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まあ、風当たりは強い。
姉さんやらシロが特殊なだけで、たしかに『真白なる夜』の連中は、俺が種族人間というだけで警戒したし、怒りをあらわにしたし、蔑んだ。
直接的な危害を加えてくる連中はあまりいない。
基本的に『かかわりたくもない』というスタンスっぽい。
それでもゼロではない。
俺の見た目が十二歳そこそこのガキってこともあり、与しやすい相手と思ったのだろう。
暴力的に接してくる連中も、いた。
俺が暴力的に接し返すと、連中は仲間を集めてさらなる暴力的な接し方を試していくので、面倒くせーからそういう連中全員叩きのめしたら、なにもされなくなった。
「つーか、こんなか弱い俺によってたかって暴力とか恥ずかしくねーのかよ。数と強さをかさに着て弱者を迫害するとか、あんたらがされてることまんまじゃねーか」
反応はしてもらえなかった。
『か弱い俺』っていうつっこみどころもあったんだけれど、笑いにしてくれる人もいない。
「君はプレッシャーとか感じない人かな?」
一時期、あまりに空気が悪くなったので、シロにそう聞かれたことがある。
プレッシャー?
わかるわかる。
プレッシャーってのは外圧じゃなくて内圧だ。
たとえば視線、たとえば嫌がらせ、たとえば陰口、そういったものが外側から浴びせかけられることで『自分はここにいるのがふさわしくないんじゃないか』って自問自答してしまう状態を『プレッシャーを感じてる』っていうんだ。
だからプレッシャーはないな。
俺が『真白なる夜』で活動すべきだってことを、俺自身がまったく疑ってないから。
言いたいやつには言わせておけばいい。
っていうかもっと真正面から言えばいいのに。
『話題の人』である俺が目の前にいるのに、直接話してみずに陰からコソコソささやくのってもったいなくねーか?
「うーん、君はなんていうか、ある日突然前触れもなく失踪してほしい感じの正格だよね、アレクサンダー」
ありえない可能性ではない。
俺は頭で判断して今みたいな行動をしているわけではないので、気が向けばふらっと消えることは充分にありうるのだ。
でもまあ、まだいるよ。
このギスギスは居心地がいいからさ。
◆
人はあきらめたがっている生き物だ。
強いモチベーションっていうのは発生も難しければ維持はもっと難しい。
そんなわけで『新参者』で『種族、人間』の俺を嫌うということさえ長続きしなかった。
何度も話し、うざがられても付き合い続けた結果、彼らの中で『種族人間は敵だがこいつはまあ例外でもいいか』と思われることに成功したのである。
ようするに、相手があきらめるまで押し切るというアレだ。
非常に時間がかかってしまった。
「……つーか今、この街来てから何日目だ? みんなどうしてんだろ」
「『みんな』ってのはなんだ?」
ジメジメしたかび臭い用水路内アジトでそんなことをつぶやけば、俺の発言を拾ってくれる仲間も増えた。
『真白なる夜』の構成員はだいたい十代前半から後半ぐらいがメインだ。
二十歳を超えているのは頭であるシロと、『もう一人』ぐらいなんだが……
今、テーブル代わりのタルを囲んで隣にいるそいつが『もう一人』だ。
メンバー最年長、長い髪と無精ヒゲがやたらとセクシーなおっさんなのである。
「『みんな』ってのは『みんな』だ。……俺はこの街に来た時、仲間と一緒だったんだよ。全員別々の区画に振り分けられたし、あとで会いに行こうって思ってるうちに『真白なる夜』に参加したし、顔見てねーなって思って」
「そうなのか? 心配じゃねぇの?」
「一部心配だしそろそろ会いに行きたいなと思いだしたんだよ。つーわけで行ってくる」
「おいおい待て待て。お前さん、そいつはまずい」
「なんでだよ」
「このタイミングで単独行動はさすがにさせられねぇよ。街の英雄のところに戻るかもしれねぇだろうが」
「じゃあ誰かついてこいよ。誰でもいいから」
「そうもいかねぇだろう」
なんでだよ、と。
口を開きかけた俺を制するようにセクシー(あだ名)は片手を突き出し、
「……あー……わかった、わかった。んじゃあオレがついていく。その代わりに出発は夜で、接触しないで顔を見るだけにしろ。いいな?」
「いい機会だからそいつも連れてこようと思ってるんだけど。仲間にしようぜ。かなりすごいことができるやつだ」
「……種族は?」
「人間」
「つまりお前さんと一緒か。街の英雄とも同じ種族だな」
「そうだな。それが?」
「……まあお前さんは、わからねぇで聞いてるわけじゃあねぇんだろうな」
セクシーはガリガリと長い白髪を掻いた。
「ったく、やりにくい。今までオレらは頭のお陰でなにも考えずにただただ盗みを続けるだけでよかった。それなのにお前さんが来てから、毎日のように考えさせられる。『これでいいのか』『あれは本当にいいのか』……」
「いいじゃねーか。悩んで決めるのは楽しいだろ?」
「……楽しいかって言われば、まあ……でもな、楽ではあったよ。考えないで、命令に従うだけで、それなりの……『当たり前に味わわされる最低限』より一個上ぐらいの暮らしができるのは、楽だったんだ」
「頭と手足、か。……その組織形態はシロが提案したもんか?」
「そうだ。それが『頭』の役割だ。……『真白なる夜』は一つの肉体で、頭があって、手足がある。『なにをするか』を決めるのは頭の役割だろ? そういうことだよ」
「どういうことだよ。俺は頭でものを決めたりしねーぞ。心の赴くままに行動するし、足の向くままに進むし、体は勝手に熱くなって、頭で考えて『絶対ダメだな』ってところに進んだりするんだぜ」
「そう言われてもな……それでやってけるのは能力のあるヤツだけだ。オレらはダメさ。オレら種族が凋落してからっていうもの、自分のなんにもできなさを思い知らされる毎日だよ」
「凋落?」
「……『真白なる夜』を構成する若い手足は知らねーけどな。オレがガキのころ、オレらは『魔族』なんて呼ばれてなくて、今や英雄のダリウスみてーな、『人』っていう種族を顎で使ってたんだぜ」
「へぇ」
「それはオレらが優れてるからだと思ってたが……こうして落ちてみるとわかるよ。オレらには……まあ、頭は別としても、オレには、なんにもねぇんだ」
「なんかはあるんだろ」
「ねぇんだよ。……能力を尽くさないと生きていけないこの時代に、なんの能力もねぇんだ。……一生懸命にやりたくてもな、どう力を尽くせばいいのか、そこからわからない。……なににもなれねぇんだよ、オレら……いや、オレは」
「……」
「だからさ、考えないで、決めないで、それでも生きていけるのは、いいことなんだ。頭が全部お膳立てしてくれれば、オレらは手足で済むんだよ。それがいい。それでいいんだ」
「…………」
「……どうしたアレクサンダー?」
「あんた、自分を無能だって、本気で言ってる?」
「……オレのどこに能がある?」
「……あーあーあーあー! クソ! そういうの先に言えよ!」
テーブルにしていたタルをぶん殴る。
そしたら壊れた。
その破壊音にはセクシー以下俺と同じタルを囲んでいる連中だけではなく、アジトで思い思いに過ごしていた全員が注目した。
ちょうどいいから、呼びかける。
「なんだよ、コンプレックス感じてるのかよ! あんたらは不遇な扱いを嫌って立ち上がった志士じゃねーのかよ! 扱いの不遇さと自分たちの実力が見合ってねーって思った、自信満々集団じゃなかったのかよ!」
「……『自信満々集団』って、お前な……」
「いいか、聞け。みんな聞け! アジトにいる全員だ! あんたら種族はな、シロみてーにシーフ系の才能を持ったやつもいるが、見た感じ平均MPとINTが高いんだよ」
「?」
「魔法を教えてやる」
俺は笑った。
セクシーは眉をひそめる。
「……魔法? そりゃあお前、種火熾しとか、そういうのはオレでもできるが……」
「そうじゃねーよ。……想像しろ。お前は最強の魔術師だ。天を焼き尽くすほどの火炎! 一瞬で中空に氷の矢を出現させ、大地さえお前の意思で揺れる! イメージしろ! 自分を信じろ。あんたらの才能があれば、それだけで大魔術師になれる」
「……無茶言うな」
「無茶じゃねーんだよ。できるんだ。できるのに、あんたらが自分で自分の可能性に蓋してるだけなんだよ。魔法とはなにか? なぜ、なにもないところから火が熾るのか? 酸素を消費せず、周囲の熱も奪わず、なぜ空をふさぐほどの火球を形成し得るのか? それはな、魔法ってのが、『魔力を消費して心象風景を具現化する技法』だからだ」
「……」
「心に描け。そうすれば叶う。あんたらには、その才能がある」
「……そんなモンが、オレにあるのか?」
「ある。……イーリィの様子を見に行くはずだったが予定変更だ。あんたらに話をしよう。夜を徹して、車座になって、ろくでもねー妄想を垂れ流そう。ファンタジー世界のあんたらに俺がファンタジーを教えてやる。その代わりにあんたらは、最強の自分を思い描け」
「……」
「そうだな、まずは、呪文を教えてやる。俺とサロモンが寝る間も惜しんで考えた、馬鹿丸出しのロマンしか詰まってねー呪文だ。三日でいい。俺の語る夢に乗れ。その夢を現実に変えてやる」
「……オレには力はねぇし、物覚えもよくねぇぞ」
「お勉強の時間じゃねーんだ。安心しろ。――俺が言いたいのはさ、あんたらには力があるって、それだけなんだよ。あんたらが力だって思いもしなかったものが力になるって、そういうことなんだ」
「……」
「思春期のガキの妄想そのままの自分になろうってだけの話なんだぜ。さあ、興味のあるやつは集まれ。そして恥部をさらけ出せ。先陣は俺が切るからさ」




