5-7
「それで、事情の説明はしていただけるんですよね?」
イーリィに聞かれたので、全部正直に言った。
出任せ英雄譚騙りすぎてご本尊化したばあさんが、自業自得のせいで仲間に殺されかねなかったので、誘拐して死期を先延ばしにすることにしたんだよ。
「……ばあさん?」
「こういう種族っぽい。カグヤと変わらない年齢に見えるけど、これでも数百年生きてるんだってさ」
「……なるほど。世の中には不思議な種族もいるものですね」
「え? いや、前にもそういう種族に会ったじゃん。エルフとか」
「エルフのみなさんは、数百年も生きられるんですか?」
「……」
そういや、そこはまだ未確認だったな。
俺たちはエルフの集落を通り抜けたり、そこを守る壁をぶっ壊したりしたが……
エルフという種がどのぐらい生きるのかまでは、まだ聞いてないのだった。
せっかく森を抜けるまで雑談タイムになりそうなので、やや先行して進んでいるサロモンに追いつき、その肩を叩く。
「なあサロモン、エルフって――なんだそのツラ」
振り返ったサロモンを見ておどろく。
普段から不機嫌そうな顔をしているヤツだが、今、浮かべている渋面は今までの比じゃなかった。
「……うるさい生き物が増えたようだな」
サロモンは、俺についてきていたウーばあさんをにらみつけた。
ばあさんは俺の背中に隠れて、
「なんじゃこの若いのは! 年寄りに対する敬意がなっとらん! アレクサンダー、言ってやれ!」
と、俺に丸投げした。
言ってやれもなにも……うるさいクソババアじゃねーかよ、あんた。
なんも言えねーよ。
「……まあ、うるさい生き物は増えたよ。なんだサロモン、不満か?」
「アレクサンダー」
「なんだ」
「貴様と同郷の女の存在は認めよう。そいつがいるおかげで、我らは常に万全の状態でいることができる」
「なぜ、かたくなに名前を呼ばないんだ……イーリィだよ」
「太短の女も存在を認めよう。そいつは、貴様の武器を作るために必要だ」
「ダヴィッドだよ」
「小さき獣についてもまあ、とやかくは言うまい。我より先に貴様に同行していたし、そいつは静かだ。気にならぬ」
「カグヤだよ」
「シロは強いのでいい」
「シロだ……男は名前で呼ぶのか……」
ひょっとして女性を名前で呼ぶことに抵抗があるのだろうか……
「だが、その痩せたガキ老人はなんだ?」
「ウー・フーだよ」
「なんの役に立つ? そいつも、『チートスキル』とかいうものを持っているのか?」
「ねーな。なんにもない」
俺たちのパーティは、偶然にも、全員が『チートスキル』を持っている。
イーリィは『見て、念じる』だけですべての傷や病気を――身体の欠損さえも治す。
カグヤには『予言』がある。
……まあ、パッシブスキルじゃないので、発動タイミングを選べるわけじゃないけども。
ダヴィッドは錬金術師だ。
普通の『打ち手』が専用設備を用いて数日かけるような鍛冶を、一瞬で終わらせてしまう、製作系チートだ。
シロのスキルは『弱点看破』だ。
どうやら視界に映る景色が俺らとは違うらしく、シロには生き物の『突かれたら致命傷を負う部位』が色違いで見えているらしい。
俺らがシロに指示されて『弱点部位』を突いてもそれほどのことは起こらないので、魔眼系の能力なんだろう。
サロモンは言うまでもなく『魔力無限』だ。
たった一人で近代兵器をようする軍隊と同じことができる。
俺は、まあ、自分のステータスを見ることができない。
だから自分に『チートスキル』があるのかはわからないんだが……
そもそも『ステータス閲覧』がチートだろう。
それに、明らかに死ぬようなケガで死なないあたりがきっとチートなんだろうとは思う。
で。
ウー・フーには、チートスキルが、ない。
能力も平凡だ。
まあ、種族人間やら種族魔族やらの『老人』と比べると、ステータスの値自体はだいぶ高いので、老化による衰えはない種族なんだろう。
「アレクサンダー、はっきりと言うぞ」
「なんだなんだサロモン、あらたまって」
「我は、女子供と、口うるさい生き物と、弱者は好かぬ」
「え、ごめん……口うるさい子供に分類されないか、俺?」
「……貴様は強いからいい。……そうでなく、なんだ、女ばかりが増えていって、うるさくてかなわぬ。まして我は、その老いた幼女のことを好かぬ」
「逆にお前が好ましいと思う相手は誰なんだ」
「強者だ」
「お前に『強者』と認められる相手って、全人類に五人もいないと思うんだけど」
「それがなんだ。……だいたいなアレクサンダー、貴様とそこの老いた幼女が」
「面倒くせーから名前で呼べよ、もう」
「……貴様とそれがどこかで密談をしている最中、我とシロはドライアドどもの群れの中に取り残された」
「まあそうだろうけど」
「……そのあいだに、ペタペタペタペタと、無遠慮に我に触り、寄ってくる、抱きついてくる、中には、我を舐める者まで……」
「……」
「怒りに任せて皆殺しにしなかったのは、貴様らとの旅で、我が寛容になっていたからだ」
「……」
「それを見ていると、その時の不快感が思い出されて、不愉快だ」
「お前ひょっとして……」
「なんだ」
「女の子が苦手なのか?」
「…………」
「せまられると、照れちまって、どうしたらいいかわからなくなるから……」
「………………」
「……………………」
「…………………………決着をつけるか、アレクサンダー」
「待て待て待て! わかった、悪かったよ! お前とのリターンマッチをこんなくだらねー理由でしたくねーよ! もっとこう、ノリノリで殺し合える動機が必要だと思うぜ!」
「そうか。それはもっともだ。……とにかく。苦手とかではない。我は女子供を恐れてはおらん。ただ、なんだ……過度な接触は好かぬのだ。それに、話しかけられるのも好かぬ。我をわずらわせるな」
それはもう完全に『女の子が苦手』なんだと思うが……
どうしてこいつは、こんなにも思春期なんだろう……
いや、まあ、でもそうだな。
サロモンにはサロモンのこだわりがある。
「わかったわかった。まあ俺も『苦手なものでも必要なんだから克服しろ』みたいなことを言うつもりはねーよ。苦手は苦手のままでいい。嫌いも嫌いのままでいい。たとえ克服した方が物事が円滑に進むとしたって、その程度の理由で己を曲げる必要はねーもんな」
「そうだ」
「世の中には『必要性』より大事なことがある」
「そうだ」
「だからなサロモン、ウーばあさんがついてくるのを認めてやっちゃくれねーか?」
「……なんだと?」
「たしかにウーばあさんは役立たずだよ」
背後でウーばあさんが「んむぅ!?」と喉になにかを詰まらせたみたいな声を出した。
俺は地面の木の根っこを大股で乗り越えつつ言葉を続ける。
「口うるせーし、尊大だし、どこに出しても恥ずかしくないクソババアって感じだ」
「……貴様は容赦がないな、アレクサンダー」
「なんだ、かわいそうか?」
「……いや。別に」
「けどなサロモン、だからといって、旅をしちゃいけないなんていう理由はない」
「……」
「必要だから旅の仲間に入れる。必要じゃないから旅の仲間に入れない。……そうじゃねーだろ。そうじゃ、ないんだ。必要性で言えば、まず俺が微妙なところだ。計画性はないし、勝手に突っ走るし、旅に必要な生活お役立ち技能はヘタクソだし、運行予定も食材管理も全部イーリィがやってる……あれ、待って、俺、マジで役立たずじゃねーか?」
「言いにくいが、まあ、そうだな。貴様の火熾しはへたくそだ」
「俺は魔法が一切使えねーから種火も摩擦熱で熾すしか……いや、そんな話はいいんだ。ええと、なんだっけな……そうそう。必要性で選別するなって話だよ。人を必要性で量って弾く者は、いずれ誰かから必要性で量られて弾かれる」
「……」
「それにさ、人には誰しも可能性がある」
「……つまり、今は脆弱にして蒙昧たる『自分の力で二足歩行するだけマシなただの荷物』でしかないそこの褐色年寄り幼女が、なにかの力に目覚めると?」
「可能性はあるだろ? どうにもチートスキル持ち同士は惹かれ合うみたいだからな。まあ、この不可思議な縁も、一応論理的に読み解く仮説は考えてる」
「どのような?」
「今、一番有望なのはこれだな。『お前らのチートスキルは、俺の魔法により成り立ってる』説」
「……なんだそれは」
「俺が魔法を使えないのは、すでにMPがカラになるまで毎日毎日魔法を使い続けてるからだ。そして、その魔法のおかげで、人はチートに目覚め、俺のもとに集まる」
「……」
「魔法ってのは『魔力を用いて心象風景を具現化する技法』って仮説を立ててるからな。そこから派生して、俺の描く『誰しもになんらかの力がある世界』を、俺が魔法で作りだしたのかもしれない。無意識で。っていう説だ」
「……では、なにか。この世界は貴様の妄想の産物で、我らは夢の中の登場人物であると?」
「可能性としちゃありえるだろ?」
「…………ふむ。ふむ。なるほど。……ありだな」
「だろう?」
「世界創造か。大魔法だ! ……貴様の妄想のスケールの大きさを、我は好ましく思う」
「照れるぜ」
「だが、それはないな。……我はここにいる。貴様のために我ではない。我がために、我はある」
「まあそうだな。仮説に仮説重ねてるし、そもそも、『人はMPが一定値以下になると気絶する』っていう事実がある。……俺がもしもMPをカラになるまで毎日使い続けてるんだとしたら、俺は気絶し続けてなきゃいけない。っていうかたぶん、MPゼロのままだと死ぬと思う」
「ふむ」
「そこらへんを俺の不死身と紐付けてなんやかんやで押し切ることもできるけど、まあ、妄想だな。だから、仮説その二だ」
「なんだ?」
「『人は誰しも、チートスキルに目覚める素質は持っている』説」
「……」
「俺らだけしか目覚めないっていうのが、そもそも間違いなんだ。人は目覚める。苦境の中で、自己改変ができる。よりよい方向に変化していく力は、人に最初っから備わってるんだよ。俺が気に入る連中がのきなみ苦境にいるから、それが集まってる、っていう説だ」
「……その『変化していく力』が、そこのそれにもあると? 今までなんの才覚にも目覚めなかった、老人にも? あのダリウスにさえなかった力が、そこの年寄りに?」
「秘めた力がいつ目覚めるかなんて、誰にもわからねーよ」
「……」
「だからさサロモン、お前は可能性を否定してくれるな。『今、自分たちの基準で役立たないし、役に立つ可能性も見えないもの』を排除しないでくれよ。……型にはめて判断されるイヤさを、お前は知ってるはずだろ」
しばらく、サロモンは黙っていた。
俺たちは沈黙したまま、深い森を西へ向けて進んでいく。
そろそろ暗くなり始めて、背後の方でイーリィが魔法の明かりを灯す。
長い、静寂のあと。
「……ふん。…………別に、ともに旅をするなと言っているわけではない」
「いや、言ってたって。絶対そういうつもりだったってお前」
「我がいつそんなことを言った。我は……我の感想を述べただけだ。嫌いだと。近寄るなと。話しかけるなと。すなわち、我と旅をするうえで心得ておくべきことを述べただけだ」
「お前……本当になんていうか……」
自分の非を認めるの、大嫌いだよねぇ!
「アレクサンダー、そういうわけだ。女どもに言っておけ。軽々しく我に話しかけるなと」
「自分で言えよ。っていうか普通に聞こえてるよ、その発言」
『女ども』は俺らから三歩ぐらい後ろを歩いているのである。
ウーばあさんに限れば、俺のすぐ背後だ。
森は静かだし、聞こえていないはずがない。
……本当に、静かだ。
シンと静まりかえった森の中には、昼間にはあったはずの、生き物の声さえない。
だから俺たちは――
「ところでサロモン、あの音わかるか?」
背後から迫ってくる足音に、すぐに気付くことができた。
サロモンは「ふん」とくだらなさそうに鼻を鳴らす。
「二足歩行、軽量。……たまに足音が消えるのは、枝を伝っているからであろうな。どう聞いてもドライアドの足音だ。でなければ迷子のガキか、小型モンスターだ。数は一人。どうする?」
「あー……んー……ウーばあさん、よし、人質にするぞ」
たった一人で追いかけてきたドライアドの真意は不明だが……
まあたぶん、ウーばあさんを取り戻すための独断専行だろうと判断した。
俺は、折れてる剣を抜き、ウーばあさんに突きつける。
そして近寄ってくる足音の方を見た。
イーリィの杖のあたりでまたたく『暗闇を照らす』魔法の光の中に、そいつはだんだんとハッキリした姿を表していく。
予想通りのドライアド。
髪が白いから若者の誰かなのはわかるんだが、こいつらは種族全員が似すぎてて個体識別が容易じゃない。
「さいちょうろう!」
この微妙なカタコト感……舌足らず感? は、たぶん、最初に俺らに接触したドライアドの誰かかな?
そんな予想をしながら見ていると――
追いついた彼女の表情が、やけに切迫していることに気付く。
「どうした」
ウーばあさんにもわかったらしい。
真剣な声でたずね返す。
若いドライアドはよほど急いで来たのだろう、息も絶え絶えに言う。
「さと、さとに、なんか、はえてきた……」
「……なんか、とは、なんじゃ」
「わからない、なんか、ほらあなが、いきなり……それで、なか、から、ばけもの……」
「……」
「さと、おそわれてる……さいちょうろう、たすけて」
ウーばあさんが、俺を振り返る。
その顔にあるのは強い困惑だ。
まあ、そうだろうな。
いきなり洞穴が現れて、中から化け物が。
里が襲われている。
は? って感じ。
だけど、なんとなく、わかった。
『いきなり生えてきた』はわからないが、化け物が出てくる洞穴を、俺たちは知っている。
「ダンジョンだ」
ダンジョン。
世界を悩ます化け物どもの発生源。
それが――いきなり、生えてきた? らしかった。




