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5.サツキの約束

 お昼時のおいしそうな匂いのする食堂街をぬけて、マオとセリエはもと来た道を帰っていきます。セリエは料理の匂いが気になって気になってしょうがなくて、思わずマオに話しかけそうになるのですが、さっきからのマオの困惑の表情にきっかけを見つけられないでいます。横目でショウウインドゥに写るセリエの姿を見ながらマオは、思い切って昨晩の事を聞いてみる事にしました。

「あの……おまえさ、昨日の夜なにしてた?」

セリエは期待していた質問とちょっと違ってたので?な表情をしましたが、しばらく考えて

「へへ、ねちゃったみたい……それよりね、この……」

「寝てるときは何してんだ?」

 マオはセリエの言葉をさえぎるように質問を挟み込みました。セリエはちょっと引きましたが、んー、と空を見上げて考えると

「あのね、ネムネムのときはね……ゆめ、みてるよ。ラファエルさまがいろいろおしえてくれるの……でもね、いっつもわすれちゃうんだ!へへへ」

「ラファエルさま……?」

「うん!セリエのせんせいだよ!でもセリエ、おいだされちゃったんだけど、どうして昨日も会いにきてくれたのかなぁ……」

「……ふぅ」

 もうマオはたいていの事では驚かなくなっていました。でもそれはセリエの存在を認めた事になる訳で、そんな大それた話を現実の事として受け止めている自分に対してマオは、軽い自己嫌悪と得体の知れない高揚感を感じていました。

「あ!おねーちゃんだ!」

セリエの声にはっとしたマオは、彼女の指さす方を目で追いました。サツキと同級生らしい少年が、話しながらこっちへ向かってくるのが見えます。

「やべぇ……おい!こっちにこい!」

 マオはセリエの手をつかむと、あわてて目の前の店に飛び込みました。そして店員の案内を聞きもしないで一番奥の、衝立で区切られた席に座りこむと、はずむ息を押し殺しながらセリエにも座るよう促しました。

「あいったた……はぁ……」

「……何でこんな時間にあいつらこんなとこぶらぶらしてるんだ!……」

マオは息を殺して衝立にかくれるようにじっとしています。店内のお客さん達は突然のマオの来訪を怪訝そうな顔で見ていますが、今のマオにはそれを気にしている余裕はないようです。セリエはとりあえずちょこんと大人しく座ってはいますが、マオの事が気にはなるようで、テーブルの上のデザートのPOPに向かってぶつぶつ言いながら気を引こうとしています。

「いらっしゃいませ♪」

ウエイトレスの声にびくっとしたマオは、あせって顔を上げて周りを見ました。目の前にはPOPをにらんでるセリエ、マオの視線に気がつくと目をぱちくりさせて

「ねえ、これなあに?」

「あ……それね……それ一つ下さい」

「かしこまりました」

 ウエイトレスがキッチンへ戻ると、マオはほっと胸を撫で下ろしました。下手すると不審者扱いされるところだったな……とマオは今更ながら自分の怪しい行動を自覚しました。ヘンな風に見られたけど、何とかごまかせたかな……やれやれ……マオはようやくセリエを気にかける余裕ができて、POPをぐるぐる回している彼女に話しかけました。

「わりいな、その……急にハラへっちゃってさ」

「ハラ?ねえ、このお花の絵、きれいだね!どこに咲いてるの?……」

「はは……」

緊張が解けたマオの安堵の表情にセリエはほっとして、手に持ったPOPの説明を聞こうと身を乗り出した時、不意に聞き慣れた声がすぐ後で聞こえて来ました。

「何食う?ここのお好み焼きでかいけど、湖川なら軽いよな」

「もう!でもおいしそうね」

マオは血の気が引く思いでした。サツキ達がよりによってこの店に入って来たようです。しかもすぐ隣の席に座るとはッ!とりあえずぶつぶつ言ってるセリエに小声で、

「しずかにしてろよ……ぜったいしゃべるな」

マオの鬼気迫る表情に異変を感じたセリエは、だまってこくんとうなずきました。マオは耳をそばだてて、壁の向こうの会話を聞いていました。


「湖川さ、これから何すんの?」

「そうねえ、明日テスト数学だし、勉強しとかなきゃ!かなぁ……」

 サツキと同級生の少年は、マオの隣の衝立一枚はさんだ隣で親しげに話していました。

「宮武君はやってる?今度の先生さ、班ごとに競争させるじゃない、あれヤダよね。」

「そうそ!俺何かみんなに悪くてさぁ……な、ちょっと教えてくんねえか?あとで俺んち行こうよ」

「え?……あ、いいけど……でもなぁ……」

マオはとなりの会話を聞きながら、サツキとの距離が離れていっていることをを感じました。小さい頃から兄弟みたいに過ごして来たサツキ、マオが小柄な事もあるけど今じゃ見上げるくらいノッポになっちゃったし、話す事もどこか大人びてきていつもバカにされてるような気がするし、親しかった周りの人たちが自分を置いてどんどん先に行ってしまうという実感が、いつしかマオを深い劣等感で包んでいたのでした。

「……でも、真桜……いや姫野くんの家寄ってかないといけないし、大丈夫、なんとかなるって!」

「姫野ォ〜?あいつまだ生きてんのか?あんな女みたいな奴ほっとけって」

「うん、でもさ、あの人家に一人暮らしだし……ちょっと心配なのよね。あっちのお母さんにはずいぶん可愛がってもらったしさ」

「いまは母さんいねえの?あいつ。リコン?」

「まだ小さい頃に死んじゃった。そのとき私もいたんだけど、頼まれちゃってね……」

「ふーん、でも昔のことだろ?今さらそんなのどうでもいいんじゃねーの?」

マオは宮武の小馬鹿にしたような物言いに今にも声を上げそうになりました。サツキとマオと母さんとの約束は、マオにとって世の中の何よりも大切なものだったからです。が、ここで出て行ってどうとなる物でもないと思ったマオは、心臓ばくばくさせながらもなんとか堪えて聞いていました。

「ひょっとして湖川さ、姫野のこと好きなの?」

宮武は、大人のような声でサツキに聞きました。あら、この子はもう声変わりしてるのね。サツキはどぎまぎしながら、

「そ……そんなことないけど……やっぱほら、最近自殺とか多いし、そんなんなっちゃったら気分悪いしさ」

「そんな弱い奴、いなくてもいいじゃない。だいたい野生じゃそんなひ弱な奴真っ先に食われるぜ、あははっ」

それを聞いているマオはもう悔しくて悔しくて……今度こそ宮武を殴りにいこうと拳を握りしめました。でも身体の小さなマオがかなう訳はなく、サツキの前でバカにされてるのをただじっとして聞いてる事しかできません。マオは体を震わせて、こみ上げてくる憤怒に耐えました。

「帰るね」

 ふいにガタンといすを引く音がして、マオはドキッとしました。心臓が喉に詰まりそうになって、思わずげほげほと咳き込んでしまいました。

「おい、急になんだよ。おい、湖川っ」

「そういえばお買いもの頼まれてたっけ。ごめんね、誘ってくれたのに。また明日ね」

「あ……ああ、わかった」

どうやらサツキは店を出て行ってしまったようです。咳き込みすぎて涙が出て来たマオは息を整えながらそのやり取りを聞いていてほっとすると同時に、宮武の自分に対する感情にひどく失望しました。

「くそっ、あんな引っこもり野郎のどこがいいんだか…はぁ、無駄金だなぁ」

宮武は会計を済ませると、ふてくされた体で店を出て行きました。それを見送るマオの後で何やら小さい声が…

「ねえねえ、このお花、すごくいいにおいなの……」

 あらら、すっかり忘れてましたセリエ。テーブルには美味しそうな……ちょっと溶けちゃったけど、春のおすすめパフェ。心配そうにマオを見るセリエに

「ああ……いつ来たのかわかんなかった……ふふ、これ、花じゃねえよ」

と力なく笑うと、スプーンですくって食べて見せました。

「お……お花、食べちゃうの?」

「はなじゃなくて『パフェ』だって……とにかく食ってみろよ」

セリエは信じられない顔でパフェとマオを交互に見ました。まあ、天界にはそんなのないもんね。マオは自分のスプーンをセリエに握らせると、そーっとクリームをすくってやりました。セリエはマオの顔をまじまじと見てから、覚悟をきめた表情でパクっと食べました。

「!……これ、おいしいの!もうちょっと、たべていい?」

「心配するな、全部食べなよ」

「ほんとう?」

セリエは顔からお星さまがたくさん出てくるような表情でおすすめパフェを食べ始めました。それを見ながらマオは、さっきのサツキの行動に疑問を感じていました。

「……なぜ出て行ってしまったんだ……あいつ、俺のこと陰でこそこそ馬鹿にしてると思ってたのに……」

彼女が自分をどう思ってるのかはともかく、まだサツキに釣り合うくらいに成長出来てない自分に、マオは無性に苛立たしさを感じるのでした。

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