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『質より量』
そういう言葉もあるが、それは現実世界の話だ。
俺たちのいるファンタジーには量をものともしない『質』がある。
「まあ死ぬほど疲れるけどねー!」
暴れ始めた勢力を全部ぶん殴るころには夕刻になっていた。
この勢力どもがまあ玉石混交。
『革命のために機をうかがっていた勢力』がいた。
『暴動が始まったから、わけもわからず暴れ始めた連中』もいた。
『自衛』が目的のやつらもいれば『暴れる』という行為自体が目的のやつらもいた。
若者がいて、老人もいた。
ぶん殴って言うこと聞かせたじーさんの中には、かつてこの街の支配者だったやつらもいたっぽいが、そのへんの小難しい歴史の話はダリウスのおっさんにお任せする。
一人の死者もいなかったのは奇跡だった。
とはいえ死にかけたやつらはたくさんいたので、奇跡っていうかイーリィマジすごいっていうお話だ。
「つーか種族ごとに別れてたけど、種族自体も別に一枚岩じゃねーじゃん。まあ当たり前なんだろうけどさ」
思想の数だけ勢力があって、そういったやつらは虎視眈々と頂点を狙っていたのだった。
しょうがない。
だって人はマウントをとるのが大好きな生き物なのだから。
『自分が正しい』と証明するには第一党になるしかなく、この世界はまだまだ暴力でどうにかできる感じなので、地下深くにもぐって武力を整えるのが政権奪還のための現実的なやり口なのである。
そうして暴力で物事を解決しようとしていたやつらが、暴力によって屈服させられた。
これは暴力と暴力の織りなす世紀末の物語だったのだ。
「きっと、今回暴れ回った連中は、これだけで思想を改めるわけではないだろうねぇ」
一等住民区画だった焼け野原に転がした連中を見て、ダリウスのおっさんは言う。
「思想、信条、意思。……それはね、変わりがたいものなのだ。本人たちがどれほど間違いに気付いてしまっても、周囲が変えることを許さない。……人の意思というのは、本人だけのものではないし、だからこそ暴走もする」
きっと、おっさんは自分たちのことを言っているのだろう。
だから俺は、おっさんの分厚い腹筋を叩いて言った。
「いいじゃねーか。人には思想の自由があるんだぜ」
「……まとまることは、ないと?」
「統一思想のもと全員がまとまるなんてありえねーよ。っていうかまあ、ありえたとしても俺はゴメンだ。恐いじゃん? 全員が同じことしか考えねーなんてさ」
「恐い、か。……ふむ、そうかもしれないね」
「だろ? 俺は多様性の肯定者だぜ。まあ人の意思より自分の意思をより強く肯定するから、ぶつかった相手を蹴散らすこともあるがな。……そんな感じでいいと思ってる。自由に暴れ回って、誰かとぶつかったら強い方が勝つ。勝った方が油断したら、負けた側が引きずり下ろす。それでいいじゃん」
「この街そのものだね」
「そうだな。グルグルすればいい。ただし、ただの入れ替わりじゃない。数百、数千の思想が入れ替わり立ち替わり、ローテーションなんか組まずにガンガン上を目指したらいい。そのためには人数が必要で、人数を確保するには場所が必要で、ようするに世界の広さが必要だ」
「それは、大変な混沌だね」
「整然とした秩序よりよっぽど楽しい。なんせ、秩序の中で求められもしなかった意外な才能が表に出てくるからな」
「なるほど」
「で、おっさん、一つお願いがあるんだが」
「なんだい?」
「この街の混沌をまとめるの任せていい?」
革命を志す集団がポコポコ出てきて、殴り倒され、そこらへんに転がってるのだ。
彼らは負けただけで納得したわけではないだろう。
元気になったらまたギャーギャー騒ぎ始める。
こんなん治めてたら旅の再開がいつになるかわかったもんじゃない。
でも丸投げもアレなんで、
「この街にも『印』つけてくよ。それを追って、あとから色んな連中が追いついてくるからさ。そいつらと協力してやってみてくれよ。基本的に『アレクサンダーはほんとどうしようもない』って話題なら盛り上がれる連中だと思うぜ」
「そうだろうねえ」
「共通の話題をふりまいていく俺、実は有能なのでは?」
「はっはっは」
ダリウスがその時に体中を揺らしながら立てた笑い声は、空虚ではなかった。
どうやら本気でツボったらしい。
「ああ、気楽になった」
ダリウスは笑い終えて、言う。
「街のことは任せたまえ。君のお陰で、混沌とした街を治める、いい方法も思いついた」
「どんなだ?」
「言うことを聞かない者は殴る」
「いい感じに野蛮になってきたじゃねーか!」
「……結局、まだまだ人は『強さ』につくと学んだからね。理性をもって互いを尊重し、道義的に考え生命を尊ぶ……そういう世の中は、まだ来ないらしい」
「永遠にこねーよ。問われる『強さ』の質が変わるだけだ。まあいちいち殴って決める世の中よりは上等になっていくと思うがな」
「……君は、何年先の未来を知っているのかね?」
「さあ? 今の文明レベルは戦国時代ぐらい? もうちょい昔? と考えると五百年ぐらい? いやもっとかな」
「君の過ごした五百年先は、素敵な時代かな?」
細い目を開き、彼は問いかけてくる。
俺は、思いっきり、首を左右に振った。
「いや、全然。だから俺の過ごした五百年先より素敵な世界をあんたらにお任せする」
ダリウスのおっさんはまた笑った。
◆
全部解決したと言いたいが、街を旅立つ前にもう一個だけ片付けなきゃならんことがある。
あるっていうか、できた。
「アレクサンダー、僕は『真白なる夜』のみんなに謝りたいんだ」
シロは言った。
ダリウスからの命令で組織を立ち上げたのだと黙っていたこと――
ありもしない『平等』を目指させたこと――
手足として扱い、思考させないようにしていたこと――
なにより、信頼していなかったこと。
……シロが彼らを束ねていたのは、彼らを弱いと思っていたからだ。
なんにもできない、ただ生きていくことさえできない、弱い種族――
知恵も能力もなく、介護をしなければ、あっという間に滅びる者たちだと思いこんでいた、ということだ。
たしかにシロは、傲慢だし、独善的だったのだろう。
謝罪の一つもしたくなるのかもしれない。
一方で、シロのついてた嘘は、明かしたところで誰も幸せにならないとは思う。
全部が全部『今さらそんなこと言われても』って感じだ。
思考を止められていた彼らが『思考せねばならない』という状況に放り出されるのは、かなりの苦痛だと思う。
可能性を奪われていたんだよ、なんて言われても、手足として『できることだけさせられてた』時間は戻らない。
ダリウスからの指示でみんなをまとめてたんだ――なんて、それこそ反応に困る。
怒ればいいのか、嘆けばいいのか、悲しめばいいのか。
でも、俺は言う。
「いいじゃねーか。叩きつけてみろよ。お前の嘘を告白して、お前の謝意を示してみろ」
「……彼らはきっと、どんな反応を示していいかさえわからないと思うけれどね」
怒りを抱くには、大事なものを傷つけられる必要がある。
けれど信念を抱けなかった者に、大事なものはないかもしれない。
嘆き叫ぶには、己が得ていたはずのものの大きさを知る必要がある。
けれど思考を奪われていた者に、『今と違う、もっとよかった自分』は想像できないのかもしれない。
悲しみは、疑問から生じるものだ。
疑問の抱き方さえ忘れた者に、流せる涙はあるのだろうか?
俺は思う。
「きっとお前の嘘を明かされた連中は、怒り狂って、嘆き叫んで、悲しみの涙を流すぜ」
「……そうかな」
「お前は思考を奪ったっていうけどな、そんなことは不可能なんだよ。人は考える葦であるってパスカルが言ってるんだぜ。パスカル知ってる? なんかすげー昔の偉い人だけど」
「……」
「思考しなくていい状況なりに、人は考える。手足に甘んじる状況だって、連中は『楽で助かる』ぐらいは思ってたろうさ。そして、そんな環境でも人並みに悩むし、悩みが解決できそうなら喜ぶ」
「……そうかな」
「そうさ。連中はなんにも失っちゃいない。……告白して謝って、ぶん殴られてこいよ。お前は略奪の素人だ。お前が奪ったものなんか、なに一つありゃしない。そして思い知れ」
「……なにを?」
「人の可能性を。連中の強さを」
「君はどうして……会って間もないみんなを、そんなに信じられるんだい?」
根拠がないので言葉に詰まった。
なので、質問に質問で返す。
「信じる方が楽しいだろ?」
シロは笑った。
そして、
「ああ、その通りだ。殴られてこよう」
俺たちは『真白なる夜』のメンバーを集めて、謝ることにしたのだった。




