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その世界では毎日誰かが『死にたくない』と願っていた。
彼らを殺すものはあまりにも多い。
飢餓。
あるいは同胞の手によって。
そしてなにより、モンスター。
世界には不可解で凶暴な生き物があふれていた。
人口は少なくないのだろう。
けれどそれは世界という盆の上に乗せられた人類の総量であって、彼らのすべてが協力関係にあるわけではなかった。
多くの人類はいくつもの集落にわかれて暮らし、互いの存在を認識さえできていない。
――ああ、獲物がとれなかった。
――草木ももう、食べ物を恵んでくれない。
――お腹が空いた。
死にたくない。
――ちくしょう、俺がなにをした! なんでモンスター討伐なんかに送られなきゃ……!
――食べ物の少なさがいけない! 生きるために盗んだだけだ!
――生贄だなんて。私を殺したって、雨は降らないし、食べ物だって生えてこないのに。
死にたくない。
彼らは普通に生きていける世界を望んだ。
死にたくない、死にたくない、死にたくない、死なせたくない。
願いは折り重なり寄り集まり、ついに世界に穴を空けることに成功した。
そこから招かれた者こそ『英雄』の魂だ。
いつかきっと世界を救うであろう運命の子が、その魂を宿して生まれる。
運命に『英雄』を強要された男の話をしよう。
『死にたくない』という願いに呪われた彼の名は、アレクサンダーといった。
◆
良い子だったころのアレクサンダーは、とある集落で生まれた男の子だ。
この世界において『平凡』という言葉にどれだけの意味があるかはわからないが、少なくとも乳児期から少年期にいたるまでの彼はまったくもって平凡な子供だった。
よく遊び、よく笑う。
適度に我慢し、混沌よりは調和を好む。
常識はあった。大人を怒らせるようなことは滅多にしない、いい子だ。
そして、神をやたら熱烈に信奉していた。
平凡だ。なにせこの村は宗教によって支えられている。
熱烈な信仰は当然のことだった。
薄汚い木像を尊いものであるかのようにうっとり見つめる視線には『代行者』様も大満足だったことだろう。
そんな平凡村人であるアレクサンダーくんは、十二歳になったある日、大好きな神様に選ばれて特別なことをしてもいいと許可をもらった。
「森の奥の『迷宮』の周囲をうろつくモンスターを単身で狩ってきなさい」
「はい、代行者様」
なにせ『素直ないい子』なものでアレクサンダーくんは従った。
『素直ないい子』と書いて『騙しやすい馬鹿』と読まない世界観で育った――いや、そのように培養されたのだから『神様の言葉を代弁する』『代行者様』の御言葉に従わない理由がなかった。
ようするに口減らしだ。
子供が一人でモンスター狩りなんかできるわけがない。
壁に囲まれた集落の外には不可解で不可思議で凶暴な生き物があふれていて、そいつらは人類を見るやすぐさま襲ってくる。
喰うわけじゃない。
『殺すだけ』。
ただそういう生態というだけだ。
そいつらは人類の敵として設定された生き物でしかなかった。
倒されると消えるので食糧にもなりゃしない。
そんな連中の巣に送りこまれたアレクサンダーくんは、錆びた剣を一本だけ持たされた。
胸中はドキドキワクワクだ。
なにせ代行者様から『モンスター狩り』を命じられたのである。
これは栄誉なことだった。
なにが栄誉かはサッパリ説明できないが、とにかく『選ばれた特別なぼく』に酔いしれていた。
毎年こうやって『モンスターの巣』に一人か二人子供が送りこまれるので、選ばれた子供がどんな目に遭ったかなんてわかりそうなもんなのに。
けれど、代行者様はそのあたり上手にぼかして英雄譚にしてしまうので、アレクサンダーくんを見送る同世代の子など、「いいなあ」と脳天気な意見を口にしていた。
代わってやろうかなんて言うはずもなく、アレクサンダーくんは鼻をふくらませて『帰ってきたあとの話』をした。
想像の中の自分は同世代の子供たちのヒーローだった。
神に選ばれ特別な役割をしっかりこなしたならば、きっと実際にヒーローだっただろう。
気楽なものだ。
帰ってくることなんか、できるはずがないのに。
彼が向かわされた場所は、うっそうと生い茂った森の奥地だった。
到着するころにはもう真夜中になっている。
灯りはない。
錆びた剣とボロの服だけがアレクサンダーくんの装備のすべてで、下着なんてものはないし、靴さえも存在しなかった。
この世界、この時代の闇は本物だ。
一寸先が見えないどころじゃない。
自分の手足さえ視認できない。
そのせいか耳がやたらと冴えて、風が起こす葉擦れの音、どこか遠くで虫が鳴く声、不気味な怪鳥の叫びがやけに鋭く心を引っ掻いた。
何者か――あきらかに人ではない、何者か――の足音が耳に入った時点で、ようやく彼は自分が『選ばれし特別な者』ではないと気付いたようだった。
なんの力もない、弱者。
『口減らしに選ばれたあわれな子供』という真相にまでは、彼の思考ではたどり着けなかった。
代行者様は『口減らし』なんていう単語を間違っても口にしない。
だからアレクサンダーくんは、ただ、自分の死を濃く予感しただけだった。
武器の存在をようやく思い出す。
でも、腰に差した剣は鞘に引っかかってなかなか抜けてくれなかった。
力いっぱい引っぱってようやく抜剣を終えると、歯をガチガチと鳴らしながら耳に全神経を集中する。
葉擦れの音と虫の声が邪魔くさい。
暗闇。
なにも見えないことが、こんなにも恐ろしい。
「う……うっ……!」
涙があふれてきた。恐くて呼吸ができない。だから彼はつぶやく。
「かみさま、かみさま、かみさま……」
なんども口にして、彼はあがめている神様の名前さえ知らなかったことに気付く。
「か、かみさま……かみさま、かみさま、かみさま……! かみさまっ……!」
ガサガサと周囲をなにかが這い回っている。
見えない。
暗すぎた。
音で位置がわかるはずがない。
そいつらは多すぎて、速すぎた。
「かみさま……! かみさま、かみさま! あああ! あああああああ!」
恐怖に堪えかねた彼は手にした剣をぶんぶんと振り回した。
威嚇のつもりなのか、『振り回していれば偶然当たるだろう』という希望にすがったのかはわからない。
そもそもそんな明確な目的はなかったように思う。
ともかく錆びた剣は大人が使い古した直剣で。
それは、十二歳になったばかりの、しかも同年代の子らより体の小さなアレクサンダーくんの握力で振り回し続けられるようなものじゃあない。
すっぽ抜けた。
「うあっ!? け、剣……!」
恐慌しながら剣をさがす。
手をついてはいずり回った。土と木の根まみれの地面をさすりまわした。
なにかにあたった。
剣じゃなかった。
生き物だった。
生臭い息が、ハッハッと彼の顔をなでる。
「……あ、か、かみ、かみさま……」
それが遺言。
神様を崇め、しかし救われた経験のない少年は、なにが起きたかもわからないまま死んだ。
そうして『俺』は思い出した。
かち割られた脳裏によぎるのはクソくだらねー前世の記憶だった。
急速に全身に力がみなぎっていく。
暗闇だった視界には謎の数字と文字が表示されて、それはどうにもゲームにありがちな『ステータス』というものっぽかった。
たぶん死因は頭に強い打撃を喰らったことによるものなんだと思う。
血腫? 瘤? 医学なんかまったく知らないので詳しくはわからないが、とにかく安心する。
手も、足も、頭も――どこも欠損していなければ、どんな重傷でも動ける。
そういう確信があった。
確信は現実だった。
頭に強めの一撃を喰らったまま、ドクドクと血を流しつつ立ち上がる。
視界は依然暗闇のままだが、ステータスが見えていれば問題ない。
いくら傷つけられようがかまわない。
なにをされたって俺は死なないのだという事実を、なぜだかすでに知っていた。
剣を探す。
武器のステータスが視界に浮かび上がり、俺はそれを拾って装備した。
武器や防具はちゃんと装備しなきゃ意味がないからな。
「――さて、なんだかよくわからねーが、自分自身の仇を討とうか」
格好つけてみたものの、スマートにいかなかったので、あと何度か致命傷を喰らう羽目になった。