4-15
とか言って。
そこから俺を『壊し』に来たシロに両腕を変な方向に曲げられたりしながら、どうにかスタミナ勝ちという、勝ち誇るほどでもない勝利をした俺なのであった。
いつのまにか俺に追いついていたイーリィに治療されつつ、小言を言われる。
それら全部聞き流して、たずねた。
「途中から見てたのに、俺のこと治してくれなかったのか」
「だって楽しそうにケンカしてましたから、邪魔したら怒るでしょう?」
「その通りだ」
イーリィも俺のやり方に慣れてくれたようでありがたい。
ぱちりぱちりと、まだ瓦礫の上で火が爆ぜている。
それを挟んで反対側から、声が投げかけられた。
「君はさ、偽悪趣味だよね」
それはとっくにケガを治され、それでも寝転がったまま動かないシロの声だ。
「アレクサンダー、君はなぜ、僕を怒らせるような物言いばかり選んでいたんだい?」
「ああ? なんのこったよ?」
「とぼけなくていいよ。君はなぜだか、僕のいらだつ口ぶりを知って、それを実行していた。その結果、僕はまんまといらだちに任せて、君に殺し合いを挑むことになった」
「……」
「君はなぜ、争いでコミュニケーションをとろうとするのかな? もっとうまいやり方だってあるだろうに」
「お前がどんだけ俺を持ち上げたいか知らねーが、俺はそんなにうまくやれねーんだよ。こうなったのはただのなりゆきだ。企図したところは一個もねーんだ」
「あっはっはっは。だとしたら君は、人を怒らせる天才だねぇ」
「おう、それは薄々感じてたところだ」
「……そんな調子じゃあ、君の人生にはきっと、争いが絶えないだろうね」
シロは空を見上げながら言う。
俺も同じところを見た。
夜と朝の境目がそこにはあって、紫色に輝く雲が、街を十字に仕切る壁の向こうに見えた。
ふと、視界の下半分を占める壁の一部が崩れた。
耳をすませば遠くから争うような声がする。
……ああ、どこかで誰かが争っているんだろう。
そしてその争いはきっと、この街の終わりの始まりだ。
サロモンの破壊活動に端を発した――
いや。
差別され下に扱われることに端を発し、サロモンの起こした騒ぎに乗じた、革命の始まりなんだろう。
「きっと、たくさんの血が流れるね」
シロは力なく笑って、
「大勢が傷ついて、なにがなんだかわからないうちに、行くところまで行き着いてしまうんだ。そうしてあとから自分たちのしでかしたことの大きさに気付いて、でも、その時にはどうにもならなくて、後悔しながら死んでいく」
「それは、お前の、血のつながったオヤジの話か?」
「そうだね。そして、これからの僕たちの話だ」
「そうか」
「君は関係ないよ。これは僕らの街の問題だ。……さて、仲間の音頭をとりに行かないと。僕は『頭』だからね」
シロは身軽に跳ね起きるとググッとのびをした。
俺は座ったまま、
「なあシロ、俺と一緒に来い」
「みんなを放って?」
「……っていうか、一つ疑問なんだが」
「なんだい?」
「お前が魔族連中をまとめてたのはさ、ダリウスのおっさんの命令なんだろ?」
「命令……まあ、命令か。そうだね。それが?」
「そのわりにはモチベーション高いよなと思って」
「モチベーションか。……我慢できないだけかな」
「我慢?」
「僕らはきっと不幸なんだと思う」
「……」
「『もっと早く生まれていれば』『幸福な家庭に生まれていれば』『そもそも魔族になんて生まれてさえいなければ』――『真白なる夜』の肉体たちは、今負っているあらゆるしがらみから解放されていたんだ」
「……そうだな」
「自分ではどうしようもない力によって、努力だけではどうにもならない『最下層』に甘んじることを強制される。……これは不幸以外のなにものでもない」
「……」
「だから我慢ならないんだよ」
「不幸が?」
「不幸っていうか、不可抗力が我慢ならない、のかな」
「……」
「だって悔しいだろう? 才能及ばず夢を追えない、努力が足らず結果を出せない。そういう夢の破れ方はもちろんあるだろうけれど、僕らはそれ以前の場所にいる。才能が及ぼうが努力が足ろうがどうにもならない立場が、生まれた時から約束されているんだ。これっておかしいと思わないかい?」
「私見を述べる前に一般論を言うが、『生まれの格差』はなくならねーぞ。どんな世の中でも、存在する。人はスタート地点を選べねーんだ。だから自動的にゴール地点も選べない。『こればっかりはどうしようもない』って話なんだよ、お前の言ってることはさ」
「で、君の私見は?」
「不可抗力、クソ喰らえだ」
「あっはっは」
「『誰でも、なんにでもなれる』。……まあ、おためごかしだとは思うがな。いいじゃねーか、おためごかし。夢を見ようぜ。見果てぬ夢だ。たとえ最下層の生まれだろうが、被差別種族の生まれだろうが、『夢を見る』っていう権利だけは、誰でも平等に持ってるんだ」
「……そうだね」
「シロ、改めて言うぞ。――一緒に来い」
「……」
「この街はいいところだが、ちょっとばかしグルグルしすぎだ。ダリウスのおっさんが始めた革命も、今始まろうとしてる革命も、全部『街の中で偉くなりたい』って話でしかない。でもな、世界は広いんだよ。こんな場所で足踏みしてるのはもったいない。連中の『進もうという意思』は、街の中で走り回るためじゃなく、知らない場所を目指すために使われるべきだ」
「知らない場所か」
「そうだ。知らない場所。素敵な響きだろ?」
「恐ろしい響きだね」
「そうか? だって『知らない』んだぜ? 想像もできないんだ。俺やお前や、もっと賢い連中が、どんだけ考えたって想像さえできないモンが、世界にはあるんだぜ」
「希望ばかりではないと思うよ」
「でも、希望はある。絶望ばっかりじゃねーよ。旅してきた。その中でたくさんの可能性を見てきた。……お前にも話してやるよ。俺が出会ったすべてと、これから出会うであろうすべてのことを」
「あやふやで、なにもわからない場所に行くのは、恐ろしいことだよ」
「恐怖は認めるがな。その先にとんでもねー宝がある」
「宝とは?」
「知らん」
「……」
「ただ、なにかはある。絶対に、あるんだ。俺はそいつを思い描くと、震えが止まらない。未知の場所、未知の生き物、未知の宝。……ワクワクする。そこには人生を懸けるだけのものがあるって――いや、なんにもなくたって、人生を懸ける価値のある旅路があるって、確信してるんだ」
「……ああ、そうか。なるほどね」
シロはこちらを見た。
そして、
「僕の負けだ」
「……なんの話だ?」
「君があんまりにも楽しげに嘘をつくものでね。色々と後ろ向きな茶々を入れてみたんだけれど……」
「……」
「君ってば、まったく堪えないんだもの。……ああ、勝てないわけだよ。嘘を語る君は楽しそうで、その気持ちは、僕にないものだ。楽しんでいる君には、勝てない」
うらやましい、と彼は言う。
だったらさ、と俺は言う。
「これからワクワクすりゃいい」
「うん、そういうところだね。そういう……前向きなところに、僕は殺意が湧くほどいらだったんだ」
「ええ……なんで……?」
「嫉妬かな。……君は旅を続けるべきなんだろう。僕は、僕の役割をこなすよ。ダリウスの命令というのはきっかけで、なんだかんだ、僕は不幸でも懸命に『真白なる夜』のみんなと生きるのが好きだからさ。彼らを捨てて君についていくことはできない」
「捨てなくていい。全部まとめて持っていく」
「……なんだって?」
「俺がお前だけを略奪してそれで終わると思ったのか? そうじゃねーんだよ。俺は、まるごと、ほしいんだ。お前も、ダリウスのおっさんも、『真白なる夜』の連中も! 全部まとめて連れて行く」
「……」
「だからこの革命を終わらせに行こう。勝利者になるんだ。『真白なる夜』でもない。ドワーフ連中でもない。エルフでもなく、獣人でもない。この俺が、全員ぶん殴って勝利者になる。シロ、お前は俺を手伝え。ダリウスのおっさん、あんたもだ」
立ち上がる。
振り返ればそこにはダリウスがいて、彼は細い目をさらに細めて笑っていた。
そして、おっさんは、シロに言う。
「とんでもない子だろう?」
シロは一瞬、真顔になった。
それから、柔らかく笑う。
「なんというか、図々しく図太いという感じですねぇ。なるほど、街では見ないタイプだ。彼に比べれば革命を志した者たちも、だいぶ繊細に思えますよ」
二人してひどい言いようだった。
真実なので言い返せないのがひどい。
ちょっとムッとして二人に言う。
「で、どうすんだよ。ダリウスのおっさんはまだ殴り合ってねーから、今からやるならそれでもいいぜ」
おっさんは肩をすくめた。
「遠慮しておくよ。……さあアレクサンダーくん、方針を決めてくれ。君の導きに従おう。私は君の騙る夢に乗ると決めた。最期まで気持ちよく騙してくれるのだろう?」
うなずく。
シロを見る。
彼は笑っている。
「参ったな」
「なんだよシロ、まだ俺に付き合うか決めかねてんのか? もう一戦するか?」
「あっはっは。君は好戦的だなあ。……そうじゃなくてね。結局こうなるなと思ってさ」
「こうなるってのは?」
「父やダリウスがしたようになるってことだよ。……まあ、人を従えるには武力を示すしかないよね」
「そうだよ。今は暴力が支配する時代なんだぜ。――さあ、殺さない程度にやってやろうじゃねーの。イーリィ、全部任せた」
丸投げする。
と、イーリィは「はいはい、まったく兄さんはいつもいつも」とため息交じりにうなずいた。
まあなんだ、頼りない限りで申し訳ねーが、死人が出ないかどうかはマジでイーリィに頼るしかないからな。
あとで小言ぐらいは付き合うからよろしく。




