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思うに、戦いには三つの種類がある。
一つは『周回』。
やられる危険のないフィールドでのレベリングやドロップ狙いがこれにあたる。
ライト勢はこれをサボるため自称廃人たちとの戦力差が広がり、『真面目にやれ』『ゲームでしょ?』というやりとりで新人勢と自称廃人勢の溝もレベル差に比例して広がっていくのであった。
一つは『攻略』。
ここまでが『確実に勝てる』段階だ。
ただし『周回』と違って、ある程度の調査や実力が必要になってくる。
確実に勝てるとは言うが、それは『確実に勝つよう計画を練り作戦を立てることが可能』なだけだ。
ここに鍛えてもないし作戦を理解してもない『なんとなくゲームしてるだけ』のライト勢や自称エンジョイ勢がまじると一気に場が混沌とし、攻略できるはずのステージで妙な苦労をして、割を食うことになる攻略組が怒り狂う。
そして『挑戦』。
情報が少なく、高い実力を要求される。
主に実装直後の高難易度ステージなんかがこれに該当する。
攻略サイトを書いてる側なんかが試行錯誤して挑み、まずは普通に攻略、次に『自称廃人からきちんとゲームをしてるエンジョイ勢ぐらいまででもできる攻略法』を開発し、そうしてようやく『挑戦』は『攻略』へと格下げされるのであった。
今、俺は、攻略サイトのない『挑戦』をしている。
俺が書く側だ。
ボスエネミーはエルフのサロモン。
見た目は弓師。
実際に、攻撃方法は弓だ。
ただ、俺のステータス閲覧能力が、あいつの本職は弓じゃないと教えてくれる。
視界に映る『チートスキル』の欄には、『魔力無限』という恐ろしすぎる項目が存在した。
あいつの本職は魔術師なのだろう。
さて、この世界には魔法がある。
けれどそれらはどうにも弱い。
魔法と言われれば俺なんかは『ファイアーボール』とか『アイシクルランス』とかそういった横文字の攻撃呪文を連想する。
しかしこの世界の魔法は『生活をちょっと便利にする程度のもの』しかない。
戦闘で魔法が使われることは、少なくとも俺の村では皆無だった。
なにせ熾せる火は煮炊きに使うための火、それも枯れ枝などに移して勢いを増さないといけない程度の種火でしかなく、風を起こすことも可能だがうちわでも作ってあおいだ方がまだいいぐらいで、氷系にいたっては『寝てる相手の首筋に垂らすと相手がびっくりする』程度の用法しかない。
唯一俺の村で発展していたのが治癒系の呪文だったが、それも『少し、痛みがやわらぐ』程度のものでしかなく、けっきょくケガの治療はイーリィが一手に担っていた。
この世界で『魔法』はいらない子なのか?
魔術師は不遇職なのか?
わからない。
ただ、もしも戦闘に耐えうる魔法を見る機会があるとしたらそれは今で、使い手はきっと目の前のあいつだ。
見せてほしい。
早く、早く。
……けれど悲しいことに、サロモンは魔法を撃ってくれない。
矢を射るだけ。
もちろんその弓の腕は一級品だ。
剣で起こす風圧で吹き飛ばすことなんかできないほどの威力があって、三本の矢を少しずつタイミングをズラして射るもんだから防御にはそれなりに神経を使う。
真正面に立たれたことで逆に弓の出所が見えにくいという不可思議な現象は、武術をやってない俺にはただの不思議にしか思えない。間違いなくすげー弓使いだよ。
「なるほど、飛び道具は距離が遠けりゃ優位ってわけでもねーんだな。距離が縮まったことで威力も精度も上がった。でもなあ……悪いけど、このままじゃ俺の勝ちだ」
退屈のあまりあくびをかみ殺せなかった。
このまま矢を喰らいながら距離を詰めて相手を切り伏せることはあまりにも簡単に思えたんだ。
というかステータス欄に『魔力無限』がなかったらとっくにやってる。
俺としてはさっさと魔法を使ってほしいんだが、あいつは少なくとも、背負った矢筒の中身を使い果たすまでは弓師の偽装を解く気がなさそうだ。
まあ付き合うけどさ。
焦らすなよ。期待しちゃうだろ。
そうこうしているあいだにようやく矢が切れた。
サロモンは構えていた弓を下ろしてジッと俺を見ている。
表情から内心をうかがえない。
『魔力は無限だが魔力を使う手段は一切ない』とかいうギャグみたいな展開を想像して、ちょっと慌てる。
「……おいおい、どうした。もう終わりってわけじゃねーだろ?」
第二形態、あるでしょ?
ないのは困る。困るっていうか、寂しい。
不安に思って問いかければ――
無口なイケメンが、ようやく口を開いてくれた。
「……こういうのを、待ち望んでいた」
「はあ?」
「これぞ、闘争だ」
サロモンの碧い目がギラリと輝いた。
そいつは冷静そうなツラのまま、抑えきれない高揚を声に乗せて続ける。
「獣相手ではない。モンスター相手でもない。あんな雑魚どもをいくら射ったところで、それは闘争とは呼べない」
あっさりと弓を捨てた。
「闘争とは、互いの命が危険にさらされ、奥義を尽くし、そして――いつまでもいつまでも、終わらないものだ」
矢筒を外す。
いいじゃねーか、高まってきた。
あいつは戦いの楽しみ方を知っている。さっきまでの退屈な弓矢攻撃は準備運動にしかすぎなかった。
しっかりとメインディッシュを用意していて、前菜の食い方から俺がメインを出すに足る客だと判断したのだ。
ああ、ワクワクする!
ぶるり、と嬉しさで全身が震えた。
剣を構えながら問いかける。
「このまま終わり――じゃねーんだな」
「終わらぬとも」
サロモンの口の端が歪む。
ああ、わかってる。安心しろよ。
たぶんなんか口上があるんだろ?
名乗りの最中に斬りかかるなんてマナー違反はしない。
見せてくれ。お前の練りに練ったものを。
全部見せてくれ。全部味わわせてくれ。それを全部、粉砕してやる。
お前が俺に新しいものを見せてくれるなら、俺もお前の経験したことのないものを味わわせてやる。
きっと負けたことなんかないあいつに、俺なら敗北をくれてやれる。
「もっと、闘争を、したい。矢を撃ち尽くし、弦は切れ、弓が折れてもなお闘いたい。死んでくれるな殺してくれ。闘いを。もっと心躍る闘いを……! 一瞬で終わりそうな闘いを。いつまでも続く闘いを!」
なにも持っていない左腕を前に突き出す。
なにも持っていない右腕で、なにかを引き絞る。
それは見えない弓をつがえるような動作。
「――きたれ」
鳥肌が止まらない。
ビリビリとなにかが体中を震わせていた。
「きたれ、我が願いを叶えるモノよ。具現化せよ、我が真なる――弓」
緑の光で視界が埋まる。
それはまぎれもなく魔法だった。
しかし炎の弾を放つのでも、風の刃で切り裂くのでも、土塊をあやつりとばすのでも、冷気によってこちらを凍らせるのでもなかった。
純粋な魔力で編まれた、大量の矢。
それこそが、サロモンが練りに練った『魔力無限』の利用方法だった。
「『果てなき闘争』。さあ、願いの赴くまま、命尽きるまで殺し合おう!」
矢が放たれた。
ただし今度は、三本ズラしてとか、弓からとか、そういうつまんねー現実に邪魔されない。
視界いっぱいをうめつくす、魔力で編まれた無数の矢が、それこそ雨のように降り注いだ。