3-10
で、落ちた。
バレーボールってあるじゃん。
あれでアタックされるボールの気持ちを体験できたね。ありがとう、俺の世界はまた広がった、とか思いながらはたき落とされた。
すさまじい勢いで耳の周りを空気が通り過ぎていって、見上げる空はまだまだ青くって、それから視界には落ちてくるドラゴンの片翼があった。
剣を犠牲にしながらぶった斬ったのだ。
何十人という単位で人が乗っかれそうなぐらいデカイ翼は見た目ほど重くないのか、枯れ葉みたいにゆらゆら揺れつつ俺の真上を行ったり来たり、俺の視界を隠したり隠さなかったり。
たまにチラリと見えるドラゴンは残った片方の翼でどうにか空にとどまっているんだが、あきらかに制御を欠いているし速度は落ちている。
サロモンがそんな隙を見逃すはずもなく――
ドラゴンに残ったもう一つの翼も、緑色に輝く矢により落とされた。
そうして、翼をなくしたドラゴンが落下を始めた。
俺の真上から。
「あーこれはミンチですわ」
迫る地面の圧を感じて、視界を陰らすドラゴンとその翼のデカさに拍手なんかしてみた。
そんなことしてる場合じゃないのは知ってるが、他にやることもなかったんだ。
背中が地面につきそうになる一瞬前、なにかが視界の横に映った。
それはどうにもサロモンの矢だった。
きっとたぶん俺を助けるために放ってくれたんだろうけど、この軌道だとさすがに乗っかったりできないっていうかタイミングがジャストすぎて胴体を横から貫かれてそのまま矢と一緒に真横にすっ飛ばされた。
ありがとうサロモン。
なにも助かってねぇ。
右脇腹に刺さった矢が左脇腹から突き抜けて、俺はようやく地面に降りることができた。
慣性の法則に従ってずざざざざと地面に体をこすりつけながらバウンドとか転がりとかを繰り返して止まる。
「死んだらどうする!」
たぶん聞こえる距離じゃなかったが、一応突っこんでおいた。
いやどうだろう?
あたりは小高い岩山で、声はよく反響した。ひょっとしたらとどいたかもしれないが、俺の声は直後に轟音にかき消された。
ドラゴンが俺より一拍遅れて、空から落ちてきたのだ。
震動と風圧でまた地面を転がされる。
すげー音がした。地面はひび割れ、地形なんか当たり前のように変わってしまう。
まさかドラゴンさん落下死したんじゃねーのと思うような静寂が広がった。
しかしドラゴンさんは生きていらした。
「――――!」
しかも激おこである。
重苦しいばかりだった声には耳をつんざくような甲高さが加わり、不快感は倍増しだ。
ドラゴンさんは仰向けに倒れたまま長い首をめぐらせて俺を発見し、一瞬だけ『さっきまで戦ってたのコイツだっけ? まあいいや』みたいに沈黙したあと、大きく息を吸い込んで赤熱した口内を俺に見せつけた。
息吹が来る。
その範囲と威力は先ほどから見ている通りだ。
高温は岩をも溶かす。
範囲も広い。大きく飛び退かないと俺はきっと骨さえ残らないし、そこまでされたらさすがに死ぬ気がした。
けれど回避しようと思っても体が動かない。
脚に力がこもらないのだ。
下半身を見る。
両脚の膝から下が変な方向に曲がっていた。
「やっべ」
ドラゴンさんにアタックされて地面にはたき落とされたあと脇腹にサロモンの矢を喰らって転がったりバウンドしたりしたのだ。
足が折れているぐらいで済んだのは鍛え上げた防御力のお陰だろう。
その俺の防御力はドラゴンの息吹にも耐えられるだろうか?
どういう計算式かな。防御無視とかじゃないといいな。
なんとなく息を止めて全身に力を入れて、意味があるかもわからない『筋肉を緊張させる』という防御手段をとり、
「兄さん!」
よく反響する、女の声を聞いた。
瞬間、足がまともに動くようになり、全身の傷がふさがっていくのを感じた。
手足を総動員して飛び退けば、俺が先ほどまでいた場所が息吹によりドロドロのグチャグチャになった。
俺もあの一部になりそうだったと思えばゾッとする。背筋を走るこの悪寒、たまらないものがあるね。
「イーリィ! できたのか!?」
彼女が知っている情報かどうかはわからないが、気になるあまり、聞いてしまった。
まだ空を照らす輝きはかたむききっていない。
夕刻には少し早いだろうこの時間。
どれほど急いだって夕刻まではかかると思われた作業はすでに終わったのか?
それはドワーフという桁違いの職人集団に錬金術とかいうチートスキルを加えても不可能なものではなかったのか?
俺の疑問には、震動が応えてくれた。
ずしん、ずしん、と等間隔であたりに響く音がある。
その音の発生源には、俺だけではなくドラゴンもまた興味を覚えたらしい。
長い首をもたげて、俺のいる場所とは反対の方向を見ている。
俺もドラゴンと同じ方向を見た。
いたのは、青く輝く金属の巨人。
そいつは昭和的なフォルムをしていた。
全体的に太く短い。
足は膝上と膝下が同じぐらいの長さで、股上は深く、胴体は丸みを帯びていた。
そのくせ腕は長くて指先が地面をこすっている。
頭は『ここに来る前に誰かにハンマーで殴られた?』というぐらいに低い。
胴体の上にオデキみたいなでっぱりがちょこんと存在する、って感じのサイズだった。
武器らしきものは所持しておらず、また華美な装飾などもなにもない。
ただの、青く輝く、金属製の、ツギハギだらけの不格好な巨人が、悠然と歩んでいた。
「……はははっ」
たったそれだけだっていうのに、思わず笑ってしまう。
近寄ってくればだんだんとハッキリするそのサイズ感の心強さ。
あんだけオシャレさの欠片もないシルエットをしたそいつが、やたらと格好いいのだ。
俺はあいつの力を知らない。この距離じゃステータスだって、まだ見えない。
だというのに、出てきただけで『もう大丈夫だろう』と心が勝手に思っちまう。
まさしく俺の知る『巨大ロボ』そのものだ。
存在そのものが勝利を約束してくれる、幻想の中にしかありえない奇跡の結晶だった。
「すっげぇ。――やったんだな、ダヴィッド」
ポツリとつぶやいたその声が聞こえているはずもないだろうが。
巨人の『中』から。
奇妙に反響した、ダヴィッドの声が、響く。
「待たせたな! オラァ! ぶち殺してやるぜクソトカゲェッ!」
もっと青少年に人気出そうなこと言え。




