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「でもさ、実際、代行者様は偉大だよ」
この村の信仰を否定する計画を立てる時、いつも俺たちはこんな会話をする。
村を守る木製の柵の外で、焚き火を囲んで話をする。
夜間警戒だ。
このへんに出るモンスターは狼によく似たもので、そいつらはどちらかといえば夜行性なのだった。
だから対モンスター班の俺たちは、モンスターが寄ってこないように火を焚き、その番をする。
もちろんそれでも寄ってくるようなヤツには、武力をもって立ち向かう。
……まあ、でも、今日は穏やかな夜だ。
こんな夜は番をしてる男連中で、焚き火を囲み、かっぱらってきた保存食をかじりながら、色んな話をする。
今日のテーマは、『代行者様の偉大さ』だった。
「知ってるかい、アレクサンダー? 僕がオヤジから聞いた話なんだけど、代行者様はもともとこの村の出じゃなかったんだって。東の方から、ふらふらと現れたらしい」
「よそ者を受け入れるようなキャパシティがこの村にあったのか」
意外に思う。
はっきり言って、村の事情はカツカツだ。
口減らしなんていう制度を実行してしまうぐらいには、余裕がない。
「アレクサンダーが口を出すようになってから、だいぶ改善はしたけれど……まあたしかに、僕らが産まれたぐらいのころには、よそ者を受け入れる余裕なんかなかったらしい」
「ほう。じゃあ、代行者はなんで受け入れられた? ……ああ、連れてたイーリィの力か」
「イーリィ様はまだ産まれてないよ。……代行者様が受け入れられたのはね、今の僕らみたいなことを、一人でやってのけたからなんだってさ」
「つまり、モンスター退治か?」
「そう。僕らが産まれたころは、村を囲む柵は今よりもっとボロボロで、あちこちからモンスターが入ってきたんだって」
「へー」
「そのモンスターたちを殴って殴って殴り倒して、代行者様は村の用心棒におさまったらしい」
「案の定、超武闘派じゃねーか!」
だと思った!
体つき、身のこなし、ステータスから、戦えるキャラクターだとは思っていたが……
実際にハリウッドの脳筋映画の主演みたいな活躍をしてきた男だったのである。
「そうして、イーリィ様の力がわかったことをきっかけに、信仰を広めた。この世界には、信じるべきものがいて、その定めたことに従っていれば、万事がうまくいくんだって、広めたんだ」
「イーリィが生まれてからなのか。えーっと、時系列順には、村に来て、しばらく用心棒やって、イーリィが生まれて、宗教を広めた?」
「……ああ、うん。そうみたいだね」
「ふーん」
「イーリィ様の力があったからさ、みんな、信じたみたいだよ。……その、イーリィ様のお力と、代行者様の腕力に逆らえるほど元気な村人が誰もいなかった、っていうのが真相っぽいけど」
「暴力が支配する時代だよなー」
「……でも、代行者様のお陰で村は栄えたんだって、僕のオヤジは感謝してたよ。……だから逆らうのはやめなさい、ってたしなめられたけどさ」
生まれた時から『信仰』の存在する若い世代はともかく――
年寄り世代は、信仰――いや、『教義』の実績と論理性にもとづいて、今、村を支配する宗教を絶賛しているのだ。
普通なら死ぬような者が、死ななくなった。
その事実だけ見ても、イーリィ親子はすがるべき対象に判定してしまって間違いない。
だから俺は、うんうんうなずきながら、言った。
「そうだな。代行者に逆らうのはやめた方がいいと思う」
「アレクサンダー!? お前がそれを言うの!?」
おどろかれる予定はなかったので、おどろかれた俺が、ちょっとおどろいた。
「いや、だからさ、俺は全部言ってるじゃん。代行者に逆らって神様を否定したいのは、俺の趣味だって。誰も得しないんだってば。お前らにだって損害が出るんだってば」
「……でもさ、アレクサンダー、お前がもたらした知識と技術は、『神』から授かったものじゃないんだろう? お前の言う『人の力』だ」
「そうだな」
「だから、神だけにすがる村の態度は、やっぱり間違ってると思うよ。なんていうか……村のためにならない。これからは『人の力』をもっと信じるべきで……」
「いやいや。いいじゃねーかよ! 神にすがってうまくいってたんだ! そのお陰でこの村、今、平和なんだよ! 新しいことにはリスクだって伴うし、現状でうまくいってるなら、わざわざ挑戦することねーんだって!」
「アレクサンダーがそれを言うのぉ!?」
「『間違ってる』『合ってる』で物事を判断するなって言ってんだよ」
「……」
「『正しさ』は視点が変わればコロコロ変わる。正しさにすがるな。『正しさ』なんてのは、足場にするにはあんまりにももろい、薄氷みてーなモンだぜ」
「……じゃあ、僕らはなににすがればいいの?」
「すがるなよ。お前は充分に強い。自分の足で立って歩ける」
「……でも……」
「楽しいだろ?」
「……え?」
「大人に逆らうの、楽しいだろ?」
「……」
「大人たちは『神』を信じる。俺たちは『人』を信じる。この二つは共存できるイデオロギーのはずなのに、大人たちは『そんなもの信じず神を信じなさい』と強制してくる!」
「……まあ」
「クッソうざい!」
「…………まあ」
「……だからさ、うざいことを強制してくる大人に逆らうのを楽しめばいいんだよ。楽しめないなら、神を信じた方がいい。そっちのが、お前には向いてるってことだ」
「……あーダメだ。わけがわからなくなってきた。……アレクサンダーは、どうしてそんなに、全部の答えを知ってるみたいに振る舞えるんだ?」
「そんなふうに見えてたの?」
「うん。確固たる考えと、知識があって、きちんと『正しい道』を進んでるように見える。……だからさ、僕らは、そんなお前の強さに憧れたんだよ」
「そりゃ勘違いだ。俺は無駄に自信満々なだけだぜ」
「……えええ……」
「俺は自分の心を信じてる。気が向いたことを、気の向くままにしてるだけだ。自信はあるさ。ただし、それは『正しさ』に立脚した自信じゃない。『今、絶対に、楽しい』っていう自信だ」
「……」
「人生を楽しもうぜ。人生という旅路を。お前たちがどれほど自分を卑下して、自分のことを『すがるものもなきゃ立ってられないほど弱い存在だ』と思っても、お前らはものを楽しむことができる。これだけは、絶対だ」
「……わけがわからない」
「話半分でいいぜ。俺の言葉は全部聞くと悪影響しかない」
「そうかもね。でも――」
――手遅れだね、とそいつは笑った。
俺も笑って、代行者を倒す計画を練り始めた。
◆
この村の信仰は、代行者の持つ『木像』にあると思う。
いわゆるご神体だが――それを掲げ、それに祈っているのだ。
だからもし、この『木像』を――
手のひらにスッポリおさまる程度のサイズしかない、あからさまに誰かのハンドメイド品に見える、薄汚くも芸術的価値の乏しそうなあの木像をぶっ壊せたら?
しかも、村人全員が見ている、『朝の礼拝』の時間にぶち壊せたら――
きっと、信仰の否定となるだろう。
っていう計画が立った。
ちなみに俺は『計画を立てることができない』とみんなに思われているので、この企画立案は他の連中がやったヤツである。
まあ、いいんじゃないかな。
軸はブレてない。
俺たちの目的は最初から『神様の否定』だ。
ただ、気になるというか、『めんどくせーなあ』という思いも、わきあがってくる。
そもそもこれは『意趣返し』『復讐』『身勝手な大人への子供からの仕返し』――そういったシンプルな動機から始まった計画だが……
多くを巻きこんでいくうちに、どうにも、シンプルな『大人への反発』以上のものを抱いて計画に賛同するやつも出てきているようだ。
曰く、『神の力』より『人の力』で村を栄えさせていくべきだ、とか。
曰く、代行者の死後に誰が新たな代行者となるのか、それを決めるのが人である以上、神ではなく人にうんぬんかんぬん。
曰く、ナントカカントカがアレコレでそうこう。
みんな、難しいこと考えすぎだと思いました。
アホなガキだったと思っていた仲間たちは、なんだか最近、体が大人びてきた影響か、むやみに難しい主張をしたがる。
彼らの発言から心情を分析してしまえば、それは全部『自分たちは立派な大義があって、間違った大人たちのやり方を正すんだ』というように思いたがっている、ということだろう。
人はみんな正義の味方になりたいのだ。
己を正義と標榜するということは、己の敵を悪だと中傷するということだ。
正義の敵は、正義だが。
正義は敵を、悪に思いたがる。
ところが現実に戦いを始めてみれば、相手は案外、『悪』じゃないことに気付く。
だからみんな、自分の正義を補強するため、相手の悪を補強するため――
シンプルじゃない現実を『自分たちという正義が、敵という悪を倒す』とシンプルにするために、思いこみと屁理屈を語り始めるのだった。
そのせいで、どうにもみんなで『村の神の否定方法』を考える時、『卑怯なことはやらない』だとか『大勢の前で正しさを証明する』だとか、そういう流れになりがちだ。
みんな、がんばってほしい。
そういう立派なことをやろうとして計画練ったり努力したりするのは、いいことだ。
停滞した社会の中で最初から決めつけられた役割だけこなして生きるより、よほど、素晴らしい。
でも、まあ。
一生懸命努力して企画、立案したことが、そのまま予定通り実行できるとは限らないよね。
イレギュラーは起こるものだ。
急な雨とか、唐突にモンスターの群れが来たりとか――
たとえば、俺がなんかやっちまって、計画がぶっ壊れたりとか。
そういう不可抗力は、しょうがないよね。