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すごい発見をしてしまった。
カグヤのメシを食うシーンがやたらかわいい。
「見ろよイーリィ、この小動物感。あんなちっこい肉の切れっ端を両手でつかんでもむもむ噛んでるんだぜ。意味がわからん。俺もやろう」
「やめてください。……しかし、ええ、わかりますとも。たしかにこれは趣深い……」
「た、食べにくいんじゃが……」
草原は続いていた。
しかしポツポツと森やら川やらがPOPしてきていて、俺たちはどうにか久しぶりに獲物を狩ることができた。
狩りができなかったころは、モンスターを食べていた。
悲しいことにモンスターはそこらじゅうどこにでもいて、そいつらは倒すと消える。
しかし、最近では『倒す前に奪った部位は倒したあとも残る』ことを発見できたので、モンスター肉(腕)とかが食卓にのぼることも増えていたのだが……
モンスターはまずい。
なんていうの?
味?
味がない? ゴムの食感のする空気を食ってる感じ。
栄養になっているかは不明だ。
まあ、満腹感はある。
顎をたくさん動かすからそう錯覚してるだけかもしれないが、なんにせよこればっかりは『慣れる』とか『飽きる』とか以前の問題だ。食うモンじゃない。
基本的にモンスターを食いたくない俺たちは、森を発見次第喜び勇んで狩り&採集に向かった。
そうして獲得したのがシカ(によく似た生物。サイズはウサギ程度)と、いくらかのキノコだった。
キノコなどはまず俺が食べて毒味して、イケそうだったら食卓に並ぶ。
食卓に並んだあとも食後に治癒をかけてもらう。
『毒』とか『麻痺』とかの症状がすぐに出ればステータスにそう表示されるんだが、遅効性で死ぬヤツだとどうしようもないので食後には歯磨きのノリで治癒かけてもらってる。
実際、たぶん歯磨きとか殺菌の効果もある。
あいつの治癒は『あらゆる身体の異常を治す』というトンデモスキルだ。
イーリィの治癒は色々チートなのだが、最大にずるいのはMPさえ減らないことだろう。
本人も疲れたりはしないらしい。
ちなみにカグヤを観察してわかったことだが、人はMPが切れると意識を失う。
で、気絶してるあいだにちょっとずつ回復して、一定値(最大MPの十分の一ほど)までたまると目覚めるようだった。
というようなステータス関係の話を二人にすると、『はぁ?』って顔される。
この世界の人はステータスが見えていないので仕方ないにせよ、ノリが『またアレクサンダーおかしなこと言ってるよ』みたいな感じになるのは解せない。
本当に見えてるんだ。作り話じゃないんだよ。
「兄さんは無害な嘘を大量につくクセがありますからね……」
否定ができなかった。
俺たちは二人してカグヤを抱きしめたりなでさすったり、無意味にほっぺたをつついたりしつつ進んでいった。
妹っていうか愛玩動物みたいな扱いになっている気がする。
しかし許してほしい。
俺たちの旅は長く、目的が見えないんだ。
癒しが必要で、カグヤの容姿が、小ささが、幼さが、モフモフした太い尻尾が、ふさふさの毛に包まれた三角耳が、俺たちの貴重な癒しになっていることは間違いがなかった。
特にイーリィなんてヒマさえあればカグヤに触っている。
カグヤはあんまり触られると俺の側に逃げてくる。
そうなるともう親権争いが勃発し、俺たちは舌戦を始め、ペラペラ与太話を交えて物量で押す俺と、正論と常識という質で押してくるイーリィとの勝負は決着が見えず、俺たちがしゃべってるあいだにカグヤは寝る。
「カグヤが寝てるからここまで」
「はい」
俺たちの争いはそうして終焉を迎え、また後日別のクソみたいな理由で再発するのだ。
そんなある日だった。
俺たちはついに新しい光景を目にすることになる。
――そう、モンスターさえもいない、真に広いだけの草原地帯だ。
◆
「やっべぇ、食い物ねーじゃん」
念のため荷物の確認もしたが、綺麗さっぱりなんにもねーのだった。
イーリィが「だから一週間も前から『どこかで食べ物の補充をしないと』って言ってたじゃないですかあ!」と頬をふくらませる。
そうだっけ?
俺たちの旅はもうだいぶ続いていた。
そのあいだにイーリィから俺に言われた小言の数は、もし言葉に質量があったとしたらとっくに俺が地面に埋まるぐらいになっている。
そうすると人体というのは不思議なもので、小言を言う相手の発言を脳がスルーするようになっていくのだ。
今の俺には、意識の集中なくしてイーリィの言葉を記憶にとどめるのが難しい。
進化、しちまったかな。
「え、わからない……なんで兄さんはそこで格好付けた表情で遠くを見てるんですか……?」
「まあ落ち着けよ。俺たちにはまだ『アレクサンダー肉』っていう選択肢があるだろ?」
「兄さんの肉なんか食べたくないですよ!」
その発言は俺の肉じゃなきゃ人肉も是なのか、それとも人肉自体が否なのか判断に迷うところだった。
人肉全体が否という観点で話を進めてみよう。村では食ってねーしな。
「しかし逆に考えてみろよ。お前たちって人じゃん? 俺も人じゃん? 俺たちは人が人であるために栄養をとる手段として食事をしてる。ってことはだ、人の肉は人を維持するのにもっとも都合のいい栄養源だという可能性は考えられないか?」
「私のカグヤちゃんに兄さんの肉を食べさせたくないんです!」
「その発言はまた親権争いを勃発させかねない。そして今はそんな場合じゃない」
「そんな場合じゃないのはわかってますよ!」
「メシを探そう。あるいは人を」
「人肉はいりませんってば!」
「食用の人じゃねーよ!」
この会話は幼いお子さんが聞いています。
「まあ、まあ、とにかく、なんとかなるって」
「兄さんはいつもそう言いますけど、周囲に草原しかないんですよ」
「……よし、近くの村で分けてもらおう。『人を探す』方針だな」
「兄さんの視界に『近くの村』は映っていますか?」
「イーリィ、歩いていけば景色が変わるんだ。今は見えないものだって、進んだ先にはあるかもしれない。一歩踏み出せばそこはもう別世界なんだぜ。思い出せよ、あの小部屋から出て見た青空の広さを。世界が変わるって、そういうことなんだ」
「いい話みたいに言わないでください」
「振り返れば『いい話』になるさ。さ、進もう」
「……はあ。本当に兄さんは……」
イーリィが肩を落としたので俺の勝ちだ。
最近はこいつも知恵をつけてきて、俺が物量で言いくるめをはかっても戯言と与太話を見抜いて重要な部分だけ抽出して反論してくるからな。会話が楽しくてしょうがない。
賢くなった彼女がやや懐疑的な顔で正論を言う。
「……でも、見つける村が友好的なものだとは限りませんよ」
「まあ時代が時代だからな。食うに困ってるのは俺らだけじゃねーってことさ。村によっては食糧難だろうし、そうでなくともよそ者に食糧を分ける余裕がある村の方が希だろう。さあ最初に発見した村に食糧を分けてもらう方針に決まったんだからさっさと行動しようぜ」
「発言が前後でつながってないんですが」
「現実的に考えたすえの推論と、俺が打ち立てる方針とにはなんの関連性もないからな。簡単に言えば『分けてもらえないかもしれない。それが?』って感じ。『かもしれない』ってだけじゃあ、挑戦前にあきらめる理由にはなってねーな」
「……そういう人でしたね」
「まあ、なんとかなるって」
「はいはい……」
イーリィは笑った。
そばでカグヤが混乱したような顔で、銀色のモフモフ尻尾を一回だけ揺らした。