3-11
なにか感じるものがあったのだろう。
ドラゴンは巨体に見合わない機敏な動作で立ち上がる――後ろ脚二本で立ち上がると、さっきまで焼き殺そうとしていた俺に尻尾を向けて、金属の巨人へと近付いていった。
「兄さん! 行くなら行くって一言言ってくださいよ!? 死んだらどうするんですか!?」
近くに寄ってきたイーリィがさっそく小言を言い始めたので、「まあ待て」と言って片手を突き出し、ドラゴンの動向に集中する。
ちなみに、待たせたからって、あとで小言を聞く気はない。
「もっと近くに行こうぜ」
イーリィを誘ってドラゴンの尻を追う。
ドラゴンはゆったりと巨人へ歩みを進めていた。
巨人の方も、同じようなペースで、ゆっくりドラゴンへの距離を詰めていく。
ドラゴンが歩調を早める。
巨人も歩調を早めた。
ドラゴンが走り始めれば巨人も走り始め、二体は震動と轟音を響かせながら近付いて――
ドラゴンが咆える。
巨人の中でダヴィッドが、
「うおおおおおおお!」
あっちも咆えた。
人の言語を持たない二者がとうとうその距離をゼロまで近付け――
前脚と手で、がっぷりと組み合った。
その時の音をどう表現したらいいのか。
スガン! とかドガン! とか。爆発みたいな轟音だった。
観戦に適した小高い岩山にたどりつけば、そこにはすでにサロモンが陣取っている。
そいつはドラゴンvs金属の巨人の戦いを見て、不敵な笑みを浮かべ、言うのだ。
「勝利した方に我に挑む権利をやろう」
たぶん、そんな権利は誰も求めていない。
巨人vsドラゴンの勝負は白熱していた。
両者組み合ったまま。
ドラゴンは長い首をもたげさせ息を吸い込み、息吹の体勢に入った。
これを察した巨人はその小さな頭で頭突きをする。
それはドラゴンの顔にヒットして口を閉じさせ、口の端から真っ赤な炎が漏れた。
しかしドラゴン、止まらない。
口を開けて強引にブレスをはき出す。
火炎が巨人の体表を舐め尽くし、その青く輝くツギハギボディをドロリと溶かした。
しかし、すぐさま巨人は再生する。
このへんが中にダヴィッドを搭載している利点だ。
巨大ゴーレムの中にいる彼女の錬金術により、ゴーレムは壊れた端から直される。
そもそも、『殴り合える人型の巨人』というのは実現不可能だった。
バランスが悪い。動けるはずがない。人型である意味は薄い。
第一、俺とサロモンが余計なことをしてドラゴンの翼を落としたものの、本来だったら空飛ぶドラゴンにあの短い脚で追いつく予定だったのだ。
不可能まみれのロマン。
それを実現したのはとんでもない力業だった。
壊れたそばから直す。
搭乗者の魔力でバフをかけ続けることにより、速さや丈夫さを維持する。
扱い的には、アレは『巨人』ではなく『ダヴィッドの鎧』なのである。
だから、
「あちちちち! あっちーなこのクソトカゲ!」
熱や衝撃が中にいるダヴィッドへと、もろに襲いかかるのだ。
巨人が動くたびに慣性もかかるし、中に入ったダヴィッドはたぶん普通に戦うよりキツい目に遭ってるだろう。
「バフを覚えなかったらもう死んでるな。イーリィ、備えておいてくれよ。戦いを終えたらダヴィッドたぶんボロボロだから」
「それはいいんですけど、あの、兄さん、ダヴィッドさんは勝てるんですか?」
「ロボが怪獣に負けるかよ」
「そういう話ではなくって、ええと……『ステータス』が見えるんですよね? そこから判断できないんですか?」
「イーリィ」
「はい?」
「野暮なこと聞くな。巨大怪獣vs巨大ロボの戦いは、スペックじゃ決まらねーんだよ」
「……いえ、その……勝つか負けるかによって、私たちの対応が違いますし、そもそも劣勢なら手を貸した方が……」
「イーリィ」
「……なんですか」
「たとえダヴィッドが負けそうでも、俺は手を貸すつもりなんかねーぞ」
「なんでですか」
「これはあいつらの戦いなんだ。あいつらを支配していたドラゴンから、自由を勝ち取るための、ドワーフの戦いなんだよ」
「すでにさんざん手を貸したり介入したりしてますよね!?」
「そうだけど、それとこれとは別なんだよ。わかんねーかなあ、あの情熱! あの巨人にはさ、ドワーフ連中の熱意がこもってんだよ! 勝利も敗北も、連中のものなんだ! 勝敗より大事な『納得』がかかってるんだよ! 水を差すなんてできるわけねーだろ!」
「いえでも、負けたら死にますよ」
「そこはお前がどうにかしてくれ」
「ええええ……し、しかし、急いで完成させたせいで、テストも操縦訓練もしてないんですよ? もっと手を貸すべきでは……?」
「試作機、突然の実戦、訓練さえないぶっつけ本番。……そそるじゃねーか。燃えるシチュエーションだ! ドワーフの連中はきっとこういうの好きだぜ」
「……か、会話にならない……」
俺たちはきっと見ているものが違うんだろう。
巨大バトルは続いている。
震動と轟音と風圧と舞い上がる砂塵が戦いの激しさを物語る。
組み合っての戦いは人型が有利。
しかし尻尾と長い首、なにより息吹による攻撃で中距離戦ではドラゴンが有利。
大振りのパンチが空を切り、ドラゴンの尻尾が巨人の脇腹を薙ぐ。しかし巨人はふんばってドラゴンの尻尾をつかみ、ぐるんぐるんと振り回してドラゴンを投げ飛ばした。
ドラゴンはこちらに飛んできた。
「あっぶな」
イーリィを抱えて退避する。
腕の中で「兄さんもサロモンさんももっと安全なところに行きませんか!?」と言うが無視する。いいところなんだ。もうちょっとで決まる。
ドラゴンがひときわ高く咆えた。
ダヴィッドも咆える。
「おおおおおお!」
二者の距離は近い。
ドラゴンはこれまでで一番大きく息を吸い込んでいた。
きっと必殺の息吹を放とうというのだろう。
胸を盛り上げて首を反らして精一杯に吸い込んだ息はおそらく最強の一撃となって放たれるはずだ。
彼我の距離は近く、巨人の短い足ではブレス圏内からの退避はできそうもない。
だから、俺はつぶやいた。
「今だ」
この時、俺とダヴィッドの心は一つになっていた。
青く輝く金属の巨人は、長い両腕を空手の四股立ちのように腰の横につけ、胸を張るように背を反らした。
次の瞬間、巨人の胸が左右に開く。
中から現れたのは一門の砲だった。
あまりに巨大な口径。
胸の中からいきなり現れることにより奇襲効果を狙えるものの、引き替えにたった一発しか装填できないし、銃身の短さからあまり遠方の敵に攻撃するには不向きだ。
だからこそ必殺武器。
三分間しか戦えない巨大ヒーローの光線のような。
バイクに乗って戦う変身ヒーローの必殺キックのような。
その一発限り一門だけの、巨大砲の名は――
「オラァ! トドメだ! 死ね、クソトカゲ!」
叫べよ必殺技名を!
決めゼリフつきでやるように言ったじゃん!
しかし願いは虚しく、すさまじい音とともに胸部の砲は放たれた。
それはらせん回転をしながらドラゴンの息吹を掻き散らし、そのままドラゴンの頭部を貫通、胴体をも貫通して、ドラゴンにトドメを刺したのだった。
消えていく――モンスターは倒されると消えるのだ――ドラゴンを前に、巨人の中でダヴィッドは言う。
「ああ、せいせいしたぜ! ようやく死にやがったか!」
そのあまりに清々しい言葉を聞いた俺は、あいつにヒーロー性みたいなものを期待したのは間違いだったな、と思った。




