3-2
「アレクサンダーよ、たとえばこういうのはどうだ? 炎は熱い。氷は冷たい。この二つを同時に放つと……熱く冷たい破壊のエネルギーが生じるのだ」
どうやら最後の幻想物語を話しているうちに、ドラゴンを求めて旅をする話へと移行していたらしい。
俺たちは中二臭いトークを力いっぱいしていた。
炎が強い、いや風が強い、そう、属性というものがある。
相関図を決めよう。
魔法ってのはようするにイメージで、俺とお前の会話が魔法の黎明だ。つまり俺たちの生み出した概念こそがこの世界における『魔法』の基礎となる。
こんな楽しいことはない。なら精一杯詰めこんでやろうぜ。
話をしよう。七体の英霊が聖杯を求めて戦う話だ。聖杯がなにかって? そうだな、それは万能の願望器。ただし願いを願ったままに叶えるとは限らない。こんな話がある。火を崇める宗教が俺の世界には存在してな――
俺とサロモンのあいだには深夜ファミレスみたいな空気が広がり、その中で楽しく語り合った。
横目で見たイーリィは『まったく男子は』みたいな顔をし、カグヤは俺の背中で寝ていた。
俺たち男の子は『最強』が大好きだ。
そしてなにかとランクをつけたがる。
よしじゃあ各属性の呪文は三段階ぐらいに分けて、第四段階目の隠された最高位呪文を設定しようぜ。
三段階目までは行く先々で広めよう。
しかし四段階目は隠して、ごく一部の才能ありそうなやつだけに伝受するんだ。
そして伝受した相手にはこう言い添える。『これは特別な才能がないと扱えない最強の呪文――禁呪なんだ』って。
禁呪。
いい響きだろ、禁呪。わかるかサロモン。秘匿されたものほど魅力を感じるんだ。
『隠されたもの』は人を熱くさせる。俺もそういうモチベーションで世界の果てを目指してるところあるからな。
「アレクサンダーよ、貴様の話は瑞々しい。村の偏屈で生真面目なだけの連中にはなかったものだ。……実感するよ。やはり我と連中とでは棲むべき場所が違ったのだと」
「おう。けどな、差異を認めるのはいいが現実の人相手に上下を設定するのはよかねーぞ。あくまでズレだ。上下の断層じゃなくて左右の断絶なわけ。中二病は格好いいが、中二病を理由に人を見下すのは最高に格好悪い。お前は格好いいヤツだ。そうだろう?」
「ふん。貴様はたまに説教臭くなるのがよろしくない。しかし――なるほど、断層ではなく断絶か。そう考えれば我に理解を及ぼさぬ周囲へのいらだちも薄くなる。真実、溝があるのだから歩み寄ろうなどとできるはずもない。いいだろう、貴様の考え、尊重しよう」
「いいぜ、最高にクールだ。さあもう少し練ろうぜ。俺たちの魔法。俺たちの呪文。やっぱり魔法ってのはさ、呪文の長さに比例して威力や効果が高まっていくのがロマンだと思うんだよな。まあ戦闘で使う想定なんだから呪文が長いのは嫌われるかもしれねーが、嫌うヤツは勝手にいじればいい。どうせイメージさえできれば呪文なんかいらねーんだし、俺たちは精一杯長くて格好いい呪文を考えようぜ」
俺たちの生み出す魔法は『原点』にしか過ぎない。
流行れば勝手に二次創作が生まれる。世の中だいたいそういうもんだ。
そして二次創作が生まれるほど有名になれば、俺たちの生み出したものを雛形に『新しいオリジナル』を生み出すやつだって出てくるだろう。
そうして生み出された『新しいオリジナル』が爆発的に増えたなら、それに食傷を感じた連中が『呪文が長いとかはもう飽きた。これからは無詠唱の時代だ』とか言い出して新しいのを生み出す。
だいたい流行ったモンの逆張りがうまれるのが世の常だ。
あるいは俺らが想像もしなかったような形式が後の世の天才によって作られるかもしれない。でもそいつらだって、一度ぐらいは俺らが原型を作った魔法ってのを経験するんだぜ。
たまらねーよ。概念を発明するってのはこういうのがいい。
今、この世界を生きてる人だけじゃない。後の世に生まれる連中のあいだでも、俺たちの発明品が息づくんだ。
そしてきっと魔法は流行る。っていうか行く先々でおすすめして流行らせる。
旅の利点だな。あちこち渡り歩くからなにかを広めるのに適してる。
そうして世界いっぱいに広げれば、絶対に未来まで生き残るんだ。ひょっとしたら永劫に。
「我らは永遠を生きるのだな」
サロモンが言う。
俺はうなずく。
永遠を生きるってのがどんな気分かまではさすがに知るよしもないが、そいつはきっと楽しいもんだろう。
……とか言ってると実際に俺らの作った魔法がよからぬ影響を及ぼしてクソほど後悔する羽目になる気もするんだが、まあ、未体験のものはとにかく楽しいと考えておくのが俺の主義なので、ネガティブなことは考えないようにしよう。
◆
山賊が出たぜ。
岩肌剥き出しの山にさしかかった俺たちを待ち受けていたのは、明らかに山賊としか思えない風体の連中だった。
しかもドワーフだ。
骨格が明らかに『低くて太い』。
ひげもじゃで獣の毛皮で作ったと思しきベストを着ていて、武器は無骨な斧とかで、集団でこっちを取り囲んで『金を出せ』とかいうアレ。
まあこの時代、まだ金銭は存在しない。
兌換貨幣ができるには信頼できる強大な組織が必要だしな。
ほら、金って単体で見たらただの紙っぺらあるいは金属の塊なわけじゃん。アレを『なにとでも交換できるものだ』って認識するのは、一つの価値改変だと思うぜ。ほぼ宗教だよな。
昼日中の空を見上げる。
青空の真ん中では大きな天体が真っ白に輝いていて、そこらに散らばった雲は漂白したように純白だった。
茶色い岩肌の真ん中、くぼんだ場所に俺たちはいて、その俺たちを見下ろすようにドワーフの山賊たちが立っている。
彼らは武器をぎらつかせ黄ばんだ歯を剥き出しにして叫ぶのだ。
「武器を置いていけぃ!」
腹の底に響くような野太い声だった。
いい筋肉してやがる。『小さく太い』。これだよなやっぱドワーフは!
俺は高い位置に陣取る彼らを見回して言った。
「最高に素敵な山賊ムーブだ! ありがとう、俺の世界はまた広がった!」
山賊たちはどよめき、イーリィが頭痛を覚えたように額に手をやり、カグヤは俺の服の裾をつかんでいて、サロモンがどうでもよさそうに鼻を鳴らした。
俺の感動はどうにもみなさんに伝わっていないようだった。
というか、うちのパーティー、リアクション薄くない?
山賊だぜ?
このモンスターがはびこり人々が集落にひきこもる時代に旅人狙いで山賊とかどんだけ分の悪い賭けに出てんだよ。職業として成り立ってねーだろ絶対。
だからきっと彼らには美学があるに違いないんだ。
信条か、あるいは誓いか。わざわざ山賊をやるだけの理由が彼らにはある。
観察してみろよ。連中のギラついた目。ひょっとしたら俺たちは久々の獲物なのかもしれない。あの息の荒さ! 長いことなんにも食ってないのかもしれない。
だというのに『武器を置いていけぃ!』だぜ。
なんでそこで食糧じゃねーんだよ。どれだけ武器にこだわりがあるんだ?
まさか食うの、金属?
この世界のドワーフの胃腸どうなってんだよ。興味が尽きない。
聞いちゃお。
「あんたら、武器なんか持ってってどうするんだ?」
「テメェには関係ねぇだろうが! 命が惜しけりゃ武器を置いてさっさと消えろ!」
「マジで!? 武器さえ渡したら見逃すの!? なんだよその対応! こだわりか? 信念か? あるいは規範か? 素敵すぎる。あんたらのこと、もっと知りたい。教えてくれよ。代わりに俺も話をしよう! 世界のこと、剣のこと、そして俺らの冒険のことに、『魔法』のことを!」
「この、舐めやがって……!」
「……」
これさあ、いつも疑問なんだけど……
俺が人を大絶賛すると、なぜか人は舐められてると感じるようなんだよな……
意味がわからん。
「『細長』め! もっと慌てるとか、怯えるとかしろ! どうしてそんなにも余裕なんだ、テメェは!?」
「一般的には『追い詰められてる』状況なのかもしんねーけど、俺ら的には高所にいる連中に囲まれた程度じゃ『別に』って感じなんだよな……まあ聞いてくれよ。こないだダンジョンに入ったわけ。そしたらさ、これがひでぇデストラップだらけで……」
「雑談を始めるな!」
「まあまあ、それより興味があるんだ。あんたらがなぜかたくなに『武器』を求めるのか。俺らのこと殺したいほどは嫌いじゃねーんだろ? 教えてくれよ。協力できることがあるかもしれねーぜ」
「……金属を持っていけば、メシをくれるやつがいるんだよ」
「そうなのか。けど、それだけじゃああんたらが俺らに食糧を要求しない理由にはなってねーな。『武器を奪う』『食糧と交換してもらう』っていう手間をかけるより、『食糧を奪う』方が楽だろ?」
「う、うるせーな! それは、その……食糧を奪ったら死ぬだろうが。武器はなくてもなんとかなるけど」
「なるほど、そのあたりがあんたらの分水嶺なのか。矜持の方がいいかな? まあこんな時代だし武器がなきゃモンスターに殺されそうなもんだが、たしかに『どうにかすること』はできる。食糧より直接的な死因にゃならねーな。そのへんがあんたらのバランスってわけだな」
「わ、わかったら武器をよこせ」
「悪いが聞けねーな」
背中の剣を抜き放つ。
半ばから折れたそいつを振りかぶり、さっきから会話してる相手に向けて、優しく放り投げた。
ナイスキャッチ。
「……は? なんだこれ? ぶ、武器をよこしたのか? え? 今、聞けないって言ってなかったか?」
「たしかに投げて渡したが、そいつはあんたらが略奪したモンじゃねえ。手間賃だ。案内してくれよ、あんたらの住んでるところに」
「……」
「興味があるんだ。一緒に行こうぜ。話でもしながらさ」
山賊たちはしばし、完全に行動を停止した。
そして、
「……テメェは、なんなんだよ、本当に……」
「アレクサンダーだ。冒険者で異世界転生者だよ。よろしく」
また沈黙があったあと、「ついて来い」と言われた。
なぜか後ろでイーリィがため息をついていた。
平和に終わったんだからいいだろ。