第6陣:始まりの時
放課後に俺はアイリスと一対一の組み合いをしながらハルトの攻撃の対応やら基本となる行動とアイリスに足りない部分を補助する形で教え込みそして約束の当日である放課後を迎える。
正直、こんな一日限りで事が上手く運ぶかは運の要素が大きく働いている気がしなくもない。
それにハルト・レーヴンとは余り長い時間戦っていないので、明日俺が見た事も無い技を幾つか使ってくる可能性は充分にある。
しかし今さら後悔しても意味は無い。
俺は教官としてやる事はしっかりとやったつもりだ。それをアイリスに発揮してもらう。
現在夕方の6時00分。トレーニングルームに居る俺は意気揚々としているアイリスに最後の言葉を送る。
「今日はぶっつけ本番みたいなもんだ。無理せず自分の力を最大限に解放しろ。落ち着いて平常心で叩けば確率は上がる筈だ」
「はい、分かりました」
俺の言葉をしっかりと聞いたアイリスは決戦の場へと赴く。果たしてアイリスはあの足手まといと言いやがったハルトに一矢報いる事が出来るだろうか?
「不安ですか、ハート教官?」
隣で両腕を組んで今か今かと待ちわびいているレイピア。対して俺はこの勝負の行き先はどう迎えるのか多少の不安が募る。
しかし実際に戦闘するのはアイリスだ。あいつの方が俺より数倍緊張している筈。
「どうだろうな。やれる事は基本的にやってみたが……結局はあいつ次第だろう」
アイリスは三人の生徒の中では一番身体が小柄でなおかつ炎の魔法に置いてはかなり優れている。
昨日の放課後でも、その得意技を遺憾無く発揮した。
だが、相手はあのレーナに闇が深いと言わしめたハルト・レーヴン。油断は出来ない。
「私はアイリスを応援しますわ。あのいけ好かないマグナスにどう対応するか……見物ですわね」
「ハート教官、合図をお願いします」
勝てよアイリス。それがマグナスのお前に対する認識を改めさせる最善の手法だ。
「これよりアイリス・フォーン並びにハルト・レーヴンの決闘を始める。なおこれ以上は身体に支障がさわると判断した場合は俺から再び合図を出す」
俺は互いに真剣な表情で見つめているアイリスとマグナスの間に離れた所で試合開始の合図を出すと、二人は素早く遠くに離れてから互いに魔法の詠唱を始める。
その間に俺は二人の邪魔にならないように、離れた場所でレイピアと共に見学を始める。
「始まりましたね」
「あぁ、最初は武器では無く互いに得意とする魔法属性でぶつける気だな」
アイリスは6つの魔方陣を取り囲むようにして詠唱。すると真っ赤な色を施した魔方陣から6体の真っ赤な龍が姿を現し、立派な声を上げる。
対してハルトはアイリスと同様に魔方陣を周辺に展開するが二つの色を施している。風を象徴とした緑と水を象徴とした青。
ハルトはそれぞれ属性が異なる魔法を上手く調節している。
「そんな……属性魔法を二つ扱えるなんて」
驚くのも無理は無い。属性が異なる魔法を平然とこなしているのは類いまれなる才能と実力が伴う上級者と呼べる。
ハルトはそれを何ともない表情で簡単に出しているのだから、学校もその天才的な才能を認めて0組に入れたのだろう。
もし、他のクラスに入られたりでもしたら一番の首席になる事は間違いない。
「まさか、ここまでとは。入学初日にやった戦闘は手を抜いていたのか」
このまま成長したら将来とんでもない化け物になれるな。帝国軍に入ってしまえば部隊長も頭を下げなければならない最強の人物へと変貌する。
そんな中、二人の準備が整うのと二人は息を合わせていないにも関わらず魔法陣から出した属性魔法をぶつける。
アイリスは6体の真っ赤に染めらし龍を一斉に解き放ち、ハルトは様子見なのか3つの魔法陣から出した周辺を強烈にたなびかせる風の魔法をハリケーンのようにぶつける。
数の関係ではどう考えても、アイリスが一枚上手だが……果たしてどうする?
「ふんっ、この程度で俺を倒せると思っているのなら……大間違いだ」
ハルトが片手をかざすと残りの待機状態である魔方陣が滑らかにアイリスの背後へと移動する。
魔方陣の移動も簡単には出来ない上級技だが……こいつは何者なんだ?どう考えても普通の人間には簡単に扱えない業を意図も簡単にこなすなんて。
それに今のアイリスは魔方陣から飛び出た龍の軌道調節で魔方陣の移動に全く気づいていない。
「ハイドロ・ブラスト」
ハルトの一言で背後へと移動した青色の魔方陣から大量の渦巻いている水を一斉に解き放ち真っ赤な龍を一瞬にして全てを消し去る。
これには、アイリスも驚きの声を上げるしかない。まさか自分の得意な魔法を簡単に消し去るなんて思ってもみなかったのだろう。
「次は武器で挑むか?お前がどう足掻いた所で足手まといという事実は揺るがないがな」
「馬鹿にしないで!!!」
デヴァイスから双剣を取り出し、意気揚々と余裕の挑発を見せつけるマグナスに怒りを表したアイリスはデヴァイスを通して得意の灼熱を帯びた片手剣を両手に構えて突撃。
それにハルトはみえているかのように、鮮やかな回避で余裕の無いアイリスに挑発する。これはまずい状況になったな。
さっきのお陰でアイリスはハルトにペースを乗せられてしまっている。
俺からどうにか上手く状況をひっくり返すアドバイスを伝えれば、活路はあるかもしれないが……このような場でやってしまったら、ハルトはアイリスをサレンダー扱いとして勝負を強制終了させる危険性が極めて高い。くそっ、やはりこの状況を変えるのはアイリス自身か。
「このままではアイリスが!」
「信じろ、アイリスなら勝てる」
アイリスには三人の中では一番優秀な火力を携えている。いざとなればやってのける!
「私は絶対に負けない!足手まといだと馬鹿にしたレーヴンを!そして放課後の夜遅くぎりぎりの時間まで付き合ってくれたハート教官の為にも!」
先程までハルトのペースに乗せられていたアイリスが逆にハルトを押している。
やはり、アイリスはここぞという時に力を最大限に発揮する子だったな。
そしてその時のやる気と根性はメンバーの中では一番上。
「無駄だ。お前の敗北は既に決まっている」
「勝ったな。この勝負」
「どうしてですか?」
「見ればわかる」
アイリスは攻撃のターンを与えないくらいの隙間の無い斬撃でハルトを力づくで押し出し、片膝を地面に着かせて疲れさせるとアイリスは次に真っ赤な片手剣を頭上に高く高く上げて再び詠唱を開始。
すると片手剣の周囲から莫大な炎がみるみると集合していく。
ある程度の炎が集まるのを確認してからアイリスは一呼吸して技名と共に大きく一直線に解き放つ。
「バーニング・バスター!!」
放課後では威力をわざと押さえめにしていた技を本気で放つのは初めて、この目で見た。
まさか、壁の一部をバラバラにする程の最強の技だったとは。
放課後に本気で放れたら、これは洒落にならない。
とはいえ部屋の壁を粉々に潰されているもんだから俺は校長からお怒りの制裁を喰らわなければならない可能性は充分にあるが。
「くっ、最後の最後に油断したか」
「試合は終わりにする。後は自分に与えられた事をしっかりと気持ちを込めて謝罪しろ」
敗北と突きつけられたハルトはふらふらと身体を起こして正面で力を最大限に解放したばかりで疲労しているアイリスに地面に頭をつけて、今までの行いの全てを彼なりに謝罪する。
「昨日の言葉は…少々度が過ぎた。まさか、こんなに強いとは思わなかったんだ。最初にハート教官にやられている時にその思いは強かった。だが、これからはお前には対する態度を改める。すまない」
土下座をこの目でしかと見たアイリスはどうすれば良いのか戸惑っていたが、やがて吹っ切れた表情でハルトに顔を上げるように促してから手を差し伸べる。
「私はこれからどんどん強くなっていきたいし、ハルト君とも仲良くやっていきたい……だから今日からは友達として、私の事をアイリスと呼んでほしいな」
「アイリス。これで良いか?」
「うん!!」
何とか事態は良い方向で決着が着いたな。これでハルトにもアイリスとレイピアの三人で程良いチームプレーが出来る筈だと内心期待している時にアイリスの一言で余計な言葉を告げる。
「ハート教官!せっかくですから私達四人で教官おすすめの料理店で祝パーティーを開催しましょうよ!こうして会えたのも貴重だと思いますし」
うぐぐっ、昨日の昨日レーナに夕食に行かされたばかりなのに……。くっ、今回は仕方無いか。気持ちを切り替えて帰り道に気になっていたお店に連れていく事にしてやるか。
「メインが肉で楽しめる店に連れていこう。俺が出発する前にお前らは玄関で待っとけ」
一度6時限で持ちっぱなしであった教材が仕舞ってある黒鞄を自室の机に置いてから、玄関で待っていた3人を引き連れて街の中心街にある肉がメインの洋食屋に入って当たり障りのない食べ物を注文すると旨そうな肉の匂いが漂う料理が共にテーブルの真ん中に彩りどりに並べられていく。
「かなり美味しいです!最高!」
「中々の美味ね。」
「後はお前達を鍛えて、2ヶ月後に開催される軍事祭で立ちはだかる5人の生徒を完膚無きまでにぶっつぶす。その為に明日からはーー」
「すいません、この肉のボイル焼きをもう一個下さい!」
話聞けよ。特にアイリス!
「へぇ、中々面白い話をされていますね。軍事祭……ふむ、実に興味深い」
俺だけ項垂れていると後ろから地味なコートを着た中年の男性が俺の話を聞いていたのか興味深い表情で自前の眼鏡をクイッと上げる。
「人の話を勝手に聞くのはプライバシーの侵害だが」
「あぁ、それについて大変失礼しました。なにせ、こんな夜遅くに制服を着た生徒と教官らしい服装が楽しそうに喋っていたので……隣で孤独に食べていた私も耳を傾けてしまいましたよ」
1人でこそこそと食べるなんて友達が居ないんだろうな。ある意味可愛そうな奴だ。
俺は内心御愁傷様だと心の中で合掌すると中年の男性は話が終わったのか、会計を済ませて再び近付くと俺達に会釈して別れの挨拶を告げながら出口へと向かう。
「では私はこれから用事があるのでこの辺で。そこに居る3人の生徒さんと良き一日を送って下さい。レグナス・ハートいや……漆黒の死神」
……こいつ!
「待ちやがれ!」
出口に出やがったか。まだ間に合う筈……?居ないだと。
「どこに消えた」
俺はくまなく周辺を探す。しかし真っ暗闇という事もあってか最後に俺の通り名を告げた中年の男の姿は何処にも見当たらない。
「……あの男」
俺の通り名は普通の一般人なら知られない名だ。知る者は裏で帝国軍に抗う反逆者。つまり。
「ハート教官。あいつは」
「ハルトか……奴は一瞬にして消えた。戻るぞ」
もう探しても無駄だと悟った俺は諦めて店に戻ろうとするが、ハルトは真顔で立ちはだかる。
「漆黒の死神とは何ですか?」
さて、どう切り抜けようか。