番外3陣:散りゆく風に決別した少女が見届ける想い
アグニカ帝国特務案件部隊に所属するミュー。
部隊の中では最年少であり幼き顔立ちが印象的で首に白のマフラーを羽織る彼女の過去が記されたお話。
この話では彼女がどのように部隊に配属され今に至るのかが描かれています。
そして本編では謎だった夏の疑問点(光の都の特別実習)の問いにも答えが出ます。
「ガルドの村にある洞窟にて蛇の毒牙と名乗る組織の存在を洞窟にて確認。取締部隊の隊員を数名送り込むも返り討ちに遭い失敗に終わるか」
「ガルドと言えば、地形が複雑な上に山とか崖とか沢山ある場所でしたっけ?」
帝国暦003年の5月の初め。複雑に地形が入り乱れるガルドという村にて組織の成敗に力を入れ込むも余りの場違いな強さゆえに失敗の報告文が上層部から特案部隊に回され、今や任務として任されるという顛末に至る。
特案部隊のムードメーカー兼弄られ役に型がはまっているクロノはガルドの詳細地図に頭を悩ませる。
「はぁ。こりゃあ行くにも時間が掛かる上に谷や崖が多すぎて目標地点に到達する前に足が折れそうだな」
「クロノ、貧弱過ぎ」
ぐだぐだと文句を垂れるクロノに呆れたような目線を送るミューは今日も変わらぬ小さくつぶらな瞳に白色のマフラーで緑色の目に優しい小柄な身長で適当な椅子に着席するや否や机の上にあった報告文を珍しくペラペラと捲りまくる。
普段文章を読む事無く任務に入るミューに違和感を抱いたクロノはじっくりと文章を目で追っているミューに一言囁く。
「ミューちゃん。何かあったのかい?」
「どこか変?私は正常だけど」
「いや。でも、ミューちゃんにしては新聞とかいう文章の固まりを読む姿は珍しいと思ってね。普段はそういう事をしないからさ」
ミューは文章の中にある頬に蛇の模様を浮かべた女性という一文を見つけるとクロノに悟られないように息を飲んでから適当に会話に合わせる。
「そうだね。私は基本的に文章なんて、どうでも良いから相手にしない」
「じゃあ今日に限ってはミューちゃんに取って重要な任務と言えるじゃん」
適当に突かれたクロノの言葉に内心面倒臭いと思いながらも隠した所でどうしようもならないと判断したミューは今回の任務に置ける内情を打ち明かす事に決めた。
「私は小さい時からスネークに育てられた。勿論スネークと共に一緒に居た仲間達とも。けれど、ある日の襲撃任務にて私は突然スネークに見放された……何も悪い事なんてしてないのに」
「酷い事をしやがるな。まさか、首にマフラーを年がら年中巻いているのは」
首に巻きつけていたマフラーを晒し出すと首には刃物で斬られた鋭い傷痕が生々しく残っている。
ミューは斬られた傷痕を指で擦った後にすぐさま真っ白のマフラーを首に巻き付ける。
「スネークに切り裂かれた傷は一生消えない。けど、それでも再び会えるのなら何故私を捨てたのか理由を直接聞かないと気が済まない」
「よっしゃ。ならさっさと出陣だ!ミューちゃんと俺で敵のアジトを血祭りにしてやろうぜ!」
息巻くクロノ。しかし、それに反してミューは密かに萎縮する。特案部隊として配属されたミューの任務は蛇の模様を刻んだ女性とその他の部下の撃退。
昔は家族のように接し共に戦場を駆け抜けてきた仲間達が今や敵として合間見えるという事態。
別任務に赴いているレグナスと合流を果たせないままに目標地点であるガルドに到着しようがミューの心は全く晴れない。
「ミューちゃん。今更だけど帰るか?きっと、ここから先はもっと苦しくなるかもしれないぜ?君がいつまでもそんな調子で居ると俺達の任務に置いて失敗する確率が格段に上がってしまう。それなら居ない方が俺としてはよっぽど良い」
突き放す言い方をするのは何よりも辛い想いを呼び起こし、再びスネークとその連中に会った際に躊躇する心が逆に危険を招くと判断したから。
クロノが見る今のミューは非常に脆い。
「いや、それだけはごめん。私は今日に置いてスネークと再び合間見える為に来た。ここまで来て置いて後になんか退けない」
両手にダガーを握り締めるミュー。対してミューの吹っ切れた想いを聞いたクロノはデヴァイスから得物である鎌を変幻自在に振り回してから意気揚々とテンションを上げる。
「目的は洞窟に今も潜む蛇の毒牙!レグナスを除いて俺とミューちゃんの2人だけだが圧倒的な力で黙らせてやろうぜ!」
「任せて。けれど次からちゃん付けは禁止……そういうのは恥ずかしい」
「だったら、静かなる風ちゃんで」
「却下」
「でも、呼ぶ」
相手にするだけ面倒に感じてきたミューは意気揚々と荒ぶるクロノを差し置いて先陣を切っていく。
特案部隊の中で小柄であり柔軟な動きが可能なミューは素早く地面を蹴って、遠くで観察している蛇の毒牙らしき者達を岩の障害物などを利用して潜入のタイミングを窺う。
「俺が片っ端にぶっ殺してやるよ」
「それは駄目。見つかって通報されたら洞窟の中で待機している連中が大量に湧いて出てくるから相手にするのも面倒」
「じゃあ、どうすんの?」
ミューは敵の出方をじっくりと時間を掛けていきながらタイミングが合う所ですかさず目にも見えない音速の早さで2人の見張りを切り裂くも血が出ていない。
良くも悪くも家族として接していたミューの中途半端な思いが影響を強くする。
「ミュー。そろそろ切り替えていけよ……でないと先に逝くぞ?」
「分かった。良い加減に切り替える」
今までに世話になった組織の過去のしがらみを脱ぎ捨てるとミューは息を調えてから本丸である洞窟に奇襲を駆ける。
しかし思いの外侵入に予想していたのか事前に敵が罠を貼って待っていた。
「不審者が来ているとボスから知らせが入っていたが、まさかミューが来ていたとはな。まだ、しっかりと生きていたとはな」
「生きていた事が驚きだった?」
「いや。ミューは確か戦場を駆け抜けていた漆黒の死神に拾われていたとの情報があったからな。まぁ、そうやって刃を向けているという事は俺達とやりあう気力は充分にあると言う事だけは分かったぜ」
ミューと馴れ馴れしき話すサングラスの大男は手持ちのハンマーを豪快に振り回して地面を叩きつけると周囲の部下にクロノとミューを指差して迫力ある声を荒げる。
「野郎共!久々の上玉だぁぁぁ!たっぷりと可愛がってやれぇぇ!」
「「おー!」」
「交渉の余地は与えないか。まぁ、そう来るなら俺達もそれ相応に答えてやるぜ」
群がる敵を得物である鎌で一掃しながら、一直線上に凪ぎ払う遠距離魔法を解放して敵の戦力を削っていくクロノ。
ミューは軽快な動きで迫ってくる敵をワイヤーのように伸縮自在に凪ぎ払ってから縦横無尽に切り裂いていく。
武器を身構える敵は洞窟に侵入にして来た2人の実力に酷く驚き一部の者は腰を引いていた。
だが、大男は押されている事態になろうとも一歩も引かずに前に出るとミューとクロノの行く先に立ちはだかる。
「いや~、油断したな。ここまで上玉だったとは」
「やれやれ、おっさんは俺達若者の実力を侮りすぎだぜ」
「そうだな。せっかくだから俺直々に制裁してやるよ!」
大男の振るうハンマーを真正面に受け止めるクロノ。その隙に背後へと回り込むミューの気配を察した大男はハンマーを1回転させて周りの小さな石を吹き飛ばす。
ミューは大男の振り下ろすハンマーをダガーで受け止めようとするも武器の違いが影響に出ているお陰かまともに受け止める事が出来ずに遠くの方まで吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた身体に身を任されながら手に持っているダガーをワイヤー状に射出するも大男は軽々と跳ね除ける。
「どうした!その程度で終わるならお前を退けなかった奴等にも責任がありそうだな!」
荒ぶる大男。形勢逆転に陥った状況下で大男に相手をされなかったクロノは又しても迫り来る敵を完膚無きまでに切り裂いてから血に染まりまくった鎌を力任せに振り下ろす。
「ここは俺だけでも食い止めてやる。ミューは急いでボスの元に行きな!そこで色々なしがらみを吐き出せ!」
「うん。クロノに任せる」
足止めを図るクロノに心の中で感謝しながらも、洞窟の奥にある暗闇の中へと入り込んでいく。
ミューが過ぎ去った後に大男はふと笑いながらも目の前で歯向かうクロノの相手を始める。
「本当は行かせたくなったのだがな……ボスの為にも」
「何?」
「行くぞ!覚悟せい!」
洞窟の手前でこだまする武器同士の激しくぶつかり合う音が耳に轟く中で奥へと急ぐミュー。
敵が全く現れない事に警戒心を持ちながら進んでいくも敵は一向に姿を晒さない。
「どういう事?まさか、ボスは私を待っているの?」
暗闇の中を駆け抜けていく最中に響く水溜まりの水が弾く音。そして道中に奇声を上げながら逃げていくコウモリ。
警戒心を保つミューは何事にも落ち着きながら、奥へ奥へ足を早めるとある地点で一転だけ光に晒されている場所を発見。
結局敵が出没しない中で辿り着いたミューは辺りを一周して見回す。
「逃げられた?」
「部下を投げ出して置いて単身で逃げる程ボスは貧弱じゃないよ」
背後からの奇襲にミューは素早く対応する。ボスらしき人物は両手に構えるダガーを目にも見えぬ速さで追い詰めていく。
ダガー同士の戦いでも技量の方が圧倒的にボスの方が上であった戦場にミューは後ろにじりじりと押し込まれる。
「くっ!何故……どうして!私を殺そうとしたの!私達はあの頃までずっとーー」
「家族だって?もう、そういうのはうんざりなんだよ!」
「スネーク!」
スネークの切り裂く刃が腰の方に当たる。ミューは腰に流れ出した痛みに歯を食い縛りながらも力任せにスネークを押し倒してから、その場で発動させた風の魔法で遥か後方に吹き飛ばす。
しかし吹き飛ばされていようと全く怯まないスネークは壁を足場として利用すると、その場で身体を大きくねじ曲げて変則的な動きで小柄なミューを執拗に追い詰める。
「風魔法の扱いが良くなった。けど、それだけじゃあ私を致命傷に追い込めないわよ。やるなら本気で掛かってきなさい!」
「その前に聞きたい事がある。あの日あの時、何故スネークは私を殺す行動に移ったの?それまでは私を可愛がってくれていたのに!!」
ミューは知りたかった。小さい頃からずっと子供のように可愛がり時に厳しく接してくれたスネークがある部隊の交戦の中で突然豹変して自分を殺そうとしてきた動機を。
今まで、ずっとスネークに会う事が叶わずに今日まで生きてきた自分にとっては非常に重要な事。
戦闘中にも関わらず質問をしてくるミューにスネークは鼻で笑いながらも炎に適した赤い魔法陣を展開して何の変哲も無い場所からの大量の火の玉を浴びせる。
それに反してミューは咄嗟に機転を効かせて真正面に風の壁を作って自分に火が当たらないように防御。
両者はそれぞれの想いを抱いて後退りはしなかった。
「そんなに知りたければ私に勝ってみな。そしたら、包み隠さずに話してやるよ!最もミューに私を越える事が出来るもんなら是非ともやってみて欲しいもんだがね!」
「馬鹿にしないで!私はスネークに捨てられた日からあなたに真意を聞こうと会うまでに鍛えていた!レグナスと共に」
攻防戦が繰り広げる中で突然スネークに殺されそうになったミューは泣きながら別のどこか遠い所にひたすら走る。
だが、その最中にぶつかってしまった人物はぶつかった場所を擦りながらも小さくそして首元が血塗れになっていた少女に引く事無く掌を差し伸べた。
「お前、怪我してるな。あっちの方で何かあったか?」
後ろに青い髪を一括りにして束ねる青年はさっきまで起きていた突然の出来事に意識が無い中で青髪の青年は自分をおぶって安全そうな場所へと運び込まれる。
その時内心感謝しながらもさっきまで突然起きてしまった出来事に耐えられなかったミューは勝手に口が滑り始める。
話を最後まで欠伸もせずに真剣に聞いてくれた青年はある提案を持ち掛ける。
「なら、こうしよう。お前は自分が成し遂げたい事の為だけに俺の所で実力を付けて見返してやれ!それまでは黙って付いてこい」
あの日に起きた出来事を走馬灯のように振り替えるミューは今度こそ、やっとの思いで偶然にも再開出来たスネークに自分が捨てられた理由を聞き出すが為に血塗れであろうが果敢に挑んでいく。
先程までとは雰囲気が異なるミューに違和感を抱きながらも徹底的に抗うスネーク。
ミューは休む事無く手持ちのダガーを器用に振り回す。スネークもそれに応えるかのように応戦する。
両者共に容赦無い斬撃が入り乱れる中でミューは大きく後ろに退いてからスネークの周囲に大きな竜巻を発動をするとスネークは不敵に嘲笑う。
「トルネード・レボリューション!!」
「面白いわね。こうなったら、とことん付き合ってやるよ!」
ミューとスネークは常人では身体の身動きが取れない程に威力が激しい竜巻を我が物顔を浮かべながらも互いに降りかかる斬撃とぶつかり合いながらも簡易な魔法で牽制を掛ける。
だが、これでも決着がつかない事態にイライラしたスネークは荒れ狂う竜巻を土台のように柔軟に身体を動かしてからミューの顔に刃を突き立てる。
この時、ミューは軽やかな動きで身体を横に回して上手く技を回避してからスネークの手と足の両方をどこからともなく出現させた鎖で完全に拘束。
ミューは両手に構えたダガーを強く握り締めて自身とスネークが形成させた荒れ狂う竜巻を見事に足場代わりとして縦横無尽に切り刻む。
「チェックメイト」
荒れ狂う竜巻が消え去ると瞬間、スネークは見事なる敗北に微笑む。
ダガーをその場で投げ捨ててスネークの元に駆け込むミューは今一度答えてはくれなかった質問を問い正す。
「さぁ、答えて!何故あの時……私を殺そうとしたの!」
意識が朦朧としている姿にミューは泣きそうになる。それは昔から育ててくれた親との別れが近いから。
泣き顔を浮かべるミューに対してスネークは今も混濁した中で小柄なミューの頬を優しく撫でていく。
「それは……私達の場所から一刻も離れて欲しかったから。ミューが私達と居ればいずれ耐えられない人生を謳歌する。身寄りの無いミューを拾ったのは私の大いなる責任。でも大きくなっていくあなたには私達と違った素晴らしい人生に旅立たせたかった。私達のようなろくでもない組織とは違ってね」
帝国と争い合う戦場の最中に、まだ言葉も発する事が出来ない小さな小さな少女に偶然にも居合わせたスネークは少女の儚い表情を見て拾い上げた。
それからは少女に与えられる物は出来る限り与える事でつまらない人生をより良くした。
時には親バカだと言われようとも少女だけは親のように暖かい目で成長を見守る事何十年。
親として少女にミューという名前を名付けたスネークはふと立ち止まる。このまま私達の組織に居させて良いのだろうか?と。
何よりもそして誰よりも可愛いミューには血塗れた組織に居させるよりも、どこか遠い場所で幸せに暮らして欲しいと願うスネークはある日の真夜中に部下を召集して相談を持ち掛ける。
「私は……可愛いミューをこんな場所に居させたく無い」
自分の持てる技術を惜しみ無く与えそして著しく育て上げたミューのすやすやと寝顔を横目で見ながらも緊迫とした相談。
部下はスネークの優しい顔付きに戸惑いつつ意見を出しあった。そして長い時間を経てまとまった意見……それが。
ミューを置き去りに、かつ親の立場であるスネークが嫌われるように話を運ぶ事。
その意見に苦渋の顔を浮かべながらも承諾したスネークは作戦の決行日に特案部隊と帝国軍が迫り来る状況下で我が子のように可愛がっていたミューを芝居でありながらも刃でを突き立てて追い込んだ。首に切り裂いた傷を心の中では何度も何度も謝り倒しながらも。
ごめんね、ミュー。あなたは私達とは、もっと別の素晴らしい人生を歩みなさい。
「でも最後の最後にミューに出会えて良かったわ。これで悔いは無くなっ……た」
力を無くした腕は地面に落ちていく。自分を親心として捨てたスネークの微笑む姿に涙を一粒一粒垂らしつつ服の裾で涙を拭き取ってから特案室の責任者であるドミニオン大佐に状況報告をしてから、その場を名残惜しくも後にする。
そうして出口を目指していく間にも意識を途絶えた敵を辛いながらも光を目指す。
「さっきまでは快晴だったんだけどな~」
出口付近で待機していたクロノはぼろぼろに着崩れした服を気にしながらも泣き顔が隠れていないミューを気に掛ける。
「カタ……付いた?」
「うん。私はこれからも特案部隊を代表する1人の兵士として生きていく。例えそれがスネークに望まれていなかった道だとしても」
波打つ雨に決意を新たにした瞬間、どんより雲の一点から眩しい太陽が切り開かれる。
ミューとクロノはその眩しい太陽を片手で押さえながらも天気の回復に満面の笑みを浮かべるのであった。




