4-17
で、シロはぶん殴られた。
けっこう思いっきり。
「オレが年寄りでよかったな」
『真白なる夜』最年長の彼は言う。
そして長い白髪をセクシーにかきあげ、倒れ伏すシロに視線を向けた。
石材うちっぱなしのだだっぴろいだけの倉庫内には、三十名の魔族たちが集っている。
彼ら彼女らの反応は実に様々で、泣いたり笑ったり、肩をすくめて『やれやれ』って感じだったり、ショックのあまり膝をついたりしている。
目指していたものは欺瞞でしかなかった。
語られた理想は嘘でしかなかった。
自分達は、打倒すべきと思っていた為政者の手のひらの上にいて、シロにより思考を停止させられ行動をコントロールされ、いいように扱われていたのだ。
彼らは事実を知り、反応を示す。
そんな中で、最年長の彼が全員を代表してシロに詰め寄る流れのようだった。
このへんの役割分担が自然に素早くできるのが『真白なる夜』っていう共同体のすごさだよな――と、俺は他人事のように鑑賞していた。
居場所がないので、俺とイーリィとダヴィッドとサロモンとカグヤは倉庫の壁際に並んでる。
気分的にはよその家の家族ケンカに偶然出くわしてしまったお隣さんみたいな感じで、居心地は、まあその、よくないよね。
床に倒れこんだシロは、殴られた頬を押さえながら、浮かべる表情に窮していた。
『真白なる夜』のみんなはどんな反応を示していいかさえわからないと思うけれどね――とか言ってたあいつが、一番反応に困ってる感じだ。
あとでいじってやろう。
『真白なる夜』最年長の彼は、倒れこんだシロに近寄ると、胸ぐらつかんで起き上がらせる。
「オレがなんであんたをぶん殴ったかわかるか、頭」
その質問はいけない。
『私がなんで怒ってるかわかる?』という問いには正解が存在しないので、この言葉をかけられた相手は無言で固まるしかないのだ。
だからシロが黙っているあいだに言葉が続く。
「あんたが殴ってほしそうだったからだよ」
「…………そう、なのかな。僕は、殴ってほしそうだった?」
「そうだよ。あんたは、いつもそんな感じだよな。ニコニコして、そつがなくて、的確で、必要なこと以外やらないし、分の悪い賭けはしない」
「……」
「正直さ、あんたのこと不気味に思ってたよ。……あんたは、生きること以外なにもしない、オレらと同じ姿はしてても、オレらとまったく中身の違う……感情も欲望もない、生き物なんじゃないかって」
「……僕が?」
「自分じゃわかってねぇのか。……あんたは本当に……完璧で、はたで見てて恐かったよ」
「……」
「でも、今、初めて、あんたがオレらと同じ生き物に見えた」
「……」
「あんたがオレらに思考させなかったことも、語ってた『平等』って目標が叶うはずのないもんだったことも、わかってたんだよ」
「……そうなのか」
「まあ、全員じゃねーけどさ。……特にオレは、『魔族』が『白皙』だった時代を知ってるし、ダリウスたちがうまくやれなかったことも知ってる。……激動の時代を生きたんだぜ。人生経験じゃあ、あんたと同じか、あんたより上だ」
「……そうだね」
「語られる目標が実現可能なものか、それとも不可能そうなものかなんて、わかる。オレじゃなくたって、若いやつだって、なんとなくはわかってたと思う」
その若いやつの中で数名、「えっ?」という顔をしているのがいた。
姉さんを含むそいつらのおどろき顔は見なかったことにしよう。
「頭、あんたは嘘つきだ」
「……」
「でも、あんたの嘘は気持ちよかった」
「……でも、叶わない。僕の騙った嘘は、実現しないんだ」
「しないわけじゃねぇ。難しいだけだ。……なあ頭、知ってるか? そういう、綺麗で、分が悪いけど、追いかける価値のある嘘のことをさ、『理想』っていうんだぜ」
「……」
「あんたの理想についていったのは、オレらの意思だ。あんたが完全に掌握できてることなんか一つもなかったんだよ」
「……そうか。……ああ、うん、そうなのか。……どうして僕はこう……」
――見誤る。
そう言いながら片手で目もとを覆ったシロの口元は、笑んでいた。
ツクリモノとは思えない様子で、笑みを浮かべていた。
◆
人々は一枚岩にはなれない。
『真白なる夜』からは何人かの脱落者が出た。
そいつらは混沌となった街の中で暗躍したりしなかったりして、自分の可能性を試していくことになるのだろう。
若い彼らの新たなる活躍を応援するばかりだ。
で、当初の予定通り『真白なる夜』を旅に誘ったんだが、
「オレらが差別された原因は、オレら種族を代表するのがいなかったことだ。……今、街を出て行ったら、またこの街からオレらの席がなくなっちまう」
と、断られた。
いちおう「いいじゃんかよー。なんかもともと街の代表だったじーさんも残ってるみたいだしお前らは一緒に行こうよー」とゴネてみた。
しかし……
「『真白なる夜』の中じゃロートルなオレが言うのもなんだがな、そういう老人たちに任せてたら、オレらはいつまでもグルグルと差別と被差別を繰り返すだけだと思うぜ。……そういうんじゃダメなんだと思う。……まだ言葉にできるほど考えがまとまってねぇけどさ」
セクシーな彼は街でやることを見つけてしまったようだ。
多くの『真白なる夜』も(迷う様子は見せてくれたが)街に残る選択をした。
シロは、
「僕はどうしたらいい?」
「好きにしろ。オレらは自由こそが信条だ。そうだろ?」
「じゃあ僕はアレクサンダーと行くよ」
ということで決定した。
あと一人、
「姉さんも君と行くぞ」
かくして俺たちの旅にはシロと姉さんが加わることになる。
その日はもう遅かったので、街を発ったのは翌朝だ。
俺たちはいくばくかの食糧と水をダリウスのおっさんにたかって、混沌とした街のまとめを丸投げし、旅立った。
「兄さん、私たち、ろくなことしてませんよね」
街はぶっ壊すしクーデター開始のきっかけ作って潜伏組織をポコポコ地上にあげるし食糧たかるし後始末丸投げするし、まあ迷惑だよね。
しかしここでイーリィに同意すると無限の小言が始まるので、俺はまったく関係ない話題を展開すべく空を見上げた。
どこまでも青空が広がっている。
真っ直ぐ西へ進む旅路だったはずが、海を目指して南下したせいで、足取りがずいぶん南に逸れてしまった。
西には森。
北には山。
南に逸れた道行きを戻すべきかどうかちょっとだけ悩んで、悩みながら歩けばつま先は北西方向に向く。
まあ、決めかねるままグダグダ歩いて行こう。
もともと目的意識の乏しい旅だ。
左からはイーリィが「兄さん、ねえ兄さん、聞いてます!?」と小言の詠唱を行っている。
その隣にいるカグヤはあいかわらず無口で、真上に広がる空、浮かぶ白雲を興味深くながめているようだ。
後ろからはサロモンとダヴィッドの言い争う声が聞こえる。
「結局アレクサンダーの剣を作ることはできなかったのか、この武器女め」
「うるせェ転がすぞクソ細長」
……あいつら仲悪いなー。
そんで右にはシロがいる。
新たに旅に加わった彼は、相変わらずの笑顔を浮かべて、黙って俺を見ていた。
俺は問いかける。
「なあシロ、なんで『真白なる夜』の連中に嘘を告白しようと思ったの?」
ふと思いついた話題だった。
シロのついてた嘘は黙っててもよかったものである。
特にシロ視点だと、誰も得しない、反応にさえ困られるような打ち明け話だったはずだ。
それをなぜ、いきなり打ち明けようと思ったのか?
シロは少しだけ悩むように上空を見たあと、俺に視線を戻した。
「嘘つき、向いてないなって思って」
「……そうかあ?」
「アレクサンダー、僕はね、結構、なんでもできるんです」
「そうみたいだな」
「万能っていうのかな……だいたいのことで一流に肩を並べられるんですけど……」
「お前の自己評価クッソ高いな」
「事実ですからねえ」
「……まあ否定はしねーよ。材料がないからな。それで?」
「嘘つきとして、あなたに勝てなかった。だから、やめようかなって」
「俺が嘘つきかどうかはおいておいて、一番になれないって理由でやめるなら、これから先、きっと色んなことをやめることになるぞ」
「それでいいと思いますよ」
「あ? どういう意味だよ」
「僕には『自分』というものがない」
シロはまた、空を見上げて、
「自らの意思で『なにかをしよう』と思ったことが、ないんです。きっかけを与えられれば行動はするし、行動すれば完遂はする。情も動く。でもね、きっと新しい『きっかけ』を与えられたなら、それまで完遂しようとしていたことも、その過程で抱いた情も、全部捨ててしまえる」
「……」
「一生懸命じゃないんですよねえ。なんていうか――惜しくない。積み上げて、手放すのが惜しいと思えるものが、いまいち、ない」
「……『真白なる夜』さえもか?」
「新しい指示が下らなかったからなんとも言えませんけど、そうなる可能性はあった。僕はなにがなんでも『真白なる夜』にかじりつく自分を、想像できない」
「……」
「それが、イヤなんです」
「……で?」
「だから、僕は旅で色々なものを否定されたい。なんでもできるという思いこみを、一つひとつ砕かれたい。……そうして自分の無能さにうちひしがれて、自分の力でできることなんかなに一つないって思い知らされて――」
「……」
「それでも、まだ『真白なる夜』のためになにかをしたいって思えたら、それは最高じゃないですか?」
「……なるほどな」
「だから僕は、あなたと旅をします」
「……で、俺に対するその馬鹿丁寧な態度はなんなの?」
「やだなあアレクサンダー、僕は今、あなたの所有物ですよ。所有物が所有者におもねるのは当然のことではありませんか。あっはっは」
「……その裏がありそうな笑いをやめろよ」
「裏表のないことを申し上げれば――あなたは僕とまったく違うやり方で、『真白なる夜』を救ってしまった」
「……」
「学ばせてもらいますよ。嘘のつきかたを。僕はあなたを師と仰ごう。嘘つきの師。夢を騙る師。そして――まあ、さしあたっての目的がないもので、『あなたを師と仰ぐこと』を完遂しようとしているわけです」
「うーん、この……」
うさんくささたるや。
絶対そうじゃないよなあ。なにかあるよなあ。
だっておかしいじゃん、『師と仰ぐことを完遂』って。なにかこう、違和感あるよなあ?
……まあ、いいか。
疑いも不仲も沈黙も、全部ひっくるめて旅の醍醐味だ。
やや前方を歩く彼女に、俺は同意を求める。
「そうだよな姉さん」
「そうだ」
姉さんは、意味もわからないだろうに、同意してくれた。
そして長い髪を揺らしてこちらを振り返り、
「姉さんに任せておけ。アレクサンダー、君は姉さんが守る」
なにかこう、パーティーに三つぐらい爆弾を抱えてる感じも覚えつつ。
俺たちは歩いて行く。
気付けば、青々と葉っぱの茂る、広大な森がどんどん近付いてきていた。




