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39.夏の終わり、夢の終わり

「警部、今回の誤認逮捕についての……」

「……あぁ?」

河森は目をギラつかせて、書類を持って訪れた捜査員の顔を睨みつけました。その押し殺したような声と見て取れるような苛立ちの態度に言葉を途切れさせてしまった捜査員を見て、河森は小さくため息をつくと自分の大人げなさを感じたのか、急に気が抜けたように表情を和らげました。

「……ふふ、そう言われると本当に無能扱いされてるようだよ……はあ、始末書もんだな……」

肩をすくめてその書類の入った袋を受け取った河森に、言うべき事を飲み込んだままの捜査員は暫し返す言葉を無くしていましたが、すぐに自分がここへやって来た理由を思い出して、あらためてきりっとした口調で河森に報告を始めました。

「い……いえ!報告します!派遣した部隊が誘拐されていた少女を無事保護出来た事を取り上げられて、先日の出動に関する処分は行われないそうです」

「……何だって?」

河森は、その言葉がちょっと信じがたくて聞き返しました。礼状を取りつけ、強制捜査に踏み込んだ日の夜……確保したセリエを奪取して逃走したマオの行方がわからずに頭に血が上っていたのか、その時は全く気がつかなかった事実……要請を受けてしぶしぶ捜索隊を向かわせた誘拐事件のその経緯と結果は、まさに自分が追い求めていた127号事件の事象そのものだったのではないか……そして、それが一応の解決を見た後でなおもあの少年を追い込んでしまった自分……そうだよ、あいつはあの時点で「シロ」だったはずだ。だが、俺は……

「その中に、英国大使館からの書簡が入っています。さすがに40年前の事件なんて時効なんですね。もっとも、もう覚えている人もいないでしょうし」

「そうか……ふふ、見てみろ、養子縁組の証明書だ……セリエ・ブライトン、生年月日は……空欄だ」

「なんでも、孤児院から引き取られた子だそうで……生涯孤独だったブライトン卿の唯一の心のよりどころだったのでしょう」

「まいったね……まさか、あんなリングで身元が証明されてしまうとはな……」

河森は書類を捜査員に返すと、傍らに積み上げられた押収品の入った段ボールに目をやりました。この中にあの少女……湖川皐月の持って来た決め手のネガが入っていたとしたら、俺はそれを有用な証拠として取り上げただろうか……持論を撤回する事が出来ただろうか……あいつはあらかじめそれを察知して?……まさか……とりあえず守られた自分の立場と権限を享受する事に後ろめたさを感じながらも、河森はマオに対する敵愾心を払拭する事が出来ません。どうしても納得出来ない事……白昼のアーケードで無様に痛めつけられていたあいつ……それが、参考人の少女の示した写真の男の指を砕いたり、60メートルもの渓谷に落下して無傷でいられたり……どう考えても、尋常じゃないと思わないか?……河森はそう自問を繰り返しながら、自分の見て来た事と現実の答えとの差異に目眩を感じるのでした。

「悪い、ちょっと風に当たってくる」


「……それにしても本当に運の強い奴だ、あいつ、羽でも生えてるんじゃないか?なあ、護」

「あ……ああ」

陽光の踊る宴席で、酔ってもいないのにお調子が止まらない西園寺の饒舌に辟易しながら護は生返事を返しました。ひたすら食べるのに余念のないセリエや、あまり目を合わそうとはしないサツキのおかげで孤立しているマオに気を使ってか、西園寺はしきりに護に話すきっかけをと嗾けているのですが、もともとあまり会話のなかった二人のこと、そうそうすぐにという訳にもいかないようです。ただマオはそんな事よりも、今まで身近にいて支えてくれていた皆の元気そうな姿をこうしてまた見ていられるのがとても嬉しくて、普通に過ぎてゆく日常のかけがえの無さを今更ながら感じていました。

「あれ?まおにーちゃん、たべないの?おいしーよ!」

「はは、セリエはよく食べるなぁ」

「ウン!かえってきてからなんだかすごくおなかすくんだ!」

「帰ってきて?」

マオは自分が囚われていた間、セリエがどこへ行っていたかがずっと気になっていました。でも恐らく帰ってきたセリエを最初に迎えたと思われる護が、彼女について何も聞いてこない事がどうにも腑に落ちなくて、でもその理由を問いただすのもわざわざ自分の秘密を曝すような気がして聞く事が出来ないでいました。セリエ……どこから帰ってきたんだ……玄関から?それとも花壇の中から?……聞きたいけど聞けないこと、久しぶりで照れくさい?いや、自分からわざわざ言う事でもないし……でも、あの様子だと確実に、親父はセリエを受け入れているようだ……なぜ?……そんな難しい顔をしているマオの心中など気にも止めてないセリエは、いかにも自慢したくて仕方ないといった表情でお話を続けます。

「セリエね、天のくにでね、ラファエルさまに天使になれるっていわれたの!でもね、天使になっちゃったら、まおにーちゃんがセリエみつけられなくなっちゃうから"まだいいです"っていっちゃった!」

「天のくに?……セリエ、お前どうやって?……」

「うーん、わかんない!めがさめたらアナエルくんがいて……あ、そう!アナエルくんにここのとけいのおへやにつながるみち、とおらせてもらったんだ!とちゅうでセリエのパパにもあえたんだよ!むかえにきてくれてたまおにーちゃんのパパみたいにやさしくて、あ、ゆびわ、もらっちゃったのよ、ほら!」

「……!?」

マオはセリエが差し出した指輪には目もくれず、反対側に座っている護の表情を伺いました。まさか……セリエはあの部屋から現れた?そしてその場に居合わせたという護……なぜ……何故俺に何も聞かない?マオは何もかも知り尽くしているかのように平然としている護の本心が理解出来なくて、思わず口を開きました。

「父さん……あのさ……セリエなんだけど……」

「ん……来客のようだ」

「あ、私、見て来ます」

鉄の扉の横にあるセキュリティの光の明滅に気がついた護の言葉に軽やかに席を立ったサツキが、マオの横をすり抜けて入り口の鉄の扉へと向います。まだ着たままのエプロンに気がついてちょっと照れ気味な笑顔が視線をかすめて、マオはサツキに対する苛立ちの感情とは裏腹の、その女性然とした容姿に昂る自分の存在をこそばゆく思いました。

「またあのお節介が……そんなんで表に出ていくなって!うちのメイドじゃねえんだから……」

すらりとした足、たおやかな抑揚を見せるサツキの肢体はなんだかちょっと小さく見えて、マオはその可憐さに心を奪われている自分が本来の人格に割り込んでくるのが胸苦しくて恥ずかしくて、でもその感じた事のない刺激が身体の枷を解き放っていく心地よさに恍惚としてしまうのでした。

「……俺……あいつを……サツキをそんな風に見てる?……何だろ……この生暖かいものは……」

「あ、あの、警察の方がお見えですが!」

入り口の扉で応対をしていたサツキは、ちょっとおびえた感じでテラスの護に声をかけました。呆然としてその振る舞いを注視していたマオは急に振り向いて目が合ってしまったサツキの視線が何故か気まずくて、逃れるように目を反らしてしまいます。ちっ、勘違いするな!別にお前なんかに……そんなマオの前を、やや荒立たしく席をたった護が早足で歩いていきました。彼の目に宿る不信の念は端から見てもわかるくらいに発散されていて、マオはそんな感情を纏っている護を初めて目にするのでした。

「まだ何か用なのかよ?……っと、ああ、あなたか……」

「正式な謝罪は追ってさせて頂くが、とにかく私の浅学が全ての原因であること、それを詫びたかった。誠に申し訳ない……」

片手に菓子折りを持って扉を挟んで立つ河森は、そういって深々と頭をたれました。予想外の来客のこれまた予想外の行動にちょっと面食らった護は、でもさすがに職業柄なのか、その真意を追究する事を忘れはしませんでした。

「どういうことですかね?御大将自ら敵陣へ首を晒しに来るとは……セリエちゃんの国籍の件、そして供述をした少年の狂言である事の立証……もうあなた方に証明する事実は何もないはずですが……それとも今度は内部から切り崩そうって魂胆ですか?」

河森は深く礼をしたまま護の蔑みを含んだ言葉を聞いていました。そしてひとしきりその苦言を聞き終わると、おもむろに顔を上げて釈明を始めました。

「確かに姫野君は全くの無実だった。そしてセリエちゃんも……それはもう、疑いのない事実だ。ただ、私はどうしても納得出来ないのだ……なぜなら、私が 127号事件に関わり始めて赴く先々で、幾度も彼ら二人の姿を目にするからだ。もし加害者でないとしたら、彼らはなぜ、何の為に現場にいるのだろうか…… もしかして、彼らにはあの事件の起きる時刻、場所が分かるのではないのだろうか……私は、そう考えた」

「真桜……じゃあ、あの時も……」

隣で聞いていたサツキの脳裏に、雨に濡れながら胸を押さえてうずくまるマオの姿が朧げに甦ってきました。抵抗のあげく放心状態の瞳にかすかに届いたもみ合う二人の残像……でもその後は何も覚えてなくて……気がついたら先生の車の中にいた……サツキは自分の知らない所で蠢いている悪意に戦慄を覚えましたが、それよりもその脅威から身を挺して守ってくれた人の存在が嬉しくて、高鳴る想いは素直な言葉となってその口元へと届きました。

「やっぱり……来てくれてたんだ……真桜……ありがと……」

サツキは振り向いて、そっぽ向いているマオにつぶやくように語りかけました。うん、決めたよ、私……

「こんな事を言うのははっきり言ってお門違いだし、頼めるような立場にない事も分かっている。だが、私はどうしてもこの事件を解決したい……人が人を裁くというのが愚かで傲慢な事なのは充分承知している。しかし、だからといって一個の意思だけで生死の境界を定めるのも、間違っていると私は思うのだ」

「つまり、真桜とセリエちゃんに協力してくれ、と言いたい訳なのだな?はは、ほんとにどの口が言ったんだか。厚かましいにも程があるとは思わないのか?」

「……」

「もういいだろう、終わった事だ。だから二度と私達に関わらないでくれ」

「警部!」

もう顔も見たくないとでも言いたげな護が鉄の扉を閉めようとしたその時、護とサツキの後ろから強い口調で河森を呼ぶ声がしました。

「警部、あなたは神を信じるか?」

「……真桜?」

「人間は信じられるか?」

マオは鋭い眼光で河森の目を睨みつけると、きっぱりと言い放ちました。その凄みに目を奪われるサツキ、そして護。対峙する河森とマオは視線を反らさぬまま暫く睨み合っていましたが、取調中は一言も口を開かなかったマオの強い意思を感じさせるその言葉に、河森は急に安堵したかのように緊張していた表情を緩めると、穏やかな口調で答えました。

「はは、うちは真宗なんでな……でも人は信じたいと思ってる。特に、君と会ってからはね」

「それが聞ければ充分です。今、知ってる限りの事をお話しまししょう。まだ推測の部分も多いのですが」


「ああ、明朝発つ、今日はいい思い出になったよ」

低い駆動音が心にまで語りかけてくるような時の回廊、傍観者たる大人達が引き上げたあと、護は時計の機械室へとつながる書庫へと子供達を連れてゆきました。もうロックする必要もなく開け放たれた扉からは両側に立ち並ぶ書棚の奥に息づく花時計の機関部がすっきりと見渡せます。

「えっとね、えっとね」

セリエは早速本棚をうろうろしはじめます。彼女が捜しているのは前にこの部屋の一角で見つけた、どこのものとも思えない分厚い魔術書、セリエは程なくその埃っぽい本を見つけて来て、護の前に差し出しました。

「あのね、これ、エリシャがもっているのとおんなじなんだって!それでね、どうしてこんなにんげんさまのおうちにあるのかってふしぎがってるの」

「エリシャ?」

「なかよしの天使さんだよ!ほらそこ!……って、そっか、みえないんだった」

護はセリエの指差した方を見てにこっと笑うと、遠くを見つめるような眼差しでつぶやきました。

「はは……茜もよくそんな事を言ってたな……」

「あかね?あ、まおにーちゃんのおかーさん?」

「……真桜のママ?」

「母さんが?……?」

急に一斉に注がれた三人の視線に、護はちょっと引いてしまいました。つられて思わず出て来た一言、それは茜からの啓示なのか……護はその本をセリエから受け取ると、懐かしそうにそのページをめくりました。

「うー、やっぱりなんてかいてあるかわかんない!」

「はは、お勉強してないな」

「ウン!」

まるで親子のように自然に接している護とセリエを見ていて、マオは今朝から聞きたかった事をはっきりさせたいと思いました。いつもならばそういう他人の内面に関わって心が乱れるのは嫌なのですが、目の前で、あの魔術書をまるで自分の本のようにセリエに語る護にマオは激しく嫉妬すると同時に、そんな彼の内包している自分への繋がりをどうしても知りたい!そんな気持ちでいっぱいなのでした。ゆらりと影が魔術書のページを覆って、顔を上げた二人の前に立ったマオは単刀直入に切り出しました。

「聞かないの?」

「……ん?」

「その子の事、俺に聞かないの?」

「……まおにーちゃん……」

感情が先走ってつっけんどんな呼びかけに、ちょっとセリエはびっくりしました。何だか顔が怒ってるみたいで……そんなマオの表情を、護は珍しそうに見つめて言いました。

「ふう……ようやくそういう顔を見せてくれるようになったか……」

「……?」

護はゆっくりと立ち上がると、セリエの髪を撫でながら話し始めました。

「私が天使の子に会うのは……二人目だ」

「二人目?……」

「そう、この子は天使の子……茜と同じ光を感じるからね」

「そ……それじゃ……セリエの前に会った天使の子っていうのは……まさか……」

マオの目の前に、何処からか純白の羽がひとつ、ふたつと舞い降りてきました。それは天蓋の窓から差してくる幾条もの光につつまれて音もなく、そしてゆるやかに降り積もり、やがて大きな翼となって部屋いっぱいに伸びきりました。聞いた事のある旋律にのせて天空を指した翼が羽ばたくたびにいっそう輝きを増す聖光の中、マオはあの懐かしいひとの魂を感じて息が止まりそうになりました。

「え……ほんとに……」

「……あ!おかーさんだ!」

「茜……来たんだね……ほら……みんな揃ったよ……」

「え?何?何を見てるの?ねえ、真桜ってば!」

今、眼前に潔の光に包まれて浮かぶ天使は、ハープを爪弾く右手をゆっくりとマオの顔へと伸ばして、そして母親が子供を確かめるかのように、そっと撫でてゆくのでした。セリエにも、そして護にも……何も見えていないサツキでさえもほほに感じる染み渡るようなあたたかさは、その名前を呼ぶ事すら無意味なほどの慈愛で愛する人たちを包みこみます。光とともに心に語られる限りない想い……それぞれがそのコトバを受け止めたとき、互いを隔てる全ての障壁は霧のように消え去って、いま、心はひとつの魂のもとに集うのでした。


母さん、母さんも天使の子だったんだね……


大学時代の研究室で出会ってね、はは、一目惚れってやつさ


じゃあ、真桜は天使の子の子供ってわけなの?


そうだよ!でもね、ほんとはね、天使の子はにんげんさまとケッコンしちゃいけないんだって!セリエもいわれたもん


何だって?だって俺が生まれたってことは、親父と母さんが一緒になったからじゃ


結婚は出来るさ、もちろん子を産む事だって……だけど、もし子を産んでしまったら……


産んじゃったら?


神さまとのやくそくをやぶっちゃうとね、くらーいくらーいあなのいちばんしたまでおとされちゃうんだ!


そうなのか……だから……だから母さんはあの冷たい坑の底に……


二人で決めた事だから……子供を欲しがってはいけないかい?……それに、私は自分の研究の成果に自信があった……人為的に奇跡を起こせると確信していたんだ……でもそれは私の独りよがりに過ぎなかった……止まった時間は生きてはいない事に気がつかなかったんだ


それで、おかーさん、まおにーちゃんにあいにでていっちゃったんだよね!


何て事……子供を産んだら死んでしまうなんて……それじゃ真桜は?真桜も子供を産んだら死んじゃうの?


ば……ばか!何言ってんだお前は!


あはは!サツキねーちゃん!まおにーちゃんはおとこだからこどもなんかうめないよ!だいじょぶ!あんしんしてケッコンして!


な……セリエ!なんで俺があいつと!


真桜、お前がサツキちゃんに預けたネガな、彼女、現像して河森の奴の所へ持ってったんだ。どうしてか解るか?


何だって?なんでそんな事を……だってあれは、あれは女の子の、その……


ご……ごめん……ごめんね真桜……


い……いや別に謝らなくても……その……まさか……俺の無実の為に?


うん……私……そんな事しか出来ないと思ったから……真桜に……真桜にそばに戻って来て欲しかったから……


真桜、お前が学校に行っていないのは私への当てつけだと解っている。さんざん学を積み重ねた所で、私にはたった一人の愛するものでさえ守る事が出来なかったからな……


……父さん?


だから私にはお前を一人前にする自信が持てなかった。ほんと、自分は最低の人間だと思ってたよ、少し前のお前みたいにさ


それで……どうしたの?


研究したよ……自分の正しさを立証する為に猛烈に……そう、全てを忘れ去ってしまうくらい猛烈にね……そして、ようやく自信を取り戻せたとき、そのときには私にはもう誰も家族がいなかったのさ。お前には、こんな思いはしてほしくないんだ……


へへーん!だいじょぶ!セリエがついてるからねー!


真桜……いいの……あわてなくたって……


セリエ……それにサツキも……ほんとに……本当にありがとう


いいか真桜、お前がここまで生きてこられたのは、お前を必要とする人がいたからなんだ。お前は天使の血の宿命を持っている。天使はな、人に幸せを届けるのが仕事なんだ。忘れるなよ


幸せを……とどける?


その手に、その身体に宿った力で、お前を必要とする人たちを幸せにしてやってくれ。それが私からお前へ贈ってやれる、ただ一つの言葉だ


父さん……わかった……もう、夢を見るのはやめる事にする。明日からは、現実の時を生きていくよ……


みんな、みんな、よかったね……


「何だか、心が羽ばたいてゆくようだ……俺……」


満天の星空のもと、4人は庭園に出てこぼれ落ちてきそうな秋の星座に手を伸ばしました。幾筋もの流星が天球を横切って、それはまるでどこかの家に天使が舞い降りていくかのように煌めきを振りまいてゆきます。澄んだ空気に数を増した星々に魅了されたマオが嬉々として星座の姿を結んでいる後ろで、サツキも真似して同じようにやって見てるのですがさすがにこれだけ多いと素人には何が何だか分かんないようで、ちょっと迷惑かなーと思いながらも、ダメもとでマオに尋ねました。

「あ……あのさ、真桜……白鳥座って、どれ?」

「ほら、あれが北極星、それからずーっと西へいって、あの明るい二つの星、下のはベガ、織姫様だよ。上のがデネブ、あれが白鳥のしっぽなんだ……」

マオの楽しそうな話し振りに、サツキはずいぶん昔にこうして二人で夜空を見上げた事を思い出しました。そう、あれはまだマオママが元気だったころだった…… あれからずいぶん経っちゃって、いろんな事があったけど、真桜と……昔と全然変わってない真桜と、こうしてまた話せるなんて……サツキは胸がいっぱいになってしまって、でもマオの方を見ると瞳にたまった涙がこぼれてしまいそうで暫く北西の空を見上げているのでした。

「サツキ、見つかった?今夜は天の川もよく見えるからすごくキレイだよ」

「……」

「サツキ?わかんねーの?」

「え?わ!いや……」

いきなり眼前に現れたマオの顔にサツキはびっくりして慌てて目をこすりました。やば、こんなの見られたら恥ずかしいって……でも、よく考えたら暗くてわかりっこないですね。それよりそんな風に覗き込まれた事に何だか妙な違和感を感じたサツキは涙を拭くのもそこそこにマオの方を振り向きました。

「ん?何だ?目にゴミでも入ったか?」

「……ひょっとして……真桜……君……背……伸びてない?」

「そういや……何か最近サツキ、縮んだように見えるな」

「!……縮むわけないでしょー!」

マオはさっき見たサツキのシルエットを思い浮かべました。そうか……全然気付かなかった……一方のサツキは初めて言われた見下されたような揶揄いの言葉にムカッと来ましたが、その気持ちの中にマオに対する妙な信頼感がある事に気がついて、それ以上は荒っぽい言葉使いが出来なくなってしまいました。何だろ…… この感じ……そう言えば私、ずっとお兄さんが欲しかったんだ……すぐちょっかいをかけて来て、でも、いつもそばにいて見守ってくれてる、優しいお兄さん……

「あ……あのね……真桜……」

「ん?」

「その……ついて来て欲しいんだ……」

「何だ?トイレか?」

「ち……違うよっ!」

サツキはそういう物言いをするマオに慣れてなくて、ついまたおおきな声を出してしまいます。ほんとに、ムードも何も無いんだから!でも今、こうやって会話している関係をブチこわしにするわけにはいかない……せっかく……せっかく真桜と……サツキはマオのピンぼけな答えに小一時間突っ込みたくなるのをぐっと押さえて言いました。

「わ……私ね、ほら、あんな事あったでしょ……それで……宮武君と会うの、恥ずかしくて……」

「ああ、あいつも出て来たらしいね」

「だから……だからさ、お願い!いっしょに行こ!」

「宮武って……ゲーセンでも行くのか?」

「……」

さすがのサツキももう限界みたいです。


「もう!この鈍感少年!私はね、学校いっしょに行こうって言ってんの!」

「はァ?」

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