第10陣:これからの関係
6月半ばに開催された軍事祭に見事優勝を果たした0組。この勝利を誰よりも喜んでいたのはクロノであり、まるで自分の事のようにはしゃいでいた。
しばらくして普段通りの授業を3人の生徒に指導しているとクロノと偶々付いてきたと思われるミューがいきなりアポイント無しで教室の扉を開ける。
何でそんな勝手気ままに現れる?お前らが来ると余計な事になるから控えろよ。
「いやぁ、0組優勝おめでとう!君達はレグナス教官に選ばれし最高の生徒だ!」
「ハート教官。この人達は?」
この場で特案部隊の情報を生徒や教官に教えてはならないと事前に幹部から口止めされている俺は何とかはぐらかす方向へと話を進ませる。
「知り合いですか?」
「帝国軍で付き合いがあって、そのよしみだ」
「俺はクロノ。そこの隣に立っている小柄な子はミューだ」
「宜しく」
Vピースを呑気にするミューと無駄に殴りたい笑顔を振り撒くクロノ。こいつらが居ると気が散るのでさっさと用件を聞いて追い返してやる。
「何の用事だ?お前達が居たら授業に集中出来なくなる」
おい。何故勝手に黒板のチョークを使って文字を書き始める?
「レグナス、今は黙って見ていて」
クロノは文字をツラツラと書いていく。そうして最後まで見届けると文字には、こう書いてあった。
7月の実習地は光の都ラストピアに決定!!!……と
「何だ、何故お前達が場所を決めている?」
「悪いな。実は0組で今も懸命に働いていらっしゃるレグナス教官の補佐として、レグナスが去ってから任命されていたんだよ。お陰で下準備がたんまりとあったが……今は良しとしようか」
軍事祭が始まる1週間前には特別実習の件については考える必要は無いという大佐からの指示については既に行き届いてはいたが……まさか、こいつらが準備をしていたとはな。
それにしても、この0組は何故裏の任務を基本とする特案部隊が請け負っているんだ?未だに0組を創設した張本人も出てこないから余計に謎だ。
「7月の時期になると光の都ラストピアは夜に最高のショーを繰り広げられる事で知られている。俺もいつか自慢できる彼女と甘い時ーー」
「夜は物騒。光の都ラストピアは表では賑やかな一面を持っているけど、見えない所では闇の取り引き屋が行き交ったり危険物などを一般人に売りつけたりしている」
光の都と呼ばれしラストピアは光だけが存在していない。無論闇もあって、帝国軍の代わりに違法捜査や巡回などで検挙する集団として一目置かれている帝国取締部隊が存在する。
しかし一日に何回検挙しようが、懲りずにどんどんと闇の商売人が徘徊するので一部の人からは見えない闇の都として揶揄されている。
「ちょ!俺の話を聞けよ!」
「レグナス、これは私達が発注した任務。基本的に危ない任務は無いから」
一通の分厚い書類の内容は……
「ふん。なるほどな」
「ハート教官、内容は?」
「それは実際に到着してから渡してやる。今は残り少ない授業に切り替えろ」
さっさと帰れという俺なりのジェスチャーを送るとクロノは小首を傾げるがミューは把握したのか小柄ながらもクロノを力ずくで引きずって教室を出るのを見て、途中で止めた部分を再開する。
「属性魔法の長所と短所からだったな。再開するぞ」
もう一度機会があれば大佐の口から0組を創設した理由について問い詰めてやる。さすがにこのまま何も知らずに教官職を続ける訳にはいからないからな。
※※※※
アグニカ軍事学校よりも北の位置にあるアグニカ帝国一番の象徴であるアグニカ城の最上階で周りの景色を眺めている男が手を腰に回して威風堂々と待ち構えると立派なドアからノックの音が何回か鳴り響く。
「入りたまえ」
「失礼致します」
入室許可を頂いた男は自らの名前を名乗り報告を告げる。
「マルクス宰相!ドミニオン大佐、ここに0組についてのご報告を申し上げさせて頂きます」
アグニカ帝国に置いてロイド陛下から絶大なる信頼を置かれているマルクス宰相はドミニオン大佐の口からこれまでに0組が成し遂げた事を事細かく説明するように求めると、ドミニオン大佐はガチガチに震える身体を無理矢理に封じながら分かりやすく説明する。
「レグナス・ハート教官の指導もあり6月に開催された軍事祭にて見事優勝を果たしました。しかし、軍事祭の最中にドレイクと名乗る謎の人物がマッカン少佐を拉致。これをレグナス教官と0組の生徒達によって阻止されました。未だに具体的な目的は明かされませんでしたが……」
「私を出し抜こうとしていたのだろう。考えが浅はかだったようだな。して、これからの0組の方針はどうなっている?」
「はい。7月は実習でラストピアの任務。その後はレグナス・ハート大尉による独自の授業を受けてもらって9月には次の実習地であるマリアント要塞へ行って貰う手筈です」
「報告、ご苦労だったな。特案部隊は引き続き軍事祭を奇襲したドレイクなる人物の調査と及び背後にある背景を徹底的に調べろ。無論どんな手を使っても私は咎めない」
「はっ、承知しました」
マルクス宰相に話す報告を終えたドミニオン大佐は扉に向かって再度敬礼をしてから部屋を去るとマルクス宰相は遠くに見える建物の町並みをガラス越しで見つめながら、ふと笑う。
「これから起こる時代に……君達はどう学ぶか、実に見物だな。精々怠らぬように精進したまえ。0組の生徒それにレグナス・ハート教官」
視線を机に戻して手に取る別の報告書。内容は南部に位置する遺跡にて古来の者に封印された召還獣サタンの度重なる震動。
「さて、こちらはどうするべきかな?」
召還獣サタンを無闇に刺激する事は復活を招く可能性もなきにしもあらずと考えるマルクス宰相の心は穏やかではいられなかった。
※※※※
授業を終えた俺は一度校長に実習の行き先などの報告をした後、色々とお言葉を頂戴してから部屋を退出した後にデヴァイスでレーナを呼びつけて都合の良い場所で落ち合う約束を交わす。
「まだ来ないのか」
現時刻、夕方の4時。帝都ラグナロクの付近にある緑の木々が生い茂る公園の近くにある手頃なペンチで待ち合わせの為に辛抱強く待ってるが、一向に来ないな。
「はぁ、呼びつけたのは俺だが……約束の時間を5分越えてるぞ」
約束していた時間に来ないレーナに溜め息を漏らすも公園には無邪気な子供とその姿を見守る母の姿しか目に写らない。
しかし、それは背後から両目を塞がれる事によって唐突に終わる。
「誰でしょうか?」
「5分遅刻した事について、何か言い訳は?」
「あら、時間を気にするのは男としてはポイント低いわね」
「ああ言えばこう言う奴だったな……お前は」
レーナは目隠しを止めて俺の隣に迷わず座ると公園を素通りしていく一般人はレーナの姿をチラチラと見ている。
「私も人気になったわね」
「お前は黙っていれば、それなりに綺麗な方だからな。無理も無い」
「ふ~ん。へぇ」
何かおかしい事を言ったか?それにしても……何でレーナはニヤニヤしている?俺は思った事を口に出したに過ぎないのだが。
「で、用件は何かしら?」
レーナを呼びつけたのは、今後の0組で相談などする際に近くに居て欲しいので0組の生徒として編入して欲しいという事だ。
決して仲間が居ない環境で寂しいとか、断じてそういう事では無い。
「あらあら、そろそろ私が恋しくなったのね」
「馬鹿言え。お前が0組に入ればある程度まとめる力があると見込んで頼んでいるんだ。それに今後困った時があったら、すぐに相談が出来るしな」
「なるほど。レグナスにしては良い提案ね!私もそろそろ歩き回るのに疲れていたし付き合ってあげるわ」
取り合えず、レーナの許可は取れた。これで後はドミニオン大佐にレーナを編入させるように頼み込めば、何とか来月までには編入可能だろう。
今後0組で何かあったら気軽に相談出来るな。
「じゃあ、話は終わりだ。どっかに行きたければ、どっかに行ってこい」
「それも良いけど……久し振りにゆっくり出来そうだから、ちょっとだけ昔話をしない?」
特に時間も気にしていない俺は久々にレーナと適当なたわいもない雑談を繰り広げる。
レーナとの話で印象的なのは、初めてアグニカ帝国の兵士となってレーナと共にアグニカ帝国反対派のある軍事施設を片っ端から潰しに掛かった時。
その時に俺とレーナで独断専行し過ぎて周りの兵士と軍を指揮していた軍団長の目がまん丸になってしまった。
結果的に俺が独断専行した後に軍団長から注意を受けてから、ある程度頑張って集団行動とやらを半年までおこなう。
それから間もなくして、上から特案部隊の初の隊員として異動せよとの指示を受けてから俺とレーナは共に特案部隊に着任する事となり何件かの任務をドミニオン大佐の的確な指示を受けながら片付ける。
そうして仕事を続けていく内にお調子者でありムードメーカーのクロノと小柄でありながらも俺よりも素早い動きを簡単にやってのけるミューが入隊した事で、上の者が設立した特案部隊は軍にとって頼られる存在となった。
「あの時のレグナスはとにかく暴れていたわね。今は凄く大人しくなったけど」
「教官職で暴れる機会は無いからな。これもこれでありだと思うが……」
「特案に戻りたい?」
どうだろうな。最初は話をどうにか断れないか思考を巡らしている時もあったが今ではこれで良いかと思っている自分が居る。
「教官の仕事は全うさせて貰うつもりだ。あいつらが無事に卒業するのを見届けたら……」
「戻るかもしれないという事ね」
それにしても、レーナと話し込んだお陰で空が沈みかけてきている。そろそろ東校舎に戻って明日の備えをしておくとするか。
「レーナ、帰るぞ」
話を切り上げた俺は座っているレーナに一言告げると、さっきまで俺をいじめて楽しんでいたレーナの表情がいつになく険しくなっている上に俺の瞳をじっと見つめる。
「何だ?まだ話があるのか?」
「これから私達はどうなっていくのかしら?」
どうもこうも無いだろ。俺はお前の使い手として今を生きていく。それが答えだ。
「お前は俺のパートナーと呼べる存在であり頼れる存在だ。これから先どんな事があろうがな……これで充分か?」
解答に不安になった俺は堪らずレーナにこの答えが充分かどうか遠回しに聞くと、レーナは余り喜ばしくない表情を浮かべた後に顔色を変えて去り際に一言告げる。
「それじゃあ先に東校舎で寝ているわ」
「あぁ」
結局あいつは俺にどんな回答を求めていたのか?こればかりは本人に聞かなければ知る由も無いだろう。
「たくっ、何考えてんだか。さっぱりだな」




