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アレクサンダー建国記(旧バージョン)  作者: 稲荷竜
五章 種族繁栄のために
48/73

5-4

「たーすーけーてー!」



 ウーばあさんの家は、他の家屋よりもひときわ広く、一段高い場所にあった。


 見上げれば枝を組み上げてできあがった円錐(えんすい)型の屋根が見える。


 足場もまた樹で組まれており、風通しがよく、虫通しも雨通しもよさそうだった。


 スカスカの家。



「たぶん、木材加工技術がねーんだな。削ったり切ったりもっとがんばれよ。こんなんじゃ雨風しのげねーだろうが」

「なんの話じゃ! いいからはよう、わしを助けんか!」



 ウーばあさんはスカスカの床の上で地団駄(じだんだ)を踏んだ。


 葉っぱとツタだけでできた衣装は、激しい動きのせいでチラチラ動いてとても危険な感じだ。


 とりあえずテーブルの用途(ようと)で使われてるであろう切り(かぶ)そばに腰かける。


 ウーばあさんは対面の床に腰かけ、言う。



「アレクサンダー、わしのような、老練(ろうれん)な美女がこんなことを言うのは意外かと思われるかもしれんが……」

「予想できた」

「まだなにも言っとらん! ……意外と思われるかもしれんが、実はわし、子作りの仕方、本当に知らんのじゃ……」

「予想通りだった」

「子供を産んだこともないし、森の外に出たこともないし、男狩りも姉さまたちのやってるのをそばで見ていただけなんじゃ……」

「そうだろうと思った」

「貴様、さては心を読む能力が!?」

「ねーよ。……まあなんだ、ドライアドどもに期待されてるほど、あんたが物知りじゃないのは、(くち)パクで『たすけて』って言われた時から予想できた。……で、なんであんたは、ドライアド内じゃ『なんでも知ってる最長老』扱いになってんだ?」

「これには深い事情があるんじゃ」



 ウーばあさんは緑色の髪をウネウネと動かす。


 彼女なりの、思案する時のクセなのかもしれない。



「……わしは今や、最長老となった……わしより年上だったドライアドたちは、寿命で、あるいは病気で死に絶え……男がいた世代を知る、最後のドライアドとなってしまった」

「ほう」

「……わしはな、最長老のつとめとして、かつて男がいた時代のことを、若い世代に語り聞かせておったんじゃ……」

口伝(くでん)によって危機への対処法やらなんやらを残すのは、部族としちゃ当然やるだろう」

「それでな、まあ、なんじゃ。ここからが非常に深い事情なんじゃが……」

拝聴(はいちょう)しよう」

「……若い世代がな、こう、わしの話を楽しげに聞くんじゃな」

「だろうな。娯楽もねーだろうし」

「『男がいた時代を知ってるの!? 最長老さま、すごい!』」

「……」

「『男狩り!? 最長老さま、すごい!』」

「……」

「『そうじゃろうそうじゃろう。実はな、わしは、ドライアド史上まれに見るほどの男狩りの名手でな……そう、あれはたしか、貴様らぐらいの年齢のころじゃ。森の外に遠征した……遠く、遠くまで行き、街一つをわしの子で埋め尽くすほど、子を産んだ……』『最長老さま、すごい!』」

「……」

「……そんな感じでやっているうちに、気付けばわしは、『ドライアド史上最強の戦士にして最多数の子を産み多くの男を(とりこ)にし世界中を旅してまわった英傑(えいけつ)』という立場に……」

「実際に旅してまわったのか?」

「ううん、嘘……」

「……」

「白い目で見るな! わ、わしだって、わしだって、こんな嘘つきとうなかった……! でもな、若い世代がすごく尊敬してきて……気持ちよくて……」

「…………まあ、気持ちはわかるよ」

「そうじゃろう!? 口から出任せを語るだけで尊敬され! こんな立派な家も、わしの家だと言えばみなこぞって建築にかかわりたがり! 森でとれたうまいものは真っ先にわしのもとに運ばれてくる! 最高じゃろ!? 仕方ないよなあ、最高だものなあ!」

「気持ちはわかるがクソババアだと思う」

「誰がクソババアじゃ! まだまだ子供を産めるぐらいには若いわ!」



 クソババアは座ったまま手足と髪をばたばたさせた。



「いやーそのー……俺の元いた世界にはこんな言葉がある。あんたに贈ろう」

「なんじゃ?」

「『自業自得』」

「どういう意味じゃ」

「『自分でやったことで損するのはまあ仕方ないよねー』みたいな意味だ。『因果応報』でもいいぜ。あんたに贈るよ。じゃあな、がんばれよ、ドライアドの英傑」

「待て! 待ってくれ! ……このまま、子作りの仕方を知らないとバレれば、その他の嘘もずるずるとバレそうなんじゃ……」

「だろうな」

「今まで尊敬を集めてきたわしの武勇伝が全部嘘だとわかったら、ドライアドたちは、わしをどうすると思う?」

「うーん、想定される結末は色々あるが、『殺す』ってのはありそうかな……尊敬が大きければ大きいほど、ひるがえったあとの感情もでかいだろうし。あんたへの盲信を見てたら、まあ殺害までは行くだろうなって。まあうまくすれば押し切れそうな気もするけどさ。半々ぐらいかな? 命を懸けるにはちょっとこころもとない確率か?」

「じゃろう!? この哀れな年寄りを救ってはくれんか……?」

「よし、じゃあ聞かせてくれよ。俺はどうやったらあんたを救える?」

「わしと、子作り」

「ばあさん、真面目(まじめ)な話をしよう」



 俺はテーブルに上半身を乗り出す。


 ウーばあさんも同じように身を乗りだした。



「なんじゃ」

「あんたは嘘まみれの英雄譚を語りはしたが、それでも、男がいた時代を知ってるのは本当なんだろう?」

「そうじゃな。姉さまがたが、森をおとずれる男をさらい、子を成し……そういう繁栄(はんえい)の時代を知っておる」

「じゃあ、子供がどうやって産まれるかは、知らない?」

「待て、今思い出す」

「必死にやれよ。あんたの命がかかってる」

「そういう重圧(プレッシャー)はやめてくれ。わしは心が弱いんじゃ」

「そうか。でもどうしようもねーからな……」

「うーぬ……そうじゃ。姉さまと、男が、抱き合って……」

「うんうん」

「なんか……そうじゃ……だんだん、姉さまのお腹あたりが、ぼこっとしてきて……」

「うん」

「ある日、姉さまが……そう、産屋(うぶや)! 産屋と呼ばれている建物に入り……」

「うん」

「そこに、ばあさま方が入って……」

「うん」

「しばらくしたら、子供と一緒に出てきた」

「そうかわかった。子作りはあきらめな」

「なんでじゃ!?」

「子供の取り上げ方も知らないのに、子供が産めるか!」

「取り上げ方!? 子供の!? 取り上げ!? どういう意味じゃ!?」

「それさえわからない程度の出産リテラシーで子供なんか作ったら、マジで死ぬぞ……」

「死!? 子供を作ると死ぬのか!?」

「だいたい、出産を二百年してねー種族なんだろ? ってことは育児の方法とかも失われてるんじゃねーの? 作るだけならな、ぶっちゃけ、簡単なんだよ。大事なのは産み方と育て方でな……こっちがわかんねーと、作ったはいいが母も子も死ぬとか普通にあるからな」

「アレクサンダー! 貴様、知っておるんじゃろ!? そうじゃろ!? いいこと思いついた! 貴様がわしと子作りして、子供をうまく産ませて、育てればいい! 解決じゃ!」

「そういう展開になるんなら絶対に子作りなんかしねーよ」

「なんでじゃ!」

「俺は旅の途中なんだ。子供が育つまで足止め食らってられねーんだ。だいたい、出産や育児にかんして、俺はガイドラインを知ってるだけだからな。専門知識と実践経験はやや(とぼ)しい」

「貴様も知らんのか! 知らんのに、さも知ってるぶってわしを馬鹿にしたのか!」

「ドライアド全員に嘘ついてたあんたに、その責められ方はされたくねーな」

「んむう……」

「まあとにかく、俺らはあんたらと子作りはしないんだ」

「しかし、貴様らという男を捕まえておいて、子作りもせずに帰したら、それこそわしの嘘がバレるのではないか?」

「その可能性は高いな」

「わしの命がかかっとるんじゃぞ!? なんでそんなに他人事なんじゃ!?」

「あんたは俺にとって他人だからだよ」

「アレクサンダー……わしと貴様は、家族も同然じゃ」

「いつからだ」

「わしは貴様を息子と思い、貴様はわしを母と思っておる……」

「思ってない思ってない」

「わかった、わかった。もっと理性的に話そう。どうしたらわしと子作りし、わしの子を取り上げ……取り上げ? わしの子を育てる? 要求があれば言うがよい。叶えてやろうぞ」

「すげー展開になってきたな……」



 放っておけば土下座でもしかねない勢いだ。


 それでもなお、微妙に偉そうな感じがクソババア感強くてなかなか好ましい。



「わかったわかった。負けたよウーばあさん。あんたの熱意に感じ入った」

「お、産むか? 産む流れか?」

「あんたと()()げることはできねーが、あんたを助けることはできる」

「ほう、わしを助けるか。よかろう。助けられてやろう」

「そこで上から目線になるのが意味わからねーが……いやまあいい。そういうとこ、わりと好きだぜ」

「わしも大好き。なんせ貴様、わしの命を救うからな。わしの役に立つ男は好きじゃ」

「ありがとよ。でな、ウーばあさん、あんたが助かり、俺も旅を続ける方法が一つだけある」

「なんじゃ」

「俺の旅についてこい」

「……」

「なんだ、意外か? それ以外ないってたぐいの提案だと思うが……ドライアド連中にはうまいこと言って『子作りには旅が必要』とかなんとかの設定にすれば、少なくともすぐに殺されることはないと思うぜ」

「旅というのは、なんじゃ、森の中をうろちょろするだけで済むか?」

「いや、森を出て、ずんずん進むぜ。目指してるのは世界の果てだ」

「アレクサンダー……」

「なんだよ」

「わしのような経験豊富な女が、こんなことを言うと意外に思われるかもしれんが」

「もうあんたがなに言ってもおどろく自信がねーよ。ごめんな」

「わしは……森から出たことがない……」

「さっき聞いた」

「だからその、旅とか……恐いからイヤ……」

「そうか。まあしょうがねーよな。じゃあなばあさん、うまく立ち回れよ」

「救え! わしを!」

「だって俺の唯一の提案蹴られたらどうしようもねーしな……」

「あきらめ早くないかのう!? わしの命がかかっとるんじゃぞ!?」

「だから救う方法を提案したろうがよ。それをイヤだって言うんだから、まあ、なんだ、『達者(たっしゃ)でな』って感じだ。個人的には好きだし、生き残ってほしいけどさ。俺は世界に住まう全員のこと満遍(まんべん)なく好きで、今この瞬間にも俺の知らないところで死んでるヤツはいるんだよ。ばあさんがその一人になるんなら、()しみつつも受け入れるしかねーよ」

「惜しむな! 受け入れるな! わしの命はなあ……わしの命なんじゃぞ!」

「知ってるよ」

「というか貴様らのせいで、わしはこんな苦境に立たされとるんじゃぞ!?」

「あ? なんでだよ?」

「二百年、男の寄りつかなかったこの森に! 貴様らが来たから! 子作りの方法知らないことが問題になりかけておるんじゃろ!? つまり貴様らがこの森に来たせいで、わしの命がやばいんじゃ!」

「つーか疑問なんだけど、ばあさんは、なんでそんなにも、なんにも知らないんだ?」

「どういう意味じゃ!? わしを馬鹿にしとるのか!?」

「そうじゃねーよ。……いや、口伝で後世に色々伝える文化があるじゃん?」

「んむ」

「だっていうのに、ばあさんには、ばあさんのばあさんたちから、子供の取り上げ方とか伝わってねーのは、ちょっと不自然だなーと思って」

「……」



 ウーばあさんは固まった。


 そして、



「……そうじゃな?」

「だろ? あともう一点」

「なんじゃ」

「ここにいたっていう男たちはどうした?」

「ドライアドはな、男が産まれん種族なんじゃ」

「そうじゃなくて、ドライアドの男はいなくても、ドライアドから男が産まれることぐらいあるだろ?」

「んむ」

「その男たちがいれば……まあ、血縁者だからアレだけど、種族としての命脈をつなぐことはできたんじゃないか? 今もその男たちの子孫の男がいたっていいはずだ」

「……」

「あとさ、エルフ。サロモンみたいな耳がとがってて、金髪のあいつら。さらってきたっていう男の中に、あいつらはいなかったの?」

「いや……男はな、姉さまたちが、全員、森から追い出したんじゃ」

「……なんで?」

「わしが知るか」

「教えられてないの?」

「んむ。ただ、姉さまたちは…………」

「どうしたばあさん」

「……姉さまたちは、そうじゃ、子供は、もういいと。男狩りも、やめてしまって……」



 なにかを、思い出すような間があった。


 ウーばあさんは、視線を下げ、独り言を言うかのように続ける。



「……そうじゃ、思い出した。姉さまたちは、男を狩ることをやめたんじゃ。……そうしているうちに、そもそも、森に男たちが来なくなって……それで、ドライアドはどんどん減って……」

「……」

「わしの武勇伝を聞いた若い者どもが、わしをまねして男狩りを始めたのが、つい最近のことじゃ。実際に男を見つけてきたのは、今回が初めてで……」

「……なにか、あんたの姉さんに事情があったっぽいな」

「……姉さまたちは、なぜ、男狩りをやめた?」

「俺は知らねーよ。日記とか……まあ文字がないか……ええと、それこそ、口伝でなにか伝わってないの?」

「……いや。んむ、そうじゃな、そのへんは、姉さまに聞くより他にない」

「でも死んでるんだろ?」

「死んでいるが、生きている。話はできぬが……」

「……どういう意味だ?」

「それはもちろん、わしらドライアドというのは貴様らと違って――」



 そこで、ウーばあさんは、不自然に言葉を止めた。


 俺が「どうした?」と聞くと、彼女は「いや」と述べてから言葉を続ける。



「――姉さまに会いに行くか」



 ウーばあさんは立ち上がり、



「……ついてこいアレクサンダー。わし一人ではちょっと恐い」

「わかった」



 どこになにをしに行くのかはさっぱり不明だったが、俺は承諾した。


 ファンキーなクソババアだと思っていたウーばあさんに、あんな思い詰めた顔をさせるものがなんだか、気になったから。

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