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4-1

「あン? なんだァ、このくっせーニオイは……?」



 最初に気付いたのは、鼻のいいダヴィッドだった。


 次に顔をしかめたのはカグヤで、次いでサロモン。

 最後に俺とイーリィだった。



「……なんでしょうこの、表現しがたいニオイは……」



 しかしニオイの正体がわかる者は一人もいない。

 そりゃそうか。みんな知らないんだ。

 だから俺が正解を言った。



「海だよ。潮のニオイだな、こりゃ」



 まだまだ遠く、かすかに香る程度のものだ。

 けれど長く草原地帯が続き、土と草のニオイに慣れた鼻には、ずいぶん刺激的に感じられた。



「ダヴィッド、どっちの方向から臭うかわかるか?」

「あっちの方だな」



 ダヴィッドの指は南を指していた。


 南。


 南か……俺たちは西に向かって歩き続けている。そちらの果てを目指しているのだ。

 だからこれから南に進路変更するというのは、あんまりやりたくないんだが……



「んー……まあ、海だしな。行くか! 海を見に!」



『海』には俺のつま先を向けさせるだけのパワーがあった。


 怪訝(けげん)な顔をする全員を引き連れて海を目指す。


 そうして俺たちは、ある意味で地の果てと呼べるその港()にたどりつくことになる。





「英雄の街にようこそいらっしゃいました」



『村入口とかでその村の名前を言うNPC』みたいな人に出迎えられて、俺たちはようやく我を取り戻した。


 その街の規模に圧倒されていたんだ。


 石を組み上げて作られた外壁。

 そこには大きな金属の門扉があって、そこを守るように兵士が立っている。


 彼らの装備は金属の鎧だ。


 とはいえ鍛冶技術はドワーフの村の方が、というかダヴィッドの方があるらしい。

 その鎧は金属板二枚を革のストラップでつなげてストラップのあいだから頭を出すというサンドウィッチマン方式のものであった。


 そろいの金属鎧と金属の剣で武装した彼らのあいだを通って入った街は、石畳が敷かれている綺麗に整備された都市だ。


 左に広がるのは海と波止場(はとば)

 複数の船、それもボートってレベルじゃない、中型から大型のガレー船がたくさん留まっているその光景には、胸(おど)らずにはいられない。


 右を見れば、高い場所に段々になった街並みが見える。

 そして――


 街を十字に区切る、石の壁も、見えた。


 ……雰囲気(ふんいき)が、なんか、おかしいな?


 (ひら)けているはずの港町は、石壁によって四分割されているのだ。


 円柱を斜めにカットしたような高低差のある石造りの街並みには、街中にある高い石壁と、壁のこちらと向こうを行き来するための扉を守る兵隊によって、一気にものものしい感じになっている。


 正面に広がる港エリアだけ見れば、様々な人種が行き交っているにぎわった街。

 人間がいて、エルフがいて、ドワーフがいて、獣人がいる。

 そいつらは誰もが仕事に従事(じゅうじ)している様子で……

 経済が街の中で回っているのも身なりや港そばに立ち並ぶ店からわかる。


 だというのに、街を十字に区切る壁だけが、妙な雰囲気を(かも)し出していた。


 村人Aっぽい兄ちゃんにたずねる。



「あの壁は?」

「ああ、区画を区切っている壁ですね。住民には等級があり、等級ごとに住める場所が決まっているのです。なので、自由に出入りできてしまわないように……そういう措置(そち)ですね。ごらんください、街を区切る壁の出入り口には、英雄の兵たちが立っているでしょう? 関所(せきしょ)を守る彼らが街を正しく、たもっているのですよ」

「ふぅん。……まいいや。それより海だ! 漁港(ぎょこう)がある。ひょっとして貿易(ぼうえき)なんかもやってたりするのか?」

「漁港はありますね。ボーエキ? はよくわかりませんが」



 まだこの世界にない概念(がいねん)のせいか、通じなかった。


 再び街に目をやる。

 真っ昼間の日差しを受けてきらめく石畳の街は、どことなく()れたようなテカりがあった。


 行き()う人々が荷車でなにかの大荷物を運んでいる。

 あれはきっと、魚か、あるいは他の、海の方から来た資材なんだろう。



「この街並みを作るのにはすごい苦労しただろう? 素材はどうしてるんだ? 運営のための収益は? ひょっとして通貨制度がある? これだけの人口をさばくんだ、物々交換だけじゃあ街の中でのレートがふわふわしちまうだろう?」

「ええと……すみません、私はただの受付なもので。それにしても、利発(りはつ)な子ですね。あなたのような若く優秀な人材は、きっと街の英雄も好まれるでしょう」



 俺の見た目が十二歳から成長してないせいでガキ扱いされてしまった。


 旅の中でだいぶ(きた)えてるんだが、それでも背は伸びない。


 まあSTRと筋力量が関係しない世界観なので、不都合はないんだが、いちいち子供扱いされても説明が面倒くさい。

 子供のフリしとこう。



「街の英雄に興味があるな。会いたい。会えるか?」

()の英雄は優秀な人材にことさら興味をお持ちです。ただまあ、英雄に会う前に、受付を済ませてほしいですね」

「おお、悪い。受付って? ここは入国管理局かなにかなのか?」

「……先ほども触れましたが、この街は住民全員に『等級』が割り振られています。彼の英雄を一番上にいただき、優秀な人材ほど高い等級を得られるという仕組みです」

「つっても移住希望じゃねーんだが」

「街に滞在、あるいは通り抜けをするならば、街の決まりに従っていただきます」

「ふーん」



 俺は後ろにいる連中を振り返った。



「どうする? 意外とめんどくせー感じだけど」



 イーリィは「兄さんにお任せします」と言った。

 カグヤは「うむ」と言った。……たぶん『イーリィと同じ』という意味だろう。

 サロモンは、



窮屈(きゅうくつ)なのは好かぬ。そも、その等級とやらが気に入らん。他者に我の価値を計れるものか」

「じゃあ入らない方針で?」

「しかし『海』というものには興味があるな。道すがら貴様が語るところによれば、それは雄大で厳しい存在だそうではないか。――闘争に足るやもしれん」

「だから闘うような対象じゃねーって何度も言ったと思うんだがな……」

「闘争に足るかどうかは、我がこの目で決める」

「まあじゃあ、入るってことでいいんだな?」

「貴様に任せる」



 めんどくせーなコイツは!

 で、ダヴィッドは、



()いだことのねェ鉱石のニオイがするな。くっせー潮? のニオイに混じってわかりにくいが……アタシは入るぜ。テメェらが迂回(うかい)するならあとから追いつく」



 はっきりした意思をお持ちだった。

 入るが一人、俺に任せるのが三人。

 決定。


 入国管理局の兄さんに振り返って、



「じゃあ五人、入るぜ。その等級ってのを割り振ってくれ」

「わかりました。それでは五名様、別々に対応しますので」

「え、別々?」



 カグヤを振り返った。

 彼女を一人きりにするのは不安だったのだ。ほら、兄貴分としてね。まだ幼いし。

 しかしカグヤは、



「なんとかなるのじゃ」



 拳を握りしめて言う。

 お前、『なんとかなる』ってのは『なんの考えもないが博打(ばくち)を打って外れても後悔(こうかい)しない』って意味だぞ。少なくとも俺はそういう用法で語ってる。


 まあしかし水を差すのもアレだ。

 カグヤには選択の自由がある。一人きりになる自由も足を止める自由もあるのだ。


 それを俺がとやかく言うのは、うーん…………とやかく言いてーなあ!


 俺やイーリィのカグヤに対する過保護はちょっとすさまじいものがある。



「カグヤちゃんと私は一心同体ということになりませんか?」



 イーリィがカグヤを抱きしめて無茶なことを言いだした。

 入国管理局の兄さんは苦笑している。

 たぶんどう断ろうか言葉を探してるんだろう――と、思ったんだが、



「……まあ、そういう(あつか)いということでも、かまわないでしょう」



 意外と融通(ゆうずう)()くらしい。



「おそらくですが、あなたは二等以上になると思われますので、あなたの所持品としてその少女を持ち込むということになるかと思われます。そういう扱いでよろしいですか?」

「かまいません」



 かまえ。

 今さりげに『所持品』とかいう発言が飛び出したぞ。


 まあしかし、カグヤを一人きりにしたくなかったのは事実だし、ここでゴネて街に入れないのももったいない。


 どうしようかな。

 よし決めた。


 なんかあったら街を武力制圧すりゃいいな。


 うまくしたら街の英雄とやらとも戦えるかもしれないし。

 決定。



「じゃあ、港街に入るか」



 こうして俺たちは潮の香りがする街へと入った。

 そして見事に別々の区画へ通されたのだった。

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