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3.光のコトバ

「真桜に従兄妹がいたなんて初めて知ったよ!意外と面倒見がいいんだね…でもまだちっちゃい子なんだからキレて怒ったりしちゃだめだよ」

 ランドリーでセリエの服を洗いながらサツキは笑います。

「フン(だいたいなんでそう勝手に決めつけるんだお前はッ)……チビは?」

「何だかすごく疲れてるみたい、すぐ寝ちゃった」

「寝たって…まさか置いてくのかよ!」

「何いってんの?真桜の親戚なんでしょ」

そういうとサツキはパンパンとしわを伸ばしてハンガーにかけました

「んー忘れた、真桜、ベランダどっちだっけ?あ、屋上がいいよね」

「外に干すのかよ!」

「こんなに天気がいいのにどこに干すって言うのよ」

マオは慌てた素振りでセリエの服を取り上げるました。サツキはびっくりして

「な…ちょっと!ちゃんと乾かさないと臭うよ」

「乾燥機にかけときゃいいだろ!」

そういうとマオはランドリーの奥にある大きなふたを開けて服を放り込みました。

「不健康だなぁそれ」

「外から見えるだろ!あんなびらびらしたのぶら下げておけるかよ!」

「…まあ、しょうがないか。」

サツキは軽くため息をして、マオの横を通って玄関に戻りました。

「やっぱりみんなの言ってる事って本当なのかな」

「何がだよ」

「コスプレとか追っかけとか下からなめるようにとか…プッ、真桜にそんな度胸あるわけないのにね」

「はァ?」

「まあ親戚だから安心はしてるけど、変な事しちゃだめだぞ」

「うるせえな帰れよ」

マオは険しい顔つきでサツキを睨みつけました。その顔を見てサツキはにこっと笑って

「そうそう!ウン、元気が戻ってきたね!気にしないで、私はそうは思ってないから。たまには学校出てきなさいよ。明日はちょっと早く来るかも」

「もう来んな」

「先生から密偵を命じられてるゆえご容赦願いたい、なんてね……じゃ!」

そう言うとサツキは軽やかに庭を駆け抜けていきました。門の鉄の扉の前で振り向いて

「バイバイ」

外見の割には子どもっぽい仕草で手を振ると、サツキは帰っていきました。

「何が密偵だバカ、学校なんか反吐が出るぜ。」

マオはサツキの言葉を思い出すと腹が立って来ました。

「あいつだな…またくだらねえ噂流しやがって...写真っつーとそれしか想像できねえのか!ったく…お前の方が変態だろ!」


 クリーニングの終わったF4を抱いて、マオは窓際で傾いた太陽に照らされています。カメラの整備をしているときに見せるマオの表情は穏やかで、どうやら気分も落ち着いたようです。西日の差し込む部屋で、マオはうつらうつらしながら今日の出来事を思い出していました。

「そういえば、夢じゃないなら和室にあのチビがいるはずだよな…」

マオはゆっくり立ち上がると、部屋を出て隣の和室の前に立ちました。障子の引き戸に手をかけ、

「どうする…もしこの部屋にあのチビがいたら…夢じゃなかったら…」

鼓動はどんどん早くなり、耳の奥がわんわん鳴って気が遠くなりそうです。手にそっと力を入れ、少しだけ扉を開けてみました。マオの目に、金色の光の粉が飛び込んできます。

「な…何だぁ?何が光ってるんだ?」

あわてて障子を開けると、セリエはぶかぶかのシャツを着て、畳の上に横たわっていました。ただその身体は透き通るように真っ白で、金色の光の粉がまわりをふわふわと取り巻いていました。

「うわ…うわわわー!」

マオは大声を上げて、あやうく大事なF4を落としてしまう所でした。ふっとそれに気がつくと反射的にマニュアルフォーカスに切り替え、夢中でセリエに向かってシャッターを切りました。

「カシャン!」「カシャン!」「カシャン!」

フィルムがなくなるまで切ったマオは、そのままそこにへたりこんでしまいました。すやすやと眠るセリエ、ほんのりと光る身体は、日が落ちて暗くなって来た部屋をやさしく照らしています。

「ごくり」

自分のつばを飲み込む音に我にかえったマオは、目の前の現実を確かめようと決心しました。カメラを畳の上において、そっと右手をセリエに近づけます。白い光が手をつつみ、光の粉がまとわりついてきます。

「な…何だよこれ…」

ぶるぶる震えだした手を引っ込めたい衝動をこらえて、マオはセリエのほおに手を伸ばします。光の粉はマオを包み込み、いっそう輝きを増しました。目を開けてられないくらいまぶしいのに、不思議と熱くも何ともないのです。そらした目をかばいつつ、ふと気がつくとマオの手はセリエの身体の奥深くにまで入っていました。びっくりしたマオは慌てて手を引き抜こうとしましたが金縛りにあったかのように自由がききません。マオの手にセリエからの光がどんどん流れ込んでいきます。

「うあ…頭ん中に…たくさんのコトバ…福音?…こ…これは…あの時…ビルの……!」

何かが頭の中で弾けて、マオは気を失ってしまいました。


 花のかおりを装った風、うすぼんやりと青い春の空、どこからかヒバリの声が聞こえて来ます。さらさら、さらさらと光のざわめき、ふりそそぐ陽は日ごとに強くなって、季節の変わり目を感じさせてくれます。

「な…あ、朝か!?」

マオはがばっと起き上がりました。時計を見ると朝7時、いつもは起きてない時間です。

「くそ、思いっきり健康的に寝てしまった…」

失った時間を悔やむようにマオはつぶやきました。部屋は春の光で明るくて、マオはなんだかいたたまれない気持ちになるのでした。

『虚構ばかりの世界…そんな物見たくねえよ…」

心地よくそよぐ風に吹かれながら、マオはふと重大な事を思い出しました。

「!!…そういやあのチビ!」

マオは周りを見回しました。しかし部屋の中には自分しかいません。昨日からの事を思い出してみるのですが、途中で夢か現実かわからなくなってしまいます。しばらく宙を見つめていたマオは、やがて納得した面持ちで

「……はあ…本当に夢だったんだな。」

さびしいようなほっとしたような感情を抱きつつ、マオは立ち上がり、窓の外を見ました。薫る風はマオの部屋も春の香りでいっぱいに満たしてくれます。

「あれ、開いてんのかこの窓」

窓の下から足あとが、庭の方へ続いています。マオはそれを見て頭がキーンとしてくるのを感じました。気持ちの整理がつかないまま、マオは足跡を追って表に出ました

「…いるのか…あいつが……!」


「だいじょぶだよー!根っこさん」

「土の子さんたち、元気だそー!」

「こうやってこうやってこうやって…ほら!ワクワクしてきたでしょ!」

 庭の真ん中の大きな花時計の植え込みの中で、セリエはどろんこで遊んでいます。マオは愕然としてしまいました。

「う…うそだろ…あのチビ……」

大きなマオの家の敷地の半分以上を占める庭、その真ん中にある大きな花壇....まるで宮殿の庭園のように整然と、中央の花時計から放射状にのびる4本の通路で区切られ、同じく同心円上にとり囲む通路と交わって、ちょっと迷路みたいになっています。以前はたくさんの花が咲いていたようなのですが、今は草ぼうぼうの荒れ放題…寂れた針は動くのをやめてずいぶん経っているようです。マオはまっすぐ行けないもどかしさを感じながらセリエのそばまで行きました。

「お…お前はッ!」

セリエはちょっとびっくりしたように背筋をピン!とのばしましたが、くるっと振り向いてマオを見ました。こんな風に遊んでると、どこから見ても人間の女の子です。あー顔まで真っ黒……

「あ、おはよー!」

無邪気な笑顔で話すセリエの姿に、マオはよけい錯乱してしまいました。もう何が現実なのかわからなくなってしまって、マオはその場で頭を抱え込んでしまいました。それを見たセリエ、立ち上がって服についた土をパンパンとはらいました。そしてゆっくり、心配そうな顔でマオへ近づいてきます。


「…だいじょぶだよ…マーちゃん…」


マオの頭をそっと撫でるセリエ、びくっとしてマオはセリエを見ました。ちょっと恐い顔です。

「お前……今…何か言ったか?……」

きょとんとしてマオを見るセリエ、はっとして手を引っ込めると、かるく首を左右に振りました。自分が何をしたかわからないセリエは、ただうつむいてちらちらとマオの顔を見ています。

「…ごめん…びびらせちまって…なにやってんだ?」

そういうと、マオはゆっくり立ち上がりました。おそるおそる見上げるセリエの瞳に映るマオの顔は、さっきの刺々しさがウソのような和やかな表情をしていました。ほっとしたセリエはニコッと笑って、

「あのね、お花さんたちのこえがするの。またみんなでさきたいなぁって」

「そうか…でも、ここはもういいんだ…」

マオの心の中に、花であふれたこの花壇の光景が甦ってきました。色とりどりの、自分の背より高い花びらの向こうに、懐かしい顔がほほえんでいます。

「フッ…花が咲いたって帰ってくる訳じゃないしな…」

花壇に向かってそうつぶやいたマオは、少し寂しげな目でセリエを見ました。セリエは今度はおおきく首を振って、

「だいじょぶ!ちょっと草さんにおはなししてみるから!お花さんたちとなかよくしてねって。だって、おにーちゃんのだいすきなお花なんでしょ?」

心の中を見透かされてるようでマオは少しびっくりしました。そしてえも言われぬ感情が心の中で大きくなるのを感じていました。その感情を抑えるように、マオは平然とセリエに向かって答えます。

「まあな…とりあえずその俺のシャツ、洗うからこいよ」

「あ…ごめんね!まっくろまっくろ」

マオの後を、セリエはぴょんぴょん飛びながらついていきます。ランドリーへつれてくとマオは、ぬれタオルで顔をごしごしこすってやりました。

「にゃにゃにゃかおがぷしゃぴしゃですゅ〜」

「動くなよきたねえなぁ!よしっと。あの奥の箱にお前の服が入ってるから着替えろよ」

「見ないでよ〜!」

「誰が見るか!」

女の子らしいうっとおしい言葉に辟易したマオは、そそくさとランドリーから出ました。そしてテラス越しに見える花壇を眺めながら、自分の奇妙な感情に問いかけました。

「さっきのあいつ…何て言った?…あんな呼び方…母さんしかしないのに…」

「おにーちゃーん!とどかないよー!」

「ぶちこわしな奴め」

マオがランドリーに戻ると、セリエは乾燥機の前でぴょんぴょん飛び跳ねていました。どうも地上じゃぜんぜん飛べないようです。

「しゃあねぇなあ」

マオが服を取ってやると、セリエはくんくん臭って

「…ヘンなにおい!アハ!アハハハ!ねえこれヘンなにおいだよ!」

「…悪かったな」

屈託のないセリエを見ながら、マオはふと思いました。

「兄妹がいたら、こんな感じなのかな……」

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