5-4
「たーすーけーてー!」
ウーばあさんの家は、他の家屋よりもひときわ広く、一段高い場所にあった。
見上げれば枝を組み上げてできあがった円錐型の屋根が見える。
足場もまた樹で組まれており、風通しがよく、虫通しも雨通しもよさそうだった。
スカスカの家。
「たぶん、木材加工技術がねーんだな。削ったり切ったりもっとがんばれよ。こんなんじゃ雨風しのげねーだろうが」
「なんの話じゃ! いいからはよう、わしを助けんか!」
ウーばあさんはスカスカの床の上で地団駄を踏んだ。
葉っぱとツタだけでできた衣装は、激しい動きのせいでチラチラ動いてとても危険な感じだ。
とりあえずテーブルの用途で使われてるであろう切り株そばに腰かける。
ウーばあさんは対面の床に腰かけ、言う。
「アレクサンダー、わしのような、老練な美女がこんなことを言うのは意外かと思われるかもしれんが……」
「予想できた」
「まだなにも言っとらん! ……意外と思われるかもしれんが、実はわし、子作りの仕方、本当に知らんのじゃ……」
「予想通りだった」
「子供を産んだこともないし、森の外に出たこともないし、男狩りも姉さまたちのやってるのをそばで見ていただけなんじゃ……」
「そうだろうと思った」
「貴様、さては心を読む能力が!?」
「ねーよ。……まあなんだ、ドライアドどもに期待されてるほど、あんたが物知りじゃないのは、口パクで『たすけて』って言われた時から予想できた。……で、なんであんたは、ドライアド内じゃ『なんでも知ってる最長老』扱いになってんだ?」
「これには深い事情があるんじゃ」
ウーばあさんは緑色の髪をウネウネと動かす。
彼女なりの、思案する時のクセなのかもしれない。
「……わしは今や、最長老となった……わしより年上だったドライアドたちは、寿命で、あるいは病気で死に絶え……男がいた世代を知る、最後のドライアドとなってしまった」
「ほう」
「……わしはな、最長老のつとめとして、かつて男がいた時代のことを、若い世代に語り聞かせておったんじゃ……」
「口伝によって危機への対処法やらなんやらを残すのは、部族としちゃ当然やるだろう」
「それでな、まあ、なんじゃ。ここからが非常に深い事情なんじゃが……」
「拝聴しよう」
「……若い世代がな、こう、わしの話を楽しげに聞くんじゃな」
「だろうな。娯楽もねーだろうし」
「『男がいた時代を知ってるの!? 最長老さま、すごい!』」
「……」
「『男狩り!? 最長老さま、すごい!』」
「……」
「『そうじゃろうそうじゃろう。実はな、わしは、ドライアド史上まれに見るほどの男狩りの名手でな……そう、あれはたしか、貴様らぐらいの年齢のころじゃ。森の外に遠征した……遠く、遠くまで行き、街一つをわしの子で埋め尽くすほど、子を産んだ……』『最長老さま、すごい!』」
「……」
「……そんな感じでやっているうちに、気付けばわしは、『ドライアド史上最強の戦士にして最多数の子を産み多くの男を虜にし世界中を旅してまわった英傑』という立場に……」
「実際に旅してまわったのか?」
「ううん、嘘……」
「……」
「白い目で見るな! わ、わしだって、わしだって、こんな嘘つきとうなかった……! でもな、若い世代がすごく尊敬してきて……気持ちよくて……」
「…………まあ、気持ちはわかるよ」
「そうじゃろう!? 口から出任せを語るだけで尊敬され! こんな立派な家も、わしの家だと言えばみなこぞって建築にかかわりたがり! 森でとれたうまいものは真っ先にわしのもとに運ばれてくる! 最高じゃろ!? 仕方ないよなあ、最高だものなあ!」
「気持ちはわかるがクソババアだと思う」
「誰がクソババアじゃ! まだまだ子供を産めるぐらいには若いわ!」
クソババアは座ったまま手足と髪をばたばたさせた。
「いやーそのー……俺の元いた世界にはこんな言葉がある。あんたに贈ろう」
「なんじゃ?」
「『自業自得』」
「どういう意味じゃ」
「『自分でやったことで損するのはまあ仕方ないよねー』みたいな意味だ。『因果応報』でもいいぜ。あんたに贈るよ。じゃあな、がんばれよ、ドライアドの英傑」
「待て! 待ってくれ! ……このまま、子作りの仕方を知らないとバレれば、その他の嘘もずるずるとバレそうなんじゃ……」
「だろうな」
「今まで尊敬を集めてきたわしの武勇伝が全部嘘だとわかったら、ドライアドたちは、わしをどうすると思う?」
「うーん、想定される結末は色々あるが、『殺す』ってのはありそうかな……尊敬が大きければ大きいほど、ひるがえったあとの感情もでかいだろうし。あんたへの盲信を見てたら、まあ殺害までは行くだろうなって。まあうまくすれば押し切れそうな気もするけどさ。半々ぐらいかな? 命を懸けるにはちょっとこころもとない確率か?」
「じゃろう!? この哀れな年寄りを救ってはくれんか……?」
「よし、じゃあ聞かせてくれよ。俺はどうやったらあんたを救える?」
「わしと、子作り」
「ばあさん、真面目な話をしよう」
俺はテーブルに上半身を乗り出す。
ウーばあさんも同じように身を乗りだした。
「なんじゃ」
「あんたは嘘まみれの英雄譚を語りはしたが、それでも、男がいた時代を知ってるのは本当なんだろう?」
「そうじゃな。姉さまがたが、森をおとずれる男をさらい、子を成し……そういう繁栄の時代を知っておる」
「じゃあ、子供がどうやって産まれるかは、知らない?」
「待て、今思い出す」
「必死にやれよ。あんたの命がかかってる」
「そういう重圧はやめてくれ。わしは心が弱いんじゃ」
「そうか。でもどうしようもねーからな……」
「うーぬ……そうじゃ。姉さまと、男が、抱き合って……」
「うんうん」
「なんか……そうじゃ……だんだん、姉さまのお腹あたりが、ぼこっとしてきて……」
「うん」
「ある日、姉さまが……そう、産屋! 産屋と呼ばれている建物に入り……」
「うん」
「そこに、ばあさま方が入って……」
「うん」
「しばらくしたら、子供と一緒に出てきた」
「そうかわかった。子作りはあきらめな」
「なんでじゃ!?」
「子供の取り上げ方も知らないのに、子供が産めるか!」
「取り上げ方!? 子供の!? 取り上げ!? どういう意味じゃ!?」
「それさえわからない程度の出産リテラシーで子供なんか作ったら、マジで死ぬぞ……」
「死!? 子供を作ると死ぬのか!?」
「だいたい、出産を二百年してねー種族なんだろ? ってことは育児の方法とかも失われてるんじゃねーの? 作るだけならな、ぶっちゃけ、簡単なんだよ。大事なのは産み方と育て方でな……こっちがわかんねーと、作ったはいいが母も子も死ぬとか普通にあるからな」
「アレクサンダー! 貴様、知っておるんじゃろ!? そうじゃろ!? いいこと思いついた! 貴様がわしと子作りして、子供をうまく産ませて、育てればいい! 解決じゃ!」
「そういう展開になるんなら絶対に子作りなんかしねーよ」
「なんでじゃ!」
「俺は旅の途中なんだ。子供が育つまで足止め食らってられねーんだ。だいたい、出産や育児にかんして、俺はガイドラインを知ってるだけだからな。専門知識と実践経験はやや乏しい」
「貴様も知らんのか! 知らんのに、さも知ってるぶってわしを馬鹿にしたのか!」
「ドライアド全員に嘘ついてたあんたに、その責められ方はされたくねーな」
「んむう……」
「まあとにかく、俺らはあんたらと子作りはしないんだ」
「しかし、貴様らという男を捕まえておいて、子作りもせずに帰したら、それこそわしの嘘がバレるのではないか?」
「その可能性は高いな」
「わしの命がかかっとるんじゃぞ!? なんでそんなに他人事なんじゃ!?」
「あんたは俺にとって他人だからだよ」
「アレクサンダー……わしと貴様は、家族も同然じゃ」
「いつからだ」
「わしは貴様を息子と思い、貴様はわしを母と思っておる……」
「思ってない思ってない」
「わかった、わかった。もっと理性的に話そう。どうしたらわしと子作りし、わしの子を取り上げ……取り上げ? わしの子を育てる? 要求があれば言うがよい。叶えてやろうぞ」
「すげー展開になってきたな……」
放っておけば土下座でもしかねない勢いだ。
それでもなお、微妙に偉そうな感じがクソババア感強くてなかなか好ましい。
「わかったわかった。負けたよウーばあさん。あんたの熱意に感じ入った」
「お、産むか? 産む流れか?」
「あんたと添い遂げることはできねーが、あんたを助けることはできる」
「ほう、わしを助けるか。よかろう。助けられてやろう」
「そこで上から目線になるのが意味わからねーが……いやまあいい。そういうとこ、わりと好きだぜ」
「わしも大好き。なんせ貴様、わしの命を救うからな。わしの役に立つ男は好きじゃ」
「ありがとよ。でな、ウーばあさん、あんたが助かり、俺も旅を続ける方法が一つだけある」
「なんじゃ」
「俺の旅についてこい」
「……」
「なんだ、意外か? それ以外ないってたぐいの提案だと思うが……ドライアド連中にはうまいこと言って『子作りには旅が必要』とかなんとかの設定にすれば、少なくともすぐに殺されることはないと思うぜ」
「旅というのは、なんじゃ、森の中をうろちょろするだけで済むか?」
「いや、森を出て、ずんずん進むぜ。目指してるのは世界の果てだ」
「アレクサンダー……」
「なんだよ」
「わしのような経験豊富な女が、こんなことを言うと意外に思われるかもしれんが」
「もうあんたがなに言ってもおどろく自信がねーよ。ごめんな」
「わしは……森から出たことがない……」
「さっき聞いた」
「だからその、旅とか……恐いからイヤ……」
「そうか。まあしょうがねーよな。じゃあなばあさん、うまく立ち回れよ」
「救え! わしを!」
「だって俺の唯一の提案蹴られたらどうしようもねーしな……」
「あきらめ早くないかのう!? わしの命がかかっとるんじゃぞ!?」
「だから救う方法を提案したろうがよ。それをイヤだって言うんだから、まあ、なんだ、『達者でな』って感じだ。個人的には好きだし、生き残ってほしいけどさ。俺は世界に住まう全員のこと満遍なく好きで、今この瞬間にも俺の知らないところで死んでるヤツはいるんだよ。ばあさんがその一人になるんなら、惜しみつつも受け入れるしかねーよ」
「惜しむな! 受け入れるな! わしの命はなあ……わしの命なんじゃぞ!」
「知ってるよ」
「というか貴様らのせいで、わしはこんな苦境に立たされとるんじゃぞ!?」
「あ? なんでだよ?」
「二百年、男の寄りつかなかったこの森に! 貴様らが来たから! 子作りの方法知らないことが問題になりかけておるんじゃろ!? つまり貴様らがこの森に来たせいで、わしの命がやばいんじゃ!」
「つーか疑問なんだけど、ばあさんは、なんでそんなにも、なんにも知らないんだ?」
「どういう意味じゃ!? わしを馬鹿にしとるのか!?」
「そうじゃねーよ。……いや、口伝で後世に色々伝える文化があるじゃん?」
「んむ」
「だっていうのに、ばあさんには、ばあさんのばあさんたちから、子供の取り上げ方とか伝わってねーのは、ちょっと不自然だなーと思って」
「……」
ウーばあさんは固まった。
そして、
「……そうじゃな?」
「だろ? あともう一点」
「なんじゃ」
「ここにいたっていう男たちはどうした?」
「ドライアドはな、男が産まれん種族なんじゃ」
「そうじゃなくて、ドライアドの男はいなくても、ドライアドから男が産まれることぐらいあるだろ?」
「んむ」
「その男たちがいれば……まあ、血縁者だからアレだけど、種族としての命脈をつなぐことはできたんじゃないか? 今もその男たちの子孫の男がいたっていいはずだ」
「……」
「あとさ、エルフ。サロモンみたいな耳がとがってて、金髪のあいつら。さらってきたっていう男の中に、あいつらはいなかったの?」
「いや……男はな、姉さまたちが、全員、森から追い出したんじゃ」
「……なんで?」
「わしが知るか」
「教えられてないの?」
「んむ。ただ、姉さまたちは…………」
「どうしたばあさん」
「……姉さまたちは、そうじゃ、子供は、もういいと。男狩りも、やめてしまって……」
なにかを、思い出すような間があった。
ウーばあさんは、視線を下げ、独り言を言うかのように続ける。
「……そうじゃ、思い出した。姉さまたちは、男を狩ることをやめたんじゃ。……そうしているうちに、そもそも、森に男たちが来なくなって……それで、ドライアドはどんどん減って……」
「……」
「わしの武勇伝を聞いた若い者どもが、わしをまねして男狩りを始めたのが、つい最近のことじゃ。実際に男を見つけてきたのは、今回が初めてで……」
「……なにか、あんたの姉さんに事情があったっぽいな」
「……姉さまたちは、なぜ、男狩りをやめた?」
「俺は知らねーよ。日記とか……まあ文字がないか……ええと、それこそ、口伝でなにか伝わってないの?」
「……いや。んむ、そうじゃな、そのへんは、姉さまに聞くより他にない」
「でも死んでるんだろ?」
「死んでいるが、生きている。話はできぬが……」
「……どういう意味だ?」
「それはもちろん、わしらドライアドというのは貴様らと違って――」
そこで、ウーばあさんは、不自然に言葉を止めた。
俺が「どうした?」と聞くと、彼女は「いや」と述べてから言葉を続ける。
「――姉さまに会いに行くか」
ウーばあさんは立ち上がり、
「……ついてこいアレクサンダー。わし一人ではちょっと恐い」
「わかった」
どこになにをしに行くのかはさっぱり不明だったが、俺は承諾した。
ファンキーなクソババアだと思っていたウーばあさんに、あんな思い詰めた顔をさせるものがなんだか、気になったから。




