5-2
「おとこ」
「おとこだ」
「おとこがいる」
そいつらは幼い声でひそひそとささやきあっていた。
言葉を操る――つまり、人類だ。
少なくとも俺基準ではそうなっている。
枝の上から、幹の横から、あるいは樹にぶらさがりながら、数多のそいつらがこちらを見ていた。
緑の瞳。
ツタと葉っぱで作られた露出度の高い衣装からのぞくのは、褐色の肌。
全員が子供のような体格をしている。
それだけですでに充分特徴的なのだが、連中には肌の色や目の色なんかものともしない、鮮烈な個性があった。
髪。
誰もが身長以上に伸ばした真っ白い髪。
連中は、その髪を手のように操って木々の枝を伝ったり、ぶらさがったり、こちらに触れようとしたりしてくる。
どうにも髪を自在に動かせるらしい。
「……なんなんだお前らは?」
敵対者かどうかわかりにくいので、問いかけてみる。
そいつらは――褐色肌とあまり体を隠さない服装のせいで森の木に溶け込んでしまっていて、何人いるかも判然としないそいつらは、緑の瞳でアイコンタクトをとっていた。
そうして、一人がこちらに歩み出て、口を開く。
「おまえたち、おとこ、だ」
「……そうだな」
「おとこ、さらう」
ざわざわと、連中の髪がうごめいた。
武器は持っていないが、連中は髪を手足や武器のように扱うらしい。
つまりは戦闘態勢に入ったってことだ。
なら、敵意には敵意で応じないと。
「シロ、サロモン、来るぞ!」
俺は背中の、折れた剣を抜いた。
数は多いが一人一人の強さは大したことがない。
俺たち三人の相手じゃないだろう。
心配なのはイーリィが不在なのでうっかり殺しちまわないかってことだけなんだが……
まあ戦いが始まれば、その音で戻ってくるだろう。
今、叫んで呼んでもいいしな。
ところが、
「アレクサンダー、申し訳ない」
左横に立ったシロが、本当に申し訳なさそうに言う。
俺は横目で見上げて「なんだ」とたずねた。
「アレクサンダー、僕はたいていなんでもできますが……」
「わかってるよ」
「ただ一つ、『子供に刃を向ける』ことができないのです」
「俺と殺し合ったじゃねーか!」
「あれはあなたが子供ではないと判断したうえでのことですよ。それでも結構、自分に説得を重ねなければならなかった。子供に刃を向けるとね、刃を向けられた自分を思い出してしまって、そこそこイヤな気分になる」
「そこそこかよ!」
「まあ、命令ならばやりますが、あまりやりたくはないですね」
「わかったよ! シロは見てろ! サロモン、やるぞ!」
俺は右隣を見る。
そこにいるサロモンは「ふん」と鼻を鳴らし、
「アレクサンダー、一つ教えてやろう」
「なんだ!? 今じゃなきゃダメ!?」
「我は闘争を悦ぶ者だ。しかし……狩りと闘争以外の闘いは、望まぬ」
「……」
「あの非力そうな連中が相手では燃えあがらぬ。一人でやってくれ」
ええええ……?
みんなそういう感じなの……?
「お前ら子供相手に戦えないとかそういうキャラなのかよ……っていうかサロモン、ダリウスの街でお前は第一区画をまるごと焦土にしたじゃねーか! 今さらぬるいこと言うなよ!」
「さすがにやりすぎたかなと反省し、自重することにした」
「今ぁ!? 今回から自重の方針なの!?」
「ふっ、冗談だ。……闘争に足る相手がいれば、巻きこまれる弱者など知ったことではないのだが……見ろ、連中を。あの痩せたガキども。あんなのが強いわけがない」
「いやっ、おまっ、見た目で判断すんなよ! この世界じゃSTRと筋肉の太さにはなんの関係もねーんだぞ!?」
「実際どうなのだ、貴様のステータス閲覧とやらで判断して。あの連中は強いのか?」
「そうでもないけどさあ!」
「ならば我はやらんぞ」
嘘ついて闘わせてもよかったんだが、サロモンが本気出すと連中が一瞬で全員死体に早変わりするからな……
うーん、まあ、なんだ。
「わかったわかった。俺もやめる」
剣を背中に戻した。
みんな辞退してて、いまいち気分がのらない。
「よし、んじゃあさらわれるとするか……おい、そういう話でまとまったから、早く俺たちをさらえ! グズグズしてるとダヴィッドが来るぞ!」
ダヴィッドがなにかは当然知らないだろうが、褐色ロリの群れはおののくように視線を交わしあった。
俺に急かされたせいかキビキビと動いて、俺たちの両手首を髪で抑え、ひったてる。
かくして俺たちは褐色ロリの群れに、どこかへと連行されることになったのだった。
◆
自在に動く髪で腕を拘束された俺たちは、森の中にぽっかり空いた広場みたいなところに連れられた。
そこには木の枝と葉っぱで組まれた住居が複数あり、俺たちをさらったのと同じような人種がたくさんいる。
みんな、幼い見た目をした、褐色肌の、髪の長い連中だ。
白髪のやつがほとんどだが、数人だけ、緑髪のやつがいる。
そいつらは「ばば様」とか呼ばれているので、たぶん、歳をとると髪が白から緑になる人種なんだろう。
見た目は全員幼い子供って感じで、俺らからすれば髪色以外に年齢を判別する手段がない。
ともあれ褐色ロリの群れは俺たちを引っ立て、祭壇みたいなところの前に連れ出すと、座らせた。
そして、
「大ばば様! 最長老ウー・フー様!」
ガン! ガン! ガン!
祭壇の左右にいるやつらが、髪の毛で樹の棒を二本持ち、打ち鳴らす。
その音に合わせて木材で組まれた祭壇のうえに、誰かが向こう側からやってきた。
褐色肌。
低い身長、細い体。
身長より長い緑色の髪をたわませ、体には木の葉やツタで作ったと思しき露出度の高い衣装を身につけている。
そいつは『太い木の枝に輝く石を突き刺して装飾した杖』を髪の毛で持ち、その底をドンドンと打ち付けながら、ゆったりと歩き、祭壇の中央に立った。
「わしじゃ」
そいつが言えば、周囲の褐色ロリの群れが大声を張り上げた。
全員がひとしきり声を張り上げたあと、祭壇の上の褐色ロリ――ウー・フーが片手をかざす。
と、騒ぎはピタリとおさまる。
ウー・フーはにんまりと笑い、
「んむ、ご苦労、ご苦労。では、えー……」
しばし考えこみ、
「わしはなんでここに立ったんじゃったかのう?」
祭壇の下から白髪の若い褐色ロリ(若い褐色ロリってなんだよ)が駆けていって、ウーに耳打ちした。
ウーはにんまり笑う。
「よくぞ男を捕まえた! えー……知っての通り、我ら森の精一族は、大昔に神を怒らせ……うー……怒りで……えー……とにかくこのままでは滅亡する!」
「な、なんだってー!?」
「なんじゃ貴様!」
合いの手を入れたら怒られた。
いや、言わなきゃいけないって思ったんだ。
まあいい。ちょうどいいから対話を始めよう。
「よおウー・フーさん。さらわれた男の一人、アレクサンダーだ。よろしくな」
「なぜわしの名を知っておる!」
「さっき大声で呼ばれてたじゃねーか!」
「『さっき』とはなんじゃ! わしは名乗っとらんぞ!」
「名乗ったなんて言ってねーよ! さっきそこらの連中に『最長老ウー・フー様』とか呼ばれてたろうが!」
「最長老!? 年寄り扱いしおって!」
「クソめんどくせーなあんた!」
「なんじゃなんじゃ! どいつもこいつも! わしを馬鹿にしとるのか!? いや、しとるな! よし決めた! お前たちは処刑じゃ! 処刑!? ようやく見つけた男を処刑などするものか! 少しは考えてしゃべれ!」
全体的に面倒くさいばあさんらしい。
見た目と声が幼すぎて全然老人感ないが。
「で、ウーさん、なんだよ。詳しく聞かせてくれよ。男がいないのか? 神様を怒らせて?」
「え、貴様恐い……なんでなにも話しとらんのにそこまで知っとるんじゃ?」
「さっきあんたが言って……いや、うーん、そうだな。俺は心を読めるんだ。すごいだろう」
「なんじゃと……では、わしが今なにを考えているか言ってみろ」
「なにを考えてるんだ?」
「『男たちを捕まえてなにをするか記憶から抜けて困った』と思っておる」
「『男たちを捕まえてなにをするか記憶から抜けて困った』と思ってるみてーだな」
「本当に心を読むのか、貴様!」
「誰か会話になる人を連れてきてくれ」
楽しいが、話が全然進まない。
笑うしかない状況になっているところ、ウーばあさんに耳打ちする白髪のドライアドの姿があった。
ウーは「なるほど」とうなずき、そしてニカッと笑い、杖の先で俺を指した。
「貴様に子供を産ませてやる!」
「俺が産むのか……」
再び耳打ちがなされる。
もう耳打ちしてるヤツがしゃべった方が早いって。
「……ん? なんじゃと? ……そんな難しいことたくさん言われても、わし、恐い……もう貴様が話せ。……恥ずかしい? 恥ずかしい!? 男と話すの恥ずかしいと申したか! かー! わしの若いころはな、そりゃあもうたくさんの男が里に常駐しておって……ええい、とにかくやれ! もう難しいこと任す!」
ウーばあさんに杖で叩かれ、ついに耳打ちをしてた子が俺たちへと向き直った。
白髪褐色肌のその子は、もじもじと視線をあっちこっちに散らしながら、
「あ、あの……おとこのひと、どうも」
「あ、どうも。男の人です」
「最長老ウー・フーは、こう言いたかったんです。『我らドライアドは大昔神の怒りをかい、男が産まれなくなってしまった。だから、男をさらって子供を産む。すなわち子孫繁栄』と」
「……」
「よろしくおねがいします……」
はい。




