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アレクサンダー建国記(旧バージョン)  作者: 稲荷竜
五章 種族繁栄のために
52/73

5-8

 うっそうと生い茂る森の中には(ひら)けた空間がある。


 ドライアドの里だ。


 木材加工技術に(とぼ)しいその里では、木々がそのまま建造物に使われている。


 屋根は拾ってきた枝をツタで束ねただけだし、それは床も同じ。

 テーブルなどの調度品もまた『切り株そのまま』といった程度でしかなく、そう多くは手に入らないのだろう、テーブルがない家も多いらしかった。


 自然をそのままに利用する民族。


 素朴(そぼく)粗末(そまつ)で、人によっては温かみなんかも感じるかもしれないその民族の里に――


 たしかに、ダンジョンが生えていた。



「ほわああああ!? わしのっ……わしの家が……!」



 ウーばあさんの家を下から(つらぬ)くかたちで、地面が隆起(りゅうき)している。


 その、『子供が作った砂山をデカくしたようなもの』には、ポッカリと空洞(くうどう)が空いていた。


 洞の中は暗くてうかがえない。


 ただ、内部で風でも吹いているのか、『ビョオオオオ……』という不気味な音が、かがり火さえない、イーリィの魔法の明かりだけが照らす集落に響き渡っていた。



「こりゃあたしかに『生えてる』って感じだ。……『ゆっくりと大きくなってきたものに、今、ようやく気付いた』ってわけじゃねーだろうな。なんせ、さっきまで俺がばあさんの家にいた時にはなんもなかった」



 俺たちを呼び戻したドライアドは、こくりとうなずく。



「いきなり、はえた。さいちょうろうが、ゆうかいされて、どうしようって、はなしてた。そうしたら、いきなり、ばきばきって、いえ、こわれて、あれ、あった」

「……で、化け物ってのは?」



 あたりを見回す。


 静かだった。


 モンスターはいない。

 人も、誰も、いない。

 死体さえも、ない。


 ただ、そこかしこで(あらそ)ったような形跡(けいせき)は見られる。


 それはたとえば村を囲む森の木々が一部折れていたり、あるいは(くず)れている家屋(かおく)があったりと、そういうものだが……


 イーリィが魔法で浮かべてる光だけじゃあよく見えないものの、血のあとなども、あまりなさそうに見える。


 少なくとも、人が一人以上死んでいるような量の血液は見当たらないし、血臭(けっしゅう)もほぼない。


 かるかに残るのは、すえたような、よくわからない、不快なニオイだけ。



「ばけもの、さっきまで、いた」

特徴(とくちょう)は?」

「…………むし」

「虫?」

「おおきな、むし」

六足(ろくそく)? 八足(はっそく)?」

「あしは、ない。……でも、うねうねした、ヒゲみたいものは、あった」

「……うーん。ミミズ系かな? 仮名を『ローパー』としよう。大きさは?」

「このぐらい」



 若いドライアドは、せいいっぱい背伸びをして、力いっぱい両腕と髪を上にあげた。

 たぶん、全長にしてドライアドの倍以上はあるという意味の表現だろう。



「太さは?」

「あれぐらい」



 指さした先にあるのは、樹だ。

 ドライアドが四人ぐらい集まらなきゃ、幹を一周できないほど太い。



「……数は?」

「りょうての、ゆびでは、かぞえられなかった。おしくも……」



 十とちょっとか。


 ……うーん。


 五十名ほどいたドライアドは、一人を(のぞ)いて誰もいない。

 血のあともない。

 相手はローパー系。

 巨大で、太い。

 数は十を超える。


 最悪、ドライアドどもは全員、喰われてる。


 モンスターは人を喰わない。

 が、攻撃手段としての『捕食(ほしょく)』はありうるだろう。


 栄養にするかどうかは別として、『消化液のある体内に閉じこめる』というのは立派な攻撃手段だ。


 その仮説なら血のあとがないのも説明がつく。

 ……第一、モンスターは謎だらけだ。人を栄養にしないモンスターばかりと出会ってきたが、人を栄養にするモンスターがまったくいないとは限らない。


 ……が、さすがにその仮説を口にしない程度の分別は俺にもあったらしい。


 乏しい明かりの中で顔を青ざめさせてるウーばあさんを見れば、なんでもペラペラ心を垂れ流す俺も、口を閉ざすという気づかいができた。


 ばあさんは震えた声でつぶやく。



「……アレクサンダー」



 これだけ静かな夜だというのに、聞き逃しそうになるほどかすかな声だった。



「なんだよ、ばあさん」

「わしを殴れ」

「あんたの耐久力で俺に殴られたら死ぬぞ」

「……死んだ方がいい」



 保身が大好きなはずのクソババアは、大して迷いもなくそう述べる。



「どうしたんだよ、ウーばあさん。らしくねーな。あんたは生き汚い方だろ?」

「……わしは、今、安堵(あんど)しておった」

「……」

「あのまま、家にいたら、ダンジョンに下から突き殺されておったじゃろうと、そう思って……それに、聞くだに恐ろしい、そのモンスターの姿を聞いて、行き()わなくてよかったと、そう、安心しておった」

「自然なことだ。厄介事(やっかいごと)に出会いたくないってのは人の本能だぜ。特に命にかかわるような厄介事にはな」

「若い者が巻き込まれておるのにか!?」

「そうだ。あんたの安堵は生物として正しい」

「正しいわけがあるか! わしは、わしはなあ……英傑(えいけつ)なんじゃ。旅をし、たくさんの子を産み、男どもを狩りまくった……ドライアド史上で一番の、英傑なんじゃぞ」

「それは」



 ちらり、と若いドライアドを見る。


 ばあさん以外にただ一人残った彼女は、不安そうな面持(おもも)ちで、見ている。

 英傑たる、最長老を、すがるように、見ている。


 その彼女の目の前でウーばあさんは、



「たしかに、嘘じゃ」



 ハッキリと言った。



「嘘じゃ。全部嘘じゃ。……(かた)ってる最中はできると思っておった。『やる気さえ出せば、男を落とすことも、森から出ることも、子を産むことも、簡単にできる力が自分にはある』と思っておった。しかし、できぬ。脚色ではなく妄想じゃった」

「……だったら気にすんなよ。ばあさんがいたって、なにもできなかったって」

「そうじゃな。なにもできなかった。いたところで、意味などなかった。そうじゃな、その通りじゃ。貴様は正しい、アレクサンダー」

「だろ?」

「だが、貴様は間違っておる」

「へえ、どこが?」

「なにもできないから、なんなんじゃ」



 ウーばあさんの緑の髪が動き、俺の胸ぐらをつかむ。


 俺は、笑い出すのをこらえつつ、黙って彼女を見下ろした。



「アレクサンダーよ……なにもできないからってなあ、そんな、そんな……そんなのは、関係ないんじゃ!」

「どう、関係ないんだ? いたって意味のないあんたが、いなかった。いたところで、犠牲者(ぎせいしゃ)が一人増えるだけだった。あんたは、この里に不在だったことで、あんた自身と、あんたを追ってきたそいつの命を救ったんだ。分不相応な大活躍じゃねーかよ」

「そうかもしれんが、そうではない。……わしは、ここにいるべきじゃった。モンスターに襲われ、消え去るならば、わしもともに、そうなるべきじゃった。少なくとも! 『自分が襲われなくてよかった』と安堵するなどと、そんな気持ちを抱くべきではなかった!」

「……話をしよう」

「なんじゃ!?」

「可能性の話だ。すがるには乏しい希望さ。あんたら種族はローパー系モンスターに襲われた。血のあとさえなく、誰もいない。これは、『丸呑みにされた』という事実を想像させる。つまり、血の一滴まで喰われて死んだ、って話だ」

「……」

「だが、もう一つ仮説が立つ」

「……」

「『連れ去られた』。モンスターがなぜそんなことをするのか? 連中は害異(がいい)だ。人を見るや襲ってくる敵性生物だ。わかり合うことなど不可能な『俺たちとは違うもの』さ。連れ去る? そんな知能があるのか? 目的は? ……わからない。なにもわからない」

「では……」

「でもな、可能性がある。連れ去られた可能性が――まだ、みんな生きている可能性が、あるんだ」

「……」

「さて、ドライアドの英傑様、あんたは、賭けることができる。『生き残っている』という可能性に賭けて、モンスターどもが引っ込んでいったであろうダンジョンへと向かうことが、できるんだ。チップはあんたの命だがな」

「……」

「どうする? すでに死んでいるかもしれない連中を求めて、ダンジョンに挑むか? それとも、旅立つ俺たちと一緒に来て、この里のことは『いやな思い出』にするか? どうする?」



 俺の胸ぐらをつかんだまま、ウーばあさんは、じっと、緑の瞳を俺に向けていた。


 俺はなに一つ反応しない。

 口の()にこらえそこねた笑いを浮かべるだけで、ウーばあさんの決断を邪魔するものも、後押しするようなものも、なにも提供しないように気を付ける。


 そして、



「わしはダンジョンに(いど)むぞ」



 俺はこらえきれずに、笑った。



「なにがおかしい!」

「おかしいんじゃねーよ。嬉しいんだ。……あんたはたしかに、力なきクソババアだったかもしれねー。普段はまあ、そうなんだろう。でもな、ここで『挑む』選択をしたあんたは、まぎれもなく、英傑だ。能力はともかく、その心根はたしかに、あがめ(たてまつ)られるべき勇者なんだ。俺はそれが嬉しい」

「……」

「じゃあ、行くか」

「……は? 貴様も来るのか?」

「行かないなんて言った覚えはねーぞ」

「いやしかし、貴様、『旅立つ』と……」

「あんたの用事が終わったあとで旅に出るさ。それでいいだろ、みんな」



『嫌だ』という反応をする者は、誰もいなかった。


 サロモンは闘いのため。

 イーリィやダヴィッドはその正義感から。

 そしてシロにカグヤに姉さんは、俺の方針だからと、そういう理由だろう。



「じゃあダンジョンに挑もうか。グダグダしゃべっちまったからな。……生きてる可能性に賭けるなら、急いだ方がいい」



 さらわれているのだとしたら、不安だろうし恐怖だろうし、そもそもなにをされてるかわからない。


 ほら、最悪、モンスターの腹の中から引きずり出す展開になるわけだし、時間はかけない方がいいでしょう。

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