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アレクサンダー建国記(旧バージョン)  作者: 稲荷竜
二章 はぐれ者ども
15/73

2-8

「ゆずるとかゆずらないとかじゃなくてね!? サロモンお前! なに勝手に食糧をやるとか約束してんだよ! あと壁ェ! どうすんだコレ!? モンスター来たらどうすんだよコレェ!」



 めいっぱいキレられた。


 まあ俺が怒られてるわけじゃなくてサロモンが怒られてるんで今は放っておこう。

 対話できるぐらい冷静になってもらわないと、俺にはどうにもできない。


 人の怒りは七秒ぐらいしか持続しないっていうし、この世界の人の精神がどうかは知らないが、まあしばらく怒鳴らせておけばいいだろう。

 ほら、サロモンも「ふっ。ちょうど良い。この村は我には狭すぎると思っていた」とか言ってるし。


 超余裕だなあいつ。絶対怒られ慣れてる。


 まあ一人だけ明らかに『違う』からな……目立つヤツは注目されてちょっとした素行でも責められるという世の常は、ファンタジー世界にも存在するらしかった。


 ブチ切れエルフに怒られサロモンを横目に、しばらくカグヤと会話なんかしつつヒマをつぶして――


 エルフ隊長が、怒り疲れたタイミングで、たずねる。



「よお、そこのあんた、名前は?」

「…………ジルベール…………」



 隊長エルフは息を切らせながら応えた。

 横目で見ててもわかる。サロモンの相手は超疲れるのだ。だってあいつ、なにを言われても堪えた様子がないんだもん。反省とかしろ。


 俺は反省もあらわに、ペロッと舌を出しながらかわいく言った。



「ジルベールか。村の壁壊してごめんね」

「謝罪が軽いわ! おまっ、お前、壁……壁……」



 声になってない。

 言葉をうまく発するのには結構なエネルギーが必要で、話す内容を頭でまとめて人にわかるようにするのもそこそこ難しいのだった。

 彼の口が回らないうちにたたみかけよう。



「それでさあ、あんたら、たぶん狩猟民族だろ? いや、見事だったよ。手際? 俺が来てから警鐘鳴らして弓兵を配備するまでの素早さ? 訓練と実践経験なくしてあれはできない。指揮官が優秀だったのもあるだろうけど、あんたら全体の優れた素養を感じた」

「いかにも。我らは弓を使い、森と共存し、恵みを分けていただく民である。古くは――」

「じゃあ別に定住する必要ないよな?」

「話を聞け! というか狩猟民族にだってある程度の期間定住する必要ぐらいは――」

「だってあんたの話長そうなんだもん。なあ、壁を壊したお詫びになるかわかんないけど、俺はこのあたり一帯のモンスターを全部倒してから行くよ。……ああ、つっても東側のはサロモンが全部倒してるっぽいから、西だな。俺の進行方向だ」

「西? なぜそちらを目指す? そこに、なにがあるのだ?」

「世界の果てがある! ……かもしれない」

「……なんだそれは」

「よくわかんないけどさ。この世界が丸いのか、平たいのか、あるいは世界でさえないのか、それを俺は確かめたい」

「なんのために?」

「ワクワクするから」



 理解できないみたいな顔をされた。

 だろうなって感じだ。


 ジルベールはどう考えても新しい発見を喜ぶタイプじゃない。

 今いる場所、今いる環境で秩序を形成し、それを守るタイプだ。

 でも俺はワクワクをぶちまけるのを止められない。



「俺は、このまま、あたりのモンスターを倒しつつ西に進む。だから、あんたらもあとからついてこいよ。みんなで村を出てさ」

「……なぜそんなことをしなければならない?」

「いい機会だろ? 西へ行こうぜ。世界の広さを知ろうぜ。……サロモンだけじゃない。あんたも、あっちのヤツも、そこらにいる人、みんな、一生を壁で囲われたまま終わるなんてもったいないじゃないか。あんたらには可能性がある。それを活かさず死ぬのはダメだ」

「……」

「安定は約束できない。ゴールに待ち受けているのはガッカリするような現実かもしれない。たとえ世界の果てを見たからって、なんの得にもならないかもしれない。でも――果てを目指した旅路はきっと、人に誇れる冒険になる」

「……」

「冒険をしよう。陸の果てまで。世界の果てまで。人生の果てまでの、大冒険をしよう! 俺はもっと、俺の世界を広げたい。その広がった世界の中に、あんたらがいてくれるなら――それは俺にとって、すごく嬉しいことだ」



 ほんの数秒だったが、ジルベールは黙りこくった。

 そして、気付いたらしい。



「ようするに、自分のためか」

「そうだよ。俺がお届けできるモンは、俺の願望だけだからな。なんせ食糧さえねー旅の途中だ。得なんか提供できるわけねーだろ」

「……」

「ただし俺は、夢を見せてやれる。ふわっふわした夢さ。でもきっと、あんたらが描きもしなかった見果てぬ夢だ。……行こうぜ果てに。だってあんたらを見た瞬間、描いちまったんだ。俺のたどりついた最果ての景色に、俺とあんたらがいる光景を」

「……まったく、サロモンも、お前も、めちゃくちゃな連中だよ、本当に」



 ジルベールは笑った。

 あきれたのかもしれない。



「最近はこのあたりも恵みが減ってな」



 だろうなとは思った。


 こうしてすべてが終わればまっとうに話をするような――

 いや、それ以前に、俺ではなく、食糧を分けると勝手に約束して負けたサロモンを真っ先に怒るあたり、こいつらはまともな連中だ。


 ここで言う『まとも』とは――

 和を尊ぶ。

 暴力という手段を軽々に行使しない。

 約束を守る。

 このあたりの条件を満たしている、という意味だ。


 だというのに、俺にいきなり矢を射かけてきた。


 子供みたいな見た目の俺にさえ殺す気の矢を放ったぐらいなんだから、本当にもう、子供三人さえ迎え入れる余裕がないぐらいには、食糧かその他の事情が切迫してるんだろうとは、予想できることだった。


 イーリィが大人に見えたとしたら、『うんそうだね』って感じではあるんだが。

 背も伸びたし胸もでけーし。


 ジルベールは疲れ果てたように言葉を続ける。



「……世界がモンスターに滅ぼされる前に、我らはきっと、食糧難で滅びるだろうと、思っていた。このまま、この場所にとどまり続けてはな」

「……じゃあ、」

「サロモンは連れて行ってくれ。こんなのを残されても困る。私は――」



 ジルベールはいったん言葉を区切って、



「――まあ、前向きに検討するさ。お前たちと違って身軽ではないのでね。『みんなで村を捨てる』というのは、おいそれと決断できるような話ではない」

「……そっか」

「けれど、お前の話は、心に沸き立つものを感じたよ」

「……」

「ワクワクするから、か。ああ、まあ、たしかに、壁が壊れてもまったく堪えた様子のないサロモンを、うらやましく思った」

「……へっ。だな」

「『壁が壊れた! また作らないとモンスターが! モンスターを倒した! でも油断せず警戒しなければ! 旅人が見えた! 追い払わなければ!』……そんな毎日は、正直、窮屈で疲れていたんだ」



 ジルベールに見えた委員長気質は、天然モノじゃなく養殖モノらしい。

 なるほど、生真面目な男なんだろう。


 ……ちょっとだけ、イーリィのオヤジを思い出す。

 こういう連中は時代を作ったり変えたりはしないが、できあがったものを守る力はすさまじく強い。


 今みたいなモンスターだらけの乱世ならともかく、治世の中では間違いなく重要な役割を担うだろう。

 能臣、あるいは為政者として。


 そういった才能……気質か。気質がなければ世は回らない。そして俺にそういった気質はないので素直に尊敬する。



「ま、あんたみたいな人材には、俺としちゃ感謝してもし足りねーけどな」

「そうだな。そこはしっかり感謝してもらわないと困る。お前にはサロモンと似たものを感じるのだ。サロモンは感謝が足りない。日々の暮らしを守っているのは誰なのだかわかっている様子がないのだ、あの愚弟(ぐてい)め」

「返す言葉もねーな」

「だが、まあ、たまには、はっちゃけるのもいいだろう。そういう気持ちを思い出せたよ。ありがとう」

「こっちこそ。あんたみたいな人もいる。俺の世界はまた広がった。ありがとう」

「食糧はわずかだが持たせよう」

「……いいのか? 食糧難なんだろ?」

「新しい獲物はきっと、西にいるのだろう?」

「……ああ! そうかもな」

「この気持ちを思いだしてしまったからには、座して滅びを待つことはできない。アレクサンダーよ、私もお前のように、人に情熱を取り戻してみせる。……さしあたっては、村の連中にだな」

「待ってるぜ」



 手を差し出した。

 握手という文化はないようだが、サロモンと俺が闘争後にやってた行為を見ていたのだろう。ジルベールもおずおずと手を差し出した。ソレを握って上下に揺らす。



「じゃあなジルベール。西で」

「ああ、西で、また会おう」



 途中どうなるかと思ったがこうして話はまとまった。

 振り返ってイーリィの顔を見る。

 あれは『めちゃくちゃな行動を怒ろうと思ったけれど、結果がついてきたから怒るに怒れない』みたいな顔だ。よく見る。



「さて、旅に戻ろうか。飯のあとにな」



 小言防止のためにもやたらさわやかな笑顔を浮かべてみた。

 イーリィはやっぱりなにか言いたそうだったが、



「……まったく兄さんは」



 それだけに抑えることができた。

 ここで俺は一つの戦いに勝利したのだった。

 イーリィの小言との戦いに、勝ったのだ。

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