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アレクサンダー建国記(旧バージョン)  作者: 稲荷竜
二章 はぐれ者ども
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2-3

 イーリィが上に残っていてくれたのでどうにかなった。

 最悪色々ぶち抜けば出れた気もするんだが、崩落のスリルと隣り合わせになるのでカグヤにはおすすめできないし、本当によかった。



「旅の仲間のカグヤだ。よろしく」

「……」

「この通り無口なガキだけど、そのぶん俺がしゃべるからバランスいいな」



「なんですかその理屈」と案の定ツッコミをもらった。


 こうして俺たちの未成年者略取&連れ回しが始まる。


 まだ幼い獣人の少女を連れて行くという判断についてイーリィはなにも言わなかった。

 絶対に道義的な注意をされると覚悟してたんだけれど、当たり前みたいに受け入れられたのである。

 その理由をたずねれば、



「兄さんを信用してるんです」



 よくわからない返答をいただいた。



「兄さんの行動は全部『知らないものを知りたい、知って欲しい』っていう方向でまとまってますから。きっとその子も、そうするべきだと感じたんでしょう?」



 否定はしなかったが、肯定もできない。

 カグヤに世界を知ってほしいというより、俺は全人類が旅をすべきだと思っている。


 だって人には可能性があるんだ。

 今の環境じゃあ発揮できない才能ってものが人にはある。それなのに閉じこもってモンスターにおびえて世界を知らないまま死んでいくのはもったいない。


 特にカグヤやイーリィみたいに特異な才能を持った連中が閉じこめられて一生飼い殺されるのは見ててウズウズしてたまらない。


 行こうぜ! 世界! って言いたくなる。


 というか言う。



「まあしかし、こんな子が一緒に旅するとなると、ちょっと楽しくなりますね」



 無口だがかわいらしいカグヤとともに過ごす旅路は、たしかに楽しくなるだろう。

 俺は見た目のせいで常に年下扱いされてきたものだから、妹分でも弟分でも、できるとなんだか『はりきらなくちゃな』という気持ちになる。


 俺とイーリィはそんなふうにワイワイしながら旅を再開した。


 カグヤは黙ったまま、ずっと俺の服の裾をつかんで離さない。





 旅は続く。


 世界はまだまだ広くって、果てはまったく見えはしない。

 世界は広くて、美しかった。


 夜、寝転がって三人で見る星空は格別だ。

 俺はその時、決まって勝手に星座を作った。



「見ろ、あの大きな星が四つ並んでるのわかるか? あれは『銀座』っていうんだぜ」

「その『銀座』はどんな神話があるんですか?」



 星座を勝手に作ると星座にまつわる神話も作らなきゃいけなくなった。

 これは俺が最初に星座を作った時、『星座っていうのは必ず神話がセットになってるんだ』と教えこんだためである。


 だから俺は即興で神話をひねり出す。


 この世界の神話なんか知らない。

 昨日作った星座がどの星を参照したものかなんて、今日にはもう忘れてる。


 それでも俺はこのくだらない嘘を必死に突き通した。

 最近ではイーリィも『テキトーなこと言ってるな』とわかっているフシがあって、それでもなお俺に話をねだってくる。


 それは俺とイーリィのあいだで寝転がるカグヤに物語を聞かせてやりたい気持ちからくるものだろうし、また、イーリィ自身も俺の作り話を楽しんでくれている感じがあった。



「兄さんは好き放題しゃべることにかけては超一流ですよね……」



 悲しいかな俺もそう思う。


 我慢をやめたことによって、俺は俺の意外な才覚を知ることができた。

 で、我慢をやめたのは、異世界転生したのがきっかけだ。


 環境が変われば人も変わる。

 思いもよらなかった自分の一面を知ることになる。


 世界は広がる、どこまでも。


 カグヤが寝息を立てたのに気付いて、俺たちはどちらからともなく黙った。

 真上に手を伸ばす。

 開いた手を、握る。

 つかめそうなほどに近くで輝く星は、けれど、一つだって手の中におさまったりしない。



「いつか、星をつかめたらいいな」



 恥ずかしい独り言だ。

 けれど、応じる声があった。



「鳥より高く飛ばないと、とどかないですね」



 寝静まったと思っていたイーリィからの声だった。

 ちょっと気まずくて、頬を掻く。



「イーリィ、起きてたのかよ」

「寝入りそうになった瞬間に、兄さんの声が聞こえたもので」

「悪い」

「いえ。……あの、一つ、質問、いいですか?」

「なんだよ改まって」

「兄さんは、どうしたいんですか?」

「……意図がわからん。補足してくれ」

「兄さんはどこで足を止める気なのかなって」

「目的か? ねーよ」

「……」

「強いて言えば、大陸の端だ。いや、ここが大陸かどうかもわからねーけどさ。とにかく、自分の足で進めなくなった時点が俺の旅の終着だ」

「……長くなりそうですね」

「そうだな。……きっとこの旅で、色んなモンを俺は得るんだろう」

「はい」

「……そして同じぐらい、色んなモンを取りこぼすと思う」

「……」

「目的のない旅路なんて、普通は苦痛だからな。お前が今、俺の目的を確認したのもそういうことだろ? 旅ってのはさ、物珍しいうちはいい。でも、歩き疲れたころに気付くんだ。『家のベッドで寝てた方がよかったんじゃないか?』ってさ」

「兄さんも、そう思うんですか?」

「俺はいいんだ。俺は、旅をしたい。そういう性分だからな。今言ったのは一般論っていうか、普通の連中の心理分析っていうか……まあ、きっとお前が考えてそうなことだよ」

「私は……」

「お前は略奪品だ」

「……はい」

「けど、取りこぼすこともあるだろう。……いつか、そう遠からぬうちに、でっかい土地を見つけようとは思ってる」

「ええと……兄さんは話の展開が早くて……」

「悪い。でっかい土地っていうのはさ、お前たちの住む場所だ」

「……」

「俺が巻きこんだ故郷の連中も、これからああやって巻きこむであろう連中も、お前も、カグヤも。……『目的がなく歩き続けること』に向かないすべての連中のためのゴールを、いつかきっと見つけようと思ってる」

「……みんなで住むんですか? たくさんの、交流のなかった村のみんなで……」

「おう。そうなるともう『国』だな」

「『くに』?」

「国っていうのは、でっかい村だ。信じられないぐらいの大勢が住んでて、信じられないほど色んな連中が、どうにかこうにか『法』の中で暮らす、そういう場所だ」

「『法』……教義、ですね」

「ただな、『法』は『教義』とちょっと違う。まあ俺もそのへん詳しいわけじゃねーから雑感しか語れねーんだが、『法』と『教義』の最大の違いは、『神が許すか、人が許すか』だと俺は思う」

「……えっと」

「『教義』ってのはさ、人の上位に神様を置いて、そいつに満足してもらうように作る決まりごとだろ? ところが神様ってのはある日消える」

「……」

「風習も文化も違う大勢に『顔もかたちもよくわからない、従ったから報いてくれるとも限らない、それでいてどこに意見を言えばとどくかもわからない存在』を描いてもらって、そいつのご機嫌とりに付き合ってもらうってのは、かなり難しい」

「そうですね」

「ところが『法』は人が人のために作る。だから法が不満なら文句を言う相手がそこにいるし、法っていうのはな、信仰を直接は侵害しない」

「……ええと」

「このへんはもっとゆったりやるべきことだな。俺の知識なんざたかが知れてるが、お前が聞きたいなら、また、こういう時間にでも聞かせてやるよ。クソつまんねーお勉強だがな」

「いえ。面白いように感じます」

「まあお前はルール整備好きそうだよな。天然で女王様気質っていうか、人を操るの好きだから」

「どうしてですか!?」

「声おさえろ。カグヤが起きる」

「……わ、私、別に人を操るの好きじゃないですよ……?」



 いや、好きだよ。

 イーリィの委員長気質はなかなかのもんだ。

 だから、雑感。



「……お前はさ。向いてるんじゃないか、たくさんの人を束ねるの。なんせ、あのおっさんの娘なわけだし」



『どう向いてるか』とか『どういう理由で向いてると思ったか』とかを続けそうになって、でも、やめた。

 俺が言葉を重ねるのは、自分の意思を十全に人に伝えようとするからだ。


 たった一言で伝わるか不安だから、言葉が増える。


 でもまあ、イーリィ相手なら大丈夫だろう。

 なんとなくそう思った。

 彼女にならどう受け取られてもいい。

 ……たぶんこれが『信用してる』ってことなんだろうな。

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