そのままというテーブルを挟んで、俺たちは向かい合う。
室内に明かりはないが、枝を組んだだけのスカスカの家だ。外の明かりと騒ぎはここまで筒抜けで、俺たちは遠くで揺らめく炎を横顔に受けながら、二人で見つめ合っている。
「どうする、とは?」
ウーばあさんはテーブルに身を乗りだした。
俺も前に出て、彼女に顔を寄せる。
「旅。……もともと、ドライアドどもに嘘がばれたら殺されそうだからってんで、俺らと一緒に旅をする流れだったろ。でもさ、ばあさん、言っちゃったじゃん」
言っちゃった。
たった一人だけにだが、里のドライアドの前で、ばあさんは、ハッキリと、『自分の語った英雄譚は嘘だった。脚色でさえなく妄想だった』と断言したのだ。
人の口に戸は立てられない。
騒がしい今を過ぎれば、いずれ、話を聞いていたドライアドがみんなに明かし、ウーばあさんは伝説的偉業などなにもしていなかったのだとバレるであろう。
「逃げるなら祭りをやってる今のうちだと思うぜ。そそくさと迅速に旅立とう。なんならまた誘拐してもいい」
「……あー、それなあ」
ばあさんは困ったように、自在に動く緑髪で頬を掻いて、
「もう、いいかなと思っておる」
「どういう意味だ?」
「……嘘だとバレても、よい」
「……そっか。覚悟決まったんだな」
「んむ。わしは決めたぞ。貴様らと旅をする」
「そうか、達者でな。……ん? なんだって?」
「貴様らと旅をするんじゃ」
意外だ。
ばあさんは、引きこもって、楽して、なんにもせず、崇められたいタイプだと思ったが。
どうやら、俺の分析は――
「貴様らとの旅の思い出を、脚色してわしの新しい伝説にする」
「……」
――間違ってた……のかなあ?
「実はな、ダンジョンに挑んだことを一部の者に語ったんじゃが……これが非常に、ウケがいい」
「……」
「わしは気付いた……してもいない『男狩り』やら『出産』やらを十割妄想で語るより、一割の事実に九割の脚色をした方が、突っこまれにくいし、ウケもいいのだと……」
「…………」
「だから旅をしよう。貴様らといたら楽そうじゃし……楽な冒険を、脚色して、わしが主役の大冒険として里の者どもに語ったならば、どうなると思う?」
「どうなるんだ?」
「未来永劫、伝説としてわしの名が遺る」
「……」
「顔も知らぬ未来の者さえ、わしを崇めたてまつるんじゃ……死してなお。死んでいるだけなのに! 死体なのに! ただの樹木と化したわしに感謝を捧げ、供物を奉じる……これほど素晴らしいことがあろうか!」
「……」
「わしは伝説になるぞ、アレクサンダー」
「……」
「つらいこともあろう。大変なこともあろう。んむ! 全部、貴様に任す! わしはこう、影のようにひっそりと貴様らについていく……そして脚色に脚色を重ねて、貴様らの功績をまるっとわしの英雄譚にしてやるんじゃ……」
「……」
「安心せい! 貴様らはわしに尽くした勇士として語り継いでやるからな!」
「……いや、安心したよ」
「じゃろう? 光栄に思えよ」
「あんたはブレねークソババアだ」
「はっはっは! なんとでも言うがよい!」
「……この里に、俺らの旗を立てていく」
「旗?」
「そうだ。道々でイーリィが立ててるんだが、俺のあとからついてくる連中は、その旗を目印に進んでるはずだ。旗っていうか、マーク。そのへんの樹にでも彫っていくよ」
「死者を傷つけるなよ」
「わかったよ。あとでどれが傷つけていい樹か教えてくれ。……だからさ、まあ、この里に、人が来る」
「ふむ」
「そしたら、出産とか子育てについて教わる機会にも恵まれるだろうよ。なんせ、種族人間は、あんたらより短いサイクルで出産と育児を繰り返してるからな。いい伝道師になる。当然、男も来るしな」
「……」
「よかったな。種族繁栄についても、まあ半分ぐらいは解決だ。なんだかよくわからねーけど全部都合よくうまくいくぜ。あんたの理想通りに」
「それほどわしに尽くすなどと……わしはよほど貴様に崇められているようじゃな……」
「猫みてーな考え方やめろ。尽くしてるんじゃねーよ。たまたま重なっただけだ。あんたの道と、俺の道がさ」
「……」
「ならまあ、目的は違うが、一緒に行こうぜ。俺の元いた世界にはこんな言葉もある。『旅は道連れ、世は情け』って。『一人よりも多い方がいい。多くが思いやりをもって接することができてたらなおいい』みたいな意味だけど」
「いい言葉じゃな……わしを思いやれよ……」
「あんたも、俺らを、思いやれ」
「わしは年寄りで、これほどかわいらしいのにか?」
「あんたは『かわいさ』で言えばパーティー内で二番目以下だ。ゆるぎないかわいさトップの座にはカグヤがいる。投票制なら俺とイーリィで確実にカグヤに二票入るんだぜ。八人の中の二票は――」
そこまで言って、気付く。
八人。
俺、イーリィ。
カグヤ、サロモン。
ダヴィッド。
シロに姉さん。
そして、ウーばあさん。
「――八人もいたら、二票は、そう多い数でもねーなあ」
思わず笑った。
たった二人で始まった旅路は、多くを巻きこみながら続いている。
ここにいる八人だけじゃない。
あとに続く、百人以上が、すでにいるんだ。
「……」
「どうしたアレクサンダー?」
「……いや」
……なるほど。
五十人の命を背負ったウーばあさんの心労が、ちょっとだけわかる。
実際に百人以上があとからついてくるんだと思うと、たしかにこの重圧はすさまじい。
俺はペラペラと身勝手な理想を語って――
それに運良く賛同するやつらがいた。
それだけだったが、実際にあとに続かれると、『それだけ』とも言っていられない重みがある。
「……まあ、なんとかなるだろう」
旅は続く。
俺たちは、世界の果てまで旅をする。
背後から来る心強く、そして重みのある足音の幻を耳にしながら、果てまでの旅路を、続けた。




