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アレクサンダー建国記(旧バージョン)  作者: 稲荷竜
一章 善き人たちの村
3/73

1-3

 死なないのをいいことに一年も戦い続けると、いい加減村では一番になっていた。


 しかし井の中の蛙である。

 世界は広いとイーリィに説きながら、この村で一番になった程度で満足していては格好がつかない。


 モンスターを狩り続ける。


 満足などない。果てのない鍛錬は過激さを増しながら続く。


 ステータス閲覧の力を持つ俺は、自分のステータスだけは見ることができない。


 だから、他人のステータスやモンスターのステータスを参考に自分の力を測るしかないのだが、どうにも不安で、やりすぎちまっているかもしれない。


 食肉用の通常動物の狩りと木の実などの採集は他の連中にまかせっきりにして、俺はモンスター退治に精を出した。


 そのうち村でモンスター退治は、ほぼ俺の仕事になった。


 ただし、『俺に一任されてた』と言うと、ちょっと嘘になる。


 仲間ができた。

 モンスターを倒すための、仲間が。


 それは村の同い年ぐらいの連中だった。

 どうにも俺が次々と『強いモンスター』を倒し続けたお陰で、同世代からの尊敬を集めてしまったようだ。

 今では村の若い男衆がまとまって、『モンスター狩り部隊』みたいになっている。


 俺が部隊の連中にしたことといえば、『死なない戦い方の指導』と『イーリィを頼りすぎるな』ということ、そして神の実在に対する問題提起だ。


 最初は首をかしげられるだけだった『神はいるか?』という話も次第に理解を示す者が出てきて、若い連中なんかは信仰を説く代行者に噛みついて問題になったりもした。


 そのたびに俺が出て行って若いのを守るもんだから、代行者からの覚えはよろしくない。



「神を信じないならば、イーリィの授かった神の寵愛に頼らず仕事をしてもらおうか」



 ある日、代行者は言った。

 予想できたことだった。

 なのでこっちはストライキした。


 この時点ですでにイーリィを外に連れ出すと言い放ってから二年が経っている。


 そのあいだに俺たちは対モンスター専門の部隊と化していて、村の連中はモンスター退治をしなくなって久しい。


 役割分担が完全に固まっていたのだ。


 俺たちは多少の狩りと多少の採集ができるが、連中はモンスターの相手を多少なりともできない。


 能力的にじゃない。心情的にだ。


『モンスターと戦う』なんていう危険なこと、一度『やらなくてもいい』と認識してしまうと、また始めるには多大な覚悟と決意が必要になる。


 人は覚悟も決意もできないのが普通だ。

 少なくとも俺が前世を過ごした世界じゃそうで、この世界でもどうやら同じだったらしい。


 そんなわけで俺たちもイーリィの力がないのはなかなか困るが、村の連中はモンスター退治専門部隊の俺たちが働かないと暮らしていけない。


 だから俺たちは、このストライキの結果、勝利することをほぼ確実と思っていたが――


 いくつか、俺たちのストライキが失敗する可能性も、存在した。

 そのうち一番可能性が高そうだったのが、『代行者が俺たちの代わりにモンスター退治を始めること』だった。


 背が高く体は分厚く身のこなしが軽いあのおっさんは、確実に『戦ってきた者』であり、それは体つきを見るまでもなく、ステータスから一目瞭然だったのだ。


 だから、代行者がモンスター狩りを一手に引き受けると言い出す可能性も見つつ、ストライキを二週間ぐらい続けた結果――


 村人に音を上げさせることに成功し、村人たちに説得された代行者は、渋々イーリィの力を頼る許可を出した。

 代行者は『戦士』ではなく、『為政者』のふるまいを――『村人たちの意思の尊重』を優先したわけである。


 こうして勝利したモンスター狩り班の俺たちは、さらにあつかましく、要求をふっかけることにした。


 再びモンスター退治を始める条件として、『イーリィの解放』を訴えたのだ。


『村から連れ出させろ』とまでは、さすがにまだ、要求できないが……

 彼女が閉じ込められた花の香りがする牢獄の鍵を開けておけと、そういう話だ。


 もちろん、代行者はゴネた。



「イーリィをああして閉じ込めておくのは、魔の者から守るための封印で……」

「魔とかいうのが来たら、俺がぶった斬るから心配ねーな。それとも俺は剣を止めてもいいのか?」

「……わかった」



 だが、代行者は俺たちの要求を呑んだ。

 つまり、俺たちはストライキの結果、一つの勝利をもぎとったわけである。



「不労運動……クソガキめ、どこでそういう手管を覚える」



 代行者のいまいましそうな顔と、隠しきれなかった本音が心地よい。


 前世だよ、と言い放とうと思ったが、やめた。

 もう言い飽きてる。





 イーリィとの心の距離は縮まってるんだかなんだかよくわからん。



「見ろよこの剣。作ってもらったんだぜ。普通の剣だと振るたびパッキンパッキン折れるんだよな。たぶんSTR伸ばしすぎが原因だと思うんだけど……まあ自分のステータスは見えねーから予想だけどさ。材料の鉱石は俺が自分でとってきたんだ。デカイ剣にはロマンがあると思わないか?」

「……よくわかりません」

「今日はそうだな、デカイもののロマンの話をしよう」



 話はグランドキャニオンからロッキー山脈を経由してギアナ高地を見てきたかのように語り、それから巨大ロボの話に着地した。


 巨大ロボはいいぞ。

『震動が』とか『慣性が』とか訳知り顔で言うやつもいるが、そういうのはロマンじゃない。

『人型のデッカイ機械が動いて戦う』ってだけでもうワクワクが満載だろう?



「……よくわかりません」



 イーリィはロボットの話がお好きではないようだった。


 女の子だからかな? 機械よりも乗り手の機微に主軸を置いて語るべきだっただろうか。

 どうにも女性は物語をキャラクターの感情で見る傾向がある。

 男は派手だったりエロかったりする絵が想像できたらそれで満足するんだが。



「兄さんは、どこでそういう話を覚えてくるんですか?」



 俺が話を一区切りすると、イーリィは決まってこの質問をした。

 だから俺も決まって同じ答えを返す。



「前世。ここではない世界で」



 どうにも俺の発言をイーリィは嘘かなにかだと思っているらしい。


 気持ちはわかる。

 俺も隣のヤツがいきなり『実は俺、前世の記憶があるんだ』とか言い出したら白い目で見る自信があった。ちょうど今のイーリィみたいな目だ。



「……兄さんは」



 イーリィは言葉を区切った。


 俺は彼女から俺への呼称について想いを馳せる。


 兄さん。


 ……いつごろからそのように呼ばれたのか記憶にない。

 ただ、これはあまりいい呼称ではないようだった。

 少なくともイーリィにとって、『名前で呼ぶより距離がある呼称』という扱いのようだ。


 俺は彼女に積極的にかかわる。


 ところが彼女は俺に心動かされるのを嫌がる。


 なので俺とは距離を置きたがるのだが、俺がそうはさせない。

 結果、突き放すように、名前を呼ばずに、兄さんと呼ぶ。



「兄さんは、『嘘つきのアレクサンダー』と呼ばれています」

「そうらしいな」



 話をする彼女はどこか遠くを見ていた。


 空。


 ここは神殿の外だった。


 彼女が視線を上げればそこには青い空が無限に広がっている。


 鳥が飛び、風が吹く。


 花の香りのする牢獄から出た彼女の周囲には、世界のニオイが満ちていた。


 今は、風が吹くたび砂が待ってホコリっぽい感じかな。


 砂の敷かれた広場には村人たちがいる。


 この場の多くは『内籠(うちごも)り』と呼ばれる役割を負った者たちだ。

 彼女たちは炊事洗濯縫いものなど『外回り』の連中がしない仕事を担っている。


 で、俺は彼女たちによく思われていない。

 俺の支持者は主に『外回り』の連中なのだった。


 ちなみに外回りがだいたい男で、内籠りがだいたい女なので、村は今、男女で真っ二つになりかけている。

 俺のせいだった。


 まあそれでも内籠りの連中から俺への仕打ちがそう悪辣(あくらつ)でないのは、彼女らの代表者の影響だろう。


 イーリィ。


 小部屋から出るようになった彼女は、村の女性の顔役みたいになっていた。


 聖女という立場もあるだろうが、たぶん、彼女の才能によるところが大きい。

 コイツは治癒の才能――チートスキルに頼るまでもなく、不思議な発言力みたいなものを、生来身につけていた。

 声質がいいのが理由だろうか?



「兄さん、嘘をつくのは、やめた方がいいですよ」

「ついてねーよ」

「でも、神はいないとか、異世界とか……みんな……父さ……代行者様だって、兄さんのこと嘘つきだって言ってますよ」

「つまんねーこと言うなよ。俺が嘘つきかどうか、『誰かが言ってたから』なんてそんな理由で決めるな。お前がどう思うかだよ」

「……じゃあ、兄さんは、自分の話の保証ができるんですか?」

「話の保証なんかどうでもいい。大事なのは、お前が信じたいか、信じたくないかだ」

「兄さんは嘘つきです」

「おう、それでいい」

「……信じてほしいんじゃないんですか?」

「信じてほしいが、それは信用を強制していい理由にはならない。なにを信じるか決めるのは自分だ。横から『これを信じなさい』『あれを疑いなさい』って言われたらクソうざいだろ」

「……うざい?」

「うざい。なんでって、俺には自分の意思があるから、それを勝手にまげられるのを好まない」

「……」

「お前はうざくないのか?」

「……別に」

「じゃあ、俺と一緒に村を出よう」

「……なんで、そうなるんですか」

「人に意思をまげられてもうざくないなら、今の俺の言葉に従ったっていいはずだ」

「……」

「お前には意思がある。お前は道具じゃない。お前には可能性がある。お前は、人だ。聖女とか神の寵愛の証明だとかいう看板をつけられてたって、どうしようもなく人なんだよ。ところで空は広くて青いな」

「え? あ、はい……?」

「俺の語った空の広さと青さは、本当だっただろ?」

「……はい」



 イーリィは悔しそうに唇を噛んだ。

 なんで俺の話を『本当だった』と認めるだけで、そんなに屈辱的な顔をするんだ……



「……俺と来たなら、世界の広さを証明してやる」

「でも……」

「なんだよ。たまには『お断りします』以外の言葉も聞かせてくれよな」

「……私を連れて行くのは、意趣返しのためなんですよね? 神はいないって証明するための手段として、私を連れ出すだけ、なんですよね?」

「最初はそうだった」

「……今は、違うんですか?」

「お前に話してるうちに、俺が、心から、外に出たくなってる」

「……そこは、私のためとかではなく?」

「そんな押しつけがましいことはしねーよ」

「『さらう』とまで言ってるあなたが!? 押しつけがましさとか気にするんですか!?」

「『あなたのためなんだよ』とか言うヤツが嫌いでね。誰かのためになるかどうかは、その『誰か』が自分で考えて判断するもんだ。だから俺は心に任せて、俺のために行動する」

「……」

「俺は世界の広さを知りたい。朝日が地平線から顔を出す瞬間を見たい。沈む夕日が消えていくところを見たい。夜空の星をつかみたい。世界の果てを、見たい」

「……」

「だって、ここは剣と魔法のファンタジー世界だぜ? ……ああ、ワクワクする。なにがあるんだろう? どうなっているんだろう? このおもちゃ箱みたいな世界、底の底までさらわなくてどうするよ!?」

「……本当に、自分のため、なんですね」

「そうだ。でも――」

「……なんですか」

「お前と一緒なら、一人よりも、もっと楽しい」



 興奮は分かち合う相手がいてこそだ。

 人類は感動を分かち合うためにSNSにたどり着いたぐらいだからな。



「……あ、あなたは本当に……そういうことばっかり言うんですから!」

「もうじき、お前をさらうと決めてから三年が経つ」

「……」

「覚悟はできたか、聖女様?」

「悪人みたいな物言いをやめてください」

「『みたいな』ね」

「私は、行きません。絶対に、行きません」

「いつまでそんなこと言ってられるかな」



 フッと不敵に笑ってイーリィに背を向ける。


 まあ、不敵に笑ってはみたが……

 イーリィが断固として『行かない』と言い張ってるので、内心では『やべーな形勢不利だよ』と冷や汗をかいていたりする。


 ハッタリは大事だよね。

 人を大きく見せるから。

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