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アレクサンダー建国記(旧バージョン)  作者: 稲荷竜
二章 はぐれ者ども
14/73

2-7

「ははははははは! 痛々しくて格好いいねえ! っていうかスキル欄にあるのは『魔力無限』なのに奥の手は魔法じゃねーのかよ! なるほど、お前みたいなヤツもいる! ありがとう、俺の世界はまた広がった!」



 あらん限りの声を尽くして手放しの大絶賛だ。

 声は精一杯出さないと聞こえないだろうと思う。

 なにせすげー音が出てる。


 サロモンの持つ魔力の矢を、愛用の剣を盾代わりにして防ぎながら進んでいるわけだが、矢が剣にぶつかる音が絶え間なく響き続けてすげーうるさい。


 柄を持つ手はそろそろ指がとれそうだし、脇腹とかもガンガン削られていく。


 まるで、研磨機の中に体をつっこむような。

 このままじゃあ致命的な場所に矢が刺さらないまま削り殺される。


 割と深刻に命の危険を感じる。


 俺は死なない。頭カチ割られても生き抜くし、心臓を貫かれたって全然問題ない。


 でも、この矢の雨はまずい。

 物量がケタ違いすぎる。削り尽くされて粒子みたいになった俺はそれでも死なない気がするが、そうするとさすがのイーリィでも俺を再生できないだろう。



「イーリィ! 余計な手出しすんなよ!」



 だから叫んだ。

 前々から思ってたんだ。イーリィのオヤジとの戦いでもモンスターとの戦いでも、ずっと心に引っかかってることがあったんだ。


 相手は命を差し出してるのに、こっちは命を差し出さないなんて――スリルがないって。


 俺とあいつ、命をテーブルに乗せている。

 それでいい。それがいい。それこそが『闘争』。あいつの望み。あいつが俺を見つけてようやく叶えられると思えた、あいつの願いなんだ。

 それを踏みにじるような真似はしたくない。



「サロモン! 肯定しよう! お前には俺を殺す自由があるってさ! 俺にもお前の命を脅かす自由があるけどな!」



 全力で地面を蹴って距離を詰める。

 魔力の矢はクソみたいに重かった。それをはね除けての全力前進。

 距離は詰まるが下がられたり横に避けられたりしたら対応できない。


 けど、俺は信じてたよ。

 サロモン、お前、そんな小賢しい戦い方しねーだろ。



「待ちわびたぞ、強敵!」



 避けるどころか一歩詰めてきやがった。


 大剣を振るがそこはあいにく間合いの内側だ。

 おまけに妙な重さが横からかかって剣の軌道がヘロヘロになった。


 矢の雨で、剣の軌道をズラされている。


 この近間で! 身の丈よりデカイ剣を向けられて! 身を守る装甲がなに一つない軽装のサロモンが、『迫ってくる剣の腹に矢を叩きつける』とかいう精緻で冷静なコントロールをしてるのだ。


 死の恐怖がない。

 間違いなく、俺と同類。


 俺の剣は降り注ぎ続ける矢に止められる。

 あまりに攻撃的な防御――『放たれ続ける矢』と『大剣』によるつばぜり合いが成立してしまった。



「弓使いがクロスレンジでも強いとかすげーな!」

「強敵よ……! 終わらせてくれるな。この闘いを、いつまでも、いつまでも……!」

「この中二病バトルマニアエルフが!」



 サロモンは幸せそうに凶悪なツラで笑っていた。

 たぶん俺も似たツラをしてる。


 でも、はたと気付く。


 ――腹減った。


 そういえば食い物がなんにもないのだった。

 朝からなにも食べていないのだった。



「……イヤなことを思い出しちまった。この楽しい時間は永遠に続けられねーんだ」

「……どうした、強敵よ」

「いいか、俺はなあ――腹が減ってるんだよ!」

「……なんだと」

「お前を倒して飯を食いたいんだよ!」



 叫びに任せて剣を振る。

 サロモンは飛び退いて、また俺から距離をとる。


 こうして矢と剣の奇妙な打ち合いは終了し、互いに最初の間合いに戻った。



「くだらぬことだ。我の願いは変わらぬ。……次を試そう。まだだ。まだ足りない。どうか、我の持てるものすべて引き出してくれ、強敵よ」

「……変なのに声かけちまったなあ」



 お前、空腹とかないの?


 かくして俺とサロモンの行動方針は真っ二つに割れたのだった。


 続けたいサロモンと、終わりたい俺。


 もちろん、サロモンには闘争を続ける理由があって――

 俺には、闘争を終わらせる自由がある。


 二人の自由がカチ合ったなら、力で解決するのが世界の常だ。



「しょうがないから、俺もとっておきを見せてやる。ちょっと卑怯くせーけどな」



 大剣を体の後ろに引く。


 前に進むこと以外考えない。


 剣での防御は体こそ傷つかないが、雨のように降り注ぐ矢の勢いをまともに正面から受け続けることになる。当たり前のように足は鈍るし、剣を振る初動も遅れる。

 だから、体で剣をかばう。

 必殺の一撃のために。



「おい中二病エルフ、たぶん次で決まるから、覚悟しとけ。こっちはお前と違ってそんなに器用じゃねーからな。持ってるものなんか、一つっきりだ」



 不死身の体。これだけ。

 無限の魔力もない、無欠の治癒力もない。『死なない』だけだなんて、スローライフ系ゲームの主人公でもできる。



「……とにかく、予告してやる。次で終わりだ」

「……ならば次をしのいで、闘争を続けよう」

「しのげねーよ」



 というか、『しのぐ』?

 お前、そういう性格じゃねーだろ。

 俺が全力で勝負に出るって言ったら、正面から迎え撃つタイプだろうが。

 でも一応、もう少し行動の固定化を進めておこう。



「全力でぶった斬るから、俺が間合いに入る前に止めないと、死ぬぞ」



 こうまで釘を刺しておけば、あいつは絶対に動かず、迎え撃ってくれる。


 見ろよ、あの口元の笑み。

『やれるものならやってみろ』って目が言ってる。

『後退も回避もしない』って片膝立ちになった下半身が言ってる。


 さっきまでよりも量を増やした矢が、あいつが緑色の陽炎みたいなゆらゆらした非実体の弓につがえたひときわデッカイ矢が、攻撃に全神経を集中してるって明かしてる。


 まったく卑怯くせー闘い方だ。


 次があったら教えてやろう。

『俺と闘う時は、俺の話に耳を貸すな』って。


 じゃあもう一つ、とっておきの卑怯さでトドメを刺そう。



「行くぞ」

「来い」



 それはたぶん、口に出した言葉ではなくて、互いの目で語った言葉だったのだと思う。


 前進してぶった斬る。


 それ以外は考えない。

 考えないでいい状況を作った。

 横に避けられる、後ろに下がられる、上に飛ばれる、そのすべてを意識から外してひたすら前へ。


 サロモンの矢は真っ直ぐ進むだけの俺を目指して放たれている。

 こっちも避けるとか下がるとか飛ぶとか、そういう面倒くせーことは考えない。


 胸にデッカイ矢が突き刺さった。


 サロモンが勝利を確信して弛緩する。


 攻撃が弱まり、矢の圧力が消え失せた。

 その一瞬でさらに加速する。



「『とっておき』を見せるって、言ったよな?」



 間合いに捉えて勝ち誇った。

 サロモンのおどろき顔が心地よいような、申し訳ないような。


 だって、闘ってた相手が尋常な生物じゃなかったんだぜ。

 心臓貫かれても死なないとか、そんなのはもう卑怯以上のなにかだろ。


 まあしかしここはファンタジーだ。

 モンスターが存在し魔法が存在しエルフやら獣人やらがいるこの世界で、『心臓さえ貫けば人は死ぬ』という思いこみに囚われたのが甘かったということで一つ――


 ――全力で。

 サロモンの人生を終わらせる覚悟で剣を振った。


 まばたきをする時間さえない速度で剣を振っている。

 そのはずなのに頭には色んなことが浮かんでは消えていく。


 サロモンのこと。殺すのはもったいない。その可能性を俺が閉ざしていいのか。まあイーリィに任せりゃいいか。イーリィ。あいつは俺の行動をどう思うだろうか。でもここで剣を止めるのもサロモンはきっと望まないだろう。これでイーリィが俺から離れるなら、それは最初から取りこぼす予定だったものだってことだと割り切る。それからカグヤ。あいつは――


 あいつは。


 そのことについて俺がなにかを考える前に、『ズガン!』という音が耳にとどいた。


 なんだろうと思って音の発生した方向を見る。


 そこには成り行きを見守っていたエルフたちの集落があって、


 そこを守る壁に、なにやら金属っぽいカタマリが刺さっていた。


 どうにも見覚えがあった。


 俺の剣だった。



「は?」



 視線を下げる。

 なんと、振り抜いたはずの俺の剣の刃が、根元からボッキリ折れていた。


 え、マジかよ。


 どうにもサロモンくんの命を奪うのを、俺の剣が嫌がったらしい。

 俺の手から離れていった剣の刃に視線を戻せば、大剣の刃が勢いよく突き刺さった衝撃のせいか、村を守っていた壁がぐらりと揺れて、バタンバタンと倒れ始める光景を見てしまった。



「やばっ」



 村を守るモンスター除けの壁、ぶっ壊しちゃった。


 村は当たり前のように大騒ぎである。

 見なかったことにしたくて、どこか遠くに視線をやった。



「……ああ、懐かしいな。そういや、本気で振ると剣が折れるんだった」



 俺がこんな大剣を持つ羽目になった経緯だった。


 病的にレベリングしまくった俺の腕力は、それまで村にあった剣を何本も、『振っただけで』折ってしまったのである。


 だからなるべく折れなさそうな剣にしてもらったんだけど、なにぶん鍛冶があまり発展してない村の製品なもので、あれからさらにレベルを上げた俺の腕力に耐えきれなかったんだろう。


 バターンバターンバターンズシーンズシーンズシーンと次々倒れていく村の壁。

 さわぐエルフ。ぽかんとするサロモン。


 俺は愛想笑いを浮かべながら言った。



「ええと、武器はなくなっちまったけど、どうする? それとも俺の勝ちでいい?」



 図々しい申し出も付け加えておく。


 お互いの負傷状況だけ見るとサロモンの圧勝なのだった。


 おまけにこっちは武器を失い、あっちの武器は無限にある。

 村が大騒ぎしている混乱に乗じてゴネているだけだった。俺がサロモンなら『なんでだよ』とツッコミの一つも入れる。


 しかし、サロモンはフッと笑った。



「心臓を貫かれ、生きるか。……今の我ではお前を殺せぬ。強敵よ、今日はゆずろう」



 本当にイケメン。

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