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3-5

 サロモンは、



「……くだらぬ。そもそも、武器に頼らねばならんというのが惰弱(だじゃく)なのだ。……しばらく我は単独で狩りにいそしむ。貴様の剣が出来上がった時、またまみえよう。その時こそ、我らの十全なる闘争は始まるのだ」



 とか言って消えた。


 ダヴィッドの家の中はだだっぴろいスペースの中にでっかいテーブルが一つあるだけで、他に家具らしきものはなかった。

 床にはそこらじゅうに鉱石やら木材やら、見たこともない植物やらが雑多に散らかっていて、足の踏み場を確保するのに俺たちはしばらく時間を費やさねばならなかった。



「本当に『鍛冶屋』じゃねーんだな」



 地下に続いてるっぽい石の扉を足で叩きつつ言う。

 鍛冶にはいくらかの専門施設が必要っぽいんだが、この家にはマジでなんもねーのだった。



「鍛冶屋?」



 テーブルの上に俺の剣と、いくらかの鉱石を並べていたダヴィッドが振り返る。



「……ああ、悪い。あんたらが『打ち手』って呼ぶものだよ。俺は『鍛冶屋』って呼んでたんだ。でも『打ち手』のがずっとセンスいい名称だと思うぜ。直感的っていうかさ」

「ほお。だが、アタシは鍛冶屋でも打ち手でもねェな。……オヤジには打ち手の修行をつけられたが、そもそも才能がなかった。っていうかな、面倒だったんだよ」

「そりゃ面倒ではあるだろうけどな」

「たぶんテメェが思ってるのと違う理由だ。アタシには理解ができなかったのさ。打ち手をやってる連中は何日もかけて火を(おこ)して、()の温度を上げて、燃え上がりそうに熱い中で汗まみれになりながら何度も何度も金属を叩いて……それがさ、わからなかった」

「どういう意味だ?」

「こんな一瞬で終わることに、なんでそこまで手間をかけるのか、って思っちまったんだよ」



 テーブルの上から、赤い光が立ち上った。


 それはどこか人工的な深紅の光だ。

 同時にわずかな風が吹き、『フィィィン』というかすかな、モーターでも駆動するみたいな音が耳についた。


 そうして光も音も風もおさまれば、



「テメェの剣だ。修理してやったぜ」



 半ばから折れていたはずの大剣が、もとのかたちと、もと以上の輝きを取り戻していたのだ。


 受け取り、じっくりながめる。

 継ぎ目さえない。最初からこういうものだったかのような、見事すぎる補修だった。



「……」

「どうした? 前より丈夫にしといてやったつもりだがな」

「……いや、悪い。言葉も出なかった。すごすぎる。なんだコレは。……ああ、テーブルに並べてた剣の断片以外の鉱石も、ここに混じってるのか。これが、錬金術」

「錬金術ね。いいじゃねェか、その名称。アタシは『祈り』って呼んでたがな。たしかに錬金術のが、ずるそうでいい響きだぜ。こんなのは職人に対する失礼以外のなにもんでもねェや」

「卑下するのか。その誇り、矜持、卑下しつつも利用するその精神、あるいは信念、全部まとめて肯定するぜ。なんにせよ完成品はものすげーものだ。こんなに立派な剣は見たことねーや」

「当たり前だろ。とっておきの鉱石を出したんだぜ。へっ、しかも丈夫さもねばりも改心の出来にできた実感がある。やっぱりダメだな、満足しちゃあ。向上心を持ってるつもりだったが、アタシの作品以上にいい剣がなかったせいで(おご)ってたみてェだ。礼を言うぜ。アタシの錬金術はまた一段高みにのぼった。テメェのお陰だよ」

「振ってみても?」

「そのへんの物壊すなよ」

「わかってるよ」



 振った。

 折れた。



「はああああああああ!? おいテメェなにしてんだコラァ!?」

「折れちゃったもんはしょうがないだろ。あんたの作るものはまだ足りないってことだな」

「……クソが! 言ってくれるじゃねーか!」

「向上しようぜ。俺も付き合う。どんどん高みにのぼろう。果てのない道の果てを目指そう。俺たちがそうして邁進(まいしん)して行き着く先に、あんたと俺の満足するものはきっとある。さあ、冒険だ。次の剣をくれ。俺の力でも折れないものを、伝説に(うた)われた聖剣、創作物の中の日本刀、そういう幻想を現実のものにしてくれよ!」

「おう、やってやらあ! 途中で音を上げんなよ!」

「ああ、そっちこそ」



 俺たちは笑い合い、熱く手を握り合った。

 その横でイーリィたちが「カグヤちゃん、ご飯の用意しましょう」「わかったのじゃ」となごやかに会話をしていた。





 この家のテーブルは、高さがイーリィのふとももぐらいまでしかない。



「…………」

「………………」



 俺とダヴィッドはそこに突っ伏して寝ていた。

 何日ぐらい経ったんだろう? もう時間の感覚はない。

 途中でしびれを切らしたサロモンが様子を見に来た気もするが、なぜか動物の肉だけ置いて帰ったらしい。

 あいつ、いいやつすぎない?



「あがっ……がが……死ぬ……死ぬぅ……頭っ、頭が……燃えるっ……」



 ダヴィッドはそんなうわごとを述べながらうなされていた。


 俺も俺でそんな感じだった。


 錬金術で剣を錬成しまくったダヴィッドほどではないにせよ、俺の方も疲れていた。

 そう、応援疲れである。


 横でがんばれがんばれと言い続ける方も、本気の熱をこめて応援していればそれなりに魂を削るのだ。


 そんな俺に水を給仕しながら、イーリィがコメントする。



「兄さん、私、思うんですよ。適度な休憩を挟んだ方が効率がいいんじゃないかって」



 はい。


 正面では同じようにカグヤがダヴィッドのそばに水を置き、それから興味深そうにダヴィッドのまわりをチョロチョロしていた。


 俺は差し出された飲み物を口に運ぶ気力もない。



「たしかに効率で言えばイーリィの意見は正しいと思うが、そういうのじゃねーんだよ。わからないかな、この情熱」

「私にはさっぱりです。そばで見ていて『この人たちは大丈夫なのか』と気が気でなかったですよ」

「その心配は的外れだな。なにかに熱心に打ち込んでるヤツが大丈夫なわけねーだろ。正気を失って熱に浮かされてるに決まってる」

「……」

「『夢中』ってのは状態異常なんだよ。心に火が点いてんのさ。燃え尽きるまでは限界を感じる機能が麻痺する。で、燃え尽きるとこうなる」

「……はあ。どうしてそんなに命懸けみたいなことをするんですか。……まあ、兄さんはいつものことですけど、ダヴィッドさんは、なんでここまで懸命なんでしょうね」

「予想はあるが確信はできてねーな」

「……ずっと剣を折り続けてただけに見えましたけど、会話などされてたんですか?」

「違う違う。その前の会話で色々ヒントがあったろ。お前も聞いてたはずだぞ」

「……兄さんのたまに発揮する洞察力はなんなんでしょうね」

「興味があるんだよ、人に。興味があれば色々目につくし耳に残る。お前だってそうだろ」

「どうでしょう?」

「俺への小言が多いのは、俺に興味があるから俺の行動がいちいち目につくんじゃねーの?」

「……そうでしょうか?」

「さあ。そこはお前の気持ちだからな。俺に聞かないで自分と対話してくれよ。……ダヴィッドについてだけどな、お前が気付いてねーなら俺の所感を述べるが、こいつの目的は『火を噴く生き物』の退治だぜ」

「それはまあ、この村の方々なら、みなさん目的にされているのでは?」

「違う違う。そんなぬるい目的意識じゃねーよ。もっと強い。しかも『自分一人でやってやる』っていうたぐいの、こだわり付きの目的だ」

「そうなんですか?」

「そうだよ。たとえばだな――」



 根拠を述べようと口を開けた。

 が、俺がなにかを話す前に、



「テメェは気持ち悪いヤツだな、アレクサンダー」



 うなされていたダヴィッドが、目を覚ましたようだった。



「アタシはそんなにペラペラ自分のことをしゃべったつもりはねーぞ。だっていうのに、なんなんだ、テメェのその正確すぎる推測は」

「いやあ、結構しゃべってたように思えるけどな。せっかくだからあんたの口から聞かせてくれよ。あんたは、技術を極めた果てになにを見る? 安定と普通の暮らしを捨てて、こんなところにこもって、なにをしたかった?」

「テメェに見抜かれた通りだよ。アタシは『火を噴く生き物』をぶち殺してェんだ。これもテメェに言われた通りだが、その意識は村の連中と違って、ぬるく(・・・)ねェ。ハッキリとした殺意を持ってるんだぜ、アタシはな」



 殺意。

 ……そうだ、この村は見事な技術で防壁を築いてはいるんだが――


 殺意だけは、対ドラゴン兵器だけは、どこにもないのだった。



「……ああ、そうだ、ダヴィッドよ、空を飛び、火を噴き、大きい生き物。そいつはな、きっと『ドラゴン』っていうんだぜ。『火を噴く生き物』じゃ不便だろ。ドラゴンって呼ぼう」

「……ドラゴン」

「竜殺しがあんたの目標か。いいぜ、ワクワクするな! 『竜殺し』! この世界観なら一回はやってみたい偉業だ!」

「……遊びじゃねェんだぞ」

「いや、遊びだろ。空飛ぶ相手に対して飛び道具を用意してねーじゃん。近接武器でやろうってんだから、縛りプレイもいいとこだ。倒すことだけが目的ならサロモンにでも頼めよ。たぶん一瞬で撃ち落としてくれるぞ」

「あのスカした『細長(ほそなが)』か」

「そうでなくても、あんたらの技術力なら飛び道具の開発ぐらい余裕だろ。それを『飛び道具は卑怯』って価値観に縛られて自分の可能性を狭めてる。もったいねーよ。けど、あんたらのこだわりを俺は肯定する。ただ効率的なだけの目的遂行なんざ人生じゃねーからな。縛りも寄り道も結構じゃねーの。そういう余分こそが人生の醍醐味(だいごみ)で、余分がない人生なんざ価値がない」

「……クソつまんねェ話をするがな」

「おう」

「村の連中は、ドラゴンを殺すつもりがねェんだよ」

「やっぱりか」

「……わかってたのか」

「飛び道具は卑怯って価値観を誰がなんのために広めたのかを考えたらまあ。あと、村の連中の協力が得られるなら、あんた一人で頭数そろえねーだろ」

「……」

「あのゴーレムはそもそも、対ドラゴン部隊のつもりで用意してたんじゃねーの?」

「その通りだよクソが。テメェらに全部壊されたがな。アタシが苦心して作った愛し子たち!」

「……兵力として用意するなら、サイズとかカタチとか、ああじゃなくていいもんな。うん。あの造形にはあんたの美意識とかこだわりがたしかにあった」

「いいだろ、あの無駄のないフォルム!」

「無駄はあるだろ。村の方針はともかく、たぶん、あんたは飛び道具作ってんだろ? 多数で飛び道具を持っての対空射撃をしたいだけなら、まず人型である理由が全然ないし」

「だからどういう察しのよさだ。……で? 人型である必要がない? どういうことだ?」

「効率面で言えば人型ってのは効率悪いってのが定説なんだぜ。そうだな、ロボの話をしよう。長い間繰り返されてきた論争さ。人型兵器は本当に人型である必要があるのか? さあ物理のお時間だ。慣性と反動とその他雑多(ざった)な現実と、それらを全部ぶち壊すロマンの話だ。俺の立場を明確にするために最初に結論を語るがな。――巨大人型兵器は、いいぞ」



 まずはそうだな……

 宇宙で起こった架空(かくう)の戦争の話から、始めよう。

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