3-3
そこには石と金属でできた村が存在した。
もうもうと立ちこめる黒煙。
トンテンカンテンと金属を打つ音が響き、中からは怒声と熱気が伝わってくる。
日の沈み始めた茜空に負けじと燃え上がる炎の明るさが村全体からたちのぼっているようで、このまま時が進めば、そこには俺が前世で当たり前のように目にしていた『暗くない夜』が来るのだろう。
ただしその村は半分以上が石と金属でできたドーム状の天蓋に覆われていた。
立ち上る炎はドームの穴からのぞくのみで、立ちこめる煙が中にたまってすげーやばそう。
だが、そんな問題点はどうでもいい。
「おおおおお! すげーな! この村は……技術力がやべぇ」
堅牢、なんてもんじゃない。
今まで文明を築いていたメイン材料が『木』だったのに、ここにきて一気に金属と石が登場した。
文明のレベルが今までの村と数百年単位で違う。
「このあたりには『火を噴く生き物』が出るんだ。だからああして、ガッチリと防御を固める必要があるのさ」
山賊ドワーフは言った。
聞き逃せない面白ワードだ。
「火を噴く? それだけじゃあなんとも言えねーな。他に特徴はねーのかよ」
「空を飛ぶ。デカイ。普段は滅多に来ることはねぇんだが、たまに思い出したように空の向こうから来て、火をまき散らして去って行くんだ。この村はその炎に対抗するために、壁をどんどん分厚く堅くしてるってわけさ。空から来るもんで、ああして上に蓋をするように」
語る山賊ドワーフはどこか誇らしげで、俺は気付いた。
「あんたも、壁の作製に携わっているのか?」
「おう。オイラもまあ、ちょっとだけな。でも、大人たちはすげーんだぜ。どんどん壁を堅くしてって、そのために新しい技術もガンガン開発してさ……」
「……『大人たち』?」
「オイラたちの親とか、じいさんとか……」
「……お前は大人じゃないの?」
「どこがだ?」
ヒゲモジャでおっさん顔のせいで三十は超えてるかと思ってた。
すげーなドワーフ! 年齢が全然わからん!
「はー……ありがとう。俺の世界がまた広がった」
「どういう意味だ」
「じゃあなにか、お前たちは食い詰めて山賊に身をやつしたオッサンじゃなくって、地元の悪ガキなのか」
あの妙な倫理観も納得がいく。
ヤンチャはしたいが破綻はしたくないという不良並のバランス感覚なのだろう。
そしてそのバランスが醸成された文化に思いをはせれば、なるほどドワーフ連中もなかなか話が通じそうではある。少なくとも言葉は通じてるわけだしな。
それにしても、
「俺たちは地元の悪ガキの小遣い稼ぎにたまたま巻きこまれた哀れな旅人だったわけね。どう? あの方法、そんなに獲物いる? 効率悪くない?」
「あんまし来ねぇけど、たまに来る『細長』は、オイラたちの姿を見ただけで武器を置いて逃げてくぜ!」
「まあなあ。俺たちみたいな骨格しか見たことなかったら、お前らを『しゃべるモンスター』だと思うかもな。俺らが『細長』だったらお前らは『太短』だもんな」
「モンスターとは失礼だな!」
「山賊行為働いておいて人に礼儀を問える立場かよ」
「ぐぬ……」
「で、ここは武器の修理とかやってる街?」
「やってるというか……奪った武器は金属なら溶かして壁の素材にするんだ。なんせオイラたちの街に来る『火を噴く生き物』は空飛ぶし、守るしかねぇだろ」
「飛び道具はないの?」
「オイラたちは飛び道具なんて卑怯なモンは使わねぇ」
後ろの方で「ほう」という声がした。
サロモンである。
たぶん気に障ったんだ。弓使いだしな。
だが彼は中二病とコミュ症を併発しているらしく、それ以上言及しなかった。
というか俺しかしゃべってねーじゃん。
口を挟むヒマがないのか。ごめん。
「あー、でも」
と、悪ガキドワーフがなにかを思い出したように――いや、思い出してしまったように、口を開き、口ごもった。
「なんだよ、途中でやめんな。気になるだろ」
「……変わったもんを作るヤツならいる。そいつなら、飛び道具も作ってるかもしんねぇし、外から来た『細長』どもの武器の修理とかもするかもしんねぇ」
「お、いいねえそれ。教えてくれよ。案内してくれ。話つけてくれ。武器の修理頼むわ」
「要求が厚かましくねぇか!?」
「じゃあ教えてくれるだけでいいよ。しょうがねーな。で、どんなヤツなんだよ。男? 女? やっぱりお前らみたいに太くて短いの? 歳は?」
「グイグイ来るなぁテメェ!? そいつは……そいつはその、近寄っちゃならねぇって言われてるヤツなんだ」
「誰が言ったんだ?」
「ママとか……」
「……」
そのツラで『ママ』とか言われると思わず頭なでたくなる。
ひげ面おっさん顔にときめく日が来るとは思わなかった。
「じゃあ案内はいいよ。教えてくれ。居場所と、そいつのこと」
「いいけどよ……そいつは……腕はいいんだ。間違いなく村で一番の『打ち手』だ。ただその……とにかく変わったヤツで、人とかかわることは滅多にねぇ。恐ろしい化け物を大量に従えて、一人で静かになんかやってる」
「化け物を従えてるやつが村の中にいるのか?」
「金属でできた化け物さ。でかくて……まあ見りゃわかるよ。こっちからなにかしない限りはなんにもしてこない。で、まあ、あー、ええと」
「なんだよ。言えよ。俺とお前の仲だろ?」
「どんな仲だよ。……まあなんだ。女だ。美人な……」
「……」
ドワーフの美人が想像できない。
俺の知識だと男女ともにひげ面なんだけど、この世界じゃそうでもなかったりするんだろうか。
「そいつは是非ともお目にかかりたいもんだな。名前とか他の情報はないの?」
「名前は『ダヴィッド』」
「……響き的に男性名みたいな感じなんだが」
「男性名だよ。ダヴィッドジュニア。街で一番の『打ち手』だったじいさんの腕と血を受け継ぐ、名前もわからねぇひきこもり女さ」
これで美人なのがな、と悪ガキは悔しそうに言った。
こいつたぶん、そのダヴィッドジュニアに惚れてる。
◆
石と鋼の村には思った以上に大量のドワーフがいて、そいつらは上半身裸となってそこかしこで鍛冶にいそしんでいる。
この村では鍛冶屋を『打ち手』と呼ぶらしい。
腕のいい『打ち手』は音でわかるのだとか。
なるほどトンテンカンテンと響く音はハンマーで熱した金属を叩く音に他ならず、その音色の美しさに耳をかたむけていれば、たしかに『鍛冶屋』って呼ぶのは野暮な気がした。
打ち手。
俺たちは途中まで悪ガキ代表者の案内を受けつつ進んだ。
ドワーフまみれの村を闊歩するにあたって人間二人獣人一人エルフ一人の俺たちは奇異の視線を向けられたりした。
『細長』というささやきがそこらから聞こえる。
なるほど彼らは『人間』とか『エルフ』とかの呼び名を知らず、自分らに比べれば細長い連中はみんなひっくるめて『細長』なのだ。
彼らは恐れたように俺らを見たあと、俺らを先導する悪ガキを見て眉をひそめる。
『またあいつらか』とでも言いたげな視線だ。
……どうやら彼らのお小遣い稼ぎは、街の風紀的に見てもあまりいい行為ではなかったらしい。
歩いていくにつれ、次第にトンテンカンテンという音は小さく、そして遠くなっていった。
おかしい。
俺たちは村で一番の『打ち手』の家へ向かっているはずだった。
だのに打ち手を打ち手たらしめる音が目的地から聞こえてこないのはどういうわけか。
「道は本当に合ってるのか?」
「合ってるよ。こっちだ。っていうか、アレだ」
石と金属の街、かまどの熱気とそこらで響く野太い声から遠ざかった場所に、一軒の家が存在した。
それはシェルターを思わせるドーム状の小さな家だ。
窓はない。俺たちのいる方向からは見えない。入口らしきところは木材を用いているが、それ以外は石と金属が器用につながれてできあがっている、どことなく近未来を感じさせる建物だった。
で。
「なんだありゃ、鎧?」
そのドーム状の家の周囲には、警備でもしてるみたいに鎧姿の連中がいた。
ざっと数えただけで十人。数えてるあいだに建物の中から二人出てきて十二人。
おそろいの青白く輝くフルプレイトメイルをまとった、身長二メートル横幅二メートルって感じの『ドワーフを頭身そのままにデカくしました』みたいな連中がそこにはたくさん存在したのだ。
「あれが化け物だよ」
悪ガキは言う。
気付けば彼の足は止まっていた。
まだ目的の家はちょっと遠目に見えるだけって感じだが、どうやらこれより前には進みたくないらしい。
彼はいまいましそうに続ける。
「中身がねぇんだ、あの連中」
「……中身ってのは、『中の人』って意味か?」
「そうだよ。中の人がいねぇ。だいたい、テメェら『細長』にも、オイラたちにも、あんなデケェのはいねぇだろ。あれは内部が空洞で、なのに動いてるんだ」
「……この村はだいぶ鍛冶技術が優れてたようだけど、それでも『勝手に動く鎧』とかは作れないの?」
「できるわけねぇだろ! どうやって作ってんのかさえわかんねぇよ。……まあ、不気味な連中だけど、こっちからなんかしない限りは本当に無害なんだよ。それどころか、『火を噴く生き物』が来た時には、率先して街を守ってくれる」
「いい連中じゃねーか」
「……でも、不気味なんだよ、本当に。ダヴィッドのやつ、素材になる鉱石採集も、メシの交換も、壁の補強も、外に出る用事は全部あの連中にやらせてんだ。しゃべらねぇし、なに考えてるのかわかんねぇし、ちょっとイタズラするとすげぇ勢いで追いかけてくるし……」
「……アレがすげー勢いで追いかけてくるのは恐いな」
「足音がもう絶望感すごいんだぜ。『ガシャンガシャンガシャンガシャン!』って。……まあ、そういうわけだからがんばれ。他の仲間はあんたらみたいなよそ者の武器修理なんかしないが、ダヴィッドならするかもな。なんせ変わり者だから」
ようするにダヴィッドが俺たちの武器補修を引き受けてくれるかどうか、確証はないわけね。
普通は絶対無理だが、ダヴィッドは普通じゃないので、もしかしたら、ぐらいの感じか。
いいじゃねーの。挑戦するには妥当な可能性だ。燃えてくる。
「……それと、『細長』のチビ」
「なんだよ、アレクサンダーだって名乗ったろ」
「……アレクサンダー。これ」
ずい、と差し出されたのは、俺が彼に手間賃として渡した剣だった。
なんか返してくれてるっぽいから受け取りつつ、
「なんだよ。折れた剣だからいらないのか?」
「……いや。返すよ。こいつは嗅いだことのない鉱石だ。持っていけばダヴィッドの機嫌がよくなって、話ぐらいは聞いてもらえるかもしれねぇ」
「嗅ぐ?」
「……鉱石の材質はニオイで覚えるもんだろ?」
「へえ」
すんすんと嗅いでみた。
うん、鉄臭いだけでさっぱりわからん。
ドワーフ特有の技能かもな。
「まあよくわからんが、返してもらっていいのか? これは略奪品じゃなくて手間賃だぜ」
「その手間を果たせなかったからな。途中まで、ここまでだ」
「充分だと思うが。……まあ、それがお前の矜持なんだろう。いいぜ、そういうのは嫌いじゃない。こだわりなくしてなにが個性だ。剣はありがたく返してもらう」
「おう。……なあ、アレクサンダー」
「なんだよ」
「ダヴィッドと会話ができたら、聞いてほしいことが……」
「なんだ?」
「……やっぱいい」
「おいおいおいおい! やめろってそういうの! 気になるだろ! 言えよ。笑ったりしねーからさ。お前の悩みをはき出してみろ。俺がそれに応じてやる」
「…………じゃ、じゃあ言うけど……ダヴィッドにさ、その、『昔あんたがかばった子供のことを覚えてるか』って、聞いてほしいんだ」
「……わかった。しっかり覚えとく」
「頼んだ。じゃ、じゃあな。がんばれよ」
悪ガキは逃げるように去って行った。
俺は返された剣を握りしめてダヴィッド宅に視線を戻す。
「さて、変わり者の『打ち手』に会いに行きますか」
熱気と音から遠ざかるように歩き出す。
街一番と評判の『打ち手』の家からは、あいかわらずなんの音も、なんの熱も感じなかった。