3-4
ある程度まで家に近付くと中身のない鎧たちが道をふさぐように立ちはだかったもんだから倒しちゃった。
「……あの、兄さん、ケンカをしに行くわけではないんですよね?」
殴られてつぶされた俺の胸を治しながらイーリィが聞いてきた。
どこをどう見たらケンカしに行くように見えるんだ。
俺は武器を直してほしい。ダヴィッドはその力を持ってるっぽい。だから行く。どう考えても平和な展開しか待ち受けてない。
でもほら、道をふさがれたらどかすしかないじゃん。そういうことだよ。
「でもえっと、倒せば倒すほど家の中から同じようなのがワラワラ出てくるんですけど」
増援半端ない。
マジでぞろぞろ出てくるのだった。
というか数以前にあのドーム状の建物、内部の面積どうなってんの?
地下? 地下なの? 地下が広いの? 地下にあの鎧の連中がズラーっと並んでるの? 超かっこよくねぇ? 見たい。
「なんてこった、増援の数と比例して俺の興味が増していく。世界は広い。というか目の前の家の面積がたぶん広い。気にならねーか? あの数のゴーレムをせっせと作りたがるやつの性格、性質! それらを形成した物語! いいじゃねーか。あいつは外に出てないかもしれないが、あいつの人生はこの時点で立派な冒険譚だぜ」
「兄さんの病気が始まった」
「病気ならお前が治してみろよ」
「無理です」
「見ろよ、今まで素手ゴーレムしかいなかったのに、ついに武器を持ったゴーレムが出てきたぜ。はっはあ! 見ろ! マジで飛び道具持ちが一人もいねー! ドワーフは空飛ぶ相手に困らされてるっぽいのに本当に飛び道具嫌いなんだな! サロモン先生、飛び道具の使い手としてどう思う?」
「愚かの極み」とサロモンは口数少なく答えた。
まあわかる。
効率的じゃねーとか以前の問題だ。壁の強化と平行してバリスタでも設置しろよとは言いたい。
街を見てて感じたが、ここの連中、空を飛ぶらしい『火を噴く生き物』に対して攻撃しようって意思がまったくないんだ。
専守防衛につとめてる。
上空の敵が斧や剣でどうにかなるかよ。なんだよその近接武器に対するこだわり。素敵じゃねーか。詳しく知りたい。
「うっし、イーリィとカグヤは下がってろ。サロモンも下がってていいぜ。俺がやる」
「たわけるなアレクサンダー。――闘争、ここにあり。普段の獲物は柔らかすぎて少々不公平を感じていたところだが、あの硬いデカブツであれば、一矢で動きは止まるまい。間合いの優位は消え失せた。闘争だ、宿敵よ。どちらがより多く狩れるか、我と貴様の闘いをしよう」
「おう、いいぜ。ただし大事なことを教えてやる。今まで俺は、本気を出していなかった」
「我もだ」
「十分の一ぐらいの力しか出してなかったんだぜ」
「ならば我は百分の一だ」
「十分の一ってのはお前の十分の一ってことだ。お前が百分の一なら、俺は千分の一だな」
「ふん、相変わらずよく回る口だ。――論じるにあたわず。成果で示そう、我が力を」
「なら俺もそうしよう」
「あとで『武器が折れていたから』などと言い訳するなよ」
「実際折れてるだろーが。……でもまあ、今回に限ってはしょうがねぇ、それは言わないことにしよう」
「ならば始めよう。さあ、十全なる闘争を!」
そう言うとサロモンは緑色の魔力矢を大量に展開した。
ええ……?
さすがにそれはナシでは?
◆
「まあ負けるよねぇー!」
手数が違いすぎるんだよなあ、手数が!
「言い訳は聞かんぞ、宿敵よ。そういう約定だ。我は勝利し、貴様は敗北した。それがすべてであろう」
「そうは言うけどさあ……! くそ、納得いかねぇー! 俺にも同じぐらい手数があればな! だいたいお前、『我が弓は放つべき相手を選ぶ』とか言ってなかったか?」
「選んだだろう。そこらのモンスターではない。いや、眼前にいた金属の連中さえ我が眼中にはない。先刻のものは貴様との闘争である。すなわち、あの矢は貴様に向けて放ったのだ」
「言ったもん勝ちぃ! くそ、見てろ、間合いとか手数とかどうにかしてやる!」
「ふん。もはや我には『魔法』さえあるのだ。我が真なる弓を展開するまでもなく、こういった勝負で貴様に勝利はありえぬ。……虚しいものだな。確定した勝利を拾うというのは」
「こいつ、あおりよる」
「いずれ貴様も殺すぞ、アレクサンダー」
「おう、やってみろ。俺にさえ殺せない俺を、殺してみろよ」
俺たちは大量にちらばる金属ゴーレムの真ん中で見つめ合った。
真っ赤な空の下、ゴーレムどもの青みがかったメタリックボディで乱反射する夕刻の光が、まるで俺たちを照らすバックライトのようだ。
光の中で見るサロモンはやたら顔がいい。ホリは深いし鼻は高いし目は切れ長だし背は高いし細身なのに鍛えられてるし、外国の映画俳優かよって感じだ。
本当、これで協調性とかあったらさぞかしモテたろうに……いや、どうかな……エルフ連中全員この水準だからな……
俺たちは引き際を失って見つめ合い続けた。
サロモンは背が高く、俺は背が低いのでいい加減首がこってきたが、相手が目を逸らさない以上こっちも目を逸らせない。これはそういう勝負だ。
マジで気付いたら闘争が始まってるとか俺とサロモンはお互い負けず嫌いなんだよなあ困るなあとか思っていると、
「うるせェェェェェェ!」
叫ばれた。
びっくりしてそちらを見れば、ダヴィッド家の扉を開き、こちらをにらみつける女がいる。
骨格から判断してドワーフだ。小さくて太い。
そして女性ドワーフはヒゲがなく、胸がでかい。出てきたその女性ドワーフもまたドワーフのドワーフがドワーフドワーフしていた。
着ているものはなにかの毛皮のベスト。
下半身はごくごく短い、ブルマーかなんかっぽい下履きに、編み上げのブーツ。
それら服を固定するのは革製のベルトで、豊満すぎる体をしっかり締め付けているせいかやたらと扇情的に見えた。
だが、別にエロい格好のつもりはないだろう。
街を見てきたお陰でわかった。
あいつの格好は男ドワーフの服装なんだ。
女性が着ると露出度の高さや大きすぎる胸が気になってたまらないが、あれは単なる『ボーイッシュな格好』という分類に入る、のだろう。
そいつはボサボサの長い赤茶色の毛を逆立て、同じ色の瞳でこちらをにらみつけて、
「人が黙って作業に集中してりゃあガシャガシャガシャガシャ! うるっせェんだよテメェらはよォォォォォ!」
すさまじい声だった。
俺とそいつとの距離は歩数にして二十歩分はあるだろう。
だというのに耳がキンキンするような大声で、サロモンなんかは長い耳を両手のひらで覆って顔をしかめていた。
俺は叫び返すことにした。
「ごめんねぇぇぇぇぇ!」
「うるせェっつってんだろうがクソ野郎! テメェらは人様のうちの前で大騒ぎしちゃいけませんって教育を受けてねェのかよ! つーか誰だテメェらは! このへんのモンじゃねェな!? あとこの惨状はなんだ! テメェらアタシの『愛し子』たちになにしてくれてんじゃコラァ!」
「やっぱりこれ、あんたが作ったのか」
「そうだよ! アタシが作業に集中するためにこしらえた、アタシの子供たちじゃコラァ! それをテメェらなにしてくれてんだ!? ああ!? 一列に並べクソども! まとめてつぶして新しい子供の材料にしてやる!」
そいつは鍛冶に使うにしても巨大すぎるハンマーを引きずりながら、ズンズン俺たちの方へ向かってくる。
そんな時、俺の横でサロモンが不機嫌そうに言った。
「……アレクサンダー。我は女子供とうるさいやつの相手は好かぬ。アレはそのすべてを満たす。あとは任せた」
本当にコミュ症だよなあ、お前……
まあいい。
未知との遭遇が起こった場合、渉外を担当するのは俺の役目だ。こればっかりはゆずれと言われてもゆずれない。なにせやってて楽しいからな。
「あんた、ダヴィッドか?」
「初めましてのあいさつの前に少なくとも一発殴らせろ! アタシがテメェらに礼儀を教えてやる」
「わかったわかった。殴るのはいいけど、話は聞いてくれよ。実はさ、」
「テメェらと話すことなんかねェよ!」
そいつは目の前まで来ると、俺のむなぐらをつかんだ。
俺とそいつの身長はあまり差がない。
若干俺が高いぐらいだ。
種族人間の子供ぐらい? ドワーフにしても小さい方じゃないかとなんとなく思う。
というか、色々無頓着すぎて、俺の胸ぐらをつかむという動作のせいで俺にすごい勢いでおっぱいが押しつけられている。
腕の長さと背の高さと胸の大きさをもっと考慮してほしい。俺だって照れる。
「テメェら、これどうしてくれんだよ! この惨状をよお! アタシがどれだけ苦心してこの子らを産んだか、テメェにゃわかんねェだろうなあ!」
「産んだの?」
「産んだも同然だよ!」
「そこまで苦労するものなのか。だってさあんた――錬金術師だろ?」
鍛冶屋ではなかったのだ。
俺の目にはしっかりと『チートスキル』の欄に『錬金術』というものが見える。
なるほどこの村の技術でさえ再現不可能な自律稼働する鎧を生み出したのも、さらに鍛冶屋――『打ち手』の家ならば当たり前の響くはずの『トンテンカンテン』や鋳造のための高温の炎が発する熱気がないのも、納得だ。
彼女は打ち手ではなかった。
反則級の力を持った、打ち手と同じことを、打ち手よりも高い水準でできる人材だった。
「俺のイメージだと、錬金術ってのはさ、手をパンって打って地面をドンって叩けばなんか出てくる感じなんだけど」
「……テメェ、アタシのなにを知ってる?」
「あんたのことはなにも。ただ俺は、錬金術のイメージを語っただけ。あんたが錬金術と認識してるかは知らないが、あんたの技法は俺的に『錬金術』と定義できる。まあ、少なくとも普通の鍛冶屋と同じ方法じゃあ金属を扱ってない。だからこんな外れにいおりを構えて、隠れるように過ごしてる。ほら、すごすぎる力って排斥されること多いし?」
扱いには困るだろう。
イーリィなんかはおっさんがうまいことやってた。
カグヤはまあ……全部は知らない。
サロモンはなんていうか……能力以前に性格の問題があったかな……
俺は……俺も性格の問題があった気がする……
さては俺たちが弾かれ気味だったの、能力のせいじゃねぇな?
「なあ、剣を打ってほしいんだけど」
話を逸らすことにした。
「ほら、これ、俺の剣。折れてる。半ばから。直して。お願い」
「……貸せ」
錬金術師であることを看破されたからか、あるいは剣に興味がわいたからか。
ダヴィッド(仮)は俺の手から剣をひったくるようにすると、一歩離れて刃を鼻に近付けた。
スンスンと嗅いで、
「……どこで採った、この鉱石は」
「故郷の村の近くの迷宮で。とはいえ、『採った』とは言えないな。ダンジョンの最奥でな、鉱石の毛皮を持つ狼を倒した時のドロップ品だ。たぶん二度と手に入らない」
「刃の方はあるのか?」
「いちおう背負ってる」
「……貸せ」
「はい」
くるりと背中を向けた。
ゴソゴソと背中側でなにかをいじられる気配。
「……ふむ。見たことねェ素材だな。これならあるいは、あいつの炎にも耐えられるかもしれない」
「あいつの炎?」
「なんでもねェよ。おい、迷惑料の代わりだ。この剣をまるまるよこせ」
「新しい俺の剣は?」
「テメェ、アタシの愛し子たちをこんなありさまにしといて要求が厚かましくねェか?」
「だってこいつらが道をふさぐから。俺はただあんたの家に入りたかっただけなのに」
「家に入るなってことだよ! あきらめるってことを知らねェのかテメェは!」
「あきらめる? なんだよそれは? 食えるのか?」
「ぶん殴りてェ」
「冗談だよ。ところで、昔あんたがかばった子供のこと覚えてる?」
「はぁ? なんの話だ?」
「俺たちをここに案内してくれたやつに頼まれてた質問。忘れる前にしちまおうと思ってさ」
「……昔かばった、子供? …………悪いが覚えてねェな。どいつだ?」
「……どいつ、とは」
「ガキをかばうことなんざ一回や二回じゃねぇんだよ。……クソトカゲめが。アレをさっさと殺しちまわねー限り、危険にさらされるガキなんざ未来永劫無限に増え続ける」
「……」
「とにかくアタシは忙しいんだ。剣がほしけりゃそこらに転がってるアタシの子の持ち物をテキトーに拾ってけ。それにしてもテメェの剣な、なっちゃいねぇんだ。素材はいいが技術がまるでダメだ。打ち手を舐めんな。なんだこの気合いの入ってねぇ鍛造は。作ったヤツに『クソ』って言っとけ。じゃあな」
「ボロクソだな。あんたは同じ素材でもっとうまくやるって?」
「……アタシも打ち手としちゃあクソだよ。アタシはな、ずるをしてるんだ」
「それでも、作る剣は一級品?」
「一級? ハッ! 笑わせんな。アタシの作る剣はそれ以上だぜ。絶対に折れねェし、絶対に曲がらねェ」
「ふうん。試しても?」
「ああいいぜ、好きにしな。そこらのゴーレムくんが持ってるだろ」
そういうわけでちぎれて落ちてたゴーレムの手から剣を奪う。
それはなんの飾り気もないロングソードだった。
今までの俺が使っていた武器と比較すると、だいぶ細くて短い。
サイズだけなら間違いなく頼りにないはずなのに、持った途端にわかる。
『これは、今まで俺が使っていたやつより、数段上の品質だ』と。
俺はその剣を天に掲げて、思い切り振った。
急加速に耐えきれず、剣は根元から折れた。
中空に置き去りにされた刃が、数瞬遅れて、ぼとりと地面に落ちる。
ダヴィッド(仮)が目を見開いて叫んだ。
「……はああああああ!?」
「やっぱこうなるんだよなぁ……。見ろよこの不自然な折れ方。たぶん腕力ありすぎが理由だと思うんだけど」
「……」
「STR足りなくて装備できないならわかるけど、STRありすぎて装備できないとかやめてほしい。どこかに伝説の剣でも刺さってねーかなあ。聖剣的なアレ。設定的に折れない感じのやつ」
「なに言ってるかさっぱりわからん」
「伝わらないのはわかりつつも、他の表現方法を考えるのもな。俺は配慮せずしゃべることにしてるんだ。配慮したり噛んでふくめたりすると、その方が余計に失礼なこと言ってる感じになるから」
「奇病かよ」
「個性だな。……で、絶対に折れないと言っていた剣が振っただけで折れたわけですが、なにかコメントお願いできますか?」
「テメェはクソむかつく」
「よく言われる」
「……そしてアタシは今、猛烈に恥ずかしい。……クソが! 絶対に折れないだ!? よくもそんなことが言えたなテメェ!」
「俺じゃないです」
「アタシ自身に言ってんだよ! クソが! クソ、クソ、クソ! アタシはまだ未熟だ! こんなんじゃあの生き物を殺すことなんかできやしねェ! おいテメェ、名前はなんて言う!?」
「俺はアレクサンダー。そっちはダヴィッド?」
「それでいい。アタシのオヤジは自分の作品に銘を入れねェからな。アタシにも名前らしきもんはねェんだよ」
「へぇ。いいじゃないか、そのこだわり。いや、実際に名前もつけられない方は迷惑だろうけど、そういう個性を俺は全力で支持するぜ」
「アレクサンダー! テメェが振っても折れない剣を作ってやる! 付き合え! 来い!」
「ああ!」
「他の連中も来い! こうなりゃ一緒だ! テメェらの武器、アタシがまとめて面倒みてやるぜ!」
「おう、行くぜみんな!」
俺たちはガッハッハと笑いながら一緒にダヴィッド家へと入った。
なかなかみんなついて来ないので振り返れば、目の合ったイーリィが困惑顔でつぶやく。
「兄さんのその適応の早さはなんなんですか……?」
生まれついてから今までずっとノリで生きてるからかな?